韓国では水稲栽培省力化の最終兵器、播種までできる「農業用ドローン」事情

露地分野におけるスマート農業と聞いてまず思い浮かぶのは、ドローンを利用した生育診断や防除だと思います。しかし、ここ数年で、水稲直播栽培の播種にドローンを使用する記事も目にするようになってきました。

以上の状況は、お隣の韓国でも全く同じです。2018年に水稲栽培において、播種・除草剤散布・施肥・防除をすべてドローンで行う栽培体系「ドローン直播」が発表されて以来、各地で実証試験が行われているほか、早い地域では普及が始まっています。

今回は、農業用ドローンを利用した韓国での水稲栽培の概要を、主に韓国の公的文献や新聞を読み解くことにより説明します。

また、普及状況を示す例として、先進地域・忠清南道の取り組みや、韓国で「ドローン直播」が可能とされる機種と性能評価制度を紹介し、最後に日本が学ぶべき点を考えてみたいと思います。


韓国での農業用ドローンの歴史


水田で防除作業を行うドローン(出典:慶州市 市政ニュース 2020年撮影

無人ヘリの農業利用は日本と同じくらい長い


韓国で無人ヘリを農業分野で利用する試みは、1992年、農村振興庁がソウル大学や民間企業と共同で「農薬・肥料散布・種まきの多目的に使用できるリモートコントロール操縦機を94年には市販する」ことを目標に始められたのが最初です(※1)。

その後、10年ほど目立った動きはありませんでしたが、2004年に農協事業として初めて無人ヘリが導入されると、10年後の2013年には12万ha、2018年には19万ha(≒韓国水稲作付面積の27%)が無人ヘリで防除されるようになりました(※2)。

最初は防除・モニタリング用の認識が強かったドローン


以上の状況から、ドローンの産業利用が注目されはじめた2016年になっても利用方法の方向性が定まっていなかったようで、政府関係者の見解として「肥料や農薬を散布、水稲や果樹の生育モニタリング」のみが利用例に挙げられている状況でした(※3)。

もっとも、特に水田での省力的な防除機としてのドローンは順調に発展を続け、2020年頃から電信柱付近などの飛行が困難な場所を除くすべての水稲防除を無人航空防除で実施する自治体も出現しています(例:2020年・慶尚北道慶州市:慶州市政ニュース2021年・全羅南道海南郡:「韓国農業新聞」2021.08.09付記事)。


2020年に韓国の国家政策になった水稲「ドローン直播」


韓国の「ドローン水稲直播」は開発終了から普及開始までのペースが速い


こうした中、2018年5月23日付農村振興庁プレスリリース「これからは農業用ドローンで種もみを直播しましょう」が関係者の注目を集めました。

この記事では、研究機関の試験ほ場で研究を終えただけでなく、忠清南道天安市で現地試験を行っているとも書いています。つまり、現地で導入の可否を判断すべき段階に来たことが示されていたからです。

すると、翌2019年には、天安市から離れた場所にある全羅北道群山市(※4)、慶尚南道宜寧郡(※5)でもドローンによる水稲直播の実証を行うことが報道されたことで、単に注目を集めただけでなく、現実の技術になりつつあることを韓国の農業者や関係者に印象付けたのです。

さらに、2020年には、忠清南道公州市で行われたドローン水稲直播の実演会に農村振興庁長官が来訪し、現地関係者との意見交換を行ったことで(※6)、「ドローン水稲直播が国により確立され、奨励される技術になった」と国民が広く認めるようになりました。

技術開発完了が公表されてからわずか1年で自主的に現地実証する地域が出現し、2年で国が重点的に支援する施策になった点は、わが国にはないフットワークの軽さを感じます。


「ドローン水稲直播」技術の概要



上の図は、韓国の「ドローン水稲直播」技術での作業の流れを1枚に整理したもので、もっともよく知られている図です。

詳細は、農村振興庁が発行した「農業技術道しるべ230 食糧作物露地スマート農業」 P.133~146に書かれていますが、ここでは要点だけを示します(同書P.133を筆者が翻訳)。


1.適地選定

・雑草イネの発生がない普通水田であり、水管理が容易で団地化できる田
・電信柱、街路樹および住宅から離れており、ドローン操縦に支障がない田
・スクミリンゴガイが生息できず、鳥害の懸念がない田(懸念があるときはコーティング種子を活用する)

