「農家さんに農業で失敗してほしくないから作りました」~農薬マッチングAIアプリ「レイミーのAI病害虫雑草診断」開発秘話
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新型コロナウイルスが猛威を振るう中、今年も全国各地で水稲栽培が行われています。稲を育てる過程で、病気や害虫に悩まされないという方はほとんどいないでしょう。
この病害虫に対して農家さんの負担を軽減し、生育を手助けしてくれるのが農薬ですが、雑草ならその草種、害虫ならその虫の種類がわからなければ、なかなか最適な薬剤を選ぶのは難しいもの。ただでさえ、知識と経験が豊富なベテラン農家の数も減ってきている状況で、新規就農者ともなれば途方に暮れてしまうかもしれません。そして、そういった方々は今後も増えていくと思われます。
そんな情勢下に、農薬メーカーの老舗、日本農薬株式会社がリリースしたのが、病害虫農薬診断アプリ「レイミーのAI病害虫雑草診断」(以降「レイミー」)です。AIによる画像解析を行い、高い確率でその状況に効果的な薬剤を選び出してくれるという、まさにスマート農業の最先端技術ともいえます。しかもアプリの利用に関しては完全に無料です。
今回は、このアプリが生まれた背景、効果的な使い方、日本農薬の未来に向けた取り組みについて、技術普及部
技術普及グループの横田直也さん、経営企画本部 経営企画室 経営企画部グループ スマート農業推進準備室リーダーの岡田敦さんにうかがいました。
※新型コロナウイルスの影響を鑑みて、取材はオンラインにて行いました。
農薬メーカーとして、農家にできること
日本農薬が病害虫診断アプリを作った理由は、自社の農薬を販売したいからに他なりません。ただしそこには、単純なビジネスだけではない、老舗の農業関連メーカーとしての思いもこめられていました。「私ども、日本農薬は、農家さんの安定生産に貢献したいという思いで活動しています。その上で、農薬を提供することだけが、我々が農家さんに対してできる貢献なのか、と原点に立ち返って考え直す必要がありました。
農薬は、農業を効率化するツールとしては最適なものだと思います。ですが、登録情報が非常に複雑で、『わかりにくい』『選びにくい』という声は前々からいただいていました。
そこを解決できるソリューションを作れれば、農薬開発・販売とは別のかたちで、農家さんに貢献できると考えたんです」
そこで、「レイミー」では極力簡単な操作で誰でも扱えるように、シンプルな操作系を追求しました。病害虫による影響がありそうな箇所をスマホのカメラで撮影するだけの簡単操作です。
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ただし、判別の部分に関しては、人間でも専門的な分野に精通していなければなかなか判別できない、非常に高度な判断が必要で、開発が難航することは容易に想像されます。
会社組織としては、どれだけリソースを割けるか、という点も課題でしたが、ちょうど同様のコンセプトで農水省のプロジェクトの募集がスタート。いいタイミングで、「農業界と経済界の連携による生産性向上モデル農業確立実証事業」として開発できることになりました。
実際のアプリ開発はNTTデータCCSと日本農薬の2社。ですが、実は推薦される農薬は日本農薬以外の製品も入っています。
「我々は、『レイミー』を農家さんのためのアプリと考えています。うちの製品を使っていない農家さんもいますから、メーカーの選択肢がある方がいいですよね。
ひとつの薬剤の開発・製造に10年以上かかるのに比べれば、年数も投資のレベルも非常に小さいものなのですが、難易度だけは非常に高いという認識はありました。『こんなことが実現できたらすごいけど、本当にできるの?』という声が多かったですね」
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最終的には、条件さえそろえば90%以上の精度で病害虫や雑草を検知できるレベルを実現。4年の歳月をかけたアプリが、ついに2020年にリリースされたというわけです。
膨大なデータをもとにAIが病害虫を診断
「レイミー」での診断機能に使われているのは、いわゆるAI画像診断という技術です。さまざまなタイプ、年代のスマートフォンを使って、実際の圃場で撮影した画像を集め、AIで解析していく作業です。難しいのは、典型的な害虫だけでなく、あまり発生しない害虫まで多種多様な写真を集めなければならないところ。それも、実際に圃場で発生している状態の写真でなければならず、虫が出たと聞けば撮影に行く、といった地道な作業が続いたそうです。
