「植物工場」は農業の理想型なのか? 現状と課題
スマート農業というと、AI、IoT、センサー、ロボット、ドローンなどを駆使して、「従来からある農業を省力化し、収益アップを図るもの」というイメージがある。
しかし、日本でも導入が進んでいる効率的で未来的な農業のもうひとつの方法として「植物工場」がある。
植物工場とは、光源にLEDを、土に代わって培養液を採用し、温度や湿度、空調などすべてが管理された環境のなかで農産物を育てる、という仕組みで、随所に最新の技術がつぎ込まれている。最先端の農業関連の展示会においても、技術面でも設備面でも最も大きなブースを誇る、最大のカテゴリーのひとつといってもいい。
一方で、こうした植物工場の多くが黒字転換できていないという声を耳にした人もいるかもしれない。
今回、そんな植物工場にまつわる現状を知るために、一般社団法人イノプレックス、代表理事の藤本真狩氏に、植物工場の現状と未来についてお話をうかがった。イノプレックスは、「植物工場・農業ビジネスOnline」という植物工場の専門メディアの運営や、市場調査・コンサルティング、農業資材やプラントの開発・販売までを手がけており、植物工場の導入から運営コンサルティングまでを知る専門家だ。
「実は植物工場というのは日本独自の用語で、明確な定義は日本では存在しません。英語では『プラントファクトリー』と呼ばれ、主に人工光を使った工場のことを指します。
温度や湿度、炭酸ガスなどを、複数のセンサーを使ってモニタリングし、それらの値を制御することで、1年中季節や気候を問わず農産物を収穫する『周年生産』に近いシステムになっています」
植物工場最大のメリットは、この周年生産にある。それを実現するために、自然条件を人工的に管理し、必要な農産物の収量を収穫することが最大のミッションだ。
もちろん収穫するのは農産物なわけだが、この植物工場というビジネスは、厳密には「農業」ではなく「工業」に近いジャンルだという。
「農業」の定義を辞書で引くと以下のような記述が見られる。
つまり、土を使って作るもの以外は「農業」とは呼ばないのが基本なのだ。
一方、植物工場はというと、土の代わりとなるさまざまな素材を用いたり、水をメインとした「水耕栽培」など、必ずしも土を使って育てていないケースも多く見られる。
なぜかというと、栄養素などを豊富に含んだ土を使うことは、植物の生育に有利になる反面、虫や微生物による植物自体への被害も考えられ、生育環境の厳しい管理が求められる植物工場においては、それが不確定要素になってしまうからだ。それゆえに、周年栽培で常に一定の収量を予測するためには、土を使わない方が都合がいい。
「太陽光利用型は、オランダの大規模ハウス栽培などで用いられているものです。ヨーロッパは日照がもともと弱いので、ハウスの天井部に補助光を置き、太陽光とともに光をまかなう方式などもあります。この太陽光利用型では、室内の温度や湿度が細かく変化するので、ICT機器による詳細な制御が必須になります。
一方、完全人工光型は日本で多く実施されている方式で、温度、湿度はほぼ一定で、変化するファクターが少ないため、環境が安定しています。制御すべき項目も『光の強さ』と『波長』、『炭酸ガス』などそれほど多くはないため、管理しやすいと言えるでしょうね」
ここで素朴な疑問が湧いた。「ヨーロッパと比べて日照が強い日本で、なぜ完全人工光型が多いのか」
すると、「『植物工場としては』という但し書きがつきます」と藤本氏。そもそも日本の野菜の栽培状況は、植物工場よりも屋外の土で育てるいわゆる露地栽培の方が圧倒的に多い。完全人工光型が多いというのは、植物工場で生産された野菜自体がわずかしかない中で「多い」というわけだ。
「野菜などの植物が成長するために必要な光は、例えばレタスとハーブなど品種によっても違いますし、タネや苗の状態、生育時や収穫時などで最適な光の波長や強さは異なります。最近では作物の品種などに合わせた波長の光を用意することで、飛躍的に成長を高めることも可能になってきています。
