主食用米から「新規需要米・麦・大豆」への転作に向けた政策【特集:日本の米・麦・大豆の行方 第2回】

飼料米:輸入とうもろこし飼料との全量代替は不可能


今回は、主食用米からの転作が進められている米・麦・大豆について、それぞれ細かく見ていきたい。

まずは、「新規需要米」のなかから「飼料用米」と「輸出用米」について、それぞれがどのような状況にあるのか見て行こう。


「新規需要米」の中で最も作付面積が広い「飼料用米」については、農産局穀物課企画班の太田義孝さんが教えてくれた。

「5年ごとに策定している『食料・農業・農村基本計画(令和2年)』(※4)において、飼料用米は令和12年度(2030年度)目標を70万トンと設定されているが、令和4年産(2020年産)の時点で22万トンはすでに達成している」という。

それでも、農水省が公表している資料「飼料用米をめぐる情勢について(令和6年4月)」(※5)によると、配合飼料原料に飼料用米を利用した場合の利用可能な量は445万トン(家畜の生理や畜産物に影響を与えることなく給与可能)もある。

実際に、令和4年産(2022年産) では、飼料用米の約80万トンに加え、備蓄用米17万トンなどの76万トンと合わせて、156万トンの米が飼料用として供給された。つまり、まだまだ畜産側には飼料として米を給与する余力がある、と考えられる。

出典:農林水産省(「飼料用米をめぐる情勢について(令和6年4月)


「飼料用米は、輸入飼料であるとうもろこし1000万トンの代わりとなるもの。しかし、これをすべて米に置き換えようと考えるのは現実的ではない。畜産業界からは、青刈りとうもろこしが好まれる、という面があるが、それには米とは違った栽培ノウハウや機械が必要だ」とは、飼料用米の担当者の話。大切なのは全体最適であり、バランスなのだ。

飼料用米は主食用米と比べると単価が低いから、コスト削減が欠かせない。地場の畜産業者と連携すれば、輸送コストを削減できるうえ、畜産物をブランド化できれば産地全体での高付加価値化が実現する。こうした結びつきが、今後より大切になる」と教えてくれた。飼料用米の未来は、補助金による補填の先にある、ということだろう。

ちなみに、農水省は2024年2月に「飼料用米生産コスト低減マニュアル」(※6)を公開している。興味を持たれた方はぜひご覧いただきたい。

輸出米:成功に必要なのは相手国の需要把握


次は「輸出用米」を見てみよう。

米の輸出量自体は着実に伸びている。農水省の資料「米の輸出をめぐる状況について(令和6年5月)」によると、平成26年(2014年)の米輸出量はわずか4516トンだったが、令和5年(2023年)には3万7186トンへと、8倍以上へと右肩上がりに増加している。だが、米全体の生産量717万トン(令和5年産(飼料用米除く))と比べてしまうと微々たる量とも言える。現状を説明してくれたのは農産局農産政策部企画課 米穀輸出企画班の川口正一さんだ。


出典:農林水産省(「米の輸出をめぐる状況について(令和6年6月)」より転載)


「政府は農林水産物・食品の輸出額目標を2025年に2兆円、2030年に5兆円としており、この目標を達成するために、『農林水産物・食品の輸出拡大実行戦略』(※8)を策定している。そのなかで「コメ・パックご飯・米粉及び米粉製品」は輸出重点品目に定められている。

改正された『食料・農業・農村基本法』において、食料安全保障の観点からも輸出を促進することが明記された。まだまだ米輸出の絶対量は少ないが、輸出は相手があって成立するもの。マーケットイン=消費者・実需者のニーズに応じて輸出を拡大するには、国ごとの特性を把握する必要がある

現地の情報を収集して、輸出事業者や産地に情報発信することも必要だ。時間はかかるだろうが、輸出が増えるよう今後も支援する」と語ってくれた。

なお、米とともにパックご飯や米粉製品の輸出支援策も講じているが「海外では、各家庭に炊飯器があるわけではない、食べやすい形で提供する、という発想だ」とのこと。恥ずかしながら筆者は、そんな当たり前のことにすら気付いていなかった。国ごとの特性を把握する、と言葉にするのは容易だが、少なからぬ労力がかかる。

それでも、円安基調や訪日外国人の増加など、米輸出には強い追い風が吹いている。海外の日本食レストラン店舗数は増加傾向にあり、日本食マーケット自体は確実に世界で広がりつつある。政府・農水省の後押しも当面期待できる。時間こそかかるだろうが、米輸出の未来は明るく見える。


国産小麦:極めて高品質かつ低価格な輸入小麦に、国産小麦は勝てるのか?


次に、小麦だ。

そもそも小麦は日本の気候に最適な穀物ではない。水稲では田植えを春に開始するが、それと秋にまいた小麦の収穫時期とぶつかってしまう。また小麦の収穫時期には日本は梅雨にあたり、これが品質に悪影響を与える場合がある。日本では小麦の安定生産は決して容易ではないのだ。


そのうえ、北米(アメリカ・カナダ)、オーストラリアなどの友好国から、高品質な小麦を適価で輸入できる関係性が出来上がっている。地球規模での異常気象=食料安全保障を鑑みて構築した成果だ。

こうした背景のもと、令和6年度(2024年度)の見通しでは、小麦総需要量556万トンのうち輸入小麦が452万トンと8割強を占める状況となっている。

出典:農林水産省(「麦の需給に関