2.品種選択

直播に向く品種の中から地域別に最高品質の品種を選定
※サムグァン(삼광)、スグァン(수광)、チルボ(칠보)、デボ(대보)、ハイアミ(하이아미)など

3.播種時期

内陸平野基準:中部5月18~25日(中生種)、南部5月16~31日(中晩生種)
※雑草イネの防除を考慮して播種期を設定すること

4.播種作業

播種量:3~4kg/10a(コーティング種子5kg)、倒伏防止のため播種量を厳守
※種子準備:乾燥種子→芒(のぎ)除去→塩水選→種子消毒
※千粒重に従い、3~4kgを均一に播種

催芽:1mm以内
※鳥害防止のためにコーティングした種子は催芽させないこと

ロータリー・整地:播種10日前頃と、播種5~7日前に最終整地作業

播種:水深を2~3cmにして風のない日に播種する
※ドローンでの播種時は飛行高2~3m、播種間隔5~7m、速度15km/hr以下とする


以上からおわかりのとおり、韓国の「ドローン水稲直播」は、粒剤や肥料などの固体を散布するドローンを利用して散播する方式となっています。また、多くの場合、種もみに鉄コーティング処理しているのも特徴です。

「ドローン水稲直播」技術を支えた基礎研究


これらの栽培技術は、ドローン開発前に実施された研究が多く活用されています。代表例として以下の2つを示します。

  • 無人ヘリを使用した水稲直播栽培試験(※7)

記事によると、防除用無人ヘリの普及に伴い活用度を増やす目的で試験が実施されたとのことで、1haを播種するのに10~20分程度しかかからず、従来の動力散粒機を使用するよりも非常に効率的だったとされています。

ただし、無人ヘリを使用した場合、播種の均一度や種もみの破損などの課題があったとされています。

  • 各地で連携して実施した「水稲直播栽培の安定化および生産費節減技術の確立」研究(※8)

この研究は、気候条件が異なる5カ所の稲作関係の研究機関が2015~18年に共同実施したもので、水稲の直播栽培に向く気候的条件を明らかにした点が大きいと考えます。

具体的には、水稲直播栽培に向く気候条件は、以下の2つを満たす場所とされています。

1. 播種日から播種10日後までの平均気温が20℃以上であること
2. 播種~収穫までの積算温度が早生品種で2900~3000度、中生品種で3100度以上が必要であること

この他、前年収穫した水稲が雑草化する問題を解決するために、播種日から14~20日前に湛水処理をするとともに、出芽してきた雑草イネを防除するため、湛水状態のままロータリーで2回耕耘+播種5~7日前に初期除草剤の使用が有効とされています。


普及段階に入った韓国の水稲「ドローン直播」


韓国での水稲ドローン直播先進地域・忠清南道の取り組み


忠清南道名産のもち米料理・ヨニッパブ
忠清南道は、ソウルから100~150km南下したところにある地域です。川やため池が多いせいか、今でも米作りが盛んな地域です(栽培面積13万ha、韓国水稲作付面積の20%を占める)。鶏にもち米を詰めて煮る参鶏湯(サムゲタン、삼계탕)や、もち米や栗を蓮の葉に包んで蒸して食べるヨニッパブ(연잎밥)もこの地域が発祥とされています。

そんな忠清南道では、米づくりを守るために、水稲の直播栽培をここ数年推進しており、特にドローン直播栽培に力を入れています。

忠清南道の取り組みについてもっとも整理されているのが、2024年5月、LGハローTVが忠清南道農業技術院技術普及課主務官に聞いたインタビューです。テキスト記事(※9)を読むことも可能です。


インタビューから要点を書き出すと以下のとおりです。
  • 2030年までに道全体の水稲栽培面積の10%である1万3000haを直播栽培で行う計画を2020年に樹立。2023年現在の直播栽培面積は1083ha、うちドローンによるものは484ha。
  • 10a当たり労働時間は、移植栽培の1.33時間に対し、ドローン直播栽培は0.2時間程度と、最大85%省力が可能。播種や移植にかかる10a当たり経営費についても、移植栽培が14万4000ウォン(約1万6000円)に対し、ドローン直播栽培は2万5000ウォン(約2800円)程度と、最大83%の節減が可能。
  • 直播栽培を支援する道の事業として、68億ウォンを計上しており、道内15市郡のうち14カ所で実施中。内訳は、ドローンなどの整備費、コーティング剤などの資材費、播種後の積極的な技術支援を行う費用、高価な機械を利用しやすくするため賃貸事業の充実など。
  • 韓国では90年代にも直播栽培が広がった時期があったが、その後停滞した。その主な原因は、年々雑草イネが増えてくる問題と、種もみが鳥の食害にあう問題が解決できなかったためである。今回は、その経験を踏まえた技術改良を行って産地に提案している。
  • 2024年は推進をはじめて3年目であり、過去の実施例からすると雑草イネが増えてくる頃。基本技術を励行すれば雑草イネは抑えられるので、関係者の頑張りどころ。また、鳥害防止対策として、青いレーザー光線を夜間に照射する装置を試験的に導入している。


