「食料・農業・農村基本法」改正を読み解く 〜急がれる実用的なスマート農業

2024年5月29日、国会にて「食料・農業・農村基本法」の改正案が成立しました。現行法が制定されたのは1999年のことですので、実に25年ぶりの大幅な改正となります。

改正法を眺めてみると、この25年間で変化してきた日本の農業の現状、日本と世界の経済状況、進行し続けている地球温暖化の影響、それに伴う環境保護意識の高まり、さらに、日本と世界の食料安全保障などを反映したものとなっています。

法律は時代に合わせて変わってしかるべきものです。この改正法も、現状と少し先の未来を見据えたものではありますが、いつかはさらなる改正が必要になることは間違いありません。

そこで今回は、2024年度の改正法でどんなところが変わったのかを確かめながら、国が日本の農業をどんな方向に維持・発展させたいと考えているのかを読み解いていきたいと思います。合わせて、SMART AGRIのテーマでもある「スマート農業」や「農業DX」の目線から、改正法の真意も探っていきます。



四半世紀ぶりの改正で条文の改変・追加が多数


「食料・農業・農村基本法」は「農業の憲法」とも呼ばれるように、日本の農業の舵取りをするための基本の法律です。

大きく分けて、日本の農業全体に関わる「第一章 総則」、具体的な施策の根拠となる「第二章 基本的施策」、農林水産省をはじめとする行政機関の活動指標となる「第三章 行政機関及び団体」、そして政策や施策を審議する「第四章 食料・農業・農村政策審議会」の、計四章から成ります。農業関係者にとって関わりが深いのは第一章と第二章です。

最もわかりやすい変更点としては、全部で四十三条だった条文が五十六条へと、実に十三条も改編もしくは追加されたことです。この条文の変更点の数を見るだけでも、重要な課題が増えていることがわかります。

食料・農業・農村基本法の改正部分一覧(条文のみ。SMART AGRI編集部作成)

主な変更点だけを抜き出してみると、
  • 「食料の安定供給」が「食料安全保障」へ
  • 「環境負荷低減」を全体的に盛り込んだ
  • 「農業者」と「団体」(農協など)を切り分けて役割を明確化
  • 輸出」に関する条文を追加
  • 「先端的な技術」(スマート農業など)の条文を追加
  • 「農地」や「地域」の保全に関する条文を追加
  • 「鳥獣害」の対策を追加
  • 行政と団体の連携強化を明確化
といったものがあります。

いずれも2024年現在の日本の農業の課題とされているもの、その解決策として期待されているものと言えます。


世界の中での日本の立ち位置を見据えた「食料安全保障」


より具体的に、大枠の改正ポイントを農業の現状に照らして考えてみましょう。

「食料・農業・農村基本法」改正のポイント(SMART AGRI編集部まとめ)
  1. 日本国内での「食料の安定供給」から、世界を見据えた「食料安全保障」への意識変革
  2. 急速に進む担い手の「高齢化&人口減少」への対策
  3. 世界と歩調を合わせた「農業における環境負荷の低減」の強調
  4. コスト高騰の中での価格転嫁など「適切な価格」への消費者理解の促進
  5. 人口減少と国内需要減少をカバーする「輸出」の強化
  6. スマート農業による「生産性向上」「付加価値創出」

1. 日本国内での「食料の安定供給」から、世界を見据えた「食料安全保障」への意識変革


全文を見渡して最も強調されているテーマは、これまでの「食料の安定供給」から「食料安全保障」という言葉に置き換えられたことです。

「食料の安定供給」には、輸入による食材の確保も含まれていたとは思いますが、主に国内に向けた言葉になっていました。それが「食料安全保障」という世界情勢の中で日本がどう食料を確保していくか、という部分が強調されています。

これは、この25年間で起きた日本や世界での大災害や気候変動、国家間の紛争とそれに伴う物資の問題、そしてIT技術の進化によるビジネスの変化を見ていくと理解できます。農業を取り巻く環境は、25年前に現行法が想定した以上のインパクトを私たちにもたらしてきたからです。

