ICTが農家に“休日”をもたらす?! 「ゼロアグリ」が取り組む農業改革

日本における農業の現場は、かつてないほど深刻な状況に直面している。少子高齢化に伴う労働力不足や後継者不足、生産農業所得の減少、さらにはTPP妥結の行方など、課題は山積みだ。

こうした現状を打破するために期待が高まっているのが、ICTによる農業革命である。土にまみれる農業と、ビッグデータやAIを駆使するICTとが融合することで、農業はどのような未来を迎えようとしているのだろうか。


課題の山積する農業の現場

国際連合の「世界人口予測2017年改定版」によれば、2050年に世界の人口は98億人に達すると見込まれている。それに伴い、食糧生産量は現在の70%の増産をする必要に迫られるという。アメリカで「AgTech(アグテック)」が盛んになっているのは、それと無関係ではない。

AgTechとは農業(Agriculture)と技術(Technology)を融合させた造語で、AIをはじめとした最先端の科学技術を農業に応用させることをいう。その狙いは、もちろん急増する食料需要に対応するためだが、それだけではない。年々強まる健康志向により、農薬の少ないオーガニックな農作物の需要が高まっている現状に応えるという点も大きい。農業における課題を効率よく解消する手段として、最先端のテクノロジーが用いられているのだ。

一方、日本において農業の喫緊の課題として挙げられるのは労働者不足だ。少子高齢化に伴い、基幹的農業従事者は1995年から2010年までの15年間で256万人から206万人にまで減少。平均年齢も年々上がり続けており、2016年には66歳に達した。高齢化で廃業する従事者が後を絶たず、放棄された耕作地の問題も深刻になっている。さらに、生産農業所得は1992年に4兆9,309億円だったのに対し、2013年には2兆9,412億円まで落ち込んでいる。

こうした状況を受けた安倍晋三内閣は、農業を新たな成長エンジンと位置づけ、抜本的な農業改革に取り組むべく、2016年6月に「日本再興戦略2016」を閣議決定。「攻めの農林水産業の展開と輸出力の強化」として、人工知能やIoTを用いた農業分野の生産性向上を推進している。

50年前の技術を転用した最新技術「ゼロアグリ」

そうしたなか、オープンイノベーション・ベンチャー創造協議会(JOIC)の主催する「第4回日本ベンチャー大賞」で、農林水産大臣賞(農業ベンチャー賞)を受賞したのが、株式会社ルートレック・ネットワークスだ。この賞は、次世代を担う若者や起業家のロールモデルとなるような社会的インパクトのある新事業を創出した起業家やベンチャー企業を表彰するというもの。農林水産大臣賞を受賞した同社は、AIを搭載した土壌環境制御システム「ゼロアグリ」を開発している。

ゼロアグリは、ハウスに設置された各種環境センサーからの情報をクラウドに蓄積し、管理・分析する。そして、クラウド内にある栽培アルゴリズムに基づき、現在の作物の生長に必要な潅水量と施肥量を割り出し、自動的に供給するというシステムだ。この技術には、点滴チューブを使った点滴潅水という栽培技術が使われている。この技術は水の貴重な乾燥地帯において、少量の水で効率よく生長を促すために50年以上前に開発されたもので、土壌の状態に合わせて少量ずつ水が供給される。点滴潅水は、節水につながるばかりでなく、根の活動が活発になり、作物の品質が向上するというメリットがある。

この技術を使って、土が本来もつ性質を活かしながら、水と肥料とを合わせた培養液を供給するのがゼロアグリだ。作物が必要としている成分を、必要な分だけ、必要な時に供給する。その背景で動いているのが、ハウス内に設けられた各種センサーであり、センサーが収集する情報であり、それらを分析する栽培アルゴリズムだ。液肥供給量を判断するアルゴリズムには、連携する明治大学の黒川農場での実験で得られた数値が活用されている。

“経験と勘”から“データ運用”へ

潅水施肥量を判断するのには、長年にわたって培ってきた経験と、それに基づく勘に頼るところが大きい。人の感性に頼らざるをえなかった作業を先端技術によって統制し、自律的に供給できるようになることは、農業に従事する生産者にとって計り知れない利益をもたらす。

