「体験」ではなく「経験」を──「おてつたび」に日本の農業界が期待できる理由

日本全体が人手不足に陥っている。特に深刻なのは農業界だ。地方から、働き手となる世代の人が流出し続けている。「地域平均以上の賃金で求人を募集したのに、一件も応募がなかった……」という声も聞かれる。

農業は季節に応じて労働の増減差が激しい。短期的には猫の手も借りたいほど忙しくても周年雇用は難しいのが一般的。これも農業の雇用を難しくする。

そんななか、農業界の人手不足を補うだけでなく、長きにわたる地域の固定ファン獲得に貢献してくれるサービスが「おてつたび」だ。

「おてつたび」は人材紹介業である。わかりやすく言えば、困りごとを抱えた地域と、その困りごとを解決する=お手伝い(仕事をする)ことで収入を貰い旅したい人を結びつけてくれる、新しいサービスである。

本稿では「おてつたび」創業社長の永岡里菜さんに、「おてつたび」が何を目指しているのか、また更なる人手不足が確実視されている未来において「おてつたび」はどうあろうとしているのか、うかがった。

株式会社おてつたび代表取締役CEOの永岡里菜さん

過疎地域にも外から人材が集まる「おてつたび」の秘密


三重県尾鷲市出身、愛知県で育ち、大学からは関東で過ごした永岡さんが、「おてつたび」を創業したのは2018年のこと。創業のきっかけについて、永岡さんは自身の「note」で以下のように綴っている。

「長期休みは祖父母がいる尾鷲にいることが多く、毎日山や川、海などで遊んでいて、自分にとっては夢の国のような存在だったことを今でも鮮明に覚えています。そんな自分にとってはかけがえのない地域である尾鷲市が、大学と同時に関東に出てきた際に『どこそこ?』と言われてしまう……」

社会人になり出張でさまざまな地域を訪れた永岡さんは、その「どこそこ」にも魅力があること、そして少し長く滞在することでより魅力を感じることができる、という気づきを得た。「どこそこ」と言われるような、ありふれた、しかし魅力あふれる地域を、より多くの人に知ってほしいと始めたのが、「おてつたび」である。

夜行バスで農家を巡っていた頃の永岡さん。長野県の農家さんと
「おてつたび」は人材紹介業だから、受入先=人材を求める側があって初めて始まる。本稿執筆時点(2023年11月中旬)は農閑期だが、それでも東北地方でのりんご収穫、北海道でのかぼちゃ・山ごぼうの収穫・選別、四国でのキャベツ収穫・たまねぎ定植、といった募集が並んでいる。永岡さんによると、加工やラベル貼りといった作業の募集も少なくないという。

「おてつたび」での募集画面
旅行者(「おてつびと」と呼ぶ)は、スマートフォンなどの端末からこの募集を見て、気に入ったら応募する(事前にアカウントを作成して、名前・電話番号・メールアドレス・顔写真・自己紹介文・志望動機・略歴等を登録する)。受入側は人材のプロフィール(個人情報以外)を確認して、受け入れの可否を判断できる。

集合は現地(最寄り駅)であることが多く、数日の仕事を果たしたら報酬を得て、現地(最寄り駅)で解散というスタイルが一般的である。「おてつびと」は行き帰りの旅のほか、休日や就業時間外の時間に地域を散策して楽しむことができる。

スマホひとつで手軽に始めることができるのに、「おてつたび」は現実世界で濃厚な経験ができる。2018年のサービス開始からわずか5年後の今、「おてつびと」は4万7000人を超える。

ユニークなのは、本質的なサービスの目的が実は人材紹介ではなく、旅の目的地(受入側)と旅人とのマッチングである点だ。「おてつびと」は、どこで、何をするか、を基準に応募先を選ぶ。だから(筆者の主観ではあるが)、どの求人を見ても時給はそれほど高くなく、時給1000円が一般的だ。

「より多くの人に第一歩を踏み出していただくには、経済的な障壁(お金)を取り除くことが必要です。そこで『おてつびと』はお手伝い=仕事をすることで報酬を得て、地域へ行くのに必要な往復旅費を削減できる仕組みとしました。受入側は、仕事を『他ではできない経験』として提供することで、必要なタイミングで求人を出して人手不足を解消できます」


「おてつびと」にとって主目的は旅であり「経験」だから、収入は副次的なもの。「おてつたび」は人材紹介業でありながら、求職者は報酬を得ることだけが目的ではない。これは少なからず衝撃だ。

「それでいて、受入側からの『おてつびと』の評価が高いのが特徴です。一つには、『おてつびと』の6割が大学生を中心とした20代であること。彼らが求めているのは主に『経験』であり、視野を広げたいと希望しています。言い換えれば、働くこと自体に価値を認めてくれているのです。ですから多くの『おてつびと』は仕事に対して前向きですし、周囲の方と積極的にコミュニケーションを図る方も多く、職場で評価していただけることも多いです。

また、『おてつびと』は自費で地域まで向かい働きます。それは収入だけではなく、そこでしかできない経験に価値を感じているからだと思います。単に収入を得るために働くという方とはモチベーションの置き場が異なるのです」