中でも日本は、東日本大震災や能登半島地震などの大きな災害、毎年のように起きる台風や水不足といった気象の影響、新型コロナウイルスによる経済活動の停滞などで、大きな痛手を被ってきました。

そこに、ロシアのウクライナ侵攻に端を発する、農業資材やエネルギー資源の海外依存の問題、輸入食材を世界中で取り合う状況が重なり、小さな島国である日本の食料安全保障上の課題を突きつけられました。それらを受けて「食料安全保障」というより広い概念へと拡大されたと言えます。

ただし、基本法が改正されても、翌日から劇的に変わるわけではありません。具体策としては、
  • 輸出政策などによる日本ブランド、産業としての日本の農業の強化
  • 過度な輸入に頼らずに国民を支えられるだけの食料自給率のさらなる向上
  • 持続的な農業を維持するために、消費動向も踏まえた適切な価格設定
といったことを法律に明記することで、国としてこれから促進していくという姿勢が示されています。

これらを踏まえると、改正法にうたわれている未来の農業のあり方を実現するためには、これまでどおりの農業の進め方では立ち行かなくなってきていると言えます。農業にかかわるあらゆる人が現状を強く自覚し、実際に行動に移すことが求められています。


2. 急速に進む担い手の「高齢化&人口減少」への対策


現行法の段階でも、農業の担い手の高齢化と、人口減少に関する危惧は明記されていました。しかし、今後さらに農業従事者は急速に減少していくことは間違いありません。

この状況を法律で解決するため、担い手の収益を上げるための価格転嫁や、農地をまとめて効率を良くすることなどを解決する努力もあらためて明記されました。

鳴り物入りで設置され期待されていたものの、実際には有効活用できている地域は少なかった「農地バンク」や、地域の農業関係者をつなぐ団体などを通した農地集約も、改正によりやりやすくなっていくことが期待されています。


3. 世界と歩調を合わせた「農業における環境負荷の低減」の強調


すでに農業関係者の多くが、欧米を中心とする農業による地球環境への影響を抑える取り組みについて、日本も他人ごとではいられないと感じているでしょう。

高温多湿で圃場面積も決して広くはなく、世界と比較すると使用量がどうしても多くなってしまうと言われていた農薬の基準などについては、日本特有の環境があることは確かです。しかし、これまで以上に日本ブランドの農産物の輸出を強く押し出すとなれば、世界と歩調を合わせた環境負荷低減策は、今後は嫌が応にも改善していくことが求められます。

すでに「みどりの食料システム戦略」により、諸外国に合わせた環境や健康に対する意識、SDGsなどの取り組みは強化されてきていますが、それでも不十分です。

必要なのは、地球環境を守るという農業関係者の意識改革です。自然を相手に生業を営んでいる生産者ひとりひとりが、当たり前のように環境意識を高める必要は高まるでしょう。


4. コスト高騰の中での価格転嫁など「適切な価格」への消費者理解の促進


ウクライナ侵攻による肥料や燃料の高騰や、異常気象による生産者への金銭的な負担増に対して、国による補助などもあったものの、最終的には自助努力で解決する以外に明確な打開策はありませんでした。そこに円安も重なり、コストは増加しつつも収益は変わらないどころか、減少したり、廃業に追い込まれる生産者も続いています。

この状況を打開するために、国としても価格転嫁を行いやすいように、消費者への理解を進めていくことが明記されました。国策としては、手ごろな価格で誰もが入手しやすい食料価格を維持することも必要で、この両者は相反するものでもあります。

しかし、現場での苦労に見合うだけの価格設定を、個々の生産者や販売業社が行ったとしても、最終的に選ばれるかどうかは市場経済に委ねられます。国として、価格転嫁の必要性への理解を深めていくことは、当面は続くと思われる円安の状況の中でも重要でしょう。


