1000ℓの農薬も1日で散布! 最新農業用ドローン「DJI AGRAS T50」セキド実演会レポート

対角2.2m、本体重量52kgの巨大なドローンが、上下ダブルで8枚のプロペラを回し、静かに離陸していきます。コントローラー上の地図で指定されたルートに沿って飛びながら、強いダウンウォッシュを生かして大量の薬剤を散布。ものの数分で1反(10a)の圃場を散布し終えて、元の場所に着陸。その間、パイロットはただ状況を監視しているのみですが、ドローンはGPSとRTKによる正確な位置情報をトレースして、無事に役目を果たしました。


──この日行われたのは、DJIの新型農業用ドローン「DJI AGRAS T50」の実演会。実施したのは最大手の代理店としておなじみの株式会社セキドです。同社のスマート農業事業本部がある「春日部みどりのPARK」にて、実際の飛行手順や飛行の様子、質疑応答など、みっちり2時間のプログラムとなっていました。

見学に来ていたのは、実際にドローンを使って農業分野で活躍している、またはこれから取り組みたいと考えているドローンパイロット、ドローンの導入を検討している大規模農業法人の担当者、DJI販売代理の方々などなど約10名です。

飛行する姿が初お披露目された「DJI AGRAS T50」の特徴は、最大40ℓの薬剤を搭載・散布できる点です。すでに発売されている積載容量20ℓの「DJI AGRAS T25」と機能面では大きな違いはなく、バッテリーのサイズ、コントローラー、飛行に関する機能などもほとんど同じとのこと。「T50」の方が重く大きいぶんだけ飛行時間は短めですが、その分大量の薬剤を一度に搭載して散布できるというメリットもあります。

気になったのは、ここまで大型のドローンを導入すべき人とはいったい誰なのかということでした。そこで、すでにリリースされているドローンと何が異なるのか、どのように選べばいいのかという、生産者・ドローンパイロットの視点に立って、実演会からわかったことをレポートしたいと思います。


日本の農業用ドローンの用途は米がほぼ9割


冒頭では、株式会社セキド 営業担当の糸野氏より、DJIと同社の農業用ドローン普及の状況や、ドローンを用いた農業の現状について紹介されました。DJI製ドローンのスペシャリストとして、営業や販売だけでなく、セキドとしての請負散布やユーザーへのアドバイスなども担当されている方で、セキドユーザーであればおなじみでしょう。

株式会社セキドの糸野氏
冒頭で糸野氏は、この実演会の前日に「DJI AGRAS T50」を使って、りんご農園で1000ℓの農薬散布をしてきたとのこと。

1000ℓともなると飛行時間よりも薬剤の注入時間がボトルネックとなってしまうため、水流を強めたオリジナルの注水機もDIYで自作。結果、1度のフライトにかかる時間は約8分まで短縮し、複数バッテリーを充電・交換しながら1台だけで1日に1000ℓ分のりんご農園への散布を実施したそうです。これがどれほどすごいことかは、ドローンによる散布経験がある方ならわかると思います。

糸野氏がホームセンターの素材でDIYした注水機。

糸野氏は、農業用ドローンが普及している一方で、「農薬散布の用途だけでもまだまた使い切れていない」と言います。

「ドローンをはじめとするスマート農業ソリューションの活用によって、『見える化』『わかる化』『できる化』というデータ駆動型農業が進んできました。ですが、日本で空から農薬が撒かれている圃場はまだ100万haほどです。しかもこの数値は30年ほど前からほとんど変わっていません。88%が米で、それ以外は麦と大豆くらいです。一方、海外ではテキーラの原料 アガベ、菜の花、ぶどう、マンゴーなどなど、あらゆる作物の農薬散布に使用されています。

ほんの10年前までは、日本のラジコンヘリによる一斉防除は、世界的に見ても非常に効率のいい防除方法でした。ですが、パイロットの操縦技術がそれほど必要なく、機体コストがラジコンヘリよりも大幅に安価なドローンの登場により、世界の方が散布面積でも用途でも急速に普及し続けています。

