3度目の「卸売市場法改正」がもたらす農家、消費者にとってのメリットとは?

野菜や果実、魚や肉など、生鮮食料品を卸売するために開設されているのが「卸売市場」だ。

卸売市場では、売り手と買い手が一堂に会し、食料品の適正な取引価格が日々決められている。ここで言う「売り手」とは生産者側に立つ「卸売業者」のことであり、「買い手」とは「仲卸売業者」のこと。両者による健全な運営、生産や流通の円滑化をはかる目的で制定されたのが「卸売市場法」だ。

この卸売市場法が、2018年(平成30)年6月に改正された。最終的に消費者の食卓に届けられる生鮮食料品の現場で、何が起ころうとしているのだろうか。


卸売市場とは?

卸売市場には大きく分けて、「中央卸売市場」と「地方卸売市場」がある。中央卸売市場は地方公共団体が農林水産大臣の認可を受けて開設する。一方、地方卸売市場は都道府県知事の認可を得て開設する。

東京都内でいえば、中央卸売市場が11カ所、地方卸売市場が12カ所ある。紆余曲折を経て今年、築地市場から移転した豊洲市場は、中央卸売市場のひとつだ。

豊洲市場

これらの卸売市場を規定しているのが、今回のテーマとなっている「卸売市場法」だ。

「卸売市場法」は、1971(昭和46)年に施行された農林水産省所管の法律で、生鮮農水産物を取り扱う卸売市場の役割を定めたものだ。そもそもは1918(大正7)年に発生した米騒動への対応策として、食料品価格の安定化を図るために、食料品を中心とした小売店を集合させた公設の小売市場の建設を進めるとともに、中央卸売市場が構想されたことが始まりである。それに基づいて制定されたのが「中央卸売市場法」であり、戦後の統制経済下で無効化された後、受け継がれたのが今日の「卸売市場法」であった。

卸売市場法はこれまでに2度、大きな改正が行われてきた。1度目は1999(平成11)年で、「せり入札原則」を廃止した。このことで、それまで農水産物の「質」に値段をつけるシステムから、「量」に値をつけるのが主流になったと言われている。2度目は2004(平成16)年で、「委託集荷原則」が廃止となった。これで、卸業者の第三者への販売が可能になっている。これらの2度の改正を経て、卸売市場を経由しない市場外取引が広がっていった。

こうしたなか、2016(平成28)年の構造改革徹底推進会議において、国際競争力の強化が提言されたことをきっかけに、3度目の改正となる法案が2018年6月に参議院で可決・成立した。今回の改正の目玉としては、中央卸売市場を開設できるのは、これまで都道府県や人口20万人以上の市に限り認可してきたが、国が認定すれば民間企業でも運営が可能になったことだ。

政府としては、農水産物流通の競争や効率化を促す制度を整えることで、農家にとって販路が拡大し、所得の向上を見込めると期待している。

3度目の改正を市場関係者が不安視する理由

政府が期待を寄せる一方で、今回の改正に否定的な声を上げる向きも少なくない。その代表的なものは下記の通りである。

  • 卸売市場の公共性が損なわれ、社会インフラとしての機能が弱まるのではないか
  • 法的根拠が失われ、地方公共団体の財政状況によって閉鎖を余儀なくされる市場が出てくるのではないか

過去2度にわたる改正と比べ、今回は83あった条文が19に削減されるなど、改正の規模は非常に大きい。そのため、今回の改正を「市場制度そのものの撤廃に等しい」と憤りを隠さない市場関係者もいる。

卸売市場の公共性

卸売市場の仕組みを簡略的に説明すると、次のようになる。

生産されたもののうち、量が少なかったものには高値がつけられ、量が多く生産されたものには安値がつく。自然条件に左右されやすい生鮮食料品は、このような需要と供給のバランスを保ちながら、適正な価格が付けられている。

ところが、民間企業による卸売市場の開設が可能となるということで、大資本を持つ大手企業が価格決定権を持ったり、価格を操作したりといったことが横行するのではないか、という懸念が市場関係者の間でもたげてきているのである。あくまで需要と供給のバランスのなかで価格は設定されるべき、という主張はもっともだ。

卸売市場の閉鎖が増加する可能性

また、卸売市場を経由しない市場外取引が増えたことも、市場関係者の懸念をさらに加速させている。

先述したように、全国各地から農水産物を仕入れてくるのが卸業者で、その卸が仕入れてきた品物を、買い付けて小売店に売るのが「仲卸」、というのが卸売市場のシステムだ。つまり、「卸」は生産者の味方で、少しでも高く売る役割を担う。

