農家が「GAP」に取り組む上で知っておいてほしいこと【誤解だらけのGAP・後編】

日本生産者GAP協会の山田正美です。

前回はGAPの成り立ちや農場評価制度との関係についてご紹介してきましたが、今回はGAPを実践するために、具体的に何をしたらよいかということについてお話ししたいと思います。

GAPの教科書ともいうべき日本の「GAP規範」

自分の農場でGAPをするには、教科書となるべき「GAP規範」が必要となります。前回示したように、この「GAP規範」は公的機関がその国・地域に見合った内容のものを編集発行するものですが、日本では公的機関が発行したGAP規範がないため、民間の一般社団法人 日本生産者GAP協会がイングランドのGAP規範も参考にしながら、日本の農業を考慮した「日本GAP規範」を編集し発行しています。

GAP実践レベルの実態評価とそれに基づく改善

農家がGAPを実践し、そのレベルを上げるには、GAPの知識を自分の農場で実践することで初めて効果を発揮することになります。ただし、自分の農場がどれだけのGAPレベルにあるかを自分で客観的に判断することはなかなか難しいものがあります。

そこで、日本生産者GAP協会ではGH(グリーンハーベスター)農場評価制度というシステムを開発しています。これは農場で実践すべき108項目を定め、それぞれの項目について「問題なし」「軽微な問題」「潜在的な問題」「重大な問題」「喫緊の問題」の5段階で評価するもので、農場認証のように管理点に適合して「いる」か「いない」かの評価とは大きく異なります。

この108項目の内容は環境保全を中心としたGAPの教科書である「日本GAP規範(日本生産者GAP協会)」、農家が守るべき法律や通達を記した「GAPガイドライン(農水省)」、事実上の世界標準となっている農場評価制度である「グローバルGAP(フードプラス:ドイツ)」の内容をほぼ反映しており、将来グローバルGAPなどの農場認証を取得しようとする人にも役に立つようになっています。

このGH農場評価を受けることにより、「自分の農場のどこにどの程度の問題があるのか」が明確になり、改善への優先順位や改善の目標が立てやすくなります。

(表:筆者作成)
日本生産者GAP協会HP(https://www.fagap.or.jp/assessment/index.html)より引用一部改変

GH農場評価による改善とGAPのレベルアップ

GH農場評価では、108の評価項目について原則5段階で現状のレベルを評価し、1000点満点の持ち点から改善を要する項目の評価点数の合計を差し引いた点数をGH農場評価の総合得点としています。個々の項目評価からは改善すべき内容が明確になり、総合得点からは現状における農場のGAPレベルを知ることができます。

筆者の経験では、初めてGH農場評価を受けると総合得点が400点台(すなわち500点から600点に相当する改善点がある)となりますが、毎年GH農場評価を受けて改善を繰り返し、3年もすればほとんどが約800点(改善すべき点は約200点)と高いGAPレベルの農場に到達しています。

このレベルになれば、GAPの基本的な考え方は理解できているので、今回の東京オリンピックのように、グローバルGAPなどの農場認証取得が必要となった時に、比較的容易に取得することが可能となるでしょう。

表:筆者作成

GH農場評価員の育成

GH農場評価をするためには客観的に農場評価できる評価員が必要となります。農業の現場には普及指導員という都道府県職員やJAの営農指導員がおり、日常的に農家の指導をしています。

そうした方々にGH農場評価員になるための研修や評価実習、資格試験を行っており、2020年3月現在でのGH農場評価員の有資格者は普及指導員や営農指導員を中心に全国で757名(日本生産者GAP協会)となっています。意外と身近におられて指導を受けられるかもしれません。

GH評価員育成のための農場での聞き取りと評価の実習(筆者:2019年10月)
現在はコロナ禍で人が集まる研修ができにくくなっていますが、当協会ではリモート研修に切り替え、指導者育成研修を実施しています。指導者が農場主に聞き取りしている状況を配信し、研修生がそれを見て評価の訓練をするということになります。余談ですが、農場を訪問しての研修では、研修生が農場のいろんなことに気を取られ、評価に集中しづらいという難点がありましたが、リモート研修では評価に集中できるという思わぬ効果も見られています。

また、こうしたリモート研修をする中で、特に農業分野は役所でも農協でも他の分野に比べICT化が遅れているという致命的問題を抱えています。コロナ禍が去った後でも、ICTを使ったGAP教育が必須と考えており、これを機会に農業関係機関のICT化が進むことを願っております。

オンライン研修で模擬農場の農場主からの聞き取り状況(ここでは肥料の保管状況が画面中央に示されている)(写真:日本生産者GAP協会研修資料より引用)

GAPに初めて取り組む農家の実態と改善点

筆者がこれまで数多くGH農場評価を実施してきた経験から、はじめてGAPに取り組もうとする農家に共通の改善項目を上げることができます。ここではこうした共通改善項目について紹介させてもらいます。

1. リスクや手順を文書にして確認

GH農場評価の場合、最初に経営全般の話を聞き、適正に管理されているかどうかを聞き取ります。この際、一番感じるのは、日頃考えていることが「書き留められていない」ということです。