光源としては白熱灯、蛍光灯に始まり、近年はLEDが使われるようになってきました。これは光熱費が圧倒的に安くて済むことが最大の理由です。
現在植物工場で栽培されている野菜は、レタスに関してはノウハウが非常に成熟してきています。国内で稼働している植物工場の9割以上はリーフレタスで、残り1割がハーブやベビーリーフなど、なんです」
栽培されている農産物を見てもわかるとおり、そのほとんどは葉物野菜。トマトのように実がなるタイプの野菜や、イモ類のような根菜類は作りにくい。それは、一定の規格に沿った野菜を育て、効率よく収穫するためだという。
「レタスなどの葉物野菜は、高さが大きく変わらず、収穫の時期になってもそれほど大きくなりません。そのサイズが重要で、大きくなりすぎても逆に管理しにくくなってしまうんです。
また、トマトなどの場合、葉の重なり方や実がなる場所が一定ではなく、1カ所に置いた光だけでは足りず、側面からも照射する必要があるため、追加の設備が必要です。なので、なかなかビジネスにはなりません」
だが、技術は日進月歩で進化し続けている。今後安定的な栽培が期待されているのがイチゴだ。
「イチゴもトマトのように実がなるタイプですが、上ではなく横に伸びていくため、光が当たりやすくコントロールしやすいんです。甘く熟したイチゴは冬の時期にハウス栽培などで育てられていますが、甘すぎないケーキ用のイチゴなどは現在は海外から輸入されています。これが植物工場を用いて国内で生産できるとなれば、ビジネスチャンスになります。イチゴはレタスの1.5〜2倍の光量があれば栽培できるので、今後植物工場で扱う品種として増えてくることが予想されます」
この点について藤本氏は、植物工場という括り方のからくりがあると語る。
「国内の植物工場を調べてみると、太陽光型が200カ所、完全人工光型が200カ所くらいあります。そのうち6〜7割はたしかに赤字で、黒字化できているのは1割程度、トントンなのが2割くらい。軌道に乗っているのは3割くらいというのが実情です。
完全人工光型の約200カ所のうち、レタス換算で1日1000株以上作れる規模の工場は「60カ所」くらい。それ以外の「140カ所」は規模がとても小さい工場です。
というのも、これらはLEDメーカー、センサーメーカー、自社の実証プラントで検証やPRのために運用しているモデルハウスみたいなものだからなんです」
つまり、単に「植物工場」であることだけでカウントすると、研究やPRの工場も含まれているのだ。一般的な植物工場の収支均衡ラインと言われる1日3000株以上、5年以上稼働している植物工場に限定すれば、8割以上は黒字になっているという。農業ビジネスとして稼働しているところだけを見れば、実際安定運用はなされているというのが現実だ。
イノプレックスによる植物工場の市場動向分析。一定の生産規模以上があれば黒字化は十分に可能だ
「完全人工光型の場合で考えてみましょう。
リーフレタスを1日1000株生産する場合、棚のようなかたちで施設内の空間を縦に使用しますが、成長したレタスにあまり高さは必要ないので、一般的な室内の天井高で問題ありません。なので、立地としては空き工場や倉庫などが使えます。空き施設を再利用する場合、施設高は2.5~3メートル弱で、リーフレタスの場合は5段くらいを積み上げて栽培します。
上記のような空き施設を再利用しながら、生育のための設備を導入するとしたら、だいたい6000万〜7000万円くらい。建物外部の気温の影響を受けにくくするための断熱パネルや、環境制御のための空調を入れるといった改修費用が2000万〜3000万円くらい。合計で8000万〜1億円弱くらいで作れます。
施設の面積は、生産ルームだけで600〜700平方メートルくらいです。ランニングコストは空調や光源の光熱費が主で、これは規模や数量などによりますが、常に稼働させなければなりませんので、やはりそれなりの額はかかることはわかると思います。