一方、「仲卸」はいい農水産物をできるだけ安く仕入れるので、消費者の味方といっていい。この両者の関係が、結果的に生産者と消費者の利益を守ることにつながってきた。

しかし、市場外取引が増加するということは、これまで保たれてきた卸売業者と仲卸売業者の垣根が崩壊することと等しい。質に値段をつけるのではなく、量に値をつける相対取引に変わったことで、大型産地や輸入商社が市場を通さずに大手スーパーや外食産業に直接出荷することも、今後ますます増えていくことになる。インターネット直販で仲介手数料を抑えて、その分収益を上げるという農家が増えていることも事実だ。

ただし、市場取引にはその業者たちの「目」も重要だった。中小の仲卸業者にとっては市場で良質な生鮮食料品の購入が難しくなるばかりか、彼らの目利きに依存していた小売商、料理店などの買出人の仕入れが困難となれば、事業存続への影響は計り知れない。これは完全なる「競争社会」に突入することを示唆しており、体力のない業者は廃業せざるを得なくなる。

こだわりの食材を選び出してきた「目利き」の仕事も変わっていくかもしれない

「生産量>需要量」時代の卸売市場のあり方

卸売市場のマーケットが徐々に減少し、熾烈な生き残り合戦が始まるとの悲観論がある一方で、まったく新しい発想で先の時代を読み取る者が活路を見出すとの意見もある。

それを考える上で、今日の生鮮食料品の流通現場が、かつて卸売市場法が施行された当初とまるで違ってきていることは見逃せないポイントである。

かつて需要量が生産量を明らかに上回っていたときなどは、卸売市場の役割は非常に大きいものであった。卸売市場が適正に機能することで、適切な価格を維持することができたからだ。

ところが、今日では基本的に、生産量が需要量を明らかに上回っている時代である。生鮮食料品の鮮度を保つ技術が飛躍的に向上し、相対的に過剰生産の状態となっている。いくつもあるブランドから特定の商品を消費者が選び取る時代となってきているのである。

こうした時代にさまざまな試みに乗り出している者も少なくない。

例えば、最終消費者の購買データの収集などをもとにしたマーケティングに取り組む業者が出始めている。ネット通販など、卸売市場取引ではない販路が開拓されつつある今、売り手と買い手が直接対面して売買を行っている卸売市場の現状は効率性に欠けるといった指摘も、あながち的外れとはいえない。

また、生鮮食料品がオンラインマーケットで取引されるようになることは、スマート農業を取り入れている小規模な個人農家にも販路が大きく開かれることにもつながる。輸出の促進や産地直送といった消費者側のメリットも挙げられる。「RAGRI」「食べチョク」「ポケットマルシェ」といった、インターネットを使って農家と消費者が直接つながる野菜の流通網も増えてきている。

さらに、市場間ネットワークの構築により、各卸売市場の需給に応じて、市場間で農産物の過不足を調整して補い合うことも期待されている。

まとめ

卸売市場の経由率は年々減少の傾向にあり、施設の老朽化、衛生面の対策不足など、卸売市場を取り巻く環境は厳しい。そのため、さまざまな経営戦略の見直しを余儀なくされているのもまた確かだ。

しかし、全国各地で地域を問わず安定的かつ衛生的な一定水準の農産物の供給を行うために、これまで卸売市場が果たしてきた役割が、卸売市場の民営化により後退してしまうという課題も残されている。農業にはビジネスという側面のほかに、国民の食を守るという大命題がある。単に利潤を追求するだけでは果たせないその役割の部分をどうしていくのか、卸売市場法の改正以後も、この点について国の動向を見守っていく必要があるだろう。

そして、より根本的な命題として、生産者と消費者にとってよりよいこれからの時代の卸売市場の運営とは何か。この改正を機に、運営者や取引参加者が将来的な市場像を考え、活発に議論していくことこそが重要なのではないだろうか。

<参考URL>
農林水産省「卸売市場情報」
独立行政法人農畜産業振興機構「卸売市場法及び食品流通構造改善促進法の一部を改正する法律について」
新聞「農民」卸売市場法「改正」で今後どうなる
週刊金曜日「築地の完全破壊を目指す? 卸売市場法改正案が国会に」

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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、九州某県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方で、韓国語を独学で習得する(韓国語能力試験6級取得)。2023年に独立し、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサル等を行う一方、自身も韓国農業資材を輸入するビジネスを準備中。HP:https://sinkankokunogyo.blog/
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    川島礼二郎
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    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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