GAPでは『リスク管理』ということが重要になります。農場での活動によって生じる環境の汚染や農作業の事故、食品の安全を脅かすようなリスクが「どこにあるのか」、それを抑えるためには「どうしたらよいのか」ということは、常識的には理解しているようですが、それを文書にしたり、地図に落としたり、というところまではできていないというのが多く見られます。

現場を確認して文字にすることで、問題点(リスク)をより明確にし、さらに地図に落とすことでより身近なものとして作業者全員が問題点を共有できることになります。

2. 農薬の安全な保管

農薬がスチール棚に農薬とは関係ないものと一緒に雑然と置かれていたり、作業舎の片隅に無造作に置かれたりしていて、誰でもいつでも取り出せるようになっているところが多いです。まずは、鍵のかかる保管庫で安全に保管するということから始める必要があります。

農薬の箱と出荷用農産物が隣同士に置かれている(筆者撮影)

3. 農薬の調合時や洗浄の際の環境汚染の防止

農薬の調合時や作業終了後の農薬散布機の洗浄時に、残った農薬希釈液が排水路に流れ出る可能性がある場所で作業をしている事例がたくさん見られます。万一、ここで希釈液がこぼれたらどこへ流れていくのかということについて、もっと配慮する必要があります。

その上で、残った希釈液の安全な廃棄場所を非農耕地に設定することを考える必要があります。

4. 燃油の条例に従った貯蔵(防油堤や消火器の設置)

穀類等の乾燥機やボイラーのための燃料タンクを新設する場合は、設備の導入時に防油堤や消火器などを設置する場合がほとんどです。しかし、トラクターなど農機具の燃料としての軽油をドラム缶で保管する場合によく見られるのですが、防油堤や火気厳禁の表示、消火器などがない場合が大半でした。

防油堤などの対策が取られていない燃油の保管(筆者撮影)

5. 廃棄物の焼却禁止(野焼きせずに適切に廃棄)

「廃棄物」に関しては、廃ビニールや農薬の空になったポリ容器などはJAの回収で処理している場合が多いのですが、粉剤の空になった紙袋や段ボール箱などを作業舎の周りで焼却しているという事例が結構見られます。野焼きは原則禁止になっていますので、ご注意ください。

野焼きは原則禁止です(筆者撮影)

6. 作業のリスク管理(危険な作業でのヘルメット、防護用品の着用)

日頃の農作業において、危険な作業はたくさんあります。例えば、天井クレーンの操作や、フォークリフトの運転、ハシゴを使った高所作業などですが、ヘルメットを着用して作業をしている現場をほとんど見ません。

また、農薬を取り扱う場面でも、散布時はマスクやゴーグル、手袋をしていても、調合する時には素手で行っているなど、作業の安全性に対する認識が甘いと言わざるを得ません。ヘルメットや防護用品などは、しっかり着用しましょう。

以上、初めてGH農場評価を受ける農場の評価結果から、改善を要する基本的なところを紹介しました。

GH評価を受けた農家が、こうした評価結果を受け取ることで、初めて問題点を自覚し、改善につなげていただける場合がほとんどです。



ICTによるGAP学習

最初に記した通り、日本における本来のGAPの認知度は低く、欧州やASEAN諸国、中国よりおおきく立ち遅れているといえます。本来のGAPについての理解が深まれば、取り組んでみようとする農家も多くなると考えられます。

筆者はこれまで数十カ所の農場を訪れ、GAPの評価をしてきた経験も生かし、GAPを一通り理解していただくことを目的に、インターネットでできるGAP学習システムをNECソリューションイノベータ株式会社と開発しました。

このシステムは文字だけでなく、画像を見ながら視覚的に理解することができるのが特徴となっています。実際に農家の方にこの学習システムを使ってもらったところ、最初は5割にも満たなかった正答率が反復して多数回実施することで正答率が8割以上に上がってきます。

正答とは別に、「なぜそのような答えになるのか」というコメントが表示できるというのも効果的な学習を助けることになります。こうして自然にGAPについての理解が深まっていくという仕組みになっています。このGAP学習システムがGAP理解の第一歩としてもっと普及すればと思っています。

デザイン:日本農業サポート研究所作成、原稿:筆者

GAP普及への期待

本来のGAPを推進するには、農業経営者への正しい理解を促進し、その実践に対し、国や農協がインセンティブを与えるという方法が最も近道ではないかと考えています。持続的農業に向けた取り組みを主とするGAPが普及すれば、おのずと経営主の判断で農産物販売に必要な農場認証を取得するという流れになっていくものと思われます。

いずれにしても「GAPをしているのは当たり前」といった時代が早急に到来することを願っており、後塵を拝している日本の状況を変えていかなければならないと思っています。


GH評価制度|一般社団法人 日本生産者GAP協会
https://www.fagap.or.jp/assessment/
一般社団法人 日本生産者GAP協会
https://www.fagap.or.jp/
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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、九州某県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方で、韓国語を独学で習得する(韓国語能力試験6級取得)。2023年に独立し、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサル等を行う一方、自身も韓国農業資材を輸入するビジネスを準備中。HP:https://sinkankokunogyo.blog/
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    川島礼二郎
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    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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