水稲直播用種もみの発熱・焼失を防ぐ「鉄黒コート」の効果

稲作で規模の拡大とともに面倒になる代かきと育苗を省く手段の一つとして、鉄コーティング種子の直播が広がっている。

しかし、生産現場からは「コーティングした後に鉄が発熱して、種もみが焼けてしまう」という声を時々聞く。

それを回避するため、代わって被膜をつくる資材として売り出し中なのが「鉄黒コート」。茨城県五霞町で80haの水田を経営する有限会社シャリーが2020年産で試したところ、発熱せず、すべての種もみを使えた。

鉄黒コートをまいたシャリーの圃場(2020年8月11日時点)

稲とサツマイモの作業競合をなくしたい

シャリーは70haで稲を、10haでサツマイモとゴボウを作っている。サツマイモは自社で干し芋に加工して製品にしている。収益性が高いだけではなく、8人の従業員を周年で雇用する目的もあって取り入れた。

しかし、ここで厄介なのは、稲作とサツマイモの作業が競合することだ。

専務の鈴木哲行さんによれば、田植えが5月から6月10日ごろまでなのに対し、サツマイモの定植は4月中旬から6月末まで。稲刈りが8月10日ごろから10月10日ごろまでなのに対し、サツマイモの収穫は8月から10月まで。稲作とサツマイモの作業がどうしても重なってしまう。


直播で5月中に田植えを終わらせたい

だったら5月中に田植えを終わらせてしまえば、少しは改善できるのではないか──。

そう思って4年前に導入したのが、鉄コーティングの直播だ。ドローンでまいたところ、「収量は移植栽培と変わらなかった」ことから、2019年産ではその面積を5haまで増やした。

鉄粉を種もみの表面にまぶす加工は2019年までは外部に委託していたものの、2020年からは自社で行うことにした。懸念したのは、加工後に種もみが酸化によって燃えること。そこで「鉄黒コート」を同時に試すことにした。

これは酸化鉄を素材とする無機顔料の輸入や販売などを手掛ける商社・株式会社華玉(横浜市)が開発した資材。同社によれば、「鉄黒コート」も還元鉄ではなく酸化鉄を原料とするので発熱しない。そのため鳩胸や催芽もみにも使える。結果、地域によっては初期の除草剤を1回減らすことができているという。

用意するのはセメント用ミキサーと計量器・散水器。加工の方法は、もみ殻1に対して黒顔料0.5、専用の消石灰0.1をセメント用ミキサーに入れて、散水器で水を吹き付けながら混ぜるだけだ。


収量は移植栽培とそん色なし

鉄黒コート
シャリーは2020年産20haで用意した直播用の種もみ1tのうち、7割は「鉄黒コート」にして、残りは鉄コーティングにした。鉄コーティングは加工を終えて袋に回収した後、しばらくして煙が立った。発熱したのだ。このため400kg分が燃えて使えなくなったという。

発熱を避けるには、加工した種もみを回収する前に、地面に広げながら1週間ほど毎日水をかけて冷ます必要がある。しかし、経営規模が大きいうえに20ha分のコーティングをこなすとなると、「なかなかその時間が取れなかった」(鈴木さん)。

加えて鉄コーティングはドローンの散粒器の部分に磁石の原理でくっついてしまい、誤作動を起こしたという。

一方、「鉄黒コート」はそうした事態が生じることなく、収量は田植えの場合とそん色なかった。


まいているのが見える「黒色」という安心感

「鉄黒コート」のもう一つの利点は種もみを覆う資材の色が目立つこと。

外観がまさに黒色なので、「ドローンで散布中、まかれていたことがはっきり分かるのは安心」と鈴木さん。

一方の鉄コーティングは「赤茶色なのでまかれたのかどうかが分からない。出芽して初めてまかれていたことが分かるので、不安は残りますよね」

2021年産は直播を30haに広げ、「鉄黒コート」を主体にする。散布方法はブロードキャスターによる省力化も検討するつもりだ。


種もみが消えた犯人はカブトエビ?

とにかくいいことづくめに思える「鉄黒コート」だが、鈴木さんが1点気になったのはカブトエビによるとみられる食害だ。

とある田で「鉄黒コート」をまいたところ出芽しなかったので、2回まき直した。そこではカブトエビの生息数が多かったそうだ。これ自体は「落水すればいいだけなので、あまり心配していません」とのこと。

「鉄黒コート」は鉄コーティングと比べると酸化鉄を使う時点で理にかなっているように感じる。だから華玉は以前、鉄コーティングを扱う某大手農機メーカーに自社製品を提案した。しかし、「すでに鉄コーティングが普及してしまったから」と断られたという。

利用する農家にとっていずれが優れているかは、時間とともに分かるに違いない。


農業生産法人 有限会社シャリー
http://www.shally.co.jp/

鉄黒コート|株式会社華玉
http://huayu.co.jp/environmental/%E9%89%84%E9%BB%92%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%88/

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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、九州某県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方で、韓国語を独学で習得する(韓国語能力試験6級取得)。2023年に独立し、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサル等を行う一方、自身も韓国農業資材を輸入するビジネスを準備中。HP:https://sinkankokunogyo.blog/
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    川島礼二郎
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    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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