これはレタス工場の例ですが、今のところ葉物野菜しかペイしません。レタスは光がそれほど必要なく、育っても高さが必要ないから、何段もの棚が作れます。しかしトマトなど実がなるものを育てるとなると、全方位照射が必要になったりして照明本数が増え、照明自体の強さも必要になります」
「「過去には、海外市場を視野に入れた事業プランや市場開拓のため、グローバルな農商工連携に関する補助金(経済産業省)にて、1年間で1億円くらい支援されることもありました。金額は少なくなりましたが、現在でも似たような補助プランもあります。その他、各自治体による工業誘致支援などでは、数億円の補助支援を行う地域もあります。
また、農林水産省の農福連携(障害者雇用の取り組み)のために、2000万〜3000万円くらい出る補助金もあります。企業の障害者雇用に関する取り組みは、法定雇用率がありつつもなかなか進みませんが、実は植物工場はそこで働く人にとっても労働環境がとてもいいんです。
場所を選ばないため、都心などに設置できることから公共の交通機関で通えること、空調などが制御されているため労働環境がいいこと、危険な作業がないことのほか、野菜を作るという楽しみがあることや、直売所などでは販売員としてお客様と触れ合ったりもできますから」
こうした補助金を活用することで、500株くらいまでの小規模な植物工場を、寄付金や補助金を集めて設置している企業もある。例えば2000万円補助+1000万寄付+自己資金1000万といったかたちであれば、農産物の販売のみで利益が出なくても、運用することは可能なわけだ。
たとえば、大規模施設の運営・栽培ノウハウを持つ企業であっても、生産原価で80gのフリルレタスが70円〜80円くらいだが、露地栽培による玉レタスであれば、有名ブランドの商品でも1kg300円(卸値)くらい、低価格帯の大手外食チェーンなどの大量発注の場合、植物工場のレタスと比較して品質面は各段に劣るが、1kg100円台で取引されることもある。それが植物工場製レタスの場合は、1kgあたり850〜1000円と2倍以上にもなってしまう(もちろん、年間契約などで平均化はできるし、外食の場合は市場価格が変動してもメニュー価格を変えなくて済むというメリットもある)。
しかし、売り先をどこに絞るかによっては、気候などを問わず安定供給できる植物工場の意義があることも確かだ。
「おそらくほとんどの方が、植物工場の野菜を必ず1回は口にしているはずです。コンビニや機内食、外食チェーンなどに、植物工場産の野菜は幅広く浸透しています。これらはあえて『植物工場産』とアピールしていないだけなんです。
社会福祉法人や小さな会社などで補助金を活用して障害者雇用に取り組んでいる例もあります。このような例は一般的な農業ではなかなか難しい面もありますが、社会的な意義もあります。
規模に応じて様々な植物工場があって、私たちの身近な暮らしの中で活用されているんです」
ほかにも、イノプレックスが支援するイタリアンレストラン「ガレリア」が実施している、店内で工場方式のバジルなどを栽培し、その場で収穫して料理に使うという「店産店消」の店舗併設型植物工場のように、一種のアトラクションのような活用も考えられる。
従来の農業という枠組みを超えた様々な場所や方法で、植物工場はどんどん進化を遂げているのだ。
少子化、高齢化、そして人口減少による外国人の増加など、食文化の変化だけでなく生活様式までどんどん変わってきている。そのようななかで、日本の食を守り、安心できる食材を供給するために、今後植物工場のような仕組みはより増えていくだろう。
いち農家が植物工場を営むというところまでは、コストや設備の規模などの面からも難しいかもしれないが、この植物工場で培われた技術が、慣行栽培でも活用できるようになっていく可能性もある。
普段、私たちが口にしているレタスなどが、どんなふうに作られて私たちの口に届くのかを知ることも、これからの日本の農業がどのように発展していくかを考えるきっかけになるはずだ。
<参考URL>
