実は海外の品種使用に批判的 韓国農業界の「種子主権」という考え方

これまで、韓国農業で用いられる品種は日本由来のものが多いことや、いちご「レッドパール」やぶどう「シャインマスカット」が韓国に流出した経緯の真相を探ってきました。


しかし、“一般の韓国人”が海外の品種を使い続けることに対してどのように考えているかは、日本ではあまり理解されていません。

そこで、この連載の最後となる第4回では、「種子主権」というキーワードをもとに品種利用のあり方に対する韓国人の意識を探っていきます。そして今後、品種問題などが起きずに日韓の農業が共存共栄するためにはどうすべきかを、私なりに考えてみました。


韓国農業メディアで目にする「種子主権」という言葉


「種子主権(종자 주권)」という言葉は、日本ではあまり目にしませんが、韓国のニュースや新聞ではよく使われる言葉です。

筆者が調べた範囲では、2005年頃、貿易開放による農産物自由化に危機感を抱いた人々によって「作物生産の根幹である品種を外国に依存していたら、食料主権も脅かされる」という意味で使われるようになりました。そう、いちご品種をめぐって韓国と日本の間でロイヤルティー紛争が起こっていた時期と重なっていたのです。

それに関連して、「種子自給率」という言葉もよく目にします。いちごでは、「ソルヒャン」の普及開始以来、「種子自給率50%突破」、「種子自給率95%達成」などというタイトルが、農業関連記事の見出しによく使われています。

近年は、「グローバル企業に依存せずに農家が主体的に品種を選択する」、「農家による自主的な在来品種保存による伝統的な食文化の保全」などの意味でも、「種子主権」が用いられるようになってきました。

ある韓国の農家が「済州トゥデイ」という地方紙に寄稿した文が典型的な例です。

「青陽とうがらしからピーマンを育種し、パプリカを出すことができたのは、私たちのお婆さんたちが遠い昔から保存してきた在来とうがらしがあったからだ。在来とうがらしを守り保存することが、種子主権を守ることの一歩であると知ることができてこそ、奪われた種子主権を取り戻すことができるのだ」(出典:「済州トゥデイ」)。

寄稿した方は農家になって5年目(当時)とのことですが、彼女のような考え方をする人が増えれば、外国の品種を安易に利用することもなくなっていくと思われます。


韓国ニュースサイトに見る品種無断使用への批判



韓国のメディアは、記事執筆者の実名を明らかにして報道するのが原則です。このことから、「実名記事だから建前しか書けないのだろう?」という意地悪な見方もできます。

では、匿名で意見を述べる場では、品種問題についてどのように語られているのでしょうか?

一例として、「『一房1400万ウォン』高級日本ぶどうがなぜ韓国の百貨店に 日本が憤慨した」(出典:「ヘラルド経済」2022.11.08付 記事をNAVERが転載、2023.12.17閲覧)という、石川県が育成したぶどう品種「ルビーロマン」が韓国で生産され、商品が国内の百貨店で高値で販売されていたという内容の記事を見てみましょう。

NAVERは、メディア各社の記事を転載し、各記事に読者が匿名でコメントできるシステムを構築しています。日本での「Yahoo!ニュース」とほぼ同じと考えればわかりやすいでしょう。この記事についたコメントで最も「共感ボタン」が多かったのは、以下のような「素直に値段が高すぎる」というコメントでした。

「これが1400万ウォンなんて信じられない」(共感3345、非共感36)

ところが、次に「共感ボタン」が多かったのは、以下のように品種の不正利用を批判するコメントでした。

「うーん、こっそり盗んできたのなら、わが国の民が明らかに間違っています。それを否定はできませんよ。研究して正当な権利を獲得したのでなければ、みんなニセモノなんですよ」(共感1622、非共感81)

この批判コメントに対する反論もあったものの共感数は低く、その反論をさらに批判する意見もアップされています。

「じゃあ日本は、わが国の文化財から返納しなくちゃ。このコメントを書いた方の一族郎党みなを税務調査しましょう」(共感20、非共感43)