もちろん、日本にもみかんなどの果樹や、ゴルフ場の樹木など、安全・広範囲に短時間で農薬を散布したいニーズは存在します。DJIの農業用ドローンの運用面積は全世界で4億haを超えるとも言われますが、日本の圃場は総面積でも440万ha、そのうち米が140万haと言われています。それだけを聞いても、農業分野のドローン活用はまだまだこれからだということがわかるでしょう。

それはつまり、ドローンパイロットとして自立したい人たちにとって、農業分野はまだまだブルーオーシャンでもあるということでもあります。そんな多様な用途で活躍するための強い武器が、今回紹介する『DJI AGRAS T50』です」


高低差も認識した上での自動航行


ここからは、実演会での「DJI AGRAS T50」のセッティングから実際の航行までの手順を追いながら、特徴をご紹介します(ちなみに、以下の機能のほとんどは「T25」とほぼ同じです)。

「DJI AGRAS T50」の基本的な機能としては、
  1. 測量(圃場の範囲をドローンに記録させる)
  2. ルート作成(飛行範囲とルートを設定する)
  3. 飛行(散布しながら離陸から着陸まで安全に行う)
という3つの手順になっています。

1. 測量


測量は、ドローンを飛行させる範囲をマッピングする作業です。飛行させたい範囲を超えることがないように、圃場の隅をコントローラー上で指定して「開始」ボタンを押すと、ドローンが実際に飛行しながら写真も撮影し、安全な飛行の準備を行います。

DJIドローンの操作画面。「マッピング」の2つの項目が「測量」にあたる
平面的な圃場を測量したいなら「ルートマッピング」、高低差がある圃場や果樹園のような場所を測量したいなら「果樹マッピング」を選択します。基本的にはどちらも、内蔵の障害物センサーも使いながら地形に追従して測量されます。

この測量作業は、一度記録しておけば、圃場が変わらない限り再度行う必要はないため、1年に2回、3回と飛ばしたい場合にはより効率が良くなります。

ちなみに、「DJI AGRAS T50」では内蔵の障害物センサーで周囲の危険な箇所をよけてくれますが、送電線のように判別が難しいものもあります。そのような場合は、手動で高度を変えるなどして引っかからないようにするといった工夫も必要です。


2. ルート作成


測量が終わったら、飛行させるルートの設定です。ただ、これも手動でルートを作るようなことはしなくとも、コントローラー上で飛行させたい範囲を囲むだけで、勝手に飛行ルートを考えてくれます。

圃場をどれくらい念入りに散布するかの設定も、ルートを細かく作るような必要はありません。「散布量」「飛行速度」「農作物からの高さ」を指定すると自動的に数値を計算してくれます。

また、これらとは別に「液滴サイズ」という項目もあります。これを大きくすると水滴が大きくなり、風の影響を受けにくく真下に落ちやすくなります。小さくすれば、周囲にふわっと落ちるようなかかり方になります。

この項目は、対象となる農作物に合わせて調整されます。たとえば、りんごなら細かな粒子でふわっと、キャベツならしっかりかかるように大きめの粒子で直接かかるようにする、といったかたちです。

最終的にどれくらいの範囲にどれくらいの農薬が散布されるかの目安もわかりますし、あとで参照できるように飛行記録も残ります。

設定内容に応じて「散布面積」と「散布済み農薬量」もわかる
また、境界線部分だけを散布するといったモードも用意されており、とにかく生産者が考える「こうしたい」という散布方法を新しい機種で実現し続けています。

その他、三角形などの変形圃場に合わせたルートにも対応できますし、ルート上にある建物や一部の場所だけ散布したくない場合には「非散布領域」を指定すれば、そこだけ避けて散布するといったことも可能です。

「非散布領域」にした例。この設定ではマップ上の赤丸の部分を指定したが、周囲を飛ばさなくても効果は発揮できるという判断になった

3. 飛行


測量とルート作成が終わったら、あとはボタンひとつで飛行・散布するのを監視するだけです。実際の飛行自体は、周囲の安全を確認しつつも、ボタンひとつで離着陸まで行ってくれます。

