種子法廃止で民間育種は進むのか? 農研機構・北海道農業研究センター 八田浩一氏に聞く(前編)

2018年に廃止され、いまもその是非について議論が尽きない「主要農産物種子法」(以下、種子法)。その直前に農林水産省に出向し、廃止に向けた話し合いの端緒に立ち会っていた育種の研究者がいる。

農研機構・北海道農業研究センター畑作物開発利用研究領域の小麦育種グループ長の八田浩一氏だ。

廃止の目的の一つである育種への民間参入の促進をするにはどうしたらいいのか。今回は、まず廃止に至った背景や流れをおさえたい。



品種が少ないと大規模化に対応できない

――まずは、八田さんが関わられた「種子法廃止」までの経緯を教えてください。

八田:私が2012年から2014年にかけて農水省の農林水産技術会議事務局に研究専門官(畑作)として出向していた時期、農林水産省では、種苗産業の活性化の議論がなされていました。当時、林芳正農相のもと、「攻めの農政」が盛んに言われるようになっていました。

こうした議論の中で、大規模農家から次のような声が上がったのが印象に残っています。

「農家の高齢化と担い手減少が進む中、後継者として息子が戻ってくると、周囲から『うちの農地を頼むよ』と次々に委託される。そうやって100ha規模の経営体が続々と誕生しつつあり、これだけの規模になると品種を早生から晩生までそろえないと、とても手が回らない」と。

これまでの農政では想定されていなかった状況が起こりつつある、と感じました。

ただ、現実として都府県の奨励品種は限られていて、農家が自由に選べるほどにはそろっていません。大規模農家は都道府県に奨励品種を増やすように要望するものの、財政的な理由からなかなか対応が進まない。だったら民間事業者の育種、あるいは採種を促進すべきではないかといった話でした。

もともと種子法は、優良な品種を決定するための試験の実施や、原種や原原種の生産、種子を生産する圃場の指定などを都道府県に義務付けてきました。

いずれの都道府県も品種の開発は、家庭用需要を満たす良食味用品種の開発ということに画一化されてしまい、外食や中食、輸出など多様な需要に応えるものではなくなってしまった。

具体的にいえば「コシヒカリ」とその血筋の品種ばかりになってしまっているのがいい例です。おまけに奨励品種のほとんどは都道府県が開発したものです。民間事業者の品種は、実際にはほとんどありませんが、採用されにくいのが常です。


廃止の背景に日本社会の変化も

――種子法廃止を聞いて、どう思いましたか。

八田:廃止の報を聞いたのは、出向期間が終了し、今の職場に戻ってからです。「種苗産業の活性化」という方向は間違っていないと思います。

ただ、自分の仕事(育種)と職場が不要で、むしろ害悪であったと書かれているように感じました。もうちょっと、ソフトランディングする方法があったのではないかと……。

これは、日本の社会的な変化も影響があるように感じます。

以前であれば都市生活者も、親を農村に残してきている人が多く、農業・農村への政策的支援に理解を示す人が多かった。

しかし、いまでは都市で生まれ育った人が増えてきた結果、保護的な農政には理解が得られなくなりつつあるように思います。農業関係者の中では理解が得られても、国民的な理解は得られず、政策的にも、よく言えば前向きな国際競争力を持つ、産業として自立できる日本の農業をつくらねば、という流れになっていったのではないかと考えます。


種苗産業をつくるには

――種子法廃止に至る動機付けはほかにもありましたか。

八田:農林水産省に出向していた時に話題になったのは、品種開発に加えて、種苗産業を振興することでした。

注目されたのは、官民を挙げてそれに取り組むオランダ。農家の経営面積は日本と大して変わらないのに、欧州向けに種苗を供給して稼いでいます。であれば、日本農業も種苗産業を中心として、活性化できるのではというアイデアも生まれてきます。

手前味噌かもしれませんが、私たちの先達はビール大麦やうどん用品種などでは、世界レベルで比較しても引けを取らない品種を生み出しています。ただし、稲・麦・大豆の品種の育成を商売にしようとすると、コピー商品の対策にかなりの労力を割く必要があります。1粒でも盗まれればいくらでも増殖できてしまうからです。

あまり言いたくはありませんが、海外のある国で「シャインマスカット」や「あまおう」が平然と栽培されている現状をみると、権利保護が十分に担保される環境がそろわないと、民間の投資を得るには、リスクが高すぎるように思います。ですので、民間の種苗会社は、コピーのリスクが低いF1品種の野菜を中心に開発を進めているのだと思います。


※ ※ ※

ご存じのように、種子法の廃止の目的の一つは穀物の民間育種を促進することだったとされている。ただ、八田氏の最後の話はそれが難しいことを示している。

次回のインタビューでこの点を詰めていきながら、新時代の育種のヒントをつかみたい。


稲、麦類及び大豆の種子について|農林水産省
https://www.maff.go.jp/j/seisan/ryutu/info/171116.html
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  1. よないつかさ
    1994年生まれ、神奈川県横浜市出身。恵泉女学園大学では主に有機栽培について学び、生活園芸士の資格を持つ。農協に窓口担当として5年勤め、夫の転勤を機に退職。アメリカで第一子を出産し、子育てをしながらフリーライターとして活動。一番好きな野菜はトマト(アイコ)。
  2. syonaitaro
    1994年生まれ、山形県出身、東京農業大学卒業。大学卒業後は関東で数年間修業。現在はUターン就農。通常の栽培よりも農薬を減らして栽培する特別栽培に取り組み、圃場の生産管理を行っている。農業の魅力を伝えるべく、兼業ライターとしても活動中。
  3. 槇 紗加
    1998年生まれ。日本女子大卒。レモン農家になるため、大学卒業直前に小田原に移住し修行を始める。在学中は、食べチョクなど数社でマーケティングや営業を経験。その経験を活かして、農園のHPを作ったりオンライン販売を強化したりしています。将来は、レモンサワー農園を開きたい。
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    1991年広島県安芸太田町生まれ。広島県立農業技術大学校卒業後、県内外の農家にて研修を受ける。2014年に安芸太田町で就農し2018年から合同会社穴ファームOKIを経営。ほうれんそうを主軸にスイートコーン、白菜、キャベツを生産。記録を分析し効率の良い経営を模索中。食卓にわくわくを地域にウハウハを目指し明るい農園をつくりたい。
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    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。