「農機具シェアリング」は日本で定着するのか? 「アグリズ」が目指す未来

モノやヒトを共通財産としてシェアする考え方「シェアリングエコノミー」が、農業分野にも徐々に広まりつつある。

新規就農の時点で、土地、資材、農機具などを買い揃えなければならず、大きなリスクを背負うことはこれまでの日本の農業では当たり前とされてきた。しかし、最近はレンタカーやレンタル自転車など、所有からシェアリングへとユーザーの価値観も変わってきており、農業の世界にもそれは少しずつ広がっている。

今回ご紹介する農機具のシェアリングサービス「agriz(アグリズ)」は、農機具をレンタルするかたちで、個々に所有せずにシェアリングする文化を広げようとしている。

しかし、実際のところ、日本の農家の方々にはこのシェアリングという考え方はまだ普及しているとは言い難い状況のようだ。

そこで、「アグリズ」を運営する株式会社藤原農機の東直斗氏に、農機具シェアリングの実態と、シェアリングの未来についてお話をうかがった。

なお、新型コロナウイルスの影響を鑑み、取材はオンラインにて行った。

株式会社藤原農機 執行役員 東直斗氏

農機具販売の老舗が始めた次世代のシェアリングサービス


━━まず、「アグリズ」とは一体どのようなサービスなのかを教えてください。

東:「アグリズ」は、農業機械と農業資材を取り扱う日本最大級のECサイトです。

母体の藤原農機株式会社は、和歌山県みなべ町で農機具、農業資材の販売、修理、点検などを行っており、創業は昭和22年と長い歴史を持っています。

2005年に農機具や資材のネット通販を始め、2007年に「アグリズ」を本格的に開始しました。当初は本業の「販売」のためのサイトとしてスタートしています。


━━シェアリング(レンタル)を始めたのはいつ頃だったのでしょうか?

東:レンタル事業を開始したのは2017年と最近のことです。農業分野ではありませんが、Airbnb(エアビー)やUber(ウーバー)といったシェアリングエコノミーの隆盛を目にして、「農機具のシェアリングは可能なのだろうか」と思ったのがきっかけです。

一般に「シェアリング」というと、カーシェアリングのようにどこかに農機具が置いてあって、使いたい人が使いたい時に使用するという方式をイメージされますよね。「レンタルはシェアリングとは言わないのでは?」と思われる方もいるかもしれません。

ですが、「農機具シェアリング」と考えたとき、個人間の貸し借りでは責任の所在が曖昧になる部分が大きく、現実的に普及するのは難しいと思います。なので、広義の「シェアリング」という意味で、「アグリズ」が農機具を購入・管理し、宅配レンタルという形のサービスにしたという経緯があります。


━━農業分野ではまず投資として農機具などを調達し、その後回収していくというモデルが一般的だったかと思います。いわば”個人所有”が当たり前だった世界に、シェアリングエコノミーの価値観を投じたということですが、当初の反応はいかがでしたか?

東:初めはかなり苦戦しましたね。PR不足なのか、価格設定が合っていないのか、借り手がつきにくく、試行錯誤を繰り返しました。

当初は受注がゼロの月もありましたが、それでも「農機具の宅配レンタルを必要としているお客さんは絶対にいるはずだ!」と、ブログやSNSでの発信、商品・価格の見直しなどを粘り強く地道に続けた結果、少しずつ利用者が増えていきました。

2020年現在は地元の和歌山をはじめ、全国各地から毎月数十件の注文が入り、右肩上がりの成長を続けています。

━━そもそも農機具のシェアリング市場は、現在どのような規模なのですか?

:実は国内のデータは調べても出てこないんです。市場としてあまりにも小さすぎるのか、それともまだ誰も注目していないのか……。日本での農機具シェアリングや農機具レンタルは、市場規模という段階まで進んでいないのが現状だと思います。

一方、アメリカでは農機具のシェアリングは進んでおり、ホームセンターなどでレンタルすることもできます。「アグリズ」でもそれを参考にしている部分があります。

農機具の所有から「自由」にするシェアリング


━━気になるのは実際にどんな方が利用しているかなのですが、農機具レンタルを利用される多くは農家さんなのでしょうか?