永岡さんが「おてつびと」の活躍を語るとき、まるでわが子を誇るように説明してくれたのが印象的だった。


働くことで地域の記憶が残り、固定ファンが生まれる


一方で、「おてつたび」のもう片方の利用者は、「おてつびと」を受け入れる農業生産者たち。受入側の立場としては、お手伝い程度ならと気安く応募する人がいるのではないか、と心配になるかもしれない。

だが、当然のことながら「おてつたび」では、旅先での業務を明確に「仕事」と位置づけている。

「地域の魅力をより深く理解するには、働くのが一番。働くことって、本当に尊いと思うのです。雇用者と被雇用者という関係であったとしても、作業を通じて一体感が生まれます。もちろん、一緒に働く『おてつびと』同士でも絆が深まる。この『経験』が忘れがたいものとなり、地域の固定ファンを生み出すことにも繋がるんですよ」

愛媛県大洲市の「太陽ファーム」でのタマネギ収穫作業の様子
地域の固定ファン獲得もまた、受入側にとっての「おてつたび」活用の魅力となっている。

労働を通じて唯一無二の経験をした「おてつびと」の記憶に、その地域が克明に刻まれる。だから、ついついその地域に目が行くようになる。「おてつたび」終了後も地域のファンになり、継続的に地域産品を購入したり、情報を拡散してくれるようになる。関係人口を増やすことになるのだ。

さらには「おてつびと」をきっかけにその地で新規就農した人もいる。また、「おてつたび」を終えて都内に戻った「おてつびと」が、普段アルバイトしているカフェに受入側のみかんの販売を提案して販売にこぎつけた、という事例もあるという。

人と人との繋がりが、何かを生み出す。その期待を「おてつたび」は感じさせてくれる。


JAとのコラボで、地域の農家が募集しやすい環境へ


厚生労働省によると、日本の総人口は1億2434万人(2023年10月)であるが、それが2040年には1億1284万人に減少し、以降毎年90万人ずつ減少し続けると推計されている。特に地方の人手不足は深刻化する。そんな未来が待っている地域と、「おてつたび」はどのように関わっていこうとしているのか。

「近年、さまざまな人材派遣サービスやマッチングサービスが登場したことで、農作業のスポット人材に対しても徐々に理解が深まってきています。

2018年に『おてつたび』を創業して、旅人と地域とを繋ぐ入り口を作ることができました。利用者は、当初想定していた20~30代だけでなく、今では40~50代へ広がっています。さらに、いい意味で想定外だったのが、主婦の方や定年退職した方にまで広がりを見せていることです。それだけ老若男女を問わず多くの方が、『どこそこ』な地域に興味を持っているのだと確信しました。

農業に関していえば、アカウント登録時に7割弱もの人が『農業に興味がある』と答えています。これは農業と『おてつたび』の明るい未来を感じさせてくれる材料です。

ただ……私たち『おてつたび』運営側から受入側へのアプローチが足りていないと感じています。特に、これから課題を抱えて行くであろう60代以上の農家さんに、『おてつびと』の存在を知ってほしいと願っています」


そこで始めたのが、JAとのコラボだ。

「私たちからは今までどおり『おてつびと』を紹介しますが、受入拠点として間にJAに入っていただき、実際の受入先となる農家さんをフォローアップしていただく仕組みです。農家さんの心理的、物理的な障壁を下げる工夫です」

おてつたび×JA里浦・鳴門市
もうひとつの課題は、受入側が想定する「仕事」の内容にもある。

「農家さんは優しいですから、どうしても農業のハイライトである収穫作業を募集した方がいいかという相談もあります。ですが、私たちの思いとしては、本当の地域の困りごと、例えば、草刈りや獣害対策といった、困難な課題でももっと募集していただけたら、とも思っています。

『おてつびと』にはさまざまなバックグラウンドを持った人がいますから、彼らの特技を生かすことで、地域の社会課題解決に貢献できるかもしれません」


「おてつたび」を第2、第3の故郷を作れるサービスに


永岡さんがもうひとつ課題として感じているのは、スポット人材そのものの在り方だ。地域のファンを増やすという「おてつたび」が掲げる目標は、農作業などの経験を通して20年、30年先の日本の農業できっと実現できているはずと、永岡さんは考えている。

「スポット人材は、昔風に言えば出稼ぎや季節労働ですから仕方ない面もありますが、短期間であれ、労働は尊いものだと思います。

農泊などでお金を払ってお客さんになれば、収穫『体験』はできますが、美しいところを中心に数時間の関わりが多く、『体験』を目的に参加されるので地域名を覚えて帰ることは少ないと思います。働くことで『体験』が『経験』になりそれは必ず記憶に残り、『おてつびと』を通してその地域の固定ファンになってくれると思います。

岐阜県飛騨市「飛騨古川池田農園」でのミニトマト収穫の様子
『おてつたび』を、日本各地に第2、第3の故郷ができるサービスに育てることで、地域の関係人口を増やして行く。その結果、魅力あふれる日本中の『どこそこ』な地域に少しでも貢献できたらうれしいです」


おてつたび
https://otetsutabi.com/
【連載】スマート農業に挑む企業たち
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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、九州某県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方で、韓国語を独学で習得する(韓国語能力試験6級取得)。2023年に独立し、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサル等を行う一方、自身も韓国農業資材を輸入するビジネスを準備中。HP:https://sinkankokunogyo.blog/
  4. 川島礼二郎
    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 堀口泰子
    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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