以上の話を聞いてみると、あと1~2年は見守る必要がありますが、忠清南道ではドローン水稲直播栽培は普及段階に入ったと言ってよいと思います。


水稲ドローン直播ができるドローン機種一覧


韓国の水稲栽培で用いられるドローンの例(2023年6月:慶尚南道昌原市のスマート農業展示会で筆者撮影)
下の表は、「韓国農業技術振興院(KOAT)」が2023年にまとめたドローン水稲直播栽培に使用できる散粒式ドローンの一覧表です(「農業技術道しるべ230 食糧作物露地スマート農業」P.138を筆者が翻訳。ただし、記事執筆時点で廃業が確認された1社は割愛)。

一覧表をざっと眺めていると、水稲直播に向くドローンは、以下の特徴がわかります。

  • 最大積載量は最低でも8㎏以上必要
  • 散布量は、2.9kg~20.0kg/分までさまざま
  • 飛行速度は、韓国農村振興庁の基準では時速15km以下が推奨されているが、この基準をぎりぎり満たす機種が目立つ


なお、上記の一覧表がすぐに出てくる理由は、KOATが国内で販売される農業機械の検査を担当しており、その一環として液体や粒体の散布を行うすべてのドローン(KOATが付けた正式名称「農業用無人航空散布機(농업용무인항공살포기)」)は「農業機械検定」の対象となっているためです。

ここでは、具体例として、KOAT検査農業機械データベース「農業機械広場(농업기계광장)」で、DJIテクノロジーコリアが販売する機種「3WWDZ-20A(粒剤)」の検査成績を見てみましょう。

ブラウザ上で見える規格は「マルチコプター(粒剤散布式)、最大離陸重量52kg(申請者提示値)」とあるだけですが、hwp形式の添付ファイルを開いてみると、いろいろな検査項目があることがわかります。

代表的なものを挙げると、

1.機体の大きさ、積載量、モーターの規格・搭載数、回転翼の直径
2.蓄電池の規格(電池の種類、定格電圧および出力)、充電器の規格(入出力電圧)
3.飛行制御装置、散布装置の概要
4.散布装置およびホッパーの大きさ・材質

といった「主要構造」に続き、KOATが実機を操縦して検査した項目として、

5.排出性能試験
6.均一散布性能試験
7.空中停止/非常着陸および飛行経路維持試験

なども実施されています。

特に「均一散布性能試験」では、以下のようなグラフも添付されています(漢字は筆者挿入)。


グラフからは、中央の散布装置がある位置から遠ざかるにつれて「接着率」が低くなること、中央の接着率を1とした場合に0.7以上を維持できる範囲は2.5m以内であることがわかります。

これらの試験結果をもとに、この機種の「有効作業幅」は4.8mと決められているのです。

そして、ドローンに限らず、韓国の農業機械は、以上のような検定を受け、検定結果が国民に周知されることで、性能の正確性が担保される仕組みになっているのです。


韓国のドローン事情から日本が学ぶべき点は?


以上、韓国での農業用ドローンの概要をざっと見てきました。

韓国の事例を見て、日本の産地や政府が教訓にすべき点は以下のとおりと考えます。


日韓両国はドローンによる水稲栽培技術の交換を行うべき


これまで見てきたように、ドローン水稲直播栽培にかける韓国(特に忠清南道)の意志が非常に堅いことは、国が行っている基礎研究や道の支援体制を見てもうかがえます。また、防除などに用いられるドローンをうまく利用して低コストで水稲を栽培しようとする取り組みは評価に値します。

一方、日本でのドローンによる水稲直播栽培では、打込み条播技術も確立されており、韓国の散播より正確な播種ができます。以上から、ラフな技術体系化や支援体制確立は韓国が優れており、精密な播種技術は日本が優れていると言えます。

