韓国農業に根付く「身土不二」運動と日本との関係
みなさんが「韓国の農業」と聞いて最初に連想するのは、おそらく「日本の品種を勝手に使用していた」というニュースではないでしょうか。
それはある一面では事実と言えます。
しかし、そればかりを言っていては、韓国の農業を正しく見たうえで、学ぶべきところからは学ぶという発想にはなりません。農業構造や気候も日本と似ている隣国である韓国の農業を学べなければ、結果として日本の農業のためにもならないのではないかと以前から考えてきました。
私は、2023年3月まで福岡県の農業職公務員として、主に野菜や果樹の技術普及や開発に携わってきました。仕事の傍ら韓国語を学び、退職後は韓国語の翻訳、韓国の農業資材を扱う企業や政府機関にコンサルティングを行っています。また、自身でも韓国農業資材の輸入に取り組んでおり、私が輸入した製品が日本でも市販される予定です。
そこで、今回から数回にわたり、私が知る韓国の農業のいまについてご紹介したいと考えています。
まずは、さまざまな誤解をされているであろう「種苗流出問題」を取り上げつつ、日本と韓国の農業の実情と、これからの両国のあるべき姿を探ってみたいと思います。
読者のみなさんもご存じのように、韓国は1910年から1945年まで、日本の植民地として強制的に支配されていました。そのため、その時代に日本から伝来した習俗も数知れません。
食べ物ひとつとっても、うどん、おでん、たくわん、とんかつ、カレーライス……と、植民地時代に持ち込まれた言葉は韓国の日常語として定着しており、現在でも普通に通じます。
また、1935年以前に生まれた人のかなりの部分は、日本語を理解できるようで、筆者も韓国出張中に携帯電話で日本語で話をしていると、お年寄りから日本語で話しかけられたことも何回もありました。
実は農産物の品種についても似たような状況にあり、特に育種期間が長い果樹品種は、戦前に持ち込まれたものがいまだに多く栽培されています。
例えば、韓国の柿は日本の在来品種「富有」が全面積の80%、「次郎」や「西村早生」等も合わせると実に90%以上を占めています。同様に、ナシも1927年に品種登録された「新高」が全面積の85%を占めています。これらの品種は、韓国が好むと好まざるとにかかわらず、日本人が持ち込んだ品種と言えるでしょう。ほかにも、りんごでは「ふじ」が67%、ぶどうでは「巨峰」が17%を占めています(出典:「農機資材新聞」 2023.02.01付)。
これらの品種の中で、「ふじ」が1962年、「巨峰」が1945年と韓国解放後に世に出ていますが、韓国では「富有」や「新高」の延長線上で導入したものと考えられます。
このように、韓国の果樹品種は、植民地時代~戦後に育成された日本品種が、結果的に今でも主力となっている現状があります。
果樹やいちごなどとは異なり、毎年種子を購入する野菜でも、品目によっては日本産の品種が目立ちます。
その代表的な例が、韓国料理には欠かせない「にら」です。日本では「グリーンベルト」系品種が主流ですが、韓国でもまったく同様で数社から「グリーンベルト」種子が販売されています(キョンジン種苗、アジア種苗、ザ・キバン、アラム種苗)。
他にも、2019年時点での韓国の種子自給率で見ると、パプリカ6%、キャベツ15%、たまねぎ29%、トマト55%などとなっており(出典:「マネートゥディ」2021.06.18付)、特にたまねぎの多くは日本や中国の種子を輸入しているのが現状のようです(出典:「ムドン日報」2021.12.24付)。
また、日本の品種が一般的に普及している状況は、韓国人が主食とみなしている米でも同様です。
日本で食味がよい品種の代表とされる「コシヒカリ」は実は韓国にも産地があり、「秋晴」や「ひとめぼれ」とあわせると2020年の米栽培面積に占める日本品種の割合は9%程度でした(出典:「京郷新聞」2020.08.06付)。
さらに、「コシヒカリ」は、韓国の公的機関が育種する新品種の特性を判定する際の指標品種として一般的に用いられています(例:「朝鮮日報」2020.08.06付)。
以上をまとめると、韓国において日本の品種がよく見られることは韓国人から見ても当たり前であり、一般消費者レベルでそれを疑問に感じる人も少ないのが実情です。
その一方で、韓国には郷土で育成・生産された食材を食べることが健康上も望ましく、ひいては自然環境の保全や生活の安定・向上につながるとする「身土不二」(仏教用語。韓国語読みで「シントブリ」)の考え方が日本以上に強く根付いています(「韓国における身土不二運動の展開」)。そのため、多くの農家や農業関係者の間では、できれば韓国産の品種を使った方がよいという考え方が根強いのも事実です。
日本にも、地元で収穫したものを地元で消費しようという「地産地消」「国消国産」という考え方があります。しかし、高い収益性が期待できる優秀な品種を目の前にすると、どの国や民族であっても理念を超えて使用してしまう可能性もあります。中には、品種育成国より普及してしまう場合もあり、紛争に発展してしまうケースも見られます。
次回からは、そういった日韓品種紛争の代表例である「いちご」や「シャインマスカット」の種苗が韓国に流出した問題を整理することで、韓国の品種事情をさらに深堀りしていきます。
それによって、「種苗流出問題」が政治的な対立によるものでも一部の人間による問題でもなく、複雑な歴史的背景を引きずってしまったがために起きている、日韓双方にある無理解や誤解によるものであることを、明らかにしたいと考えています。
それはある一面では事実と言えます。
しかし、そればかりを言っていては、韓国の農業を正しく見たうえで、学ぶべきところからは学ぶという発想にはなりません。農業構造や気候も日本と似ている隣国である韓国の農業を学べなければ、結果として日本の農業のためにもならないのではないかと以前から考えてきました。
