日本から流出した「シャインマスカット」はなぜ韓国で育種に使われていないのか
前回の記事では、日本のいちご品種である「レッドパール」が韓国で栽培・拡大され、最終的に品種登録されてしまうまでの経緯をご紹介しました。
物議を醸した日本産品種の流出事案は、日韓両国の品種に対する保護意識を高める教訓として、学ぶべきところも多い出来事です。
しかし、ほぼ時を同じくして、いちご以上に韓国で広まっていることで有名なぶどう品種「シャインマスカット」の品種流出も起きています。ただ、いちごのケースとはだいぶ状況が異なります。
今回は「シャインマスカット」の品種流出を題材として、当時の情報などを整理しつつ、日本と韓国の品種管理のあり方を考えてみたいと思います。
ぶどうもいちごと同様に、種子ではなく新しく成長してきた植物の一部を使って種苗を増殖できる作物です。
しかし、いちごと異なるのは、ぶどうは一般的に苗木業者が接ぎ木した苗木を購入するという点です。今回取り上げるぶどう品種「シャインマスカット」についても、韓国では苗木業者を通じて生産が拡大したことがわかっています。
まず、韓国における「シャインマスカット」の動きについて、事実経過を表にまとめました。
「シャインマスカット」の日中韓でのやりとりの経緯(筆者作成)
※1 農林水産省品種登録データベース
※2 2021.10.07付「新浪財経」
※3 中華人民共和国知識財産局発明実利申請
※4 国立種子院データベース
※5 農業技術道しるべ「ぶどう」
※6 2022.02.01付「農機資材新聞」
以上のように、「シャインマスカット」は韓国において「品種名称登録出願」が行われ、受理後に韓国全域に急速に広がった点が「レッドパール」とは異なります。
また、品種名称登録出願が受理された結果、「シャインマスカット」の苗を業として生産・販売するための許可を出願者が得たことを示す「生産・販売届出現況」欄には、2014~16年に9名の届出がありました。
ここで、「日本で育成された品種がいつの間にか韓国で登録されていたなんておかしいのでは?」とお考えになる人も多いでしょうから、法的な背景について少し説明します。
まず、韓国の法律「植物新品種保護法」第2条第2項によると「『品種』とは、植物学的に通用する最小分類単位の植物群として、第16条による品種要件を満たしていることとは関係なく、遺伝的に現れる特性のうち1種類以上の特性が他の植物群と区別され、特性が変わることなく増殖されるものをいう」と定義されています。
そして、同法第16条による「品種要件」とは「①新規性、②区別性、③均一性、④安定性、⑤第106条第1項に沿った品種名称」の5つすべてを備えていることとされています。
これを「レッドパール」や「シャインマスカット」に当てはめると、「②~④までは要件を満たしているが、①は他国で出願されているため、⑤は最初に出願された他国の品種名を名乗る」という論理で、「シャインマスカット」の名前のままで「品種名称登録」が出願され、要件を満たしていれば受理されるようになっています。
そして、①~⑤の要件すべてを満たした品種は、「保護品種」と呼ばれ、通常の品種とは扱いが別になるのです。
前回ご紹介した韓国のいちご品種「ソルヒャン」も、実はこの保護品種の一例です。「シャインマスカット」も、日本が2012年3月までに韓国内に居住する代理人を通じて韓国種子院に出願していれば、韓国では「保護品種」となり、育成権者である農研機構は韓国の苗木生産業者からロイヤルティーをもらう資格を得ることができたことになります。
さらに言うと、2013年に施行された韓国「植物新品種保護法」は、UPOV条約とも矛盾がないように条文が構成されているのです。
それでは、韓国で「シャインマスカット」の品種名称登録を受けたデギョンぶどう接木苗営農組合法人とはどのような団体なのでしょうか?
