最先端の「ゲノム解析」技術はどのようにして農業に貢献できるのか

最近、様々な場面で「ゲノム」という言葉を耳にすることが増えてきました。ヒトとチンパンジーの「ゲノム配列」がほぼ同じといったニュースだけでなく、生物や農作物でもゲノムを解析して活用する技術などが日々報じられています。

ただ、ひとこと「ゲノム」と言われても、具体的に説明するとなると難しいと思います。

そこで今回、最先端のゲノム解析を専門とするベンチャー企業、株式会社Rhelixa(レリクサ)の代表仲木竜さんと、営業チーフマネージャーで自身も農業分野を研究してきた経験を持つ松木崇晃さんに、最先端のゲノム解析技術をどのように農業の進歩に役立てられるのか、その可能性についてお話を伺ってきました。

仲木代表(右)と松木チーフマネージャー(左)

地球上のあらゆる生物が持っている「ゲノム」とは

ーー「ゲノム解析」という言葉はよく耳にはしますが、一般的にはまだまだ理解が浸透していません。まず、Rhelixaではどのような事業を行っているのか、簡単にご説明いただけますか?

ゲノムにまつわる事業を行っている企業は様々ありますが、我々Rhelixaはその中でも特に情報解析をメインの事業として行っています。現在、ゲノムに直接働きかけて作用させる方法は増えていますが、それら操作をするにも、まずは対象とする生物のゲノム情報を正確に把握する必要があります。

我々は、ゲノム情報の解析を通じて、農業、畜産、医療などの分野において、状況の把握や変化を与えるソリューションの開発を行うことを主な業務としています。

ーーその「ゲノム」というものについて、簡単に教えていただけますか?

「ゲノム」とは、簡単に言うと「体の設計図」ですね。

我々ヒトの体は、最初は受精卵の状態から、ゲノムの情報に基づいて形作られていきます。ゲノムの情報は細胞の1つ1つに含まれているのですが、その正体は「巨大な分子」です。ただ巨大といっても構造はシンプルで、4種類の分子がたくさん並んだ構造をしています。ゲノムの情報は4種類の分子の並び、すなわち「文章」のような形で保存されています。

ーー農業でもゲノムが関わってくることがあるのでしょうか?

一般にゲノムというとヒトを中心に考えがちですが、実際には、ゲノムは地球上のあらゆる生物が持っています。

農業において、ゲノムが関わってくる部分としては主に2つあります。

1つは「作物自体のゲノム」、もう1つは作物の成長に間接的に寄与する「土壌微生物のゲノム」です。

肥沃な土壌かどうかは「微生物の多様性」に依存する

ーー具体的に農業では、どんな活用法が考えられるんですか?

まず前者の「作物自身のゲノム」の最適化ですね。これは従来の農業でいうと農作物の「育種」と関連する部分です。

従来の育種方法は、偶然の要素が大きくコントロールが難しいところでしたが、ゲノム解析や編集技術を用いることで、有用な種の選別やデザインにかかる時間が大幅に削減されます。

後者については、「微生物叢(そう)の解析に基づく土壌状態の定量化」のことを、我々の分野では「メタゲノム解析」と呼びます。このメタゲノム解析により、作物の特性に合った生育環境を選別することが可能です。


ーー前者の作物自体のゲノムについてはイメージが湧きやすいです。後者のメタゲノム……もう少し詳しく説明していただけますか?理解できるか不安ですが(笑)。

メタゲノム解析では、単一の生物のゲノムを解析するわけではなく、土壌など一定の範囲にいる微生物集団のゲノムを一度に合わせて解析します。

従来の方法は、単体の微生物を培養してゲノムを解析しなければならなかったのですが、メタゲノム解析を用いることで、それぞれの微生物の存在比の情報を保ち「集団の機能」を予測することが可能です。

ーー微生物集団を一度に解析できることは、そんなに良いことなのですか?

土壌は第二の銀河とも呼ばれていて、土壌たった1グラムの中に微生物が10億匹いるといわれています。また、その中で微生物単体を培養して解析できるのはわずか1%とも言われています。

先程もお話しさせていただいたように、これまで土壌の微生物を調べるには、その1%の微生物を培養して役割を予測する方法しかありませんでした。これは、微生物は好気性/嫌気性といった特徴を持っているためで、どうしても培養という処理を挟むと、集団全体の状態を予測することは困難でした。

メタゲノムの場合は、この培養という処理が必要ないため、元々の微生物集団のありのままを解析することが可能です。


これは土壌の生態系や肥沃さを知る上では、とても重要なことです。土壌が肥沃かどうかは、その土壌の生態系において微生物の多様性が確保されているかということに依存しているからです。

メタゲノム解析により、経験のある農家さんが土を舐めたり触ったりして、土の良し悪しを感で判断していたところを、より定量的かつ客観的に判断を行うことが可能になります。


農家の「経験や勘」に科学的根拠をつけられる

ーーなるほど! メタゲノム解析をすれば、新規就農で経験がない農家さんでもある程度土の状態を把握できるようになると!

そうですね。そういう意味では、今まで経験に頼って導き出していたものに、誰でも到達できる世の中になったという側面はあると思います。

また、これは「勘」に科学的根拠をつけていくという側面もあり、これまで経験的に培われたノウハウを再現可能な指標に落とし込んでいくことに繋がります。職人の技をきちんと科学的な指標に基づき、継承可能にしていくということでしょうか。

ーー将来的にそれら解析技術を使って農業がこう変わっていくかもしれない、というのはありますか?

農業に必要なノウハウを再現可能な科学的指標に落とし込むことで、あらゆる人が効率的な農業を行っていくことが可能になっていくと考えています。そして、それを突き詰めていくと、ロボットや専用の機械に農業のすべての作業を任せることができるようになるかもしれません。

農業人口の減少は避けることはできず、これからは農業の効率をいかに最適化させていくかが重要な課題となってきます。ゲノム解析技術は、ノウハウを再現可能な形で伝えていく上で有用であり、今後の農業の発展において欠かせない要素になってくると考えています。

ーー今まで通りのアナログな技術を効率化できるようになり、さらに職人の勘としかいえないようなものも可視化されていくんですね。これはとても期待できる技術ですね。今日はわかりやすく説明していただきありがとうございました!

<参考URL>
株式会社Rhelixa(レリクサ)
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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
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    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、九州某県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方で、韓国語を独学で習得する(韓国語能力試験6級取得)。2023年に独立し、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサル等を行う一方、自身も韓国農業資材を輸入するビジネスを準備中。HP:https://sinkankokunogyo.blog/
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    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
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    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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