上空で散布している様子。液滴サイズにもよるが、かなり強めの散布も可能
ちなみに、ドローンはGPSによって自機の位置を確認しながら飛行していますが、そのずれを修正してより高精度に飛行させるために使われているのが「RTK」と呼ばれる移動基地局です。

これまでは専用のアンテナを圃場の近くに置き、飛行前に自機の位置の確認・補正を行う必要がありましたが、圃場が遠かったり分散していれば、その都度RTK基地局を立てる必要がありました。そこで現在では、手持ちのスマートフォンの電波を使って仮想的にRTKアンテナとする「ネットワークRTK」というサービスが人気になっています。これを用いれば、準備時間も機材の量も減らすことが可能になります。

「DJI AGRAS T50」を運用する上では、こうした設定の知識やノウハウが欠かせません。裏を返せば、こうした情報を知っておくことで、農作物の種類に限らず、さまざまな農作物や場所でも、問題なく散布できるようになります。


農薬散布以外の「DJI AGRAS T50」の活用法


通常の農薬散布なら、前述の3つの手順で行えますが、「DJI AGRAS T50」にはそれ以外の活用法もあります。

例えば、搭載されているカメラでの撮影画像を別のソフトに読み込ませることで、圃場の生育診断などを行うことも可能です。「Pix4D」というソフトで分析し、圃場の農作物の状態をチェックして、生育状況を分析できます。あとは、生育が悪い箇所など、必要なところにだけ農薬や肥料を散布できるわけです。

「T50」前方にあるジンバルカメラ。農薬散布時はレンズが汚れてしまうため、散布と撮影は同時にはできない

「DJI AGRAS T50」を買うべき人とは


今回の取材の大きな目的は、「DJI AGRAS T50」を買うべき人とは誰か、というものでした。ここで考えてみましょう。

DJIの最新技術を盛り込み、ドローンで行えるあらゆる農作業を高いレベルでこなせるハイエンドモデルです。そのため、ドローンパイロットを本業としており、ほぼ1年中なんらかのドローン作業を行っているような人、一度に40ℓという散布容量が必要な人にとっては間違いなく「買い」のモデルと言えます。


ただし、現在も併売されているひとつ下の容量のモデル「DJI AGRAS T25」も、20ℓタンクではあるものの、「DJI AGRAS T50」と機能面ではほとんど違いはありません。一度のフライトで大量に散布したい、あるいは効率よく撒きたいなら「T50」を、そこまでの効率は必要ないなら「T25」を、といった住み分けになりそうです。

糸野氏に「どんな人に『T50』をオススメと言えますか?」と尋ねてみたところ、「ドローンによる農作業を楽しいと思えるかどうか」という意外な答えが返ってきました。

「『T50』という機体は多種多様な現代農業の課題をダイレクトに解決することが可能な機体です。そういった意味で、農業の課題解決に対して楽しみながら “挑戦” したい方には、まさにオススメの機体です。

スマート農業という言葉が使われ始めてから10年近く立ちますが、いまだにその本質である労働生産性の向上は道半ばです。従来の日本のドローン農業の常識すら塗り替えることが可能な『T50』だからこそ実現できる、新たな労働生産性の向上にぜひチャレンジいただきたいですね。もちろんセキドはその実現に向け、最大限お手伝いさせていただきます」

これからさらにドローンによる業務が広がっていけば、当然ドローンパイロットも足りなくなっていくでしょう。マニュアル操作によるドローンの操縦技術は必要なくても、今回ご紹介したようなドローンを的確に運用するためのノウハウや、安全な自動航行のための設定等ができる人材のニーズは高まっていくと予想されます。

