ドローンの下降気流(ダウンウォッシュ)を活用した「いちごの生育観測手法」とは

生産性向上や適切な需給の把握のために、いま多くの作物において、生育予測・出荷予測技術の確立が求められている。生育予測・出荷予測が正確にできれば、農業生産者は有利販売しやすくなるし、生産効率が高まるから省コストにもなる。社会全体からみれば、食品ロスが低減するから地球環境負荷を減らすことができる。

特に、果菜類のなかでも大きな市場を持ついちごについても、各所で生育予測・出荷予測技術確立に向けた挑戦が行われている。WAGRIに出荷予測モデルや生育収量APIが搭載されるなどの成果は出始めているものの、まだ決定打となるほど普及はしていない。

そんないちごの収量予測を視野に入れた、「ドローンを活用して生育観測を行う技術」を農研機構が発表した。ハウス内で使いにくいドローンをあえて使うことに、どのような意味があるのだろう? この技術を開発した狙いやメリットについて、開発を担当した農業機械研究部門無人化農作業研究領域の主任研究員、坪田将吾さんに話を聞いた。

農業機械研究部門無人化農作業研究領域の主任研究員、坪田将吾さん

ドローンの下降気流(ダウンウォッシュ)を活用して株を露出させて生長点を観測



ハウス栽培における生育予測・出荷予測では一般的に、カメラで取得した画像データと、ハウス内環境データ、それに作物や品種固有の生育データをAIに読み込ませて、生育や出荷量を予測する。カメラで取得するのは、葉面積、果数、花数などである。

いちごの生育予測・出荷予測も同じように行われているが、いちごには他の作物とは異なる点がある。それは、生長点が群落に隠れてしまい見つけにくい、ということ。

農研機構では、若葉の発生頻度や、若葉の葉位別の大きさの時系列変化値は、いちご促成栽培の生育を診断する指標として有効であることを明らかにしているが、若葉が発生する場所である生長点が、固定カメラ等では映りにくいのだ。

さらに、いちごは葉同士が重なり合って群落を形成するため、固定カメラ等で取得した画像で観測するとなると、大雑把に外観をみることになる。それでも明らかな変化はとらえることができるが、株ごとの変化やピークをとらえるのは困難だ。

また、生育診断には多くの株の状態を観測することが有効だが、ハウス内ではGPSを利用できない施設が多いため、株を個別認識して時系列で比較できないことも、課題となっていた。

そこで農研機構が挑戦したのが「ドローンを活用したいちごの生育観測技術」だ。

作物を上から移動して撮影した映像から株を個体識別する
「今回開発した『ドローンを活用したいちご生育観測』技術では、ドローンのダウンウォッシュを活用していちごの生長点を露出させて撮影します。また、撮影した映像から株を個体識別するための、画像処理技術を開発しました。これにより、多数の株の個体識別が可能となり、株ごとに若葉の発生やその後の生長を省力的に時系列観察できるようになります」

ダウンウォッシュとは、ドローンのプロペラが回転することで下方向に発生する風のこと。この風により群落をかきわけて生長点を露出させる、というのがポイントの一つ。このダウンウォッシュの風量が適切であることが大切であるという。

「開発の最初期には、『ハウス内でドローンを飛ばすなんて……』と言われて困ってしまいました(苦笑)。ダウンウォッシュが強すぎれば茎が折れるか、折れなくても内部組織が壊れてしまいますから、当然ですよね。そこで、どれくらいの強さの風なら茎を傷めずに生長点を露出させることができるのか、データをとり、必要十分条件を探り当てました」(坪田さん)

また、株の個別識別にはAIを活用した。ドローンが移動しながら撮影した映像中に映る株をAIで検出してカウントすることで株を個体識別して、IDを付与した株ごとの画像を記録するようにした。これにより、GPSを安定して受信できないハウス内でも、位置情報を使うことなく株の個体識別を実現する。

これで株を個体識別して生長点を撮影できるから、株ごとに時系列で比較できるようになる。これが今回の開発技術の要点。今回実現したのは生育観測までだが「将来的には収量予測・出荷予測技術を確立すべく開発を進めていく」と坪田さんは語った。

株を個別認識して、生長点付近を時系列で観測できる
また、坪田さんは「今回開発した技術は、生長点を時系列で観測・比較できるから、生育異常を早期発見できるのもメリット」と話した。生育異常を早期発見できれば、環境制御や栽培管理により対応できる。収量増や品質向上にも、本技術を活用できる。

さらに言えば、いちごを株ごとに個体識別する、ということは、将来実現する可能性のある、より機械化された精密な管理にも活きるはずだ。現在は、芽かき、葉かき、摘果といった作業は人の手で行っているが、いつの日か、それを機械が行う日が来るかも知れない。株の個体識別ができていれば、これら作業の機械化を実現しやすいはず。本技術は、そのための大切な第一歩となる可能性がある。

ドローン自動航行技術の確立と画像の時系列ごとの数値化に挑む


坪田さんらは、本技術をキーテクノロジーとして、さらにドローンの自動航行技術の確立と、株ごとに切り出した画像を時系列ごとに数値化する技術の確立に挑戦している。

「この技術に取り組み始めたときは、ハウス内の非GNSSドローン(GPSを使用しないドローン)による自動航行は誰かが実現するだろうと考えていたのですが、残念ながら実現していません。ハウス内には、無機物と比較すると見えにくい障害物、たとえばビニールや植物が多数存在しますが、その認知が難しいのです。そのうえドローンが飛ぶことでダウンウォッシュが発生するから葉や茎が動くことが、ハウス内での非GNSSドローンの自動航行を難しくしています。

そこで私達は、ドローンが自動で飛んでデータを集めることを目標の一つに定めて、開発を進めています。また、画像処理については、株ごとに撮影した画像を時系列データとして数値化する技術の開発に取り組んでいます」

用途から推察できるように、本技術で使用するのは小型ドローンであり、特別なカメラ・レンズも必要ない。それでも坪田さんは「GPSを用いない特殊な制御が必要なドローンであるため、コスト面を考慮すると、現時点では生育観測だけでの社会実装は難しい」と語った。そこで現在、相対的コストを下げるべくドローンを活用した受粉にも挑戦しているのだという。

いちごの生育診断や収量予測、栽培管理の省力化にもドローンが貢献する、という時代が来るかも知れない。
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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、福岡県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方、韓国語を独学で習得(韓国語能力試験6級)。退職後、2024年3月に玄海農財通商合同会社を設立し代表に就任、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサルティングや韓国農業資材の輸入販売を行っている。会社HP:https://genkai-nozai.com/home/個人のブログ:https://sinkankokunogyo.blog/
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    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 堀口泰子
    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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