一般社団法人イノプレックス
植物工場・農業ビジネスオンライン
しかし、日本でも導入が進んでいる効率的で未来的な農業のもうひとつの方法として「植物工場」がある。
植物工場とは、光源にLEDを、土に代わって培養液を採用し、温度や湿度、空調などすべてが管理された環境のなかで農産物を育てる、という仕組みで、随所に最新の技術がつぎ込まれている。最先端の農業関連の展示会においても、技術面でも設備面でも最も大きなブースを誇る、最大のカテゴリーのひとつといってもいい。
一方で、こうした植物工場の多くが黒字転換できていないという声を耳にした人もいるかもしれない。
今回、そんな植物工場にまつわる現状を知るために、一般社団法人イノプレックス、代表理事の藤本真狩氏に、植物工場の現状と未来についてお話をうかがった。イノプレックスは、「植物工場・農業ビジネスOnline」という植物工場の専門メディアの運営や、市場調査・コンサルティング、農業資材やプラントの開発・販売までを手がけており、植物工場の導入から運営コンサルティングまでを知る専門家だ。
植物工場は「農業」ではなく「工業」
まず、植物工場の定義とはいったいどんなものなのか。「実は植物工場というのは日本独自の用語で、明確な定義は日本では存在しません。英語では『プラントファクトリー』と呼ばれ、主に人工光を使った工場のことを指します。
温度や湿度、炭酸ガスなどを、複数のセンサーを使ってモニタリングし、それらの値を制御することで、1年中季節や気候を問わず農産物を収穫する『周年生産』に近いシステムになっています」
植物工場最大のメリットは、この周年生産にある。それを実現するために、自然条件を人工的に管理し、必要な農産物の収量を収穫することが最大のミッションだ。
もちろん収穫するのは農産物なわけだが、この植物工場というビジネスは、厳密には「農業」ではなく「工業」に近いジャンルだという。
「農業」の定義を辞書で引くと以下のような記述が見られる。
「土地を耕して穀類・野菜・園芸作物などの有用な植物を栽培し、また植物を飼料として有益な動物を飼育して、人類の生活に必要な資材を生産する産業。広義には,畜産加工・林業も含む(「スーパー大辞林」より)」
つまり、土を使って作るもの以外は「農業」とは呼ばないのが基本なのだ。
一方、植物工場はというと、土の代わりとなるさまざまな素材を用いたり、水をメインとした「水耕栽培」など、必ずしも土を使って育てていないケースも多く見られる。
なぜかというと、栄養素などを豊富に含んだ土を使うことは、植物の生育に有利になる反面、虫や微生物による植物自体への被害も考えられ、生育環境の厳しい管理が求められる植物工場においては、それが不確定要素になってしまうからだ。それゆえに、周年栽培で常に一定の収量を予測するためには、土を使わない方が都合がいい。
植物工場における光源は2種類
植物は、太陽の光と二酸化炭素を結びつける光合成によって生育する。その生育に最も大切な「光」に関しては、植物工場には自然の太陽光を用いる「太陽光利用型」と、蛍光灯やLEDライトなどを用いる「完全人工光型」の2種類の方式があると、藤本氏は説明する。「太陽光利用型は、オランダの大規模ハウス栽培などで用いられているものです。ヨーロッパは日照がもともと弱いので、ハウスの天井部に補助光を置き、太陽光とともに光をまかなう方式などもあります。この太陽光利用型では、室内の温度や湿度が細かく変化するので、ICT機器による詳細な制御が必須になります。
一方、完全人工光型は日本で多く実施されている方式で、温度、湿度はほぼ一定で、変化するファクターが少ないため、環境が安定しています。制御すべき項目も『光の強さ』と『波長』、『炭酸ガス』などそれほど多くはないため、管理しやすいと言えるでしょうね」
ここで素朴な疑問が湧いた。「ヨーロッパと比べて日照が強い日本で、なぜ完全人工光型が多いのか」