5. 人口減少と国内需要減少をカバーする「輸出」の強化


日本の農産物の輸出に関しては、日本の農産物のクオリティの高さが海外で支持されているというイメージを前提として、国内消費のために作ったものを海外で販売することが主でした。それは生産しても国内需要が上がらないという中で、苦肉の策として始まったものでもあります。

しかし、生産量の向上と販路の拡大により、本気で輸出による収益拡大・外貨獲得を目指すのであれば、海外での日本産農作物に対する正しいニーズを調査し、場合によってはその地域に日本産食材の需要を作り出すことも必要になります。国内向けに作り過ぎたり需要がなかったために、結果として余ったものを値下げして販売するという、閉店間際の食材売り場のような輸出政策ではうまくいくはずがありません。

改正法では、「輸出入」から「輸出」に関する条文が分割され、国だけでなく民間の力も借りながら、積極的な輸出産業の確立を進めていきたいという意図が盛り込まれています。TPPやFTAといった国家間貿易の課題は国として解決しながら、民間でも輸出産業を確立していくことは、日本食などが世界で支持されているいまだからこそ強化していきたい課題です。


6. スマート農業による「生産性向上」「付加価値創出」


農業の担い手が高齢化し、なおかつ減少していくという状況には、おそらく今後も歯止めはかかりません。少子高齢化が進む日本で、これまでのように個々の生産者の努力にのみ依存するかたちの農業は、もはや限界に来ていると言えます。

担い手の高齢化・減少という状況を解決する方法として期待されてきたのが、少人数でも栽培・収穫できたり、少ない労働力、無駄な作業を省いて持続可能な農業を実現する「スマート農業」です。

ですが、この25年間で実際に現場でどれくらいのスマート農業が活用されてきたかと問われると、残念ながら生産者側の意識としても、スマート農業ソリューションの提供側の意識としても、決して普及しているとは言えない状況に思えます。

たしかに、ドローンによる農薬散布や、直進アシスト機能付きのトラクターなどは多く導入されています。ですが、やはり導入価格は高く、日本の生産者に合うかたちで社会実装されているスマート農業ソリューションは、まだまだ少ないのが実情です。

改正法では、「先端的な技術」としてスマート農業に関する条文が追加されていますが、そこには加工・流通方式や、省力化・多収化のための品種改良なども含まれています。同時に、単に生産が楽になるというだけでなく、技術を用いることで付加価値が高まるような取り組みにも言及されています。

ドローン・AI・自動走行といった技術は、農業における革命と言えるものです。あとはそれらがどれくらい実装されていくか、そして収益アップに直接つなげていけるかが、改正法のもとでより推進されることが期待されます。


まとめ


改正法の中身は、この25年間で農業関係者が課題と感じてきたことを明文化したものと言えます。その意味では、問題意識、課題感は、国も生産者も共通認識です。

しかし、改正法ができただけで、すべての生産者の悩みが解決できるというわけではありません。具体的な数値目標をどう設定するか、十分な予算を確保できるか、歯止めがかからない担い手の減少をどう解決するかといった部分では、「日本の農業の維持・発展のため」と言いながらも政治的立場の違いによる意見のせめぎ合いが、今後も国会で議論されていくでしょう。

改正「食料・農業・農村基本法」は、あくまで土台に過ぎず、これが完璧なものであるとも言えません。この法律が施行された後、日本の農業がどう生まれ変わっていくのかをしっかり見定めていく必要があります。


食料・農業・農村基本法|e-GOV 法令検索
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=411AC0000000106
SHARE

最新の記事をFacebook・メールで
簡単に読むことが出来ます。

RANKING

WRITER LIST

  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、福岡県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方、韓国語を独学で習得(韓国語能力試験6級)。退職後、2024年3月に玄海農財通商合同会社を設立し代表に就任、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサルティングや韓国農業資材の輸入販売を行っている。会社HP:https://genkai-nozai.com/home/個人のブログ:https://sinkankokunogyo.blog/
  4. 川島礼二郎
    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 堀口泰子
    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
パックごはん定期便