日本版GPS衛星「みちびき」の農業利用の可能性

米国運用のGPSのような日本独自の衛星を使った測位システムが、「みちびき(準天頂衛星システム)」だ。2018年に4機体制で運用を始め、うち3機の測位信号が日本に常に届き、農業でも利用可能になりつつある。

GPSと補完関係にあるというみちびきのセンチメータ級測位補強サービス「CLAS(シーラス)」や、サブメータ級測位補強サービス「SLAS(エスラス)」がどう農業現場で使えそうか、内閣府準天頂衛星システム戦略室企画官(取材当時)の飯田洋さんに聞いた。

──みちびきで提供するサービスを教えてください。

飯田:みちびきは特有の補強信号を出しています。従来のGPSによる測位だと、5メートルとか10メートルの誤差が出るんですけれど、この補強信号を使うことによって、それが1メートルくらいになったり、数センチメートル程度になったりします。高精度の「CLAS」を使うと、センチメータ級、つまり±10センチの精度で自分の位置が分かるようになるんです。

「CLAS」の「C」は「センチメートル」の意味です。もう一つの「SLAS」は「サブメートル」の「S」で、1〜2メートルくらいの精度になります。現在はさまざまな分野で「CLAS」や「SLAS」といったサービスを使うため、精度を検証したり、製品導入のための検証をしたりしており、少しずつ実際の製品やサービスが生まれてきています。

──農業関連でどういうことがされていますか。

飯田:みちびきの公募実証を行っていて、農業用だと、たとえばクローラー型自律走行車両の開発と実証があります。茶畑で自律走行できる収穫機を、CLASを使って高い精度で制御しようというものです。

露地野菜の管理機が自律走行しているところ。今後、茶園の管理機の自動運転化に向けた開発も進めるという(カワサキ機工株式会社提供)

また、ドローンを使った肥料の精密散布に関する実証実験もあります。GPS単独での測位だと、10メートルとか大幅にずれてしまうので、CLASを使うことで散布位置のズレを極力抑え、精密な散布をするための検証作業を進めています。

ドローンによる精密な散布の実証(提供:東光鉄工株式会社)

ドローンを使って、樹木1本1本の生育状況を見る実証もあります。静岡県藤枝市の果樹園でまず行い、その後、マレーシアのパーム椰子の大規模農園でも実証しました。ドローンに何度も木の上空を通過させ、1本1本の生育状況を見ます。ドローンの位置情報と、マルチスペクトルセンサー(複数の波長を使ってリモートセンシングを行う)を併用します。

海外で使う補強信号は、MADOCA(マドカ)です。センチメータ級測位補強サービスのうちCLASは国内向けサービスで、海外向けに提供するのがMADOCAです。厳密にいうと、信号の種類が違うので、別の名前にしています。

マレーシアの農園でのドローンを使った実証風景(提供:株式会社ファンリード)

農業関連の実証事業でちょっと面白いものに、連作障害防止アプリケーション「高精度農地管理システム」の開発・実証実験というのがあります。畑にさまざまな作物を植えたときに、同じ作物を何度も連続して植えると連作障害が発生しやすいわけですが、市民農園といったところでは、誰がどこに何を植えたか分からなくなりやすいです。そこで、連作障害を避けるために位置情報を使うアプリケーションを作るという実証です。

トラクターといった大型農機の自動走行にCLASを使うということも、2017年に北海道で行われました。

トラクターの協調運転にCLASを使う実証(提供:内閣府SIP「次世代農林水産業創造技術」)

──ドローンでの活用が多い印象ですね。

飯田:みちびきに限らず、衛星測位自体に言えることとして、周りに高い建物があったり、トンネルや橋で電波が遮られると、測位できません。ドローンは、基本的に高いところを飛んでいて、上空を遮られる場面が少ないんですよね。そのため、CLASやSLASを非常に使いやすいと言えます。大規模農場での活用も有効ですね。上に遮るものがありませんから。

──農業で高精度の測位というと、基地局から補強信号を送ることでセンチメータ級の測位を可能にするRTK方式が広がりつつあります。これと比べて、みちびきのメリットは何でしょうか。

飯田:RTK方式は基地局を作る必要があり、かつ、そこから補強信号を送るための通信手段を用意しなければいけません。そのため、初期コストやランニングコストがかかります。作業する圃場の近くに都度設置するタイプの簡易な基地局だと、設置作業に手間がかかって大変です。行政や農協などが常設の基地局を設置してくれればよいですが、そうでない地域で、農家が自腹で建設するとなると、なかなかコストの面で現実的ではありません。

一方、「CLAS」は受信機とアンテナを付ければ、衛星からの信号で自分のいる位置を正確に把握できます。それが大きなメリットですね。

あとは、中山間地で、携帯電話が使えないような地域だと、RTK方式の補強信号自体が送れなくなるという問題があります。そういったところだと、衛星との通信だけで完結するみちびきのサービスの方が、優位性はあるかと思います。

――みちびきの場合、受信機とアンテナを付けた後のランニングコストはかかるものですか。

飯田:ランニングコストはかかりません。

──受信機とアンテナの価格帯は。

飯田:各社の価格をみると、「CLAS」用の受信機とアンテナ込みで50万円とか100万円くらいはかかりますね。RTK方式の受信機は、安いものだと10万円台もありますから、値段の差はあるかと思います。とはいえ、RTKの受信機も、精度を高めようとすると値段は高くなります。

──そうなのですね。現状で、準天頂衛星みちびきは4機が打ち上がっています。今後の計画を教えてください。

飯田:2023年度には7機になる予定です。測位の精度は現状で十分高く、機数が増えたからといって精度が大きく上がるわけではありません。ただ、あと3機増えることで、よほど壁に囲まれたり、木々に覆われたりしたところでなければ、測位の安定性が増すのは確かです。

──つまり、農業利用するベースは、現時点である程度整っているということですか。

飯田:環境はもう整っていると思います。みちびきのサービスを使うにあたって、農業分野の条件は良いんですね。上空に遮るもののない、衛星測位しやすい農場だと、みちびきとの親和性は非常に高いです。我々は、農業分野も含めて実証実験を年に1回公募しており、市場に出せそうなものについては、開発する業者とともに、みちびきのメリットを関係者に説明しています。皆さんに注目してもらって、使っていただけるようにしたいと考えています。


みちびきを利用した実証事業
https://qzss.go.jp/ex-demo/index.html

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WRITER LIST

  1. 田牧一郎
    たまきいちろう。68歳。日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 山田正美
    大阪工業大学大学院修了。福井県職員として、農業試験場研究員、専門技術員、農業技術経営課長、農林水産部技幹を経て退職。現在、日本生産者GAP協会常務理事、日本農業サポート研究所主席コンサルタント。
  3. 福田浩一
    ふくだこういち。東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。現在は主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。http://www.ijas.co.jp/
  4. 中村圭佑
    なかむらけいすけ。明治大学農学部卒業後、日本農薬株式会社に約7年勤務。その後、大手経営コンサルティング会社を経て、FOOD BOX株式会社を2019年7月に起業。Facebook:https://www.facebook.com/foodboxjp/、Instagram:https://www.instagram.com/foodbox_jp/
  5. 百花繚乱
    趣味は料理、漫画、読書のミドルの男です。商社勤務で全国や海外を転々しているうちに、故郷に哀愁を覚え、約10年前に地元の農業関連会社にとらばーゆ。