植物の健康状態を直接解析する次世代型技術とは

気温、日射量、湿度など、植物の置かれた環境情報を取得し、植物の状態を推測する──農業IoTといえば、こうした方法をとるものがほとんどだ。

そんな中で、植物の生体情報をダイレクトに「見える化」するアグリテック・ベンチャーがある。愛媛大学に拠点を置くPLANT DATA株式会社。植物そのものを解析するという世界的にも珍しい手法が、これまでには考えられなかった高い収量を実現するかもしれない。

▲PLANT DATAの開発した植物の生体情報を解析する装置

オランダですら理論上の収量の3分の1

愛媛大学農学部(松山市)には、日射量や気温、湿度などを一体的に管理する環境制御システムを備えた最新式のガラス温室がある。その入り口に置かれたトマトの苗を指さし、PLANT DATAのCEO、北川寛人さんが言う。

「これらの苗は全部元気で問題ないように見えますが、実際は健康でないものも混ざっているのです。目で見てもわからない植物の状態を知るために、我々の技術を役立てたいと考えています」

▲PLANT DATA CEOの北川寛人さん(愛媛大学農学部の研究拠点で)

国内のトマトの平均収量は10アールあたり15トン程度とされる。簡易なビニールハウスなども含まれるためで、精密農業の先進地オランダの収量70~75トンに比べると大きく引けを取っている。国内でも最新鋭の施設を導入し、オランダの収量レベルに達する農場が現れてきていて、平均の15トンに比べると大変な進歩だ。しかし……。

「トマトの収量は理論上、10アール当たり200~220トン取れると言われているんです。ということは、国内の先進的なトマト農場やオランダの栽培は、しくじっているようには見えないけれども、僕らにはわからない栽培上の瑕疵(かし)がある」(北川さん)

農業IoTというと、通常は植物の置かれた環境のデータを蓄積し、そこから植物の状態を推測するものが主流だ。光量や温度、湿度、養分などを統合的に制御する統合環境制御装置の付いた最新の植物工場も、やはり環境情報を計測し、植物にとって最適な状態を作り出そうとする。

しかし、一つひとつの植物が置かれた状況は微妙に違っているし、個体差もあるため、人工光の植物工場ですら生育ムラが生じる。つまり環境情報のみを参考に気温や日射量、湿度などを調整しても、収量の向上には限界があるのだ。

世界初の植物診断専用農機

では、一体どうやって植物の生体情報を取得するのか。温室の中に鎮座している、高さ3メートルほどの石碑のような形をした機械がその答えだ。

井関農機と共同開発し、2015年から市販している「植物生育診断装置」だ。植物の診断専用の農機というのは、世界で初だという。

▲植物生育診断装置

4本の青色LEDとカメラの付いた部分が上下にスライドし、植物に触れないで、つまり植物にストレスを与えないでその状態を測る。トマトのハウスの地上にレールのように張り巡らされた暖房用に湯を流す温湯管の上を移動させ、計測する。

この装置は夜間に青色LEDを照射した状態で植物を撮影し、植物の発する「クロロフィル蛍光」の量を把握する。植物は吸収した光エネルギーのうち、光合成に用いず余ったものの一部をクロロフィル蛍光という赤い光にして発光する。何らかのストレスで光合成が順調にできないと発光量が増えるため、目視ではわからないわずかなストレスや病害虫も検知できる。

▲夜間に青色LEDを照射し撮影する

トマトのハウス以外でも、天井から吊るしてハウス内のイチゴやレタスを計測したり、車輪付きの台車に載せて露地栽培のブドウを計測したりと、さまざまな用途向けに実証が進められてきた。葉緑素を含むものならナスやパプリカから藻類まで、何でも計測可能だ。

ほかに、光を透過するフィルムで植物をすっぽりと包み込み、植物の光合成と蒸散の速度を計測する「光合成計測チャンバー」という機器がある。気温や日射量、湿度などの外的要因のみならず、蒸散と光合成の速度といった植物そのものの情報がグラフ化され、相関関係を把握することができる。「フォトセル」という名前で2018年中に市販する見込みだ。

▲光合成計測チャンバー

2020年までに本格普及

植物生育診断装置も光合成計測チャンバーも、導入費用は200万円前後から400万円ほどと安くはない。当面想定するユーザーは、1ヘクタールを超す大規模な生産者や、面積が小さくても高い収益を上げている農家だ。今は大規模生産をしている農業法人などで機器を使ってもらい、収量の向上にどう結び付けるか、実証をしている段階だ。2020年までには本格的な普及に踏み切りたいという。

「1ヘクタールあたり1億円の売り上げだとすると、収量を10%改善するだけで売り上げが1千万円上がる。収量増に伴うコスト増は収穫や選果の量の増加に伴う人件費の増加分で、国内の先進的な経営体ならコストの増加分を引いても800万円は粗利で残る。計測装置やサービスを使うコストは吸収できますよね」(北川さん)

機器そのもののコスト低減のためのプロジェクトも進めており、次世代型の技術が農場で使われるようになる日も近いかもしれない。


PLANT DATA株式会社


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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、九州某県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方で、韓国語を独学で習得する(韓国語能力試験6級取得)。2023年に独立し、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサル等を行う一方、自身も韓国農業資材を輸入するビジネスを準備中。HP:https://sinkankokunogyo.blog/
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    川島礼二郎
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    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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