楽しい「農」としんどい「業」をどう両立するか 〜京都大学『スマート農業とプラットフォーム学』聴講レポート

去る6月30日(水)、「京都大学・プラットフォーム学連続セミナー」がオンラインにて開講されました。モデレーターを務めたのは、京都大学プラットフォーム学卓越大学院 プログラムコーディーネーターの原田博司教授です。

今回のセミナーの登壇者。左上からヤンマーアグリ株式会社の日高茂實氏、京都大学大学院農学研究科の飯田訓久教授、株式会社オプティムの休坂健志氏、京都大学プラットフォーム学卓越大学院の原田博司教授、日本テレビ放送網株式会社の島田総一郎氏

そもそも「プラットフォーム学」とは?


いま、多くの業種でさまざまなデータが活用されています。日々ニュースで取り上げられる新型コロナウイルスの感染状況や病床使用率、地球温暖化によるゲリラ豪雨などの気象情報、スーパーなどでの一日の農産物の売上などもあります。

このように一見関連性がなさそうに思えるデータをつなぎ合わせて活用することで、さまざまなシチュエーションで役立てることができます。そのための連携役が「プラットフォーム」です。

それにより、災害時の医療や食糧調達に役立てたり、悪天候時の農作業に活用するといった、特定の業種や分野を超えた活用が可能になるわけです。


しかし原田氏によれば、「問題は医療、農業、防災といった分野はそれぞれ専門的に特化しており、これらを横断的に理解してつなぎ合わせられる人=プラットフォーマーがいないこと」。プラットフォームの定義も明確ではなく、質も内容も分野ごとにバラバラで、統一されないまま乱立しているのです。

こうした課題を解決するために誕生したのが、「プラットフォーム学」。欧米ではすでに「プラットフォーマー」が活躍しつつあり、京都大学としてもそのような人材育成をしていくとしています。



スマート農業の最前線とは


続いて、各分野の専門家から、スマート農業の状況と問題意識などが紹介されました。

研究者の立場から:京都大学 農学研究科


京都大学農学研究科 地域環境科学専攻として、フィールドロボティスク分野の研究をしている飯田訓久先生は、「農業ではどれだけ作って出荷したかという情報はあっても、どんなふうに作ったかという情報は集められてこなかった」と言います。

それは、「生産者にとって栽培過程のデータを集めることよりも、目の前の作物をうまく育てることの方が大切だった」ため。

そのような状況を変えたのが、スマート農業の技術です。GPSで土地(圃場)と生育データを紐づけ、気候や病気などの状態を土壌センサーやドローンなどによるセンシングで評価し、ばらつきのある作業をロボットで均一化できるようになってきました。

そしてデータをひとつにまとめあげるのが「プラットフォーム」の役割。農業に関しては、国が推し進める農業データ連携基盤「WAGRI」というプラットフォームがやっと本格稼働し始めたところです。


農業ビジネスの立場から:株式会社オプティム


続いて、農業ビジネスを展開している株式会社オプティム 取締役 ビジネス統括本部 本部長の休坂健志氏より、具体的なスマート農業技術が紹介されました。

病害虫などを検知して必要な場所にだけ農薬を散布する特許技術の「ピンポイント農薬散布」は、農薬を最低限だけしか使用せず、環境にやさしく、労力も資材のコストも軽減できるという技術。キャベツの状態を葉色でAI判別し、食害を見つけて対応するといった技術も開発しています。

そんな事業に取り組む中でオプティムが直面したのが、生産者の負担となる初期費用(イニシャルコスト)。そこで、「私たちの技術を使って減農薬栽培した米を生産者から全量買い取り、環境や健康に配慮しているという付加価値をつけて利益を上げる『スマート米』プロジェクト」を始めました。


オプティムの最終的な目標は、「栽培体系全体を通してスマート農業をフル活用する」というもの。技術開発は2021年で6年目を迎えており、今年はNTT東日本、WorldLink&Companyとともに「NTT e-Drone Technology」を設立し、国産ドローンの開発と普及にも取り組み始めています。


農業機械メーカーの立場から:ヤンマーアグリ株式会社


ヤンマーアグリ株式会社の開発統括部 技監 先行開発部長の日高茂實氏からは、「農業機械の開発・販売だけでなく、“農業”を“食農産業”に発展させて、食のバリューチェーンをトータルサポートすることが目標」と紹介されました。

「米づくりは、播種に始まり、育苗、耕起・整地、施肥、移植……と進め、刈り取ったあとには乾燥、保存、出荷、加工、販売と続きますが、生産性、資源循環、経済性などを踏まえつつ、各段階で生産者をサポートする技術を提供しています」と日高氏。