同法人のホームページをのぞいてみると、以下のことがわかります。
以上のことから、同法人は苗木の需要量が桁外れに多い「シャインマスカット」については自社生産はせずに、許諾した9社に苗木生産を任せていると考えらえます。
さらに、中国以外の各国で育成された品種も非常に充実していることから、UPOV条約などの法令もよく研究したうえで品種を導入している様子がうかがえます。そして、前述のとおり「シャインマスカット」苗木を最初に韓国に導入したのは中国であると推定されます。
以上を整理すると、日本での「シャインマスカット」の品種育成のニュースを聞いて、2010年頃に日本以外の国では出願されていないことを確認したうえで、中国から苗を導入したのではないかと考えられます。
その後、2012年に「シャインマスカット」が日本でしか育成者権がないことを再確認したうえで、韓国での品種名称登録が受理されるように、特性調査や複製樹の作成などの必要な作業を進め、満を持して2014年に出願したものと推測されます。
日・中・韓3カ国で「シャインマスカット」が短期間で普及した大きな理由は、食味が良く皮ごと食べられる点や、果粒重が大きいことのほかに、裂果などのトラブルが少ないなど、非の打ちどころがないためです。つまり、「シャインマスカット」は非常に優秀な親品種でもあるのです。
このことから、「シャインマスカット」を親に用いた品種育成は日本でも盛んに進められ、「神紅」、「マスカット・ノワール」、「富士の輝」、「甲斐ベリー7」、「クイーンルージュ」などが育成されました。
ここまで書くと、「韓国も日本と同様に『シャインマスカット』を親とした育種が盛んに行われているのだろう?」と思われる方も多いと思います。
ところが、意外なことにそうではないのです。
まず、韓国の農業技術を総括する農村振興庁のサイトを見てみますと、韓国の試験研究機関で育成された新品種の情報が掲載されています。そして、ぶどうでは、以下のような品種が紹介されています。
主な韓国で開発されたぶどう品種(筆者作成)
「シャインマスカット」が日本で出願された2003年以降に、韓国の試験研究機関で育成されたぶどうは13品種ありますが、「シャインマスカット」を親に利用した品種はないことがわかります。そして、栽培マニュアルを作成するなど、韓国政府が一番推している品種は「ステラ」です。
「ステラ」は、食味が良好で皮ごと食べることができ、摘粒作業が楽な黒色系品種ですが、果粒重が6.5gと小さいのが欠点です。それでも、「シャインマスカット」を安易に育種利用していないところには、韓国のぶどう関係者の強い意志を感じることができます。
ここまでの「レッドパール」と「シャインマスカット」の品種流出の流れを知って、日本人の心情としては「本来日本が世界に売れるはずの果物を横取りされた」と考える人も多いでしょう。
たしかに、意図的に日本の品種を取り入れたことは事実です。ですが、“一般の韓国国民”が海外の品種を使い続けることに対してどのように考えているかは、日本ではあまり理解されていないのが現状です。むしろ誤解されていることの方が多いかもしれません。
次回は、「シャインマスカット」が使われていない理由、そして韓国国民に根付く「種子主権」という考え方、これからの日本と韓国の種苗の交流のあり方を考えていきます。お互いの事情を理解できれば、日本と韓国はそれぞれの強みを生かして、東アジアの農業を振興するために協力できると思います。
物議を醸した日本産品種の流出事案は、日韓両国の品種に対する保護意識を高める教訓として、学ぶべきところも多い出来事です。
しかし、ほぼ時を同じくして、いちご以上に韓国で広まっていることで有名なぶどう品種「シャインマスカット」の品種流出も起きています。ただ、いちごのケースとはだいぶ状況が異なります。
今回は「シャインマスカット」の品種流出を題材として、当時の情報などを整理しつつ、日本と韓国の品種管理のあり方を考えてみたいと思います。
韓国で合法的に品種登録されている「シャインマスカット」
ぶどうもいちごと同様に、種子ではなく新しく成長してきた植物の一部を使って種苗を増殖できる作物です。
しかし、いちごと異なるのは、ぶどうは一般的に苗木業者が接ぎ木した苗木を購入するという点です。今回取り上げるぶどう品種「シャインマスカット」についても、韓国では苗木業者を通じて生産が拡大したことがわかっています。
まず、韓国における「シャインマスカット」の動きについて、事実経過を表にまとめました。
「シャインマスカット」の日中韓でのやりとりの経緯(筆者作成)
※1 農林水産省品種登録データベース
※2 2021.10.07付「新浪財経」
※3 中華人民共和国知識財産局発明実利申請
※4 国立種子院データベース
※5 農業技術道しるべ「ぶどう」
※6 2022.02.01付「農機資材新聞」
以上のように、「シャインマスカット」は韓国において「品種名称登録出願」が行われ、受理後に韓国全域に急速に広がった点が「レッドパール」とは異なります。
また、品種名称登録出願が受理された結果、「シャインマスカット」の苗を業として生産・販売するための許可を出願者が得たことを示す「生産・販売届出現況」欄には、2014~16年に9名の届出がありました。
ここで、「日本で育成された品種がいつの間にか韓国で登録されていたなんておかしいのでは?」とお考えになる人も多いでしょうから、法的な背景について少し説明します。
まず、韓国の法律「植物新品種保護法」第2条第2項によると「『品種』とは、植物学的に通用する最小分類単位の植物群として、第16条による品種要件を満たしていることとは関係なく、遺伝的に現れる特性のうち1種類以上の特性が他の植物群と区別され、特性が変わることなく増殖されるものをいう」と定義されています。
そして、同法第16条による「品種要件」とは「①新規性、②区別性、③均一性、④安定性、⑤第106条第1項に沿った品種名称」の5つすべてを備えていることとされています。
これを「レッドパール」や「シャインマスカット」に当てはめると、「②~④までは要件を満たしているが、①は他国で出願されているため、⑤は最初に出願された他国の品種名を名乗る」という論理で、「シャインマスカット」の名前のままで「品種名称登録」が出願され、要件を満たしていれば受理されるようになっています。
そして、①~⑤の要件すべてを満たした品種は、「保護品種」と呼ばれ、通常の品種とは扱いが別になるのです。
前回ご紹介した韓国のいちご品種「ソルヒャン」も、実はこの保護品種の一例です。「シャインマスカット」も、日本が2012年3月までに韓国内に居住する代理人を通じて韓国種子院に出願していれば、韓国では「保護品種」となり、育成権者である農研機構は韓国の苗木生産業者からロイヤルティーをもらう資格を得ることができたことになります。
さらに言うと、2013年に施行された韓国「植物新品種保護法」は、UPOV条約とも矛盾がないように条文が構成されているのです。
用意周到に合法化された「シャインマスカット」
それでは、韓国で「シャインマスカット」の品種名称登録を受けたデギョンぶどう接木苗営農組合法人とはどのような団体なのでしょうか?
