備蓄米問題にも関係? 主食にならない「新規需要米」が増えている本当の理由

2024年、「米が店頭から消えた」と報道され、“令和の米騒動”とも呼ばれる米不足が話題になりました。にもかかわらず、現在増えているのは、私たちが普段食べている“主食用米”ではなく、“飼料用”や“輸出用”などの「新規需要米」。一見すると矛盾しているように思えるこの現象の裏には、国の政策、農家の事情、そして未来の日本の米づくりへの戦略が関係しています。

この記事では、新規需要米とはどんなものか、補助金や作付けが増えている理由について解説しながら、国が考えている米をめぐる政策についてご紹介していきます。



米不足でも「主食用米」より増える“別の米”


新規需要米は、国内の主食需給に影響しない用途の米と定義されています。具体的には、家畜の飼料や、小麦粉の代替品としてパンや麺に用いられる米粉の原料となる米などが含まれます。

「用途が違うと言っても同じお米では?」と思われるかもしれません。しかし、新規需要米は定められた用途以外での流通は禁止されています。これは、それぞれの用途ごとに国から補助金が出されているためです。そのため、飼料用米として生産された米を主食用として販売することは違法行為となります。

飼料・輸出・グルテンフリー ──多様化する「新規需要米」


ここで、新規需要米にはどのような種類があるのか、それぞれの生産量や主な品種などを紹介します。

飼料用米


飼料用米は、新規需要米の中でも最も生産量が多く、2023年(令和5年)産では約74万トンが生産されています。品種は生産する地域によって異なり、北海道では「きたげんき」、東北では「べこあおば」、北陸や関東から中国・四国地方など広い範囲で栽培されている「モミロマン」などがあります。

米粉用米



米粉用米は、主に小麦アレルギーの人やグルテンフリーを実践する人の代替食品の原料として注目されています。2020年(令和2年)以降、生産量も増えてきており、2023年(令和5年)産では約4万トンの米粉用米が出荷されました。

米粉とひと口に言っても、パンやお菓子作りに適したもの、麺への加工に適したものなどがあり、前者は「ミズホチカラ」や「笑みたわわ」、後者は「ふくのこ」や「亜細亜のかおり」といったそれぞれに適した品種が栽培されています。

参考記事:今さら聞けない「米粉」の話 種類や使い方を解説!


輸出用米(新規市場開拓用米)


輸出用米は、文字通り輸出を目的として作られた米です。この中には、海外へ輸出するパックご飯用や、輸出用の日本酒に使われる醸造用のお米なども含まれます。2023年(令和5年)産では4万5000万トンのお米が輸出されています。

主に海外のニーズに合わせて作られており、日本でもおなじみの「コシヒカリ」もありますが、主食用米よりも反収が多く、海外市場で価格帯を下げて競争力を持てる「シャインパール」といった品種が選ばれています。

参考:農林水産省「令和5年産新規需要米生産集出荷数量」
https://www.maff.go.jp/j/seisan/jyukyu/komeseisaku/attach/pdf/kakou_shinki-45.pdf

WCS用稲



WCSは「Whole Crop Silage」(ホール クロップ サイレージ)の略で、稲穂や茎などをそのまままとめて乳酸発酵させたもので、牛の飼料として使われます。米ではなく茎や葉を用いるため、乾燥や籾摺りの行程が必要なく、従来の米と同様の手順で栽培できることも主食用米から転換するメリットです。

代表的な品種としては、「たちあやか」「リーフスター」「たちすずか」「つきことか」といった品種があり、直播耐性や籾(米)部分よりも茎や葉の部分が多いといった特徴があります。

 


“主食ではない米”が増える背景にある3つの理由


米の価格高騰や商品不足のニュースを見て、「主食用米がないのに、なぜ新規需要米に力を入れているのか?」と疑問に思われる消費者も多いでしょう。

まず、毎年の米の栽培面積を示す作付面積」は、主食用米は年々減少傾向にあり、ここ7年間で12.7万haも減少しています。

一方、新規需要米の内訳を見てみると、飼料用米は多収品種への転換や補助金施策の変更などで差はあるものの、国が目指す水準を上回り推移しています。次いで伸びているのがWCS稲、米粉用米と新市場開拓用米も少しずつ注目されてきています。

ちなみに、昨今話題の「備蓄米」は常に100万トン程度を維持するために、毎年播種前契約により21万トンを確保してきました。作付面積としてもコンスタントに維持されてきています。


