九州大学ら、振動を利用した害虫防除技術の研究成果を発表 収量アップにも期待
九州大学らの研究チームは、振動を利用して害虫の行動を制御し、作物の収量を向上させる振動農業技術に関する総説を発表した。この研究成果は、2024年5月10日にオランダの学術雑誌「Entomologia Experimentalis et Applicata」にオンライン掲載された。
近年、農業の生産現場では、薬剤抵抗性の発達や環境負荷の増大、有機栽培や減農薬作物のニーズの高まりから、化学農薬に依存しない害虫防除技術の確立が求められている。
これに対応するため、九州大学大学院理学研究院、国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所、宮城県農業・園芸総合研究所、東北特殊鋼株式会社、電気通信大学大学院情報理工学研究科、琉球大学農学部、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)の研究チームは、振動農業技術とその実用化に向けた研究を進めている。
振動農業技術とは、昆虫が振動や音に対する感覚を用いたコミュニケーションを行うことに着目し、人為的な刺激として振動を与えることで害虫防除を行う技術だ。
研究チームはこれまでに、トマト栽培におけるタバココナジラミやオンシツコナジラミ、しいたけ栽培におけるキノコバエ類、果樹におけるチャバネアオカメムシについて研究に取り組んできた。
琉球大学構内の温室内で行ったトマト栽培では、コナジラミの成虫を放し、100Hzの振動を断続的に与え、振動による防除効果を検証した。その結果、振動を与えたトマトのタバココナジラミ幼虫の密度は、振動を与えなかった対照区と比較して、およそ40%低下することが明らかになったという。
宮城県農業・園芸総合研究所で行ったトマト栽培では、施設内において300Hzの振動を与えたところ、振動区のオンシツコナジラミ幼虫密度が対照区の50%以下に抑えられた。
トマト栽培における受粉・着果の方法として、ホルモン剤処理による方法やマルハナバチなどを利用する方法がある。ハチによる受粉方法は、受粉にかかる人手による作業時間が少ないというメリットがあるが、ハチに悪影響を与える化学農薬を使用している間は放飼できない。また、ハチの活動が低下する高温期や低温期には、他の代替手段を使用する必要がある。
そこで研究チームは、振動によりトマトの受粉も促進されるか検証した結果、振動を与えたトマトは振動を与えなかったトマトと比べ、より受粉が促進されることが確認された。植物に振動を与えることで、害虫の密度低下が期待できることに加え、収量アップにもながる可能性がある。
シイタケをはじめとする食用きのこの栽培では、害虫のキノコバエ類による食害と害虫がきのこに付着した状態で出荷されることが問題となっている。そこで研究チームは、樹木由来のおが粉を培地としたシイタケの菌床に800Hzの周波数の振動を与えた。その結果、振動を与えなかった菌床に比べてナガマドキノコバエ類の蛹や成虫の発生が遅れただけでなく、発生した成虫の数も減少した。
これにより、振動はキノコバエ類の成長を阻害し、シイタケへの食害や混入被害を軽減できることが確認された。
また、菌床などの培地を叩くことによる振動が、シイタケの発生を促すとして経験的に利用されていたが、どのような振動が発生に適しているのかについては特定されていなかっという。
そこで、シイタケの菌糸成長や発生に適した振動の周波数を明らかにするための実験も行い、さまざまな周波数の振動を寒天培地上で培養したシイタケ菌糸に断続的に与えたところ、1000Hzの振動10mmを与えた処理区では、振動を与えない処理区と比較して菌糸の成長量が増加した。
さらに、森林総合研究所の栽培施設内のシイタケ菌床に800Hzの振動を与えて、シイタケの発生が促進されるのか
調べたところ、振動を与えた菌床から発生したシイタケの本数は、振動を与えなかった菌床と比べて増加することが確認された。人力によって叩くことなく、特定の周波数で菌床を刺激することで害虫の発生を抑えられるだけでなく、シイタケの収量アップも期待できる。
研究チームは、果樹の害虫として知られるチャバネアオカメムシについての実験も行った。
チャバネアオカメムシは、カンキツ類やリンゴ、ナシなど、さまざまな果実を吸汁し、奇形や落果を引き起こすことで深刻な被害をもたらす。また、林業害虫としても知られ、ヒノキの採種園に飛来し、種子の発芽率を低下させるという。
そこで、チャバネアオカメムシの好適な寄主植物であるキリの苗木やカンキツ樹にさまざまな周波数や振幅の振動を与え、木に止まっているカメムシの行動を観察。その結果、触角の運動やグルーミングを停止する、脚を曲げて姿勢を低くする、静止状態から歩行する、歩行せずに前脚を交互に持ち上げるなどの反応が確認された。
