「減反政策」の廃止で、日本の稲作はどう変わったのか 「令和の米騒動」を契機に米政策を考える
(最終更新:2025年3月21日 初出:2019年8月27日)
1970年から2017年まで、およそ50年近くにわたり実施された「減反政策」が、2018年度(平成30年)に廃止された。
米の生産量抑制のために実施され、農業関係者にとって当たり前の存在となっていた減反政策。廃止から年数が経過していく中で、地域ごとに少しずつ変化も見られた。しかし、その後も米の生産量自体は増えることはなく、歯止めがかからない農業生産者の人口減少も続いてきた。
それに輪をかけるように、2024年(令和6年)の急激な米不足と、それに端を発する米価格の高騰などを巻き起こした「令和の米騒動」により、長年の減反政策がすべての元凶だったとする声も大きくなった。
しかし、冷静に見ていくと必ずしもそれだけが原因だったとも考えにくい状況も見えてくる。
長年の減反政策とその廃止が、日本の米生産にどんな影響を与えたのか。そして、今後日本の稲作はどうなっていくのか。減反政策の歴史的な流れをあらためて踏まえながら、日本の米政策についてあらためて占ってみたい。

減反政策の歴史、廃止になった理由とは
そもそもなぜ減反政策が導入されたのか。その歴史的背景から探ってみよう。
従来、米を主食としてきた日本人にとって米の安定供給は大きな課題であった。特に、戦後の食糧難の時代は、米の生産量引き上げが国全体の喫緊の課題といっても過言ではなかった。
この問題を解決するため、昭和40年代に入ると肥料や農業用機械の導入が進むなど、農業技術の革新が起こる。これにより、米の生産量を大きく引き上げることに成功。米が名実ともに家庭の主食になった。
しかし、その後「主食=米」の常識が徐々に崩れ出す。戦後アメリカが統治してきた影響もあり、日本人の食卓の欧米化が進行したことで、パンを主食とする日本人が増え、「米離れ」が加速した。

そして、生産量を増加し続けてきた米に余剰が発生するようになる。当時、食糧管理制度により政府により米の価格が調整されてきたが、農家からの買取価格より市場への売値の方が安くなるという事態も発生。米の生産計画は大きな見直しが迫られた。
そこで、日本政府は1970年に新規の開田を禁止し、耕作面積の配分を行うなどの生産調整を開始。これがのちの減反政策=いわゆる生産調整へつながっていく。
減反政策のメリット・デメリット
こうして開始された減反政策。果たしてどんなメリット、デメリットがあったのか。
減反政策のメリット
生産者のメリットとしては、政府の方針に従えば収入がある程度確保されることだ。生産量・価格は政府が決めるため、農家はそのとおりに生産すれば生活が安定しやすくなる。
また、水田で米以外の作物を生産する=転作する際の補助金も大きな収入源となる。例えば、水田で麦や大豆などを作る農家に対しては、10アールあたり3万5000円の補助金が付与された。菓子類などに使われる加工用米を生産した場合にも、2万円の補助が与えられる。さらに、家畜などの飼料用米に対してはより手厚い補助がつく。その金額は最大で10万5000円にもなった。

さらに、政府としては過剰生産・過剰在庫のような状態を招きにくくなり、米の価格の安定と、需給のコントロールが可能になる。そもそも農産物は毎年の気候や天候などにより豊作の年もあれば不作の年もあるが、増えすぎた水田を政府として調整することで、価格と需給を維持してきた。
需要を喚起したり輸出につなげることができれば、米を作ることを禁止する必要などなかったはずだが、当時すでに少子化も重なり、国内の米消費量自体も減る一方でもあった。結果的に、手厚い補助金を付与することで、減反に反対する農家たちの支持も受けてきた。
減反政策のデメリット
一見、生産者にとっていいことづくめのように見える減反政策だが、その裏には当然デメリットもあった。
その中でも大きいのが、農家が自らの経営判断で米の生産などを実施しづらくなるという点だ。販路が広がり、輸出などができるようになったとしても、補助金を超えるほどの生産を行わないのも仕方がない。その結果、農業経営者のやる気を削ぎ、農業経営者としての成長や規模の拡大を阻害する政策にもなった。

