農林水産省主催の「改正種苗法に関する全国説明会」で語られたこと
2020年12月に可決した改正種苗法に関する全国説明会が、1月22日にウェブ上で開かれた。
説明会は品種の開発者の権利保護という法律の性格を反映し、開発者でない限り知る必要のないようなマニアックな内容も多かった。それでも、消費者も含めて関心を呼んだ改正だけに、参加申し込みが733件もあり、盛況だったようだ。
1時間半の予定だったが、質問も多く寄せられ、2時間近い長丁場となった。その場で語られた説明と、特に質疑応答で興味深かった部分を紹介したい。
筆者の場合、改正によって現実的な話題となった「品種登録」について知りたいというモチベーションと、理解しなければ今後の仕事上差し支えるという切実な事情もあっての参加だった。それでも、実務的な説明が続く場面では、理解が追い付くのに時間を要し、しんどい面があった。
ただ、最後の質疑応答では「PVPマーク(登録品種表示マーク)とは? 」といった初歩的な質問も散見された。これは、実務に詳しくない参加者も多かったということを示している。そして、そのような方々が今回のような実務的な説明を1時間半も聞くのは、相当きついものがあったと思う。
それでも質疑応答まで粘る人が相当数いたことは、種苗法の注目度の高さを物語っており興味深い。改正種苗法をきっかけに、品種登録に興味を持つ消費者が出現したのは有意義なことだと、今回の説明会であらためて感じている。「メルカリ」などのCtoCのECサイトで、登録品種の種苗を勝手に増殖して売買しているといった事例もあるとのこと。品種登録のしくみと保護の必要性を理解する消費者は増えた方がいい。
では、今回の全国説明会の流れを振り返ってみよう。
まず、主催者である農水省知的財産課長の尾﨑道さんから、改正に至る流れと改正後の期待が語られた。
「登録品種が無断で海外に持ち出されると、品種開発者のインセンティブが低下する」から改正案を提出したと振り返ったうえで、「改正種苗法はそもそも複雑で難解なので、現場の皆様の誤解がないように、できる限り説明を尽くしたい」「改正種苗法の施行は、農家の継続的な所得向上にも関わるものと考える」という農水省の立場を強調した。
その後、同課種苗室長の藤田裕一さんから、資料に基づく改正のポイントの説明があった。説明資料は「改正種苗法について~法改正の概要と留意点~」として2021年1月に農水省が公表したものが使われた(記事末にリンクあり)。
この資料が他の法改正で出てくる資料と異なるのは、「既存品種が大企業等に勝手に品種登録されてしまうとの誤解」「強制的に特定の登録品種の利用を強要されるとの誤解」という項目がわざわざ立っているように、消費者や登録品種に詳しくない農家向けの説明が手厚いことだ。
藤田さん自身、冒頭で「(改正種苗法には)品種の開発者、農業者、消費者それぞれの関わり方がある」と話しており、想定される説明対象の範囲が広い。
コロナ禍で、リスクコミュニケーションの重要性が叫ばれているが、農水省にとって改正種苗法は、さまざまなステークホルダー(利害関係者)を巻き込んだリスクコミュニケーションの好例だったのかもしれないと、資料を眺めつつ思う。
改正の要点は、資料の11ページにまとめてあるのでご覧いただきたい。
簡単にいうと、改正で登録品種の保護が強化される一方、育成者権者(育成者権を持つ人。品種の開発者)や種苗業者の果たさなければならない義務や手続きも増えたということだ。
輸出先国の指定ができるようになる一方で、種苗業者は輸出先の指定や、「登録品種」であることを表示する義務を負う。育成者権者もこうした制限の周知を求められている。
また、登録品種の自家増殖が許諾制になることに伴い、育成者権者が許諾手続きを求めない場合は、その旨を何らかの方法で明示する必要がある。
金銭面では、品種登録に必要な出願料や毎年の登録の維持に必要な登録料が値下げされる見込みである一方、栽培試験または現地調査に当たって実費相当額の手数料が徴収される。「手数料は今後省令で定める」としており、参考として「過去の審査実績の実費は9万3000円/回(年)程度」という金額も挙げられた。
費用負担の増加を懸念する声があることを踏まえ、藤田さんは「10年以上など(登録品種として)しっかり維持する品種については、負担は増えないと考えている」とした。