まず大きなところからいえば、労働時間の大幅な削減が見込まれる。同社の試算によれば、90%の労働時間を減らすことができるという。さらに、50%の節水と減肥。これにより、過剰な施肥による土壌や水質の汚染を可能な限り軽減することができる。また、同社の実績によれば、30%程度の増収も可能となる。

熟練の生産者による経験と勘を数値化及び見える化することで、根拠のある事業承継が行えることも、今後、新規就農者を獲得していかなければならない現状では、大きなメリットとなるだろう。今後の同社の狙いとしては、蓄積されたクラウド情報を農業ビックデータとして活用することで、新たなサービスも視野に入れているという。

かつてない農業改革が、始まった

同社がゼロアグリを展開していくのにスローガンとしているのが、「農業に休日を!」というもの。作物や農地面積によって一概に算出することは難しいが、農業は長時間労働で低収入というイメージが根強い。現状、そうしたことで悩まされる生産者が少なくないこともまた事実だ。しかし、これまで経験と勘に頼ってきた農作業をゼロアグリによる「データによる農業」に転換していくことで、そうした過酷な労働環境から解放されることは決して夢ではない。

同社はさらに、水の枯渇問題に悩まされるアジア全体の農業課題や、過剰な施肥による環境問題の解消をも視野に入れている。また、慣れないIT機器に対するアレルギーを払拭するため、なるべく簡単に操作できるようなユーザインターフェースも心がけているという。2013年に発売が開始されたゼロアグリは、国内外で約50台が稼働している(2017年時点)。ゼロアグリによる農業改革は、今まさに始まったばかりといえるだろう。

<参考URL>
株式会社ルートレック・ネットワーク
http://www.routrek.co.jp/
国際連合「世界人口予測・2017年改訂版 [United Nations (2017). World Population Prospects: The 2017 Revision.]」概要 | 国立研究開発法人 国際農林水産業研究センター | JIRCAS
https://www.jircas.go.jp/ja/program/program_d/blog/20170626
総務省|平成26年版 情報通信白書|農業におけるICT活用事例
http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h26/html/nc142320.html
ICT農業の現状とこれから(AI農業を中心に)食料産業局知的財産課 農林水産省
http://www.maff.go.jp/j/shokusan/sosyutu/sosyutu/aisystem/pdf/ict_ai.pdf
決定等 - 日本経済再生本部
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/kettei.html#saikou2016
JOIC:オープンイノベーション・ベンチャー創造協議会:NEDO:国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構
https://www.joic.jp/index.htm
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WRITER LIST

  1. よないつかさ
    1994年生まれ、神奈川県横浜市出身。恵泉女学園大学では主に有機栽培について学び、生活園芸士の資格を持つ。農協に窓口担当として5年勤め、夫の転勤を機に退職。アメリカで第一子を出産し、子育てをしながらフリーライターとして活動。一番好きな野菜はトマト(アイコ)。
  2. syonaitaro
    1994年生まれ、山形県出身、東京農業大学卒業。大学卒業後は関東で数年間修業。現在はUターン就農。通常の栽培よりも農薬を減らして栽培する特別栽培に取り組み、圃場の生産管理を行っている。農業の魅力を伝えるべく、兼業ライターとしても活動中。
  3. 槇 紗加
    1998年生まれ。日本女子大卒。レモン農家になるため、大学卒業直前に小田原に移住し修行を始める。在学中は、食べチョクなど数社でマーケティングや営業を経験。その経験を活かして、農園のHPを作ったりオンライン販売を強化したりしています。将来は、レモンサワー農園を開きたい。
  4. 沖貴雄
    1991年広島県安芸太田町生まれ。広島県立農業技術大学校卒業後、県内外の農家にて研修を受ける。2014年に安芸太田町で就農し2018年から合同会社穴ファームOKIを経営。ほうれんそうを主軸にスイートコーン、白菜、キャベツを生産。記録を分析し効率の良い経営を模索中。食卓にわくわくを地域にウハウハを目指し明るい農園をつくりたい。
  5. 田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。