すると、「『植物工場としては』という但し書きがつきます」と藤本氏。そもそも日本の野菜の栽培状況は、植物工場よりも屋外の土で育てるいわゆる露地栽培の方が圧倒的に多い。完全人工光型が多いというのは、植物工場で生産された野菜自体がわずかしかない中で「多い」というわけだ。
植物工場に導入されている主な技術
前述のように、温度や湿度、光などが管理された植物工場には、当然、様々なIoT技術が導入されている。その代表的な技術のひとつが「光源」だ。「野菜などの植物が成長するために必要な光は、例えばレタスとハーブなど品種によっても違いますし、タネや苗の状態、生育時や収穫時などで最適な光の波長や強さは異なります。最近では作物の品種などに合わせた波長の光を用意することで、飛躍的に成長を高めることも可能になってきています。
光源としては白熱灯、蛍光灯に始まり、近年はLEDが使われるようになってきました。これは光熱費が圧倒的に安くて済むことが最大の理由です。
現在植物工場で栽培されている野菜は、レタスに関してはノウハウが非常に成熟してきています。国内で稼働している植物工場の9割以上はリーフレタスで、残り1割がハーブやベビーリーフなど、なんです」
栽培されている農産物を見てもわかるとおり、そのほとんどは葉物野菜。トマトのように実がなるタイプの野菜や、イモ類のような根菜類は作りにくい。それは、一定の規格に沿った野菜を育て、効率よく収穫するためだという。
「レタスなどの葉物野菜は、高さが大きく変わらず、収穫の時期になってもそれほど大きくなりません。そのサイズが重要で、大きくなりすぎても逆に管理しにくくなってしまうんです。
また、トマトなどの場合、葉の重なり方や実がなる場所が一定ではなく、1カ所に置いた光だけでは足りず、側面からも照射する必要があるため、追加の設備が必要です。なので、なかなかビジネスにはなりません」
だが、技術は日進月歩で進化し続けている。今後安定的な栽培が期待されているのがイチゴだ。
「イチゴもトマトのように実がなるタイプですが、上ではなく横に伸びていくため、光が当たりやすくコントロールしやすいんです。甘く熟したイチゴは冬の時期にハウス栽培などで育てられていますが、甘すぎないケーキ用のイチゴなどは現在は海外から輸入されています。これが植物工場を用いて国内で生産できるとなれば、ビジネスチャンスになります。イチゴはレタスの1.5〜2倍の光量があれば栽培できるので、今後植物工場で扱う品種として増えてくることが予想されます」
「植物工場は赤字続きで儲からない」噂のカラクリ
工場というかたちで環境を制御し、収量もある程度予測できるとなれば、さぞかし儲かるビジネスになるのでは?と予想できる。しかし植物工場は一般的に、設備投資のイニシャルコストと、光熱費などのランニングコストが露地栽培と比べて高額で「儲からない」と思われがちだ。この点について藤本氏は、植物工場という括り方のからくりがあると語る。
「国内の植物工場を調べてみると、太陽光型が200カ所、完全人工光型が200カ所くらいあります。そのうち6〜7割はたしかに赤字で、黒字化できているのは1割程度、トントンなのが2割くらい。軌道に乗っているのは3割くらいというのが実情です。
完全人工光型の約200カ所のうち、レタス換算で1日1000株以上作れる規模の工場は「60カ所」くらい。それ以外の「140カ所」は規模がとても小さい工場です。
というのも、これらはLEDメーカー、センサーメーカー、自社の実証プラントで検証やPRのために運用しているモデルハウスみたいなものだからなんです」
つまり、単に「植物工場」であることだけでカウントすると、研究やPRの工場も含まれているのだ。一般的な植物工場の収支均衡ラインと言われる1日3000株以上、5年以上稼働している植物工場に限定すれば、8割以上は黒字になっているという。農業ビジネスとして稼働しているところだけを見れば、実際安定運用はなされているというのが現実だ。
イノプレックスによる植物工場の市場動向分析。一定の生産規模以上があれば黒字化は十分に可能だ
植物工場の運用コストはどれくらい?