東:もちろんプロの農家さんには広く利用いただいておりますが、実のところ利用者のボリュームゾーンは家庭菜園をされているユーザーさんですね。「家の横に畑があるので、耕うん機を借りたい」とか、「土日に家庭菜園をやっているが、農機具を所持するのはちょっと……」という声を耳にします。

プロの農家さんは、根切りチェンソーなど、年に1度くらいしか使用しない農機具をレンタルされるケースが多いですね。


━━宅配でレンタルを利用する場合、具体的にどのような形で送られてくるのでしょう? 器具ごとに形も違いますし、大きさも重さもだいぶありますよね?

東:他のレンタル業と同じように、段ボールに入れて送付しています。手続きとしてはECサイトとほとんど同じです。

サイト上で貸し出す機械・機種を選び、貸し出し期間を選択していただいた後に、クレジットで決済します。利用開始の前日までにご自宅に到着するよう手配しますので、あとは普通にご利用いただく形となっています。

利用後は再度箱に詰めていただき、付属の着払い伝票を貼って集荷に出せば完了です。送料はレンタル料金に含まれていますので、追加のお金はかかりません。


━━レンタルDVDやレンタルカメラを借りる時と全く同じフローなのですね。

東:そうですね。

ただ、農機具を使い慣れている方であれば問題なく利用できると思うのですが、家庭菜園で利用される方も多いということで、「エンジンのかけ方がわからない」など、かなり初歩的な質問をいただくこともあります。

その点「アグリズ」では、電話やメールなどでのフォロー体制もしっかり整えていますので、もし当日使えないということがあっても、気軽に問い合わせていただければと思います。

━━ちなみに、トラクターやコンバインといった大型の農機具についてはレンタルはされていないのですね。

東:大型の農機具についてもニーズはあるのですが、すでに地域ごとにJAやレンタル業者などで借りやすい仕組みもある機械なので、私どもとしては注力していません。

━━実際に事業を行ってみて感じられた、農機具シェアリングのメリットを教えてください。

東:大きく2つあると考えています。

ひとつ目がやはりコスト面です。農家さんにとって年に数回しか使用しない農機具は購入するよりも、レンタルした方が負担が軽いことも多々あります。

また、都市部で家庭菜園をされる方にとっては、農機具を購入したとしても保管する場所がないといった声に、農機具レンタルは応えることができます。

ふたつ目のメリットとして、「さまざまな農機具を試すことができる」ということが挙げられます。

農機具といえば、一般的にパッと思いつくのは主要の数メーカーだけだと思いますが、実はかなり多様性のある業界なんですよ。

━━農機具の奥深さについては、東さんご自身の「note」でも熱く語っていらっしゃいましたね。

(農機具シェアリングが普及することで)商品の価格帯や専門性に関係なく、一部のプロだけでなく家庭菜園で機械を使いたいユーザーも「自由」に最適な商品を選べる状態だと思うのです。
*higashinaoto / 農機具レンタルが自由を生むより

執筆された記事では、株式会社筑水キャニコムの「草刈機まさお」を取り上げていましたが、他にもおすすめしたい農機具はありますか?


東:もちろんありますよ!