説明会はウェブ会議システムのMicrosoft Teams(マイクロソフト チームズ)を使って行われた。質疑応答はまずチャットで寄せられたものに回答し、次いで会場(今回の説明会は現地での聴取も可能となっていた)からも質問を募った。質問は、種苗業者や育成者権者からと思われる実務的なもの、農水省への要望など、種苗に馴染みの薄い一般人からの素朴な疑問が多かったように感じられた。その中で興味深かったものを紹介したい。
海外への種苗の持ち出し制限ができるようになったのが、今回の改正の目玉だ。ただ、「実際には切り花や鉢物、青果物などの形で流出し得るのではないか」との質問が複数あった。
回答は「切り花、鉢物は種苗への転用の可能性もあるが、その輸出が制限を受けることはない。種苗に転用されるようなもので、種苗への転用目的が明らかなものは、制限を受けるけれども、種苗法はあくまで種苗の持ち出しを制限するもの」(藤田さん)とのことだ。
「輸出先国のみならず、国内の栽培地域の指定もできる。どのような範囲を産地として指定できるか」という質問も複数寄せられた。回答としては下記になる。
「基本的に産地形成のための栽培地域の指定ですので、県や市町村を想定しておりますが、必ずしもそれに限定されることはございません」
「栽培地域は育成者権者の意図を尊重する。あくまで産地形成のためのものですので、産地形成に結びつかないようなものは、確認させていただくことはある。必要に応じて考え方は整理させていただきたい」(いずれも藤田さん)
全体を通して、法改正で大枠は決まったものの、細かな詰めはこれから、という印象を受けた。自家増殖のための許諾手続きの作業負担がどの程度に抑えられるか、種苗業者や育成者権者が混乱しないように改正種苗法を施行できるかは、今後の周知や仕組みづくりにかかっているようだ。
登録品種の保護、品種改良の活性化という種苗法の目的が、改正によりどの程度達成されるのか。今後も注視する必要がある。
改正種苗法について~法改正の概要と留意点~ 【PDF】
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/tizai/brand/attach/pdf/zenkoku-2.pdf
説明会は品種の開発者の権利保護という法律の性格を反映し、開発者でない限り知る必要のないようなマニアックな内容も多かった。それでも、消費者も含めて関心を呼んだ改正だけに、参加申し込みが733件もあり、盛況だったようだ。
1時間半の予定だったが、質問も多く寄せられ、2時間近い長丁場となった。その場で語られた説明と、特に質疑応答で興味深かった部分を紹介したい。
実務的な内容ながら専門家から初心者まで広く参加
筆者の場合、改正によって現実的な話題となった「品種登録」について知りたいというモチベーションと、理解しなければ今後の仕事上差し支えるという切実な事情もあっての参加だった。それでも、実務的な説明が続く場面では、理解が追い付くのに時間を要し、しんどい面があった。
ただ、最後の質疑応答では「PVPマーク(登録品種表示マーク)とは? 」といった初歩的な質問も散見された。これは、実務に詳しくない参加者も多かったということを示している。そして、そのような方々が今回のような実務的な説明を1時間半も聞くのは、相当きついものがあったと思う。
それでも質疑応答まで粘る人が相当数いたことは、種苗法の注目度の高さを物語っており興味深い。改正種苗法をきっかけに、品種登録に興味を持つ消費者が出現したのは有意義なことだと、今回の説明会であらためて感じている。「メルカリ」などのCtoCのECサイトで、登録品種の種苗を勝手に増殖して売買しているといった事例もあるとのこと。品種登録のしくみと保護の必要性を理解する消費者は増えた方がいい。
「品種の開発者、農業者、消費者それぞれの関わり方がある」
では、今回の全国説明会の流れを振り返ってみよう。
まず、主催者である農水省知的財産課長の尾﨑道さんから、改正に至る流れと改正後の期待が語られた。
「登録品種が無断で海外に持ち出されると、品種開発者のインセンティブが低下する」から改正案を提出したと振り返ったうえで、「改正種苗法はそもそも複雑で難解なので、現場の皆様の誤解がないように、できる限り説明を尽くしたい」「改正種苗法の施行は、農家の継続的な所得向上にも関わるものと考える」という農水省の立場を強調した。
その後、同課種苗室長の藤田裕一さんから、資料に基づく改正のポイントの説明があった。説明資料は「改正種苗法について~法改正の概要と留意点~」として2021年1月に農水省が公表したものが使われた(記事末にリンクあり)。