黒字化が可能であれば、植物工場がさらに普及していく可能性はある。では、そのコストはどれくらいなのだろうか。「完全人工光型の場合で考えてみましょう。
リーフレタスを1日1000株生産する場合、棚のようなかたちで施設内の空間を縦に使用しますが、成長したレタスにあまり高さは必要ないので、一般的な室内の天井高で問題ありません。なので、立地としては空き工場や倉庫などが使えます。空き施設を再利用する場合、施設高は2.5~3メートル弱で、リーフレタスの場合は5段くらいを積み上げて栽培します。
上記のような空き施設を再利用しながら、生育のための設備を導入するとしたら、だいたい6000万〜7000万円くらい。建物外部の気温の影響を受けにくくするための断熱パネルや、環境制御のための空調を入れるといった改修費用が2000万〜3000万円くらい。合計で8000万〜1億円弱くらいで作れます。
施設の面積は、生産ルームだけで600〜700平方メートルくらいです。ランニングコストは空調や光源の光熱費が主で、これは規模や数量などによりますが、常に稼働させなければなりませんので、やはりそれなりの額はかかることはわかると思います。
これはレタス工場の例ですが、今のところ葉物野菜しかペイしません。レタスは光がそれほど必要なく、育っても高さが必要ないから、何段もの棚が作れます。しかしトマトなど実がなるものを育てるとなると、全方位照射が必要になったりして照明本数が増え、照明自体の強さも必要になります」
植物工場に関する補助金は?
これほどのイニシャルコストがかかるとなると、大企業やよほどの資金がある農業法人以外は手が出せない。しかし、国側としても補助金などを用意しているという。「「過去には、海外市場を視野に入れた事業プランや市場開拓のため、グローバルな農商工連携に関する補助金(経済産業省)にて、1年間で1億円くらい支援されることもありました。金額は少なくなりましたが、現在でも似たような補助プランもあります。その他、各自治体による工業誘致支援などでは、数億円の補助支援を行う地域もあります。
また、農林水産省の農福連携(障害者雇用の取り組み)のために、2000万〜3000万円くらい出る補助金もあります。企業の障害者雇用に関する取り組みは、法定雇用率がありつつもなかなか進みませんが、実は植物工場はそこで働く人にとっても労働環境がとてもいいんです。
場所を選ばないため、都心などに設置できることから公共の交通機関で通えること、空調などが制御されているため労働環境がいいこと、危険な作業がないことのほか、野菜を作るという楽しみがあることや、直売所などでは販売員としてお客様と触れ合ったりもできますから」
こうした補助金を活用することで、500株くらいまでの小規模な植物工場を、寄付金や補助金を集めて設置している企業もある。例えば2000万円補助+1000万寄付+自己資金1000万といったかたちであれば、農産物の販売のみで利益が出なくても、運用することは可能なわけだ。
植物工場のメリット
ここであらためて、植物工場のメリットを考えてみよう。・計画的に作れる
周年栽培することで、気候変動などに左右されず、常に一定のクオリティの野菜を計画的に栽培・収穫できる。・制御するファクターが少ないので、知識がなくても作れる
露地栽培のように土の質や病害虫の影響などを心配する必要がなく、農業に関する知識、経験、勘といったものが必要ない。・栄養素や機能性をコントロールできる
外的な変化の要因が少ないため、最近では掛け合わせなどにより機能性の高い野菜を安定的に収穫することもできている。例えば、低カリウムのレタス、妊婦用マグネシウム、亜鉛を増やした野菜など、健康指向の消費者の要望に合う商品の開発も可能になってきている。・国の認可を受けた上で食用以外の野菜の栽培も可能
こちらは野菜の栽培とは少しずれるが、新型のインフルエンザワクチン入り野菜などがアメリカでは開発されており、2019〜20年には市場に出てくることが予想されるという。これらはだいたい1~2週間程度で作れるため(植物の育成期間を含めると6週間程度が必要)、従来の鶏卵を用いたワクチン製造(6カ月程度が必要)と比べて、大幅な時間とコストの節約につながることが期待されている。・加工工賃が安くて済む