同法人のホームページをのぞいてみると、以下のことがわかります。
- 1991年にぶどう苗専門業者に転換後、韓国で初めてポット苗を開発・生産し、ウイルスフリー苗の生産体制を整備するなど、韓国果樹業界ではよく知られた企業である
- 販売苗を見ると、国外品種のぶどう苗木が販売され、特に中国の品種が充実している(黒色:魏可、南抗葡萄、赤色:秋紅、選抜紅旗特早玫瑰、青色:牛奶子、京早晶)
- 韓国での定番品種「キャンベル・アーリー」や「巨峰」も扱っているが、「シャインマスカット」は販売していない
以上のことから、同法人は苗木の需要量が桁外れに多い「シャインマスカット」については自社生産はせずに、許諾した9社に苗木生産を任せていると考えらえます。
さらに、中国以外の各国で育成された品種も非常に充実していることから、UPOV条約などの法令もよく研究したうえで品種を導入している様子がうかがえます。そして、前述のとおり「シャインマスカット」苗木を最初に韓国に導入したのは中国であると推定されます。
以上を整理すると、日本での「シャインマスカット」の品種育成のニュースを聞いて、2010年頃に日本以外の国では出願されていないことを確認したうえで、中国から苗を導入したのではないかと考えられます。
その後、2012年に「シャインマスカット」が日本でしか育成者権がないことを再確認したうえで、韓国での品種名称登録が受理されるように、特性調査や複製樹の作成などの必要な作業を進め、満を持して2014年に出願したものと推測されます。
「シャインマスカット」由来の品種が韓国で育成されない理由
日・中・韓3カ国で「シャインマスカット」が短期間で普及した大きな理由は、食味が良く皮ごと食べられる点や、果粒重が大きいことのほかに、裂果などのトラブルが少ないなど、非の打ちどころがないためです。つまり、「シャインマスカット」は非常に優秀な親品種でもあるのです。
このことから、「シャインマスカット」を親に用いた品種育成は日本でも盛んに進められ、「神紅」、「マスカット・ノワール」、「富士の輝」、「甲斐ベリー7」、「クイーンルージュ」などが育成されました。
ここまで書くと、「韓国も日本と同様に『シャインマスカット』を親とした育種が盛んに行われているのだろう?」と思われる方も多いと思います。
ところが、意外なことにそうではないのです。
まず、韓国の農業技術を総括する農村振興庁のサイトを見てみますと、韓国の試験研究機関で育成された新品種の情報が掲載されています。そして、ぶどうでは、以下のような品種が紹介されています。
主な韓国で開発されたぶどう品種(筆者作成)
「シャインマスカット」が日本で出願された2003年以降に、韓国の試験研究機関で育成されたぶどうは13品種ありますが、「シャインマスカット」を親に利用した品種はないことがわかります。そして、栽培マニュアルを作成するなど、韓国政府が一番推している品種は「ステラ」です。
「ステラ」は、食味が良好で皮ごと食べることができ、摘粒作業が楽な黒色系品種ですが、果粒重が6.5gと小さいのが欠点です。それでも、「シャインマスカット」を安易に育種利用していないところには、韓国のぶどう関係者の強い意志を感じることができます。
韓国国民の心に根ざす「種子主権」
ここまでの「レッドパール」と「シャインマスカット」の品種流出の流れを知って、日本人の心情としては「本来日本が世界に売れるはずの果物を横取りされた」と考える人も多いでしょう。
たしかに、意図的に日本の品種を取り入れたことは事実です。ですが、“一般の韓国国民”が海外の品種を使い続けることに対してどのように考えているかは、日本ではあまり理解されていないのが現状です。むしろ誤解されていることの方が多いかもしれません。
次回は、「シャインマスカット」が使われていない理由、そして韓国国民に根付く「種子主権」という考え方、これからの日本と韓国の種苗の交流のあり方を考えていきます。お互いの事情を理解できれば、日本と韓国はそれぞれの強みを生かして、東アジアの農業を振興するために協力できると思います。
【連載】種苗流出問題に見る、未来の日韓農業のあり方
- 実は海外の品種使用に批判的 韓国農業界の「種子主権」という考え方
- 日本から流出した「シャインマスカット」はなぜ韓国で育種に使われていないのか
- 日本生まれのいちご品種「レッドパール」の韓国への流出はなぜ起きたのか
- 韓国農業に根付く「身土不二」運動と日本との関係
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