同時に、高品質・多量の作物を作りたい生産者と、作物の量や質を把握してニーズに合わせて販売したい実需者をマネジメントしていく「コミュニティベースマネジメント」が、ヤンマーアグリの役割だと言います。


マスメディアの立場から:日本テレビ放送網株式会社


最後は、日本テレビ放送網株式会社 情報・制作局 担当部次長の島田総一郎氏。『ザ!鉄腕!DASH!!』のチーフプロデューサーを務めています。


この番組は、2021年11月で26年目を迎えますが、元々はTOKIOというアイドルが体当たりでいろいろなことをやる深夜番組からスタートしました。その中の「DASH村」という企画は、実は「地図の中に名前を残そう」という壮大な企画の一つだったそうです。

そして、福島県浪江町で、TOKIOだけでなくディレクターやAD、現地の生産者も一緒になって、素人が農業をやるというコンセプトが人気を博しました。

企画のメインはスマート農業とは真逆で、昔ながらの栽培方法を使って素人がチャレンジするドキュメンタリー。島田さんは、「種を撒いてから収穫するまでのプロセスが、視聴者にエンタメとして喜んでもらえているのだろう」と人気の秘密を分析します。


ディスカッション「スマート農業とプラットフォーム学」


後半では、セミナーのテーマである「スマート農業とプラットフォーム学」について、原田氏から質問する形式でディスカッションが行われました。

まず、原田氏から島田氏に対して、スマート農業についての感想が聞かれました。

島田氏は、「スマート農業って農業のプロセスの部分、つまり労力を軽くしたり無駄なものを最適化したりと、僕らがテレビで『無駄な苦労』として描きがちな部分を効率化するのが目的なのかなと思いました。でもそれ自体が魅力的。農業は種を撒いて収穫するという『入口』と『出口』があるのでストーリーとしてわかりやすいんです。そこがIoTなどを活用してより魅力的になって、未来の世界と土臭い部分がつながるのはワクワクしますね」と言います。

一方、飯田氏は今後の日本の農業について、「農業は単価にすると数百円、数十円のものをたくさん作って売って儲けを出す産業。将来的にも、品質のいいものを作ったからどんどん値段が上がるという産業ではありません。そのため、ある程度の収益を得るには規模の拡大が必要です。現状は、規模拡大の要請に合わせたロボットやセンシングを使うのが大きな流れになっていますね」とスマート農業の置かれている立場を報告します。

そして、「従来の日本の農業のように、小さな面積で家族や地域だけ食べられればいいというものも、『DASH村』のように残すべき。ただ、それだけだと日本の産業としては残っていけません」と指摘。この大規模と中小規模のあり方は明らかに分かれてきていると言います。

そのような大規模化のニーズを受けて開発しているのが、ヤンマーアグリの農業機械。コンバインやトラクターの開発を30年弱担ってきた日高さんは、「食のバリューチェーンの中には、播種から販売に至るまでに『作物』が必ずあるわけですが、私は農家の作業を楽にすることに特化してきたけれども、『作物』を見てきただろうか、という反省がある」と言います。

そう考えた理由は、スマート農機などでデータ連携して圃場で何が起きているのかが見えるようになったため。作物の栽培や品質にどれだけ貢献できているか、具体的なデータを取得して可視化できるようになったことで、「初めて農業に向き合っている感じがしている」と語ります。


しんどい「農業」「百姓」をスマート農業で解決するには


ここで、日高さんから先輩の言葉として、
「『農』は楽しいけど、『業』(なりわい)になるとしんどい」
「『百姓』という言葉は『100のことを知らないとできない業種』」
という言葉が出され、この言葉を中心に議論が深まっていきました。

原田氏は休坂氏に対して、具体的に100ある「業」の苦労を減らすという事例について問われました。休坂氏は、「米づくりで100回くらい田んぼを見に行くとして、様々な技術を用いて最低限何回見に行けば米が作れるのかを実証しました。それによれば、15回行けば米は収穫できた」と明確な数字を口にします。

しかし、この実証でわかったことは、「農家が目で見て判断してなにも変化がなくても、『チェックする』ということが100のプロセスを知るために必要だった」ということ。そして、そのプロセスの削減はすべての作物、環境には必ずしも当てはめられないということでした。

こうした話を受けて島田氏は、番組の研修の際に農家から、『「DASH村」では(農業を)楽しくやっているけど、番組では品質や収量はまったく約束されていない」と言われたと語り、「農業で利益を出して地域の文化として家族を養う苦しみなどはテレビでは描けない」と考えたそうです。

ただ、「ザ・鉄腕DASH!!」はあくまでバラエティ番組。「テレビで『農業』と言っていますが、あくまで『農』の楽しい部分だけでいいと思っています。同時に、『業』としてプロセスを減らそうとする努力も、視聴者に興味を持ってもらえるエンタメになりうると感じた」と島田氏は語ります。