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素人考えでは、図鑑のような典型的な病害虫の写真だけでいいようにも思えますが、図鑑などに載っているのは防除したくてもできない状態まで育った病害虫。「レイミー」は、そこまで成長する前、病気などが出始める前の段階で判別して防除方法を案内できないと、使いものになりません。その判別にAIが必要不可欠でした。
そして、実際に農家さんが使ったときの精度も重要です。これも、一般の農家さんに使ってもらいながら検証を重ねました。
病気で言えばいもち病、ごま葉枯病、紋枯病など、害虫であればイネミズゾウムシ、イネドロオイムシ(イネクビホソハムシ)、ジャンボタニシなどの影響は、かなり高い精度で診断してくれます。
「整えられたテスト環境でしたら、90%以上の精度を発揮できます。ただ、人によってもカメラによっても診断精度に影響しますので、実際の圃場ですと違ってくるでしょうね」
特に注目なのは、食害を受けた箇所が、虫によるものか病気によるものかを見極めてくれるという点です。
「虫自体を撮影できるのならすぐわかるのですが、かじった跡だとそれが病気なのか虫による被害なのかはさすがにわかりません。なので、カテゴリーとして『病気』と『食害』を一緒にしているんです」
もちろん、現時点では診断できない病害虫もあり、将来わかるようになる可能性もあります。今回はイネ限定ですが、今後は他の作物の病害虫・雑草の診断機能も搭載していく予定だそうです。
より正確に解析するためのコツを伝授!
ここまで紹介してきたように、「レイミー」のAIによる診断の難しいところは、ユーザーひとりひとりの撮影方法もスマホのスペックもまるで異なるという点。そんな状況でも高い精度で診断するためのコツを、教えていただきました。「ひとつは、出ている変異がなるべく真ん中に入るように写真を撮っていただくことです。そして、実際に発生している現場で撮影していただくことが大切です。
たとえば、その部位を手の平の上で撮影したり、コンクリートの上で撮影するというのは一見良さそうに思えますが、周囲の環境も含めてAIが判断していますので、人工物の前で撮ったものよりもその場で撮った方が精度が上がります。
その際、できるだけ写真いっぱいに対象物が写るように撮っていただけるといいですね」
では、一眼レフカメラのようにスマホよりも高画質な写真はというと……こちらは精度が落ちてしまうそうです。
「高性能なレンズやカメラで撮影した写真は、被写界深度(ピントが合う範囲)が浅くなります。このアプリはあくまでスマホのカメラで撮影した画像でAI診断するように最適化されているんです」
さらに意地悪な質問。まだほとんど成長していないような、雑草の小さな芽などは判別できるのでしょうか?
「できるだけ芽生えの状態、小さな芽の段階でも診断できるように設計しています。その際、ひとつの雑草名だけではなく、同系統の『類』で診断することもあります。
たとえば、『ノビエ』や『アゼナ』などは『アゼナ類』というかたちで提案しています。アゼナ類はアメリカアゼナ、タケトアゼナなどさまざまな種類があるんですが、幼植物体の時には専門家でも区別がつきにくいので」
要は、圃場にある被写体をその場でできるだけ大きく写すのがいい、とシンプルに考えればいいそうです。
ちなみに、水田の中の雑草に特化しているため、畦などに生えている雑草の診断には基本的には対応していないとのことです。
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AI診断アプリが経験を超える時代へ
学習型のAIは、大量のサンプルを診断させることで、より正確に診断できるように成長していきます。行き着く先は、自分自身に知識や経験がなくても、的確に必要な情報を得ることができる「スマート農業」です。ただし、そこに至るまでにはまだまだ時間も必要です。いま効果がある薬剤は未来永劫使えるわけではなく、薬の開発も今後も続いていきます。現時点でアプリだけですべてが解決するわけではありません。
日本農薬としては、理想のAI診断機能が完成することが最終目標ではありますが、現時点では「レイミー」が病害虫の専門家と一般の農家が交流し合うきっかけづくりとして、コミュニケーションツールの役割も果たしてくれることを期待しています。