出典:令和6年産の水田における作付状況について|農林水産省をもとに編集部にて作成

ここで、新規需要米が注目されている主な理由を見ていきましょう。


理由(1)主食用米の需要減少


新規需要米が注目される理由のひとつに、国内での主食用米の需要が減少し続けていることが挙げられます。

たしかに「令和の米騒動」では、一気に店頭から米がなくなり、インバウンド需要の高まりなども重なって飲食店でも米が足りないとまで言われました。

しかしこの時は一種のパニック状態であり、小売店の店頭に並ぶような消費者が普段食べている米は品薄になりましたが、総量としての国内需要はここ30年ほどの間減り続ける一方です。

理由としては、少子高齢化による日本の人口自体の減少や、主食としてパンや麺などの小麦食品を選択する機会が増えたことが要因とされています。もちろん、事実上の減反政策により主食用米の供給自体も少なかった影響も考えられますが、数年前までの米の価格は5kgで2000円台と安価であり、米農家が卸す価格も現在よりもかなり安く、利益を上げることは難しい状況にありました。米を作れば高く、あるいは大量に売れるのであれば作付面積も拡大できたかもしれませんが、少なくとも数年前までは主食用米が足りないという事態はほぼ起きていません。

出典:米の消費及び生産の近年の動向について|農産局(令和6年8月)
さらに、日本自体の人口減少も加味すると、主食用米の需要は国内需要だけでは増える見込みは薄いものの、環境保護や将来的な食料危機への備えのためにも、国として水田環境を守っていくことも重要です。そのため、耕作放棄地にならないよう、新規需要米の作付を増やす方策が取られています。


理由(2)飼料用米・輸出用米のニーズ増加


主食用米の緩やかな減少に対して、加工用米や飼料用米、輸出用米などのニーズが少しずつ増加していることも、新規需要米が注目される理由のひとつです。

日本では畜産物の生育に必要な飼料自給率が低く、円安による価格高騰と輸入依存という状況などもあり、畜産農家が大打撃を受けました。飼料には牧草やワラ、とうもろこしや麦などの穀類がありますが、少なくとも米に関しては、飼料用米やWCS稲であれば主食用米を作っていたノウハウと水田をそのまま活用できます。

また、世界的な日本食ブームも追い風となり、米の輸出は直近5年間で約2.6倍に増加しています。


ですが、これらは国内向けに生産した主食用米をそのまま輸出しても売れるわけではありません。日本と海外ではそもそもの米の品種も食べ方も用途も異なるため、海外のニーズに合った輸出向けの専用米の生産が求められています。もちもちしたコシヒカリのような短粒種よりも、カリフォルニア米のようにさっぱりした長粒種・中粒種の方が好まれる地域の方が、世界では圧倒的に多いと言われています。そのため、輸出国のニーズに合わせた輸出用米(新規市場開拓用米)に対する補助金を設定し、作付を増やす施策をとっています。

出典:米の輸出をめぐる状況について|農林水産省(令和7年6月)


理由(3)政府の支援策


主食用米の需要減少と、これまでに紹介したような需要の増加に対応するため、国は「水田活用の直接支払交付金」として、新規需要米を生産する農家に対する支援策を用意しています。

例えば、飼料用米や米粉用米の生産に取り組む農家には、収量に応じて10aあたり5万5000円~10万5000円の補助金が支給されます(地域によって金額は変化)。

さらに、「コメ新市場開拓等促進事業」という支援事業も行われています。これは、需要拡大が予想される作物を生産する農家に転換を促すため、実需者と連携して新規市場開拓用米、加工用米、米粉用米などの低コスト生産に取り組む農家を支援するものです。

このほかにも、各自治体で実施されている助成もあることから、近年では主食用米から新規需要米への生産に転換する農家が増えています。

 


農家にとっての“保険”? 新規需要米のメリットとリスク


では、農家の立場から新規需要米に取り組むメリット・デメリットにはどんなことが考えられるのでしょうか。


メリット


新規需要米に取り組むメリットのひとつとして、経営を安定化できることが挙げられます。米価やその年の気候・病害虫の流行などに影響される主食用米と違って、手厚い助成を受けられるため、安定した収入を確保できるのです。