また、成虫の腹部の上下運動により、振動が発生することもわかった。観察された一連の行動からは、振動を樹木に与えることで、カメムシが木に止まる時間を短縮させるなどの効果が期待できるという。
九州大学らの研究チームは、振動は病害虫防除だけでなく、作物の収量増加につながるほか、殺虫剤の使用量削減や農作業の省力化にも貢献できる可能性があるとしている。また、さまざまな防除技術を組み合わせる総合防除を行うことで、防除効果アップにもつながるという。
今後も、振動農業技術の実証と改良を続け、2025年度以降にトマト栽培用の振動発生装置の市販化を進める予定だ。
論文情報
掲載誌:Entomologia Experimentalis et Applicata
タイトル:Vibrations as a new tool for pest management - a review
著者名:Ryuhei Yanagisawa, Haruki Tatsuta, Takayuki Sekine, Takaho Oe, Hiromi Mukai, Nami Uechi, Takuji Koike, Ryuichi Onodera, Ryuichi Suwa, Takuma Takanashi
DOI:10.1111/eea.13458
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/eea.13458?af=R
九州大学大学院理学研究院
https://www.sci.kyushu-u.ac.jp/
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所
https://www.ffpri.affrc.go.jp/ffpri.html
宮城県農業・園芸総合研究所
https://www.pref.miyagi.jp/soshiki/res_center/
東北特殊鋼株式会社
https://www.tohokusteel.com/
電気通信大学大学院情報理工学研究科
https://www.uec.ac.jp/education/graduate/
琉球大学農学部
https://www.agr.u-ryukyu.ac.jp/
国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)
https://www.naro.go.jp/
新たな害虫防除技術としての振動
近年、農業の生産現場では、薬剤抵抗性の発達や環境負荷の増大、有機栽培や減農薬作物のニーズの高まりから、化学農薬に依存しない害虫防除技術の確立が求められている。
これに対応するため、九州大学大学院理学研究院、国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所、宮城県農業・園芸総合研究所、東北特殊鋼株式会社、電気通信大学大学院情報理工学研究科、琉球大学農学部、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)の研究チームは、振動農業技術とその実用化に向けた研究を進めている。
振動農業技術とは、昆虫が振動や音に対する感覚を用いたコミュニケーションを行うことに着目し、人為的な刺激として振動を与えることで害虫防除を行う技術だ。
研究チームはこれまでに、トマト栽培におけるタバココナジラミやオンシツコナジラミ、しいたけ栽培におけるキノコバエ類、果樹におけるチャバネアオカメムシについて研究に取り組んできた。
琉球大学構内の温室内で行ったトマト栽培では、コナジラミの成虫を放し、100Hzの振動を断続的に与え、振動による防除効果を検証した。その結果、振動を与えたトマトのタバココナジラミ幼虫の密度は、振動を与えなかった対照区と比較して、およそ40%低下することが明らかになったという。
宮城県農業・園芸総合研究所で行ったトマト栽培では、施設内において300Hzの振動を与えたところ、振動区のオンシツコナジラミ幼虫密度が対照区の50%以下に抑えられた。
トマト栽培における受粉・着果の方法として、ホルモン剤処理による方法やマルハナバチなどを利用する方法がある。ハチによる受粉方法は、受粉にかかる人手による作業時間が少ないというメリットがあるが、ハチに悪影響を与える化学農薬を使用している間は放飼できない。また、ハチの活動が低下する高温期や低温期には、他の代替手段を使用する必要がある。
そこで研究チームは、振動によりトマトの受粉も促進されるか検証した結果、振動を与えたトマトは振動を与えなかったトマトと比べ、より受粉が促進されることが確認された。植物に振動を与えることで、害虫の密度低下が期待できることに加え、収量アップにもながる可能性がある。