土を使わない場合は、農薬も使っておらず水洗い不要なため、飲食店での店内調理の際に事前の水洗いなどが必要なく、そういった人件費なども節約できる。植物工場のデメリット
一方で、植物工場ならではの解決できていない課題もまだまだ残されている。・まとまった資金が必要
補助金などが支給されるとしても、一定の資金は必要になる。そのため、一般の露地栽培農家が植物工場に転換するといったことは難しい。・レタス以外についてはノウハウと設備技術が追いついていない
レタス以外にも栽培はできると述べたが、コスト面から研究開発などにおいてもレタス以外のノウハウ、設備の技術などはまだまだ進んでいない。・運用コストがまだまだ高い
植物工場で育てた分のコストを回収しようとすると、1個あたりの単価はどうしても高くなってしまう。例えば2009年頃は、植物工場産レタス1個あたりの卸値は350〜400円程度だった。2018年現在では150〜200円くらいまで下がってきているが、それでも市場の価格と比べると割高だ。一般のスーパーなどで流通させようとしても、価格的に競争力が厳しい面がある。・価格(生産コスト)は、レタスですら露地栽培にはかなわない
最大のノウハウがあるレタスでさえ、露地栽培のレタスとの価格差が大きくなってしまう。たとえば、大規模施設の運営・栽培ノウハウを持つ企業であっても、生産原価で80gのフリルレタスが70円〜80円くらいだが、露地栽培による玉レタスであれば、有名ブランドの商品でも1kg300円(卸値)くらい、低価格帯の大手外食チェーンなどの大量発注の場合、植物工場のレタスと比較して品質面は各段に劣るが、1kg100円台で取引されることもある。それが植物工場製レタスの場合は、1kgあたり850〜1000円と2倍以上にもなってしまう(もちろん、年間契約などで平均化はできるし、外食の場合は市場価格が変動してもメニュー価格を変えなくて済むというメリットもある)。
・販売先は直接が基本
植物工場のレタスは、JAなどの流通に乗せることができないため、独自に販売先の確保と拡大が必要だ。1年営業して販路を開拓し、2年目に生産量の半分くらいの販売先が見つかり、3年後くらいにようやく販路が確保できるというのが成功事例だという。コスト的にも時間的にも負担が大きい。植物工場の未来像とは?
このようにコストや単価などの課題が多く、価格だけでみると植物工場の野菜が一般家庭で消費する野菜として流通することは、今はほとんどない。しかし、売り先をどこに絞るかによっては、気候などを問わず安定供給できる植物工場の意義があることも確かだ。
「おそらくほとんどの方が、植物工場の野菜を必ず1回は口にしているはずです。コンビニや機内食、外食チェーンなどに、植物工場産の野菜は幅広く浸透しています。これらはあえて『植物工場産』とアピールしていないだけなんです。
社会福祉法人や小さな会社などで補助金を活用して障害者雇用に取り組んでいる例もあります。このような例は一般的な農業ではなかなか難しい面もありますが、社会的な意義もあります。
規模に応じて様々な植物工場があって、私たちの身近な暮らしの中で活用されているんです」
ほかにも、イノプレックスが支援するイタリアンレストラン「ガレリア」が実施している、店内で工場方式のバジルなどを栽培し、その場で収穫して料理に使うという「店産店消」の店舗併設型植物工場のように、一種のアトラクションのような活用も考えられる。
従来の農業という枠組みを超えた様々な場所や方法で、植物工場はどんどん進化を遂げているのだ。
※ ※ ※
少子化、高齢化、そして人口減少による外国人の増加など、食文化の変化だけでなく生活様式までどんどん変わってきている。そのようななかで、日本の食を守り、安心できる食材を供給するために、今後植物工場のような仕組みはより増えていくだろう。
いち農家が植物工場を営むというところまでは、コストや設備の規模などの面からも難しいかもしれないが、この植物工場で培われた技術が、慣行栽培でも活用できるようになっていく可能性もある。
普段、私たちが口にしているレタスなどが、どんなふうに作られて私たちの口に届くのかを知ることも、これからの日本の農業がどのように発展していくかを考えるきっかけになるはずだ。
<参考URL>
一般社団法人イノプレックス
植物工場・農業ビジネスオンライン
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