「農家さんが『レイミー』を使ってみて、その結果をもとに営農指導員さんやベテラン農家さんに聞きに行くきっかけになればうれしいと思っているんです。地域の中で病害虫情報を共有したり、こんな被害が出ているといったことをアプリの写真などで明確に伝えられますよね。
いくらアプリで薬剤の種類はわかっても、やはり効果的な防除を行うには、知識と経験のある方に相談していただいた方が、より効果を発揮できます。その時に『レイミー』の画像や診断結果があれば、より相談しやすくなると思います」
逆に、知識と経験のあるベテラン農家さんたちには、その地域であまり発生しない、イレギュラーな病気や虫、雑草などが出た時に、活用して欲しいと言います。
「今までと何か違う状況が見られた時には、より高度な専門家の診断が必要な場合もあります。ただ、その専門家が自分の圃場に来てくれるまでに、相当時間がかかることもあり、その間に手遅れになったり、防除時期を逸してしまうということも起こりえます。
そういうときに、『レイミー』を使うことで、診断精度は下がってしまうかもしれませんが、なんらかの参考にはしていただけると思います」
病害虫や農薬の専門家が減る時代に向けて
病害虫の知識を持ち、防除のための適切なアドバイスができる専門家は、今後減少していくと予想されます。日本農薬としても以前からそこに危機感を抱いており、今回のアプリの開発をスタートさせたという背景がありました。「農薬メーカーとしては矛盾しているかもしれませんが、なるべく早く対処法を見つけていただくことで、農薬の使用量を減らすことができますよね。もし防除時期を逃して散布すると、今度は耐性菌の発生や耐性雑草の発生にもつながってしまいます。
私たちがいつも願っているのは、農家さんの負担をできるだけ減らして、収量を上げていただくことだけです。そのためにも、なるべく早期に、適切に防除していただきたいというのは、我々農薬メーカーの願いでもあるんです」
農薬メーカーが農薬を販売するのは当たり前の話です。ただし、大量に売り付けて環境負荷をむやみに高めたり、人体に影響を及ぼそうと考えている農薬メーカーなど、世界中のどこにも存在しません。
どのメーカーも、地球環境はもちろん、身近な誰かの口に入る農産物を安心して食べられるよう、安全に関して最大限の配慮を尽くして、それぞれの国の基準をクリアする農薬を日夜研究・開発しています。
「レイミー」はそんな農薬メーカーが、これまでは農家に直接届けることができなかったノウハウと適切な製品選び、そしてより安全で効果的な農薬の使い方をサポートするための、最も効率的で効果的なアドバイザーと言えると思います。
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インタビューの中で最も印象的だったのが、「私たちは、農家さんに農業で失敗してほしくないんです」という言葉でした。
必要以上の農薬を使用しない有機農業や特別栽培米などに取り組むのは、「必要ない」ということを判断できる経験や知識を持っている農家さんだからこそできる業です。
そこに至るまでには、長年の経験を積み重ねるか、そういった経験を持った農家のもとで研修するという、非常にシンプルながら着実に身に付く方法が一般的となっています。
ただ、農業人口の減少待ったなしという状況の中で、安全で安心の農産物を求める声の高まりに応えられる供給態勢を構築するには、これまでのようなヒトに依存する育成方法だけでは、カバーし切れなくなっていくでしょう。
「だからこそ、現場で何か問題が出た時に、適切な方法ですぐに対策できる方法を案内するということが、我々の責務でもあると思っています」(岡田さん)
「レイミー」は、農家や専門家のたゆまぬ努力を、アプリとして再現しているにすぎません。そして、「レイミー」が使われる場所には必ず、安全でおいしい農産物を作りたいという農家さんがいます。
日本農薬のこれからの取り組みによって、きっとこれまで以上に安全で安心な農産物を、もっともっと多くの意欲のある農家さんたちが失敗なく作れるようになっていくでしょう。
日本農薬株式会社
https://www.nichino.co.jp/
スマートフォン用アプリ レイミーのAI病害虫雑草診断
https://www.nichino.co.jp/products/aiapp/index.html
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