ちなみに、導入コスト・ランニングコストもうかがいました。

初期の導入コストは、「DJI AGRAS T50」本体が約180万円、バッテリーが1本あたり約30万円、充電器が約20万円。バッテリーはどれくらい連続で散布するかにもよりますが、発電機や充電器を合わせて使う前提で、季節によって2〜6本程度は必要とのことでした。これ以外に、ランニングコストとして年間で40万円程度(機体保険、賠償責任保険、定期点検、飛行申請代行など)がかかります。これらを償却できるだけの業務なども考慮した上で、導入するかどうかを考えるといいでしょう。まずはセキドに相談してみることをオススメします。


ドローンのさらなる活用で訪れる、本当のスマート農業時代


スマート農業という言葉が叫ばれるようになって以来、その意味は「最先端の技術や農機具を使った農業」や「データを分析して今後に生かす農業」といった意味で使われてきました。

ただ、ドローンにしてもロボットトラクターにしても、1年に数回しか使わないような農業ソリューションという印象は強く、「導入コストが高すぎる」と二の足を踏んできた方も多いでしょう。

農業の担い手の減少はさらに加速し、もはや一個人がどうにかできるレベルではありません。地域での協力も限界を迎えており、国レベルでの支援がなければ現状維持も難しい。そうなれば、海外のように農薬散布を行うエキスパートなども必須になっていくと思われます。

農業生産者自体の急速な人数増加は難しいとしても、ドローンパイロットであれば空撮や建設・検査業などから参加することも可能です。そのような際に、初めて触れる機体を使うよりも、自分で使い慣れた農業用ドローンを持っておいた方が受注しやすくなることは間違いありません。


今回実演会を行ったセキドでは、機体の購入だけでなく購入後のサポートなども手厚く行っています。いわば、セキドが持つDJIドローンのノウハウもそのまま購入できるようなものとも言えます。また、同時に購入すべきもののアドバイスや、購入時の補助金の活用法、機体保険などもしっかり対応していただけます。

また、ドローンパイロットとして独立を考えるのであれば、株式会社オプティムの「ドローン農薬散布の仕事紹介サービス」のように、農業用ドローンの資格取得から業務の紹介・斡旋までしてくれたり、場合によってはドローンをレンタルできるサービスもあります。

長年の経験やカンがなくても、自然に触れる仕事ができる農業用ドローンの業務。ドローン・農業どちらに興味がある人でもできる、注目の仕事となっていきそうです。


農業用ドローン|株式会社セキド
https://sekido-rc.com/?mode=grp&gid=2848873
DJI AGRAS T50
https://ag.dji.com/jp/t50/specs
ドローン農薬散布の仕事紹介サービス
https://www.optim.co.jp/agriculture/services/drone-connect/pilots
SHARE

最新の記事をFacebook・メールで
簡単に読むことが出来ます。

RANKING

WRITER LIST

  1. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  2. さとうまちこ
    さとうまちこ
    宮城県の南の方で小さな兼業農家をしています。りんご農家からお米と野菜を作る農家へ嫁いで30余年。これまで「お手伝い」気分での農業を義母の病気を機に有機農業に挑戦すべく一念発起!調理職に長く携わってきた経験と知識、薬膳アドバイザー・食育インストラクターの資格を活かして安心安全な食材を家族へ、そして消費者様に届けられるよう日々奮闘中です。
  3. 北島芙有子
    北島芙有子
    トマトが大好きなトマト農家。大学時代の農業アルバイトをきっかけに、非農家から新規就農しました。ハウス栽培の夏秋トマトをメインに、季節の野菜を栽培しています。最近はWeb関連の仕事も始め、半農半Xの生活。
  4. 川島礼二郎
    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 柏木智帆
    柏木智帆
    米・食味鑑定士/お米ライター/ごはんソムリエ神奈川新聞の記者を経て、福島県の米農家と結婚。年間400種以上の米を試食しながら「お米の消費アップ」をライフワークに、執筆やイベント、講演活動など、お米の魅力を伝える活動を行っている。また、4歳の娘の食事やお弁当づくりを通して、食育にも目を向けている。プロフィール写真 ©杉山晃造
パックごはん定期便