また、主食用米も作りつつ、熟期の異なる新規需要米の品種を導入することで、収穫作業にかかる労力を分散することも可能となります。大規模化したり、近隣の離農農家の水田を引き受ける時などにも、リスク分散の考え方もできます。

なにより、これまで米を作り続けてきた農家からすれば、基本的には慣れ親しんだ従来通りの栽培方法を継続できます。農機などもほとんど同じものを利用でき、効率がいいという点も挙げられます。


デメリット


一方、主食用米から新規需要米に転換する場合は、品種が変わることでこれまでの栽培体系を見直す必要も出てきます。このような負担を伴う点は、デメリットと言えるでしょう。

また、「新規需要米」という言葉自体は「新たな需要」という意味であり、今後の国の政策や補助金制度の見直しなどによっては、十分な収入が得られなくなる可能性がある点にも注意が必要です。

「令和の米騒動」により主食用米が高騰し、2025年(令和7年)産では再び主食用米の作付面積が拡大すると言われています。こうした世相と政策の変化によって、作付変更を余儀なくされてしまう可能性もあります。


「新規需要米」と切っても切れないスマート農業



新規需要米は、米自体の売上だけで見れば、主食用米と比べて単価が安く、収益が低くなることも考えられます。それを補うためには、同じ面積の圃場から収穫できる米の収量アップや栽培工程・時間の削減により、作付面積自体を拡張するといった、低コスト化・効率化につながるスマート農業技術の導入が欠かせません

特に米は日本の主力農産物ということもあり、スマート農業の技術革新が進んでいます。米作りの前段階である土壌づくりから、播種、水管理、病害虫対策、施肥まで、それぞれの工程でスマート農業を活用できる環境は整いつつあります。

そして、これらの技術は多少の違いこそあれ、飼料用米や米粉用米といった新規需要米にも応用できます。栽培工程などの効率がさらに上がれば、より多くの米農家や離農を余儀なくされている農家たちも、水田の維持や備蓄用途への転用も視野に入ってくる可能性があります。

参考記事:米を増産するために必要な「スマート農業技術」まとめ ~効率化と高品質化を実現する最新技術

備蓄米と米作りの未来をつなぐ「新規需要米」という選択肢


2025年時点では主食用米が高価格で取引されるようになり、収益もここ数年の中では最も上がるかもしれません。ですが、減り続ける主食用米の需要と、不安定な国際情勢による輸入飼料依存──そんな中で、“主食以外”の米が果たす役割は、今後ますます大きくなるでしょう。

新規需要米は単なる代替米ではなく、主食用米からの転換もしくは拡張することで、米農家自身を救う手段にもなります。市場の状況、国の補助金、スマート農業などの先端技術との連携により、競争力を高めることを可能にするための、“未来型の選択肢”とも言えます。


農林水産省「加工用米・新規需要米について」
https://www.maff.go.jp/j/seisan/jyukyu/komeseisaku/kakou_shinki.html
農林水産省「水田活用の直接支払交付金」 https://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/syokuryo/syotoku/r01_1/attach/pdf/index-11.pdf
農林水産省「コメ新市場開拓等促進事業概要 」
https://www.maff.go.jp/j/syouan/keikaku/soukatu/attach/pdf/r6_hata_kome-13.pdf
 
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  1. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  2. 北島芙有子
    北島芙有子
    トマトが大好きなトマト農家。大学時代の農業アルバイトをきっかけに、非農家から新規就農しました。ハウス栽培の夏秋トマトをメインに、季節の野菜を栽培しています。最近はWeb関連の仕事も始め、半農半Xの生活。
  3. 柏木智帆
    柏木智帆
    米・食味鑑定士/お米ライター/ごはんソムリエ神奈川新聞の記者を経て、福島県の米農家と結婚。年間400種以上の米を試食しながら「お米の消費アップ」をライフワークに、執筆やイベント、講演活動など、お米の魅力を伝える活動を行っている。また、4歳の娘の食事やお弁当づくりを通して、食育にも目を向けている。プロフィール写真 ©杉山晃造
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    鈴木かゆ
    1993年生まれ、お粥研究家。「おかゆ好き?嫌い?」の問いを「どのおかゆが好き?」に変えるべく活動中。お粥の研究サイト「おかゆワールド.com」運営。各種SNS、メディアにてお粥レシピ/レポ/歴史/文化などを発信中。JAPAN MENSA会員。
  5. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
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