この資料が他の法改正で出てくる資料と異なるのは、「既存品種が大企業等に勝手に品種登録されてしまうとの誤解」「強制的に特定の登録品種の利用を強要されるとの誤解」という項目がわざわざ立っているように、消費者や登録品種に詳しくない農家向けの説明が手厚いことだ。
藤田さん自身、冒頭で「(改正種苗法には)品種の開発者、農業者、消費者それぞれの関わり方がある」と話しており、想定される説明対象の範囲が広い。
コロナ禍で、リスクコミュニケーションの重要性が叫ばれているが、農水省にとって改正種苗法は、さまざまなステークホルダー(利害関係者)を巻き込んだリスクコミュニケーションの好例だったのかもしれないと、資料を眺めつつ思う。
権利が手厚くなるとともに、義務や手続きも増加
改正の要点は、資料の11ページにまとめてあるのでご覧いただきたい。
簡単にいうと、改正で登録品種の保護が強化される一方、育成者権者(育成者権を持つ人。品種の開発者)や種苗業者の果たさなければならない義務や手続きも増えたということだ。
輸出先国の指定ができるようになる一方で、種苗業者は輸出先の指定や、「登録品種」であることを表示する義務を負う。育成者権者もこうした制限の周知を求められている。
また、登録品種の自家増殖が許諾制になることに伴い、育成者権者が許諾手続きを求めない場合は、その旨を何らかの方法で明示する必要がある。
金銭面では、品種登録に必要な出願料や毎年の登録の維持に必要な登録料が値下げされる見込みである一方、栽培試験または現地調査に当たって実費相当額の手数料が徴収される。「手数料は今後省令で定める」としており、参考として「過去の審査実績の実費は9万3000円/回(年)程度」という金額も挙げられた。
費用負担の増加を懸念する声があることを踏まえ、藤田さんは「10年以上など(登録品種として)しっかり維持する品種については、負担は増えないと考えている」とした。
質疑応答
説明会はウェブ会議システムのMicrosoft Teams(マイクロソフト チームズ)を使って行われた。質疑応答はまずチャットで寄せられたものに回答し、次いで会場(今回の説明会は現地での聴取も可能となっていた)からも質問を募った。質問は、種苗業者や育成者権者からと思われる実務的なもの、農水省への要望など、種苗に馴染みの薄い一般人からの素朴な疑問が多かったように感じられた。その中で興味深かったものを紹介したい。
海外への種苗の持ち出し制限ができるようになったのが、今回の改正の目玉だ。ただ、「実際には切り花や鉢物、青果物などの形で流出し得るのではないか」との質問が複数あった。
回答は「切り花、鉢物は種苗への転用の可能性もあるが、その輸出が制限を受けることはない。種苗に転用されるようなもので、種苗への転用目的が明らかなものは、制限を受けるけれども、種苗法はあくまで種苗の持ち出しを制限するもの」(藤田さん)とのことだ。
「輸出先国のみならず、国内の栽培地域の指定もできる。どのような範囲を産地として指定できるか」という質問も複数寄せられた。回答としては下記になる。
「基本的に産地形成のための栽培地域の指定ですので、県や市町村を想定しておりますが、必ずしもそれに限定されることはございません」
「栽培地域は育成者権者の意図を尊重する。あくまで産地形成のためのものですので、産地形成に結びつかないようなものは、確認させていただくことはある。必要に応じて考え方は整理させていただきたい」(いずれも藤田さん)
全体を通して、法改正で大枠は決まったものの、細かな詰めはこれから、という印象を受けた。自家増殖のための許諾手続きの作業負担がどの程度に抑えられるか、種苗業者や育成者権者が混乱しないように改正種苗法を施行できるかは、今後の周知や仕組みづくりにかかっているようだ。
登録品種の保護、品種改良の活性化という種苗法の目的が、改正によりどの程度達成されるのか。今後も注視する必要がある。
改正種苗法について~法改正の概要と留意点~ 【PDF】
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/tizai/brand/attach/pdf/zenkoku-2.pdf
【連載】種苗法改正を考える
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