※ ※ ※
私は、2023年3月まで福岡県の農業職公務員として、主に野菜や果樹の技術普及や開発に携わってきました。仕事の傍ら韓国語を学び、退職後は韓国語の翻訳、韓国の農業資材を扱う企業や政府機関にコンサルティングを行っています。また、自身でも韓国農業資材の輸入に取り組んでおり、私が輸入した製品が日本でも市販される予定です。
そこで、今回から数回にわたり、私が知る韓国の農業のいまについてご紹介したいと考えています。
まずは、さまざまな誤解をされているであろう「種苗流出問題」を取り上げつつ、日本と韓国の農業の実情と、これからの両国のあるべき姿を探ってみたいと思います。
韓国で日本産品種が普及している理由
読者のみなさんもご存じのように、韓国は1910年から1945年まで、日本の植民地として強制的に支配されていました。そのため、その時代に日本から伝来した習俗も数知れません。
食べ物ひとつとっても、うどん、おでん、たくわん、とんかつ、カレーライス……と、植民地時代に持ち込まれた言葉は韓国の日常語として定着しており、現在でも普通に通じます。
また、1935年以前に生まれた人のかなりの部分は、日本語を理解できるようで、筆者も韓国出張中に携帯電話で日本語で話をしていると、お年寄りから日本語で話しかけられたことも何回もありました。
実は農産物の品種についても似たような状況にあり、特に育種期間が長い果樹品種は、戦前に持ち込まれたものがいまだに多く栽培されています。
例えば、韓国の柿は日本の在来品種「富有」が全面積の80%、「次郎」や「西村早生」等も合わせると実に90%以上を占めています。同様に、ナシも1927年に品種登録された「新高」が全面積の85%を占めています。これらの品種は、韓国が好むと好まざるとにかかわらず、日本人が持ち込んだ品種と言えるでしょう。ほかにも、りんごでは「ふじ」が67%、ぶどうでは「巨峰」が17%を占めています(出典:「農機資材新聞」 2023.02.01付)。
これらの品種の中で、「ふじ」が1962年、「巨峰」が1945年と韓国解放後に世に出ていますが、韓国では「富有」や「新高」の延長線上で導入したものと考えられます。
このように、韓国の果樹品種は、植民地時代~戦後に育成された日本品種が、結果的に今でも主力となっている現状があります。
野菜は今でも日本産種子の輸入が多い
果樹やいちごなどとは異なり、毎年種子を購入する野菜でも、品目によっては日本産の品種が目立ちます。
その代表的な例が、韓国料理には欠かせない「にら」です。日本では「グリーンベルト」系品種が主流ですが、韓国でもまったく同様で数社から「グリーンベルト」種子が販売されています(キョンジン種苗、アジア種苗、ザ・キバン、アラム種苗)。
他にも、2019年時点での韓国の種子自給率で見ると、パプリカ6%、キャベツ15%、たまねぎ29%、トマト55%などとなっており(出典:「マネートゥディ」2021.06.18付)、特にたまねぎの多くは日本や中国の種子を輸入しているのが現状のようです(出典:「ムドン日報」2021.12.24付)。
また、日本の品種が一般的に普及している状況は、韓国人が主食とみなしている米でも同様です。
日本で食味がよい品種の代表とされる「コシヒカリ」は実は韓国にも産地があり、「秋晴」や「ひとめぼれ」とあわせると2020年の米栽培面積に占める日本品種の割合は9%程度でした(出典:「京郷新聞」2020.08.06付)。
さらに、「コシヒカリ」は、韓国の公的機関が育種する新品種の特性を判定する際の指標品種として一般的に用いられています(例:「朝鮮日報」2020.08.06付)。
韓国特有の「身土不二」の概念と日本産品種
以上をまとめると、韓国において日本の品種がよく見られることは韓国人から見ても当たり前であり、一般消費者レベルでそれを疑問に感じる人も少ないのが実情です。
その一方で、韓国には郷土で育成・生産された食材を食べることが健康上も望ましく、ひいては自然環境の保全や生活の安定・向上につながるとする「身土不二」(仏教用語。韓国語読みで「シントブリ」)の考え方が日本以上に強く根付いています(「韓国における身土不二運動の展開」)。そのため、多くの農家や農業関係者の間では、できれば韓国産の品種を使った方がよいという考え方が根強いのも事実です。
日本にも、地元で収穫したものを地元で消費しようという「地産地消」「国消国産」という考え方があります。しかし、高い収益性が期待できる優秀な品種を目の前にすると、どの国や民族であっても理念を超えて使用してしまう可能性もあります。中には、品種育成国より普及してしまう場合もあり、紛争に発展してしまうケースも見られます。
次回からは、そういった日韓品種紛争の代表例である「いちご」や「シャインマスカット」の種苗が韓国に流出した問題を整理することで、韓国の品種事情をさらに深堀りしていきます。
それによって、「種苗流出問題」が政治的な対立によるものでも一部の人間による問題でもなく、複雑な歴史的背景を引きずってしまったがために起きている、日韓双方にある無理解や誤解によるものであることを、明らかにしたいと考えています。
【連載】種苗流出問題に見る、未来の日韓農業のあり方
- 実は海外の品種使用に批判的 韓国農業界の「種子主権」という考え方
- 日本から流出した「シャインマスカット」はなぜ韓国で育種に使われていないのか
- 日本生まれのいちご品種「レッドパール」の韓国への流出はなぜ起きたのか
- 韓国農業に根付く「身土不二」運動と日本との関係
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