世界のスマート農業成功事例に学ぶ 〜アメリカ、オランダの例

進化を続けるICT技術はさまざまな産業に波及して、サービスを効率化し、ユーザーの利便性を高めてきたが、農業や漁業をはじめとした第一次産業は、こうした技術革新に今ひとつ乗り切れていない印象がある。しかし、ICT技術は、いよいよ第一次産業をも大きく変えようとしている。



世界中で急速に進むスマート農業

スマート農業スマートアグリ)は、ロボット技術やICT技術を活用する農業のこと。これら科学技術を使うことで、農作業の作業効率を上げ、品質の高い生産物を実現する。

日本では、高齢化に伴い農業労働力の急速な低下が懸念されてきた。それをカバーするためには、AIやIoT技術を用いたスマート農業の導入が急務とされている。農林水産省も経済界と連携して、GPS自動走行システムを搭載した農機や、重労働を軽減するアシストスーツなどの研究開発、あるいは導入実証を進めているところだ。

こうした動きは日本だけのものではない。むしろ、世界ではすでにスマート農業の導入で確かな実績をあげていることが報告されている。

農業大国アメリカでは広い農地をドローンで掌握する

世界一の農業大国であるアメリカで進められているスマート農業は「AgTech」(アグテック)と呼ばれている。これは、Agriculture(農業)とTechnology(科学技術)とを組み合わせた造語だ。

AgTechの代表的な例として挙げられるのはドローン。ドローンは、適切な範囲に適切な量の農薬を散布するほか、上空から農作物の生育状況や土壌の状態など、さまざまなデータを収集し、農地の状況を分析することに使われている。広大な農地を有するアメリカならではのテクノロジーだ。

センサー技術の向上によって、害虫や病気の自動検出も可能になってきている。可視光や近赤外線で反射する光の波長を感知して、作物の生育状況や栄養状態、土壌の水分状況などを分析する。

データ収集に伴い、蓄積したデータを活用してビジネスにつなげようという企業もある。

ベンチャー企業のFamLogs社では、衛星画像から収集した土壌や農作物の状態を、蓄積したデータと照らし合わせて分析することで、土壌の状態に合わせた適切な作付量や肥料の分量などを農家にアドバイスしている。このサービスはアメリカの農家の3分の1が活用するほど人気だという。

また、都市部のビル内に植物工場を建設して輸送コストの削減を図ったり、自動運転トラクターや画像認識技術を用いて作物の間引きを行うロボットを導入したりするなど、従来の常識にとらわれない新しい農業の形が、最新のICT技術を開発するベンチャー企業などと連携して次々に試みられているのが、アメリカのスマート農業の現状である。

オランダは自動制御技術により世界第2位の農業大国に

ヨーロッパで進んでいるのは、飛ばしたドローンから農場の雑草の生えている場所を割り出すというもの。かなり正確に検知することが可能で、割り出された場所にドローンの分析結果に連動する芝刈りロボットがおもむいて除草する。

そんな中で、世界におけるスマート農業を語る上で欠かせないのが、オランダの事例だ。

オランダの国土面積は、約4万1,000平方kmで、日本に置き換えると九州とほぼ同じ広さだ。農地面積も約450万ヘクタールの日本に比べて、オランダのそれは約184万ヘクタールと規模は小さい。さらに、痩せた土地も多く、冬の日照時間が少ないなど地理的な要素もからんで、農業に適した国土とは必ずしもいえなかった。

ところが、国連食糧農業機関FAO)の統計によれば、今日のオランダの農産物の輸出額は909億ドル。これはアメリカに次ぐ世界第2位を誇る(2013年)。その起爆剤となったのが、最新鋭のICT技術を用いたスマート農業なのだ。

オランダが従来の農業からスマート農業に転換するきっかけとなったのは1980年代。当時、欧州連合(EU)の前身である欧州諸共同体(EC)に加盟していたオランダは、ECが貿易の自由化を進めたことにより、国内農業が苦戦を強いられることになった。EC加盟国のスペインやポルトガルなどから安価な農作物が大量に輸入されるようになったためだ。自国農産物の危機を感じたオランダは、国際競争力の高い農産物を生産しようと国家を上げて国内農業の転換を図った。効率よく、付加価値の高い作物を育てる農業を突き詰めた結果、辿り着いたのがスマート農業だったのである。

オランダでは、約8割にものぼる一般農家で、自動制御システムを搭載したコンピューターにより農作物に与える肥料や給水などを制御している。

同国北部には、温度や湿度、二酸化炭素濃度などをセンサーによって管理する「アグリポートA7」と呼ばれる巨大なビニールハウスがある。このハウスで行われているのは、徹底した環境保持。センサーで吸い上げられたデータが別の場所にあるオフィスへと送られ、24時間体制で作物にとって適切な環境を保っており、天候に関わりなく通年で作物を育てることができる。害虫や病気とは無縁であり、農薬を使うこともない。

また、ワーヘニンゲン大学・ワーヘニンゲン食品化学センターを設立して産学官連携で先端技術の研究開発を推進するなど、国を上げての農業改革プロジェクトが実を結び、オランダは今日の農業大国へと変貌を遂げたのである。

TPPにより試される日本のスマート農業

今日の日本農業は労働力の減少や狭い国土といった問題点を抱えているが、今後、TPP協定の発効を迎えると同時に、外国産の農作物と激しい競争にさらされることが予想されている。

農林水産省では、2013年11月に「スマート農業の実現に向けた研究会」を設置するなど、スマート農業を推進している。

国内にさまざまに横たわる農業にまつわる問題が、スマート農業によって解消することができるのか、こうした先行事例の中から、日本のスマート農業の進む道が見えてくる。


<参照URL>
農林水産省「オランダの農林水産業概況」
http://www.maff.go.jp/j/kokusai/kokusei/kaigai_nogyo/k_gaikyo/nld.html
鶴岡市Agricultural Revolution 3.0実行委員会「テクノロジーがもたらす創造的で純粋な農業」
http://agri-revolution3.com/research/152.html
株式会社NTTデータ経営研究所「AgTechがもたらす日本農業の産業化への期待」
http://www.keieiken.co.jp/pub/infofuture/backnumbers/52/no52_report03.html
日本貿易振興機構(JETRO)「米国における農業とITに関する取り組みの現状」
https://www.jetro.go.jp/world/reports/2016/02/da9e8f3532003856.html
FamLogs
https://farmlogs.com/
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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、九州某県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方で、韓国語を独学で習得する(韓国語能力試験6級取得)。2023年に独立し、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサル等を行う一方、自身も韓国農業資材を輸入するビジネスを準備中。HP:https://sinkankokunogyo.blog/
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    川島礼二郎
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    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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