例えばゼノア(ハスクバーナ・ゼノア株式会社)のラジコン草刈機「WM510RC」は面白いと思います。暑い夏場であっても、日陰からコントローラーで草刈機を操作できるのでかなり楽です。

出典:ゼノア ラジコン草刈機WM510RC|アグリズ
家庭菜園をやっていらっしゃる方には、ホンダの管理機「F220K1JT」がいいんじゃないでしょうか。

小型の耕うん機で、土を耕すだけではなく畝立てもできるので、手軽により本格的な菜園を作ることができます。


━━旧来の所持することが主流の価値観であれば、さまざまな農機具を試すことは不可能でした。農機具のシェアリングは、多様性に触れるという部分でも大きな役割を果たしているのですね。

東:そうですね。シェアリングを広めることによって、農家さんだけのものだった農機具を、一般の方も利用できるアイテムにしていきたいです。

「アグリズ」のレンタルでも面白い利用方法をされる方がいらっしゃって、例えば「動画撮影で送風したいからブロワーを借りたい」といった声や、「チェーンソーのブツ撮りをしたい」といってレンタルされたカメラマンさんなどですね。

一方で、使い方によっては危険な機械も取り扱っているため、より一層しっかりと安全指導をしています。


「就農の意識は高くなくていい」農機具シェアが叶える気軽さ


━━国内では市場規模という段階まで成長していない農機具のシェアリングエコノミーですが、今後10年先、20年先を考えたときに、どのような成長をしていくと考えていますか?

東:一定数はレンタルやシェアという利用方法が定着すると思います。

現在でも世代間の価値観の変化で、「顔が見えないからこその気軽さ・安心感」という感覚が芽生えていると思います。例えば、友達や知人から農機具を借りるよりも、必要な代金を支払い、企業からレンタルしたほうが気軽だという考え方です。

今まで”顔が見えるから安心”と言われてきましたが、見えるべき部分と見えないでいい部分という線引きが一層はっきりしていくのではないでしょうか。

━━農機具のシェアリングを通じて、日本の農業にどのような影響を与えたいと考えていますか?

東:私はレンタルの普及を通じて、国内の農業を「誰もが気軽にチャレンジできる業界」にしていきたいです。

━━いままで農業は一般的に敷居が高かったということでしょうか?

東:そうですね、今までの農業は、就農時に高額なお金を借りてスタートする高リスクな業界でした。私も以前、新規就農をしようとしたことがあったのですが、「一度手を出したらなかなか引けないハードルの高さがある」と、戦々恐々としまして。

シェアリングが普及することによって、資本に関係なく、多くの人が必要な時に使いたい農機具を使ってより気軽に農業にチャレンジできる世界にしたい。そして新しい人たちを応援したい、というのが「アグリズ」の理想です。

━━現代の日本で「新規就農者を増やす」ことを語る上では、高齢化や耕作放棄地の文脈もセットになっていると思います。やはり東さん自身も課題として捉えていらっしゃるのですか?

東:確かにそれらは課題ですが、そのために「農業を始める人を増やす」というのはちょっと違うかなと。

農業を始めるのは、「家の近くに土があったから、なんとなく耕してみて、ついでに畑にしてしまった」くらいの気軽さでいいと思うんです。

農業に興味が出てきたら、1カ月どこかの田舎へステイして、小さな畑を作ってみる。農業との接し方や生き方も、そのくらい自由であればもっといいなと。

農業が私たちにとって再び身近なものになることが、いま一番大切なのではないかと考えています。そしてそのときに、「アグリズ」のような農機具シェアリングサービスがより効力を発揮していくのではないでしょうか。

ーーー

コスト面からプロの農家を助け、多様性のある農機具の可能性を十二分に引き出す。そしてこれからを生きる私たちにとって、農業をより身近なものにする農機具シェアリング。

東氏の言う「農機具レンタルが自由を生む」という言葉は、これからの世界を示唆しているのかもしれない。


agriz(アグリズ)
https://www.agriz.net/rental.html
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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、福岡県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方、韓国語を独学で習得(韓国語能力試験6級)。退職後、2024年3月に玄海農財通商合同会社を設立し代表に就任、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサルティングや韓国農業資材の輸入販売を行っている。会社HP:https://genkai-nozai.com/home/個人のブログ:https://sinkankokunogyo.blog/
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    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 堀口泰子
    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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