シイタケをはじめとする食用きのこの栽培では、害虫のキノコバエ類による食害と害虫がきのこに付着した状態で出荷されることが問題となっている。そこで研究チームは、樹木由来のおが粉を培地としたシイタケの菌床に800Hzの周波数の振動を与えた。その結果、振動を与えなかった菌床に比べてナガマドキノコバエ類の蛹や成虫の発生が遅れただけでなく、発生した成虫の数も減少した。
これにより、振動はキノコバエ類の成長を阻害し、シイタケへの食害や混入被害を軽減できることが確認された。
また、菌床などの培地を叩くことによる振動が、シイタケの発生を促すとして経験的に利用されていたが、どのような振動が発生に適しているのかについては特定されていなかっという。
そこで、シイタケの菌糸成長や発生に適した振動の周波数を明らかにするための実験も行い、さまざまな周波数の振動を寒天培地上で培養したシイタケ菌糸に断続的に与えたところ、1000Hzの振動10mmを与えた処理区では、振動を与えない処理区と比較して菌糸の成長量が増加した。
さらに、森林総合研究所の栽培施設内のシイタケ菌床に800Hzの振動を与えて、シイタケの発生が促進されるのか
調べたところ、振動を与えた菌床から発生したシイタケの本数は、振動を与えなかった菌床と比べて増加することが確認された。人力によって叩くことなく、特定の周波数で菌床を刺激することで害虫の発生を抑えられるだけでなく、シイタケの収量アップも期待できる。
研究チームは、果樹の害虫として知られるチャバネアオカメムシについての実験も行った。
チャバネアオカメムシは、カンキツ類やリンゴ、ナシなど、さまざまな果実を吸汁し、奇形や落果を引き起こすことで深刻な被害をもたらす。また、林業害虫としても知られ、ヒノキの採種園に飛来し、種子の発芽率を低下させるという。
そこで、チャバネアオカメムシの好適な寄主植物であるキリの苗木やカンキツ樹にさまざまな周波数や振幅の振動を与え、木に止まっているカメムシの行動を観察。その結果、触角の運動やグルーミングを停止する、脚を曲げて姿勢を低くする、静止状態から歩行する、歩行せずに前脚を交互に持ち上げるなどの反応が確認された。
また、成虫の腹部の上下運動により、振動が発生することもわかった。観察された一連の行動からは、振動を樹木に与えることで、カメムシが木に止まる時間を短縮させるなどの効果が期待できるという。
九州大学らの研究チームは、振動は病害虫防除だけでなく、作物の収量増加につながるほか、殺虫剤の使用量削減や農作業の省力化にも貢献できる可能性があるとしている。また、さまざまな防除技術を組み合わせる総合防除を行うことで、防除効果アップにもつながるという。
今後も、振動農業技術の実証と改良を続け、2025年度以降にトマト栽培用の振動発生装置の市販化を進める予定だ。
論文情報
掲載誌:Entomologia Experimentalis et Applicata
タイトル:Vibrations as a new tool for pest management - a review
著者名:Ryuhei Yanagisawa, Haruki Tatsuta, Takayuki Sekine, Takaho Oe, Hiromi Mukai, Nami Uechi, Takuji Koike, Ryuichi Onodera, Ryuichi Suwa, Takuma Takanashi
DOI:10.1111/eea.13458
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/eea.13458?af=R
九州大学大学院理学研究院
https://www.sci.kyushu-u.ac.jp/
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所
https://www.ffpri.affrc.go.jp/ffpri.html
宮城県農業・園芸総合研究所
https://www.pref.miyagi.jp/soshiki/res_center/
東北特殊鋼株式会社
https://www.tohokusteel.com/
電気通信大学大学院情報理工学研究科
https://www.uec.ac.jp/education/graduate/
琉球大学農学部
https://www.agr.u-ryukyu.ac.jp/
国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)
https://www.naro.go.jp/
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