こうした「農」と「業」のギャップを踏まえて、スマート農業をより多くの人に使ってもらえるようにするための方法として、飯田氏は農業プラットフォームの「WAGRI」を紹介。「やっと農家がスマート農業を試せるようになってきたところ。今年から『WAGRI』もデータをアップロードできるようになり、企業が分析に利用できるようになる」と今後に期待を寄せました。

また、休坂氏はそのような所得を得るための方法として、「アイデアとしては、米ひとつとっても減農薬、有機栽培など価値を高める余地はある。私たちの『スマート米』でも、減農薬などで付加価値を上げることができている。差別化していかないといけない」と自社の例を挙げて説明しつつ、「ドローンやシステムを一括で買うのはではなく、小規模の農家が集落で集まって、委託サービスを利用することでもコストを下げられる。価値を上げることとコストを下げることを両面でやることが大事」とも提言しています。

日高氏は、「自分が経験している事象だけでなく、周りも見ないといけない。すべてがつながっているという意識を持って考えていくべき。自分のところだけ見ていても仕方ない。いろいろなところにアンテナを張っていかないといけない」と語ります。

そして、島田さんはテレビ局の立場から、「日本テレビは地上波番組を制作していますが、リアルタイムで見ている人はどんどん減っている。『地上波テレビ放送』というプラットフォームも、ストリーミング配信で見るのが主流になっていく。従来の事業を持続可能にするためのものが『プラットフォーム』だとしたら、我々も変革期である今、汗をかかないといけない」と締めくくりました。


「業」(なりわい)を支援するのがスマート農業


日本の将来の食料自給率をあらためて想像してみると、あらゆる生産者がスマート農業技術を取り入れることはこれから必須になっていくと考えられます。国も「みどりの食料システム戦略」の中で、2025年までにすべての生産者がスマート農業などに取り組むべきと宣言しています。

それは、一見すると理解しにくい技術を強制されることにも思われがちです。しかし実際には、「農」の楽しさや魅力を損なうことではなく、スマート農業を取り入れることで、さらに「農」の魅力を感じられるようになるかもしれません。

たとえば、「ザ!鉄腕!DASH!!」のような番組で、農業の楽しさと同時に「業」=ビジネスの側面も伝えてもらえたら、スマート農業を取り巻く環境も変わっていくでしょう。

そのために必要なものこそ、特別な知識や技術、予算がなくても、担い手として栽培のさまざまな過程に対応できるようにするための、誰もが利用しやすい「プラットフォーム」なのかもしれません。

そして、農業以外の分野と横断的につながることで、栽培のノウハウや品質・収量の改善だけでなく、地球温暖化、異常気象、環境問題、食料問題といった、日本農業が直面している社会課題を解決する方法も見えてくるはずです。

このセミナーは今後も様々な業種の方々が参加して継続される予定です。京都大学大学院の「プラットフォーム学」を学んだ方たちが、いずれ農業界でも活躍し、日本の農業を変えてくれる日を楽しみに待ちたいと思います。


京都大学 プラットフォーム学卓越大学院
https://www.platforms.ceppings.kyoto-u.ac.jp/
株式会社オプティム
https://www.optim.co.jp/agriculture/
ヤンマーアグリ株式会社
https://www.yanmar.com/jp/about/company/yag/
ザ!鉄腕!DASH!!|日本テレビ
https://www.ntv.co.jp/dash/

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WRITER LIST

  1. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  2. さとうまちこ
    さとうまちこ
    宮城県の南の方で小さな兼業農家をしています。りんご農家からお米と野菜を作る農家へ嫁いで30余年。これまで「お手伝い」気分での農業を義母の病気を機に有機農業に挑戦すべく一念発起!調理職に長く携わってきた経験と知識、薬膳アドバイザー・食育インストラクターの資格を活かして安心安全な食材を家族へ、そして消費者様に届けられるよう日々奮闘中です。
  3. 北島芙有子
    北島芙有子
    トマトが大好きなトマト農家。大学時代の農業アルバイトをきっかけに、非農家から新規就農しました。ハウス栽培の夏秋トマトをメインに、季節の野菜を栽培しています。最近はWeb関連の仕事も始め、半農半Xの生活。
  4. 川島礼二郎
    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 柏木智帆
    柏木智帆
    米・食味鑑定士/お米ライター/ごはんソムリエ神奈川新聞の記者を経て、福島県の米農家と結婚。年間400種以上の米を試食しながら「お米の消費アップ」をライフワークに、執筆やイベント、講演活動など、お米の魅力を伝える活動を行っている。また、4歳の娘の食事やお弁当づくりを通して、食育にも目を向けている。プロフィール写真 ©杉山晃造
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