お互いの良い部分をもっと積極的に取り入れることができれば、両国の農業分野でのドローン利用技術は一層発展していくと思います。


ドローンの性能評価制度を整えるべき


韓国にあって日本にない仕組みの1つが、農業用ドローンの性能を検定・評価する制度だと思います。トラクターや田植機など昔からあった農機では、各メーカーによる入念な研究開発後に市販されていますし、わが国の農研機構も韓国と同様の検定制度を実施しています。

しかし、輸入品が大半を占めるドローンにはこの種の検定制度はないので、結果として農薬や肥料の散布には使えても播種には使えるかどうかわからない製品が市販される恐れが高いと言えます。

農業における人手不足は年々厳しくなっていくと予測される中で、個人的には省力化が期待できるドローンの検定制度は政府の責任で整備すべきと考えます。


※1 出典:「ソウル新聞」1992.06.30付記事
https://m.seoul.co.kr/news/1992/06/30/19920630011001
※2 出典:「農村新聞」2014.06.11付記事<https://www.nongmin.com/67621>
2018.11.09付記事<https://www.nongmin.com/301633>
※3 出典:2016.12.11付・韓国科学技術情報通信部公式ブログ
https://m.blog.naver.com/PostView.naver?blogId=with_msip&logNo=220880837339&proxyReferer=&noTrackingCode=true
※4 「専業農家新聞」2019.05.23付記事
https://www.palnews.co.kr/news/articleView.html?idxno=105751
※5 「慶南道民新聞」2019.03.04付記事
https://www.idomin.com/news/articleView.html?idxno=591450
※6 「韓国農村経済新聞」2020.05.26付記事
http://www.kenews.co.kr/mobile/article.html?no=13640
※7 「農水畜産新聞」2009.05.14付記事
https://www.aflnews.co.kr/news/articleView.html?idxno=64400
※8 「水稲直播栽培の安定化および生産費節減技術の確立」研究
https://scienceon.kisti.re.kr/srch/selectPORSrchReport.do?cn=TRKO201900015875
※9 2024年5月 LGハローTV 忠清南道農業技術院技術普及課主務官インタビュー テキスト記事
https://news-lghellovision-net.cdn.ampproject.org/v/news.lghellovision.net/news/articleViewAmp.html?amp_gsa=1&amp_js_v=a9&idxno=467221&usqp=mq331AQIUAKwASCAAgM%3D#amp_tf=%251%24s%20%E3%82%88%E3%82%8A&aoh=17202588677868&referrer=https%3A%2F%2Fwww.google.com&ampshare=http%3A%2F%2Fnews.lghellovision.net%2Fnews%2FarticleView.html%3Fidxno%3D467221


韓国農業技術振興院(KOAT)
https://www.koat.or.kr/main.do
KOAT検査農業機械データベース「農業機械広場(농업기계광장)」
https://www.aminfo.or.kr/main/MainAction.do?method=index
ジン航空システム
http://www.jinairsystem.com/
韓国サムコン株式会社
https://www.30agro.co.kr/
エイエフアイ株式会社
http://www.afikorea.com/
農業会社法人株式会社金山
http://www.gsa-uav.com/
株式会社千風
http://www.cheonpung.kr/
DJIテクノロジーコリア有限会社
https://www.dji.com/kr
株式会社ムソン航空
https://ms-aviation.co.kr/
サターンバイオテック
http://www.sabit.co.kr/
株式会社韓国ヘリコプタ
http://www.koreahelicopter.com/

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  1. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
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    さとうまちこ
    宮城県の南の方で小さな兼業農家をしています。りんご農家からお米と野菜を作る農家へ嫁いで30余年。これまで「お手伝い」気分での農業を義母の病気を機に有機農業に挑戦すべく一念発起!調理職に長く携わってきた経験と知識、薬膳アドバイザー・食育インストラクターの資格を活かして安心安全な食材を家族へ、そして消費者様に届けられるよう日々奮闘中です。
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    北島芙有子
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    柏木智帆
    米・食味鑑定士/お米ライター/ごはんソムリエ神奈川新聞の記者を経て、福島県の米農家と結婚。年間400種以上の米を試食しながら「お米の消費アップ」をライフワークに、執筆やイベント、講演活動など、お米の魅力を伝える活動を行っている。また、4歳の娘の食事やお弁当づくりを通して、食育にも目を向けている。プロフィール写真 ©杉山晃造
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