「日本が盗んだのだから韓国も盗んでよいとすれば、韓国も同じレベルになるのだが。あまりに拙劣な下司の思考方式だ」(共感154、非共感5)

「現代社会では、本人のミスで成果物を他人が得たのならば、それは本人の責任になる。特許・商標・契約書にどんな拘束力や効力があるかを知らねば、してやられるだけだ」(共感3、非共感18)

「じゃあ、あなたは反対の状況が起きても口角泡を飛ばさないのだな?」(共感25、非共感1)

一見すると低レベルな論争ですが、品種流出問題の本質をよくとらえた議論です。

そして、過去の歴史的経緯や法の条文を盾にして、他国が開発した品種を対価を払わずに使用することを容認する主張に、大多数の韓国人は批判的であることがうかがえます。


品種流出の根本原因は農業関係者の無知や無関心


 

振り返ってみると、いちご「レッドパール」の流出事案がこじれた原因は、時代背景などから関係者が品種保護に関して無知であったためと考えられます。

しかし、流出させた金重吉氏と品種育成者の西田朝美氏は、相互に農場を訪問するなど、人間的な交流があったこともわかっています。個人的には、彼らの間ではお互いの存在を認め合い、敬意を払っていたのだろうと強く感じます。

反面、ぶどう「シャインマスカット」の流出事案は、少し様相を異にしています。

まず、韓国に「シャインマスカット」を導入したデギョンぶどう接木苗営農組合法人は、UPOV条約などの法的な知識を十分に持っている団体だと思われます。

一方、育成した日本の農研機構も、海外での登録をしないと流出の恐れがあることは十分に認識していたと思われます。しかし、海外での登録をするための予算や人員が不足している背景として、日本国内の農家でも正規な手続きに基づかない自家増殖が多く、結果として育種に再投資を回せないためであるという論調もあります(出典:農文協「現代農業」2020年12月号)。

すなわち、「シャインマスカット」流出事案は日本側が無知だったわけではなく、予算や人員不足があったにせよ、結局は両国の関係者の無関心が招いてしまった事案であると考えられます。


品種や技術に対して敬意を払うことが重要


以上のことから、品種や技術の流出トラブルを防ぐためには、知的財産制度を正しく理解するとともに、個々の品種や技術に関係者が関心を払うこと。この両方が維持されている必要があると強く思います。

品種に限った話ではありませんが、農業技術のかなりの部分は、他分野の中小企業で開発された技術のスピンオフや、農家などの現地関係者が目下の問題を解決するために本業を犠牲にして開発したものであると言えます。

また、農業技術を専門的に研究開発する公的機関であっても、その多くは予算・人員・研究課題を厳しく制限された中でやっと研究開発をしているのが現状です。

つまり、この世に存在する農業技術のほとんどが、困難な環境の中で生み出されていると、私は考えています。

筆者が韓国の農業関連メーカー・生産者・公的機関のみなさんと会って話をしてみると、農業技術が生み出される環境は日本も韓国も同様であるそうです。

これらのことから、日韓両国で開発された品種や農業技術を目にした際に、どのような条件であれば双方がWIN-WINになれるかをまず考えるべきです。それが品種や農業技術、ひいては開発者への「敬意」であると言えます。

そして、正当なロイヤルティーを払って堂々と種苗を使用することは、品種や技術に敬意を示す重要な一部であると考えます。農業関係者だけでなく、一般市民にまでこのような考え方が広まれば、互いに隣国であり、食文化も似通っている日韓の農業は、連携して共存共栄していけると確信しています。


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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、福岡県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方、韓国語を独学で習得(韓国語能力試験6級)。退職後、2024年3月に玄海農財通商合同会社を設立し代表に就任、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサルティングや韓国農業資材の輸入販売を行っている。会社HP:https://genkai-nozai.com/home/個人のブログ:https://sinkankokunogyo.blog/
  4. 川島礼二郎
    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 堀口泰子
    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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