農業と観光の融合でまず売るべきは「景観」 ──JTB総研・篠崎宏さんに聞く

2018年の訪日外国人客数は、2017年比8.7%の増となり、初めて3000万人を突破した。訪日客の旅行消費額は過去最高の4兆5064億円と推計され、こちらも過去最高になっている(出典:日本政府観光局)。

農業と観光の融合、そしてインバウンドに詳しいJTB総合研究所執行役員で主席研究員の篠崎宏さんは、2018年6月15日から施行された住宅宿泊事業法(民泊新法)の施行に伴い「農家民泊」という利用も運営も手軽な選択肢が生まれたことが、農業分野での観光活性化の起爆剤になり得ると考えている。これからの農業観光のあり方とは。

▲JTB総合研究所執行役員で主席研究員の篠崎宏さん。1990年JTBに入社。地域活性化の戦略構築、観光客誘致戦略、新規ビジネスモデル構築などを専門に行う

「農的なものを」と力みすぎない

──グリーンツーリズムやアグリツーリズム、最近流行りの農泊まで、農業と観光業の融合を表す言葉はたくさんあります。どういう流れでこうした言葉が出てきたのでしょうか。

「農村観光」や「農業観光」とよく言いますが、セグメントされたそういう領域が明確にあるかというと、そうではありません。日本人は少し車で遠出すれば、田園風景を見てきれいだなと思い、直売所に寄って買い物するということを自然にしています。「グリーンツーリズム」「農泊」「農観連携」などの言葉がありますが、いずれも通常のツーリズムのひとつに過ぎません。特にいつから出てきたという旅行のスタイルではないのです。とりわけドライブとの関連性が高いですね。

農村部を訪れるということは、普通の観光行動のひとつだから、力む必要はありません。しかし、実際は農業という切り口で力みすぎて、何か食べさせないといけないとか、農家とふれあわないといけないと考えがち。

人とのふれあいというのは、ふれあった後は満足度が上がる一方で、ふれあう前は、人を躊躇させる阻害要因になり得ます。普通にあった観光行動が、農業と観光の組み合わせを強調したために、少し窮屈になってしまったところがあるのではないでしょうか。

農村の最大の魅力は景観。人をたくさん呼ぶということを考えるなら、まず景観を売るべきです。人とのふれあいは、その先にあるのではないでしょうか。

農村での宿泊という面では、1994年に制定された農村休暇法で「農林漁業体験民宿(農家民宿)」が定義され、広がりました。その後、農村での滞留時間を長くすることを目的に「農泊(農山漁村滞在型旅行)」という言葉が出てきて、今に至っています。

「農泊」は農家に泊まる必要はなく、農村部にあるホテルなども含めた多様な形で滞在してもらえばいいというもの。農村に滞在することが、昔に比べてやりやすくなったところはありますね。

人とのふれあいは阻害要因にも

──農家民宿は観光客にとってハードルが高い部分がありますか。

あります。農家民宿は、特例措置で通常の民宿よりも開業しやすくなっています。農家の自宅に泊まるという形が多く、農家にとっても、泊まりに来る客にとってもハードルが高いところがあります。知らない人の家に泊まるということに抵抗を持つ層が一定程度いるからです。それに、ヨーロッパのB&B(ベッド・アンド・ブレックファスト)などと比べた場合、日本の農家民宿の方が、宿泊者と農家の過ごす空間が近くなってしまうというのもありますね。

農家民宿は、農山漁村ならではの収穫や川遊びなどの体験プログラムを提供することが条件になっていて、人とのふれあいをしなければならないことが、阻害要因になっている面もありました。

農家民宿、漁家民宿では、料理に地元の食材をふんだんに使っていて、値段の割に食事が豪勢なところが多くあります。ただ、そういうメリットがあっても、民宿に慣れていない利用者にはとっつきにくい感覚がありました。農家民宿に泊まる人は、よほど社交的な人か、何度も泊まったことがある経験者が多いですね。

──民泊が2018年から住宅宿泊事業法(民泊新法)で合法的に運営できるようになりました。農村で新たに民泊を運営しようという動きはあるのでしょうか。

民泊がすでに広がっている都市部に比べて出遅れてはいるけれども、農村でも最近増えていると聞きます。農村地帯にあるきれいな一軒家の農家民泊というのは、ニーズが高いだろうと思いますね。消費者としては、農家民宿よりも、農村地帯にあるきちんと管理された空き家に泊まる方がハードルは低いでしょう。

インバウンド受け入れもまずは商売を基本に

──国は農泊を中心に、農的な空間での旅行体験を促進しようとしています。そのためには、今後どうすべきなのでしょうか。

景観をいかに売るかを徹底して追求したほうがいいと思います。人とふれあう、美味しいものを食べるというのを先に考えがちですが、美味しいものはそこを訪れなくても取り寄せできるし、人とのふれあいを最初に持ってくるとハードルが高くなる。

農村景観を楽しむ戦略をうまく作れたら、その地域はブレイクするのではないでしょうか。小麦やジャガイモの畑が美しい北海道の美瑛の丘がそのいい例ですね。

ただ、観光のスタイルがかつてと変わってきていることを、認識できていない人も多いのではないかと感じることもあります。

最近では、きれいな写真、話題になる写真を撮ってシェアするのを楽しみに旅行する人が増えています。それなのに、旅行社から旅のパンフレットを作るから写真素材を提供してほしいと地方の観光関係者にお願いすると、10年くらい前の写真が送られてくる場合もあります。

▲タイから秋田県仙北市のブルーベリー園を訪れた一行。日本人にとっては見慣れている農村風景が外国人には新鮮に映ることも

農業に観光を取り入れる場合は、何で楽しませるか、どうやってリピートしてもらうか、どうやってお客さんとふれあうかを考えることももちろん必要です。

ブドウを中心にしたアグリツーリズムで知られる大分県宇佐市の安心院町、漁家民宿の多い福井県若狭町など、エリアで成功しているところが多いのは、1カ所が成功するとそれが周辺とも共有されて、互いに刺激し合って成長できるからではないでしょうか。

インバウンドの受け入れについては、国際交流といったさまざまな意義があるでしょうが、まずは商売をベースに考えた方がいい。日本人だけ相手にしていると、人口減少で観光客は減ってくるので、それを外国人で補うのはひとつの方法です。

やるのであれば、儲けたいという気持ちをしっかり持っていなければならないでしょう。儲けたいと思うことで、お客さんの反応を見るようになり、お礼のメールを送るといったリピーター獲得の工夫もするようになるからです。

<参考URL>
JTB総合研究所
北海道美瑛町

宇佐市観光協会安心院支部

若狭三方五湖観光協会
【特集】農業×インバウンドのこれまでとこれから
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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、九州某県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方で、韓国語を独学で習得する(韓国語能力試験6級取得)。2023年に独立し、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサル等を行う一方、自身も韓国農業資材を輸入するビジネスを準備中。HP:https://sinkankokunogyo.blog/
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    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
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    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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