また、補助金で生活できている間は積極的に後継者を育成する必要もない。本来なら空いている農地を使って後継者が栽培技術を学べる時期に減反政策が数十年続いたことで、生産者の高齢化と離農の拡大につながった面もある。
農業に携わる若者が減り、自由な発想が生まれてこなければどうなるか。この先農業の自由化が進み、海外から米が輸入されるようになった際に、日本の生産者が競争に負けてしまうというリスクもある。米農家を中心として、米に携わる人々の中から、こうした未来志向の考え方が生まれにくい情勢を作ってしまったことも確かだ。
減反政策廃止に伴う変化
では、実際のところ、この減反政策廃止はその後の米の生産にどのような影響を与えたのか。減反政策が廃止された2018年度(平成30年度)の都道府県別の生産計画を見てみよう。
数値を公表した45の道府県のうち、増産の計画を出したのが14道県。北海道、青森県、新潟県などの米づくりに強くブランドを持っている地域や、千葉県、神奈川県など消費地に近い県は、減反政策廃止をうまく活用しようとしている様子がうかがえる。
一方で、熊本県をはじめ福島県、山口県など8県は減産を予定。それ以外の県は前年並みを予定しており、米価格に大きな影響は発生しないと考えられる。
また、減反政策廃止前後の米の生産量の推移を見てみると、2017年(平成29年)の782.4万トンから2018年(平成30年)に778.2万トンに減少し、多少の増減はあるものの2023年(令和5年)までは減少し、2024年(令和6年)はわずかに上向いていた。これを見ても、減反政策の廃止自体が米の生産量増加につながっていなかったことはわかる。

日本の稲作は今後どうなるか
それでは、減反政策が廃止されたあとの日本の稲作はどう変化していくのか。
今後考えられる大きな変化は、農業のビジネス化がより加速することだ。これまでの国の方針に従うだけでなく、経営者個人がより自由に米の生産量を決め、ビジネスチャンスを的確に捉えて大きな収益を得られるようになる。

日本の米や果樹をはじめとする農産物は、中国など海外で人気を博していると言われるが、価格競争力という点で海外の需要と比べるとかなり高いと言われてきた。とはいえ、生産量を増やして海外市場に積極的に参入したい農業経営者にとっては大きなチャンスにつながることは間違いない。また、自由化が進むことで新たに農業へ参入する企業も増えるかもしれない。
これらは減反政策廃止後のストーリーとして、国が描いた理想的な流れである一方で、補助金などが削減されれば、それを頼りにしていた農家が生産から手を引くことも考えられる。また、減反政策の廃止だけでなく、その間に年数を経て高齢の生産者が引退・廃業するケースも増えている。その結果、これまで管理されてきた水田などが逆に減り、耕作放棄地として地域の自然に大きな影響を及ぼす可能性もある。実際、作付け面積自体は必ずしも増えてはいない。
また、食用以外で飼料用のエサとなる米も減ることが予想される。こうなると、畜産業などにも影響が広がる可能性もあり、その点も無視できない。
今回の「令和の米騒動」とそれ以降の価格高騰を教訓としてひとつ言えることは、米農家自身が自分たちが作った米をどのように流通させ、誰に販売するのかを、これまで以上に明確にした上で生産する必要があるということだ。
農薬や化学肥料の使用量を抑えて、安全・あんしんという付加価値を高めて単価を上げるという方法もあれば、地域や生産地ごとのブランドを立ち上げ、国内だけでなく海外などに販売するという戦略も考えられる。そうなれば、結果的に放棄された水田が集約し、より規模の大きな経営体が増える可能性もある。現に、米自体は家庭需要だけでなく、飲食業界からも不足しており、取り合いの様相も出てきている。
減反政策の廃止により、日本の米の生産体制は新たなフェーズに入った。しかし実質的には残っているさまざまな補助金もあり、現状維持どころか生産量自体は減少してしまっていた。補助金に頼ることのない米の生産が本格的に始まるのは、まさにこれからだ。
日本人にとって特別な意味を持ち、日本の代表的な農産物である米を今後どのように生産し、普及していくのか。国としてもひとりひとりの農家としても、そして消費者としても、「令和の米騒動」を契機に新たな考え方が必要な時代になってきている。
農業生産に関する統計(2)米の生産|農林水産省
米をめぐる参考資料|農林水産省
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