延べ2万人を集めてJTBとも連携 全農おおいた発の人手不足解消策とは?

コロナに伴う国境閉鎖や県境を越えた移動の減少で、全農おおいたが2015年から手がける圏域内での人手確保が注目を浴びている。

学生、サラリーマン、主婦など幅広い層が気軽に農業アルバイトを体験でき、延べ7万人超を農業現場に送り出してきた。担当する花木正夫さんは2020年、JA全農労働力支援対策室長に就任。JTBとも連携し、コロナ禍で観光客の減少に悩む観光業界と農業現場をつなごうとしている。


ミッシングワーカーなど幅広い層に農業との関りを

「重視しているのは、規模感とスピード感」

JA全農おおいた営農対策課長で、2020年、JA全農労働力支援対策室長も兼ねるようになった花木さんはこう強調する。コロナ禍に伴う人手不足で、スマート農業による無人化や、外国人労働者の受け入れ強化などが議論されている。

JA全農労働力支援対策室長の花木正夫さん
だが、花木さんはいずれも今ある人手不足の解決策としては、不十分だったり時期尚早だったりすると指摘する。基幹的農業従事者の平均年齢は68歳で、7割近くが65歳を超えているとされるからだ。

「現場はもってあと10年だろう。下手したら5年くらいしか、もたないかもしれない」

そう危機感を強める。

スマート農業による無人化が短日日に実現するものでないのは、言うまでもない。外国人労働者についてみると、一次産業に従事する技能実習生は3万5000人とされる。これに加え、農業を含む人手不足が深刻な14の業種で、5年間で34万5000人を受け入れる改正入管法が2019年に施行された。

一方、農水省は2019年に168万人の農業就業人口が、何の対策も取らなければ2030年に131万人に減ると見込む。

つまり、入管法の想定する外国人労働力の流入だけで現場の不足は賄えないと花木さんは指摘する。注目したのが、農業現場の近くの都市住民だった。

「人がいないのではない。農業の人気がないのではない。ただ、みんなが働ける農業のチャンスがないだけだ」

そう考え、会社員や大学生、主婦といった農外の人まで含めて気軽にアルバイトできるようにしようと、仕組みを作った。1日だけ農業を体験したい人からアルバイト収入を目的とする人、農家になりたい人まで間口を広く受け入れる。

「地元で稼働していない人材にどう現場に行ってもらうか。労働者目線で考えた」

注目するのは、全国に100万人以上いるとされるミッシングワーカー(仕事をしていないけれども求職活動をしておらず、失業者として数えられない人)や、障害者雇用対策の対象になる300万人以上の障害者。加えて、600万人いる農協の准組合員だ。足すと1000万人を超え、うち1割が農業に関わるようになっても、100万人になる。

「こうした人たちが少しずつでも農業に関わるようになったら、農業就業人口が今後何十万人か減る分を、補えるかもしれない」


収穫の人手確保でキャベツの産地化も

花木さんが構築した労働力支援の仕組みはこうだ。

JA全農おおいたで、どの農家に何人必要か、作業委託料はいくらか把握し、株式会社菜果野アグリ(大分市)に依頼して作業者を募集してもらう。現金日払いで、都市部の集合場所に行けば、現場まで送迎してもらえる。もちろん、未経験者も歓迎だ。参加者が初心者か農作業に慣れているかに合わせ、段ボール折りや搬出、収穫、箱詰めといった作業を割り振る。

日雇いのバイトなので、長期の仕事と違って、合わなければ1日行ってやめることができる。労働者目線で、参加しやすくするために知恵を絞った甲斐あって、参加者は右肩上がりを続ける。

2015年度に大分県で立ち上げた労働力支援の仕組みは、福岡、佐賀両県に拡大。参加者は延べ人数で7万人を突破した。2019年度の参加者は延べ人数で2万人を突破しており、2020年度も2万人を超えるのが確実だ。

労働力支援の仕組みができるまで、大分県内では高齢化に伴い白菜やキャベツといった重量野菜の収穫が難しくなり、作るのをやめる農家が絶えなかった。「収穫の時に人手を用意したら、作付けをやめないでもらえるか」と花木さんが農家に聞き、収穫を手伝ってもらえるなら作付けを続けるという返事が多く、仕組みを作ったのだ。

興味深いのは、単に重量野菜の生産の縮小に歯止めをかけたのに留まらないことである。

県の北部で、キャベツ部会が新たにできた。これまで農家は稲作が中心で、機械化が進んでいるコメ、麦、大豆は作れても、収穫期に人手の欠かせないキャベツを作る余力はなかった。それが労働力支援で収穫、調製の繁忙期に人が確保できるようになり、キャベツを作れるようになったのだ。

しかも、コメとキャベツの複合経営になったことで、農業収入が増えた。そのため農家2軒で、息子を後継者として呼び戻したという。


JTBと連携し全国に拡大へ

労働力支援は大分県内ですっかり定着した。繁忙期は、1日に20もの現場で作業する。

2020年はコロナ禍の影響で作業ができない時期があったり、県境をまたいだ働き手の送り出しができなくなったりと、思うように稼働できない時期もあった。それでも、2019年度と同様に参加者の延べ人数は2万人を超える見込みだ。

九州で展開してきた労働力支援を、今後、全国に広げていく。組む相手として選んだのは、旅行大手の株式会社JTBだ。観光業やイベント業で仕事が減った人に農業現場で働いてもらおうというのだ。

大分市の菜果野アグリの社屋前で
まずは大分県で、連携が動き始めた。8、9月にJTBから紹介を受けた別府市内のホテルの経営者と管理職が、キャベツとカボスの収穫体験をした。

ホテル側は、余剰人材に農業現場で働いてもらうことによる雇用の維持、ホテルで提供する食材の発掘、農家との関係強化と農家のホテル利用の可能性などをメリットと感じている。従業員を順次、研修として農業現場に送り出し、適性のある人には宿泊業の合間に農業にも携わってもらう計画だ。

他県にもJTBの支店と話し合いを続けているJAがあり、じきに連携が始まるとみられる。

「この人口減少下における農業分野の人手不足は、すべての施策を総動員しないと、解決できないだろう。スマート農業、外国人、労働力支援、農福連携……。中でも労働力支援が一番大きいファクターだ」

花木さんは、そう確信している。


JA全農おおいた
http://www.ot.zennoh.or.jp/
株式会社菜果野アグリ
https://www.kyudaigroup.com/

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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、福岡県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方、韓国語を独学で習得(韓国語能力試験6級)。退職後、2024年3月に玄海農財通商合同会社を設立し代表に就任、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサルティングや韓国農業資材の輸入販売を行っている。会社HP:https://genkai-nozai.com/home/個人のブログ:https://sinkankokunogyo.blog/
  4. 川島礼二郎
    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 堀口泰子
    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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