大豆の新品種「そらみのり」で大幅収量増を実現した大津ネットワークの挑戦【特集:日本の米・麦・大豆の行方 第5回】

これまで本特集では、「水田活用の直接支払交付金」に関連した主食用米以外の米や麦・大豆などへの転作の可能性を探りつつ、それに果敢に挑戦する農業生産者を取材してきた。

第3回では、日本における大豆生産の概況と、農研機構が「収量が高いアメリカ品種と加工適性が高い日本品種との交配により、多収でありながら食用=豆腐に利用できる大豆4品種を作出した」ことを紹介した。

農研機構が開発した大豆新品種は国産大豆の収量増を実現できるか【特集:日本の米・麦・大豆の行方 第3回】

今回はその続編として、熊本県菊池郡大津町(おおづまち)で、大豆の新品種への移行に挑戦した具体的な事例を取り上げる。

大豆の低収量に悩んでいた農業生産者団体が、農研機構が開発した多収大豆品種のうちの1つである「そらみのり」生産に取り組んだ。その背景や栽培の概要、将来展望を詳しく紹介する。


経営規模500haを超える集落営農法人を悩ませた大豆の収量減


「そらみのり」生産に挑戦しているのは、集落営農法人「ネットワーク大津」。大津町は高校サッカーの大津高校が全国的に有名であり、ホンダの熊本製作所の所在地でもある。大津町は熊本市から東方約20kmに位置し、そのさらに東方には阿蘇山を望む。

阿蘇地域では畜産業が盛んだが、阿蘇を源流とする白川が大津町を東西に貫き、その両岸には肥沃な水田地帯が広がっている。大津町を含む白川中流域は、熊本の地下水の水源涵養(かんよう)地域としても機能している。

そんな大津町の水田地帯で農業を営む集落営農法人「ネットワーク大津」の代表取締役、徳永浩二さんは、まず同社の農業生産の概要を語った。

ネットワーク大津 代表取締役、徳永浩二さん
「当社は、13の集落持株会と本社で構成され、資本金は5715万円、うち500万円がJA、250万円が大津町の出資です。構成員は287名、出資者は289名。出資者のほとんどが兼業であり、生産活動を担う社員は11名、ほかに補助員として120名を雇用しています。地域の農地とコミュニティを守ることが、当社の理念であり特徴です」

ネットワーク大津の経営面積は、利用権設定面積が160.9ha、特定作業受託面積が164.1haで、合計面積は325ha。延べ経営規模は513.7haに及び、熊本県内では最大規模、国内でも有数の経営面積を持った集落営農法人である。

2022年度(令和4年度)の作付実績を見ると、大麦150.3ha、小麦84.4ha、大豆105.3ha、飼料用米(SGS:夢あおば)97.9ha、WCS57.9ha、主食用米1haとなっている(表)。

表:令和4年度の作付実績(資料提供:ネットワーク大津)
当社の営農上の特徴は、2年4作のブロックローテーションにあります。2年間で大麦→水稲→小麦→大豆とローテーションすることで、土地が痩せず、病害虫が発生しない形で生産を行っています。

主食用米に頼っていては経営が成り立ちませんが、当地は熊本の地下水を守る涵養地域という役割も担っていますから、水稲は続けなければなりません。

そこで目を付けたのが、近隣にある阿蘇および菊池の畜産地帯です。ここの畜産農家と耕畜連携することで、飼料用米・WCSという形で水稲を残すことができています」


大豆の単収を向上させるために「そらみのり」に挑戦


このローテーションの中で喫緊の課題が出てきた。2022年(令和4年)に105haを作付した「フクユタカ」の単収が、大きく下がっていることがわかったのだ。

「過去10年のデータを分析したところ、以前は10aあたり200kg近く採れていましたが、ここ数年は150kg以下になっていました(グラフ)。これでは、2年4作によって土地が痩せることなく病害虫も発生しないローテーションを組んでいても、経営を持続できません。

グラフ:近年の大豆収量の推移。ほとんどの年で県平均は上回っているものの、単収10aあたり200kgを下回り続けてきた。後述するが、2023年(令和5年)の「フクユタカ」は167kg、後に「そらみのり」となる「九州187号」は282kg
原因はいくつかあるのですが、温暖化にともなう播種適期の遅れや台風の大型化、ゲリラ豪雨、それと成熟期に高温になることで裂莢(れっきょう)が発生し、収穫時に損失が出てしまっていました。また、高温による葉焼病も多発し、低収化・小粒化も顕著でした」

こうして大豆の単収を高める必要性を痛感していたタイミングで、徳永さんのもとに「そらみのり」の試験栽培の依頼が舞い込んできた。


効率化や工夫よりも、一番効果的なのは多収品種への移行


同社が「そらみのり」の試験栽培を開始したのは2022年。当時はまだ品種登録されておらず、「九州187号」と呼ばれていた。

写真1:2022年の試験栽培の様子(提供:ネットワーク大津)
初挑戦した2022年は作付面積2.4haと小規模だったが、「九州187号」は「フクユタカ」と比較して、コンバイン全刈り収量では153%と明らかに多収であった。また、自然裂莢や収穫時のロスが明らかに少なく、難裂莢性の特徴が確認できたと徳永さんは振り返る。

「『そらみのり』の高い生産能力を確信しました。こういう品種を取り入れれば、生産を根底から底上げができる。

農業では、生産における効率化や創意工夫ももちろん大切ですが、収量を高めるには基本的に能力の高い品種(多収品種)が必要なのだと実感しました。そして、この結果に自信を得て、翌年は大規模な作付を実施しました」

2023年(令和5年)の「そらみのり」の作付は前年比2倍の4.7haにまで拡大。結果は、「フクユタカ」の収量が10aあたり167㎏であったのに対し、「そらみのり」は282㎏と約1.7倍もの増収を達成した。

写真2:2023年に実施したフクユタカとそらみのりの栽培の様子(提供:ネットワーク大津)

播種・収穫時期をずらすことで台風被害への対策も


2024年作について、さらに詳しく見て行こう。

「そらみのり」の作付面積は11haで、播種日は①7月6日と②7月19日の2回に分けた。播種後は順調に出芽し、その後の生育も良好であった(写真3)。

写真3:2024年作の様子。作付日を分けたのは、播種時期による生育収量の違いについて比較検討するため(提供:ネットワーク大津)

7月下旬から8月上旬の高温・少雨により葉の裏返りが発生したが、開花は①7月6日播種が8月20日(揃い)、②7月19日播種は8月25日(揃い)。その後の生育は両播種日で同等だった。

しかし、8月28日~9月1日にかけて台風10号が九州に上陸し、大雨と暴風をもたらした。この影響による“なびき”は、①7月6日播種の方に大きく影響した。収穫は11月20日に実施した。

「収量は、子実重は①7月6日播種が10aあたり414kg、②7月19日播種が441kgでした。収量の違いは台風10号による“なびき”の影響と考えられます(写真4)」

写真4:7月6日播種が8月20日に開花(揃い)した様子(左)と、台風通過後に“なびき”が発生した7月6日播種(右)の様子。7月19日播種より大きな影響を受けた(提供:ネットワーク大津)
2023年作は、子実重が10aあたり441kg、製品が282kgだったから、7月19日播種でも前年同等の収量が見込める。「フクユタカ」のように200kgを下回ることはないはずだ。

さらに、収穫時期についても「そらみのり」にはメリットがあった。

「余談になりますが、当地ではこの時期に水張りを行いたいのですが、『フクユタカ』は裂莢してしまうので収穫を優先せざるを得ず、は11月10日までに収穫を終えました。一方、『そらみのり』は烈莢しにくいため、収穫を急ぐ必要がありません。2024年は10日遅い11月20日に収穫しましたが、前述の収量を確保できています。これは隠れたメリットと言えるかもしれません。

これら3年間の結果を総合的に判断して、2025年作の大豆は『そらみのり』への全面切り替えを実施します。『そらみのり』の作付が100haを超えることになります」


自分の地域で実現できる仕組みを構築しよう


徳永さんは新品種「そらみのり」の試験栽培について、「大豆が低単収になってきていることを過去のデータから把握し、課題ととらえていたからこそ、スムーズに『そらみのり』に挑戦できました」と話す。また、県、JA熊本、農研機構を交えて、「そらみのり」の加工品を実際に作り、実需家の評価を聞けたことも安心感につながった、とも語った。

最後に、大豆多収品種への挑戦を志す人へのアドバイスを求めると、「できない条件を探していては何もできません」と徳永さんは語る。

「うちに見学や研修に来る方の多くが、『こんなやり方はウチではできない』と言われるのですが、当社も、設立から今日に至るまで、常に順風満帆だったわけではありません。

自分の地域でなにができるのか? できる条件を探してほしいです。できるための仕組みを描くことが、産業的に農業を経営するうえでは必須になります。

当社でいえば、地域の農業とコミュニティを守る』という理念があり、そのために小規模の農業生産者が集まり、生産性を高めることにしました。それには経営人材が必要となります。地域課題を理解して、その解決に資することができる人材を作っていくことも大切です。

また、農業生産においては新しい技術の導入にも挑戦し続けています。『そらみのり』導入もその一環ですし、耕畜連携もそうです。作業効率化のために、農機自動運転ドローン、営農サポートサービスといったスマート農業技術も積極的に活用しています。

それぞれの地域ごとに課題は異なると思いますが、目標に向けて実現できる仕組みを構築することが何よりも大切です」


2年4ヶ月で実現した水田からの転作


ネットワーク大津の本拠地である大津町の近隣に半導体工場ができたことから、この地域では、近年急速に開発が進んでいる。同社はそれもチャンスととらえて、転入してきた新しい住民を含めた地域住民に農業の大切さを知ってもらおうと、さまざまな啓発活動を行っている。

2年4作のブロックローテーションと耕畜連携の仕組みを構築したネットワーク大津は、時代の変化をチャンスに変えて、これからも地域と地域農業を守り続けていく。それに大豆多収品種「そらみのり」が貢献することは、間違いなさそうだ。


ネットワーク大津株式会社
https://network-ozu.com/
そらみのり(農研機構)
https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/nics/160417.html

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  1. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  2. さとうまちこ
    さとうまちこ
    宮城県の南の方で小さな兼業農家をしています。りんご農家からお米と野菜を作る農家へ嫁いで30余年。これまで「お手伝い」気分での農業を義母の病気を機に有機農業に挑戦すべく一念発起!調理職に長く携わってきた経験と知識、薬膳アドバイザー・食育インストラクターの資格を活かして安心安全な食材を家族へ、そして消費者様に届けられるよう日々奮闘中です。
  3. 北島芙有子
    北島芙有子
    トマトが大好きなトマト農家。大学時代の農業アルバイトをきっかけに、非農家から新規就農しました。ハウス栽培の夏秋トマトをメインに、季節の野菜を栽培しています。最近はWeb関連の仕事も始め、半農半Xの生活。
  4. 川島礼二郎
    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 柏木智帆
    柏木智帆
    米・食味鑑定士/お米ライター/ごはんソムリエ神奈川新聞の記者を経て、福島県の米農家と結婚。年間400種以上の米を試食しながら「お米の消費アップ」をライフワークに、執筆やイベント、講演活動など、お米の魅力を伝える活動を行っている。また、4歳の娘の食事やお弁当づくりを通して、食育にも目を向けている。プロフィール写真 ©杉山晃造
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