スマートグラスが高齢農家にもたらすもの【富有柿農家・水尾学のスマートグラス活用日記 第2回】

滋賀県北西部の高島市今津町で「富有柿」を栽培している柿農家の3代目、水尾学(みずおまなぶ)です。2代目である父の成(しげる)と共に、日々農業に励んでいます。

前回のコラムでは、センサーやドローンなどのIoTを取り入れて柿農園を受け継いだというお話をしました。

今回は、そんなIoT機器の中でも父親からの技術伝承に大きく貢献してくれた「スマートグラス」の導入から実際の運用に至るまでの過程をご紹介したいと思います。


言語を超えた“視覚的コミュニケーション”

父親は現在86歳と高齢で、徐々に足腰が悪くなってきています。調子のいい時は園地に出向いていますが、そうでない時も増えてきています。

本来なら、若い間に同じ園地で作業ノウハウを伝承しておくことが理想ですが、私の場合はそれはできなかったので、現在は園地にいる作業者(私)がスマートグラスを使って、自宅にいる父親からの指示により作業を覚えるかたちをとっています。


当初は音声を中心にした作業を行っていましたが、対象物が多くなると削除する果実を限定するのに時間を要し、誤認識することが増えてしまいました。口頭で素早く、間違いなく位置を指示・認識できるのは4つ程度(上下左右)の指示までです。それ以上になると、例えば、“上の列にある右から3番目”といった口頭でのやり取りが増え、確認する側も対象物を限定するまでに時間がかかってしまいます。

そこで、ビジュアルで判断できる指示機能のソフトウェアを利用して、スマートグラスに指示を出しております。指のマークで個体を指示したり、まとまった個数を削除する場合は赤い線で周囲を囲んだりといったかたちで、誰が見ても“一目瞭然”に間違うことなく作業指示を行えます。

このスマートグラスの仕組みであれば、外国の方(言語の違う方々)への作業指示も楽々できます。これにより、ターゲットの認識を素早く行えます。時間が多くかかるとポケットWi-Fiの通信費も増えるので、できるだけ効率のいい作業を目指しています。

運用ルールは使いながら徐々に確立

スマートグラスを導入した当初は、このエリアは作業終了かと思い他へ移動しようとした際に、いきなりピックアップの作業指示が父親から来ることがありました。作業の区切りを明確に決めていなかったことで、戻りが発生してしまいました。作業エリアでの作業開始/終了を明確にルール付けするなどして進めています。

さらに、遠隔で相手に伝わるように指示するにはどのようにした方がいいのか、父親も私もお互いに勉強になっており、効率的な作業に向けたローカルルールなども次々に決めて実施しております。

例えば、柿の木にナンバリングをして、位置を間違えないようにしています。また、スマートグラスを付けての作業中は体の周りにケーブルなどがあるため最初は戸惑いましたが、ベストを着用してそこにケーブル類をしまい込むなど、作業に影響のないように工夫するようにしました。こうすれば、新人さんでも十分作業ができると思います。

また、スマートグラスの応用範囲も次第に広がっており、父親が園地Aで作業している間でも、その休憩時間に軽トラックにいながら、ノートパソコンで他の園地Bにいる作業者(私)の作業を確認・指示したりもしています。


自宅にいながら園地を確認できることがわかってからは、私が単独での作業へ行く場合でも“メガネ(スマートグラス)を持って行け”と言い出すようになりました。自宅から園地を見たいためです。

スマートグラスで高齢農家の“現役期間”が延ばせる

スマートグラスを導入した最初の頃は、85歳を超える父親にパソコンを覚えさせるのは“一種の虐待”に近いかもしれない、とも感じましたが、今は作業性を上げるためにマウスからペンタブレットに持ち替えて、より早い指示ができるようになりました。

通常、農業では、“足腰が悪くなれば現役引退” という点が共通しています。しかし、彼らには“計り知れないほどのノウハウがあります。このスマートグラスの手法を用いれば、これまでは引退していたような方でも自宅からの指示でノウハウを伝承できるという意味で、引き継ぎ可能な期間が延びることにもつながります。さらに “自宅にいながら現役“であることで、本人も生きがいを持てるようになります。そして、名人級の技術伝承をより幅広い人たちに伝えることもできるようになるでしょう。機器費用や通信費など少々経費はかかりますが、それに代えられない経験値を伝承できると考えております。

スマートグラスは、インターネットがつながる環境下であれば、距離に関係なく実現できます。当家では約1km離れた園地で実施していますが、九州にいながら北海道の農場へ指示を出すこともできるわけです。スマートグラスを複数利用して、別々の園地の作業者へ指示を出すことも可能になります。ひいては、農業全体の管理時間の短縮にもつながることになります。

“自分なりのやり方”を凌駕するメリット

このような取り組みからの感想ですが、農業作業者は“現在の自分のやり方”に少しでもロスが発生することを極端に嫌がります。特に、長年自分で作り上げた手順を変えるのはプライドもあり嫌います。しかし、少しロスをしても総合的にメリットがあるという考え方への転換が必要です。最初は当然戸惑いますが、必ず慣れます。その結果、今までのやり方では見られなかった効果が出てきます。

現状のスタイルにこだわることなく挑戦していくと、違った角度からモノが見られ、興味が沸いてくると思います。

余談ですが、ある新聞社から取材を受けた際に、記者が父親に「お父さん、息子さんがこのようないろいろなことを始めたことをどう思われますか?」と問いかけ、さらに私には「息子さんは、黙って下さいね!」とくぎを刺されたことがありました。当方としても、「どう思っているのだろう?」と興味がありました。

その時父親は、「時代が変わって来ているのだから、新しいことに挑戦していかないといけないと思った」と回答。

……年はとっても頭は柔軟にしておかなければならないと、当方も考えさせられました。

スマートグラスに取り組み始めてから、取材や見学が増えてきていますが、最初は無口で人見知りで人前に出るのを嫌がっていた父も、最近は自信がついてきたようです。あの時もし父親が拒んでいたら、スマートグラスでの実績はなかったと思います。


Optimal Second Sight
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株式会社パーシテック
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  1. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  2. さとうまちこ
    さとうまちこ
    宮城県の南の方で小さな兼業農家をしています。りんご農家からお米と野菜を作る農家へ嫁いで30余年。これまで「お手伝い」気分での農業を義母の病気を機に有機農業に挑戦すべく一念発起!調理職に長く携わってきた経験と知識、薬膳アドバイザー・食育インストラクターの資格を活かして安心安全な食材を家族へ、そして消費者様に届けられるよう日々奮闘中です。
  3. 北島芙有子
    北島芙有子
    トマトが大好きなトマト農家。大学時代の農業アルバイトをきっかけに、非農家から新規就農しました。ハウス栽培の夏秋トマトをメインに、季節の野菜を栽培しています。最近はWeb関連の仕事も始め、半農半Xの生活。
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    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 柏木智帆
    柏木智帆
    米・食味鑑定士/お米ライター/ごはんソムリエ神奈川新聞の記者を経て、福島県の米農家と結婚。年間400種以上の米を試食しながら「お米の消費アップ」をライフワークに、執筆やイベント、講演活動など、お米の魅力を伝える活動を行っている。また、4歳の娘の食事やお弁当づくりを通して、食育にも目を向けている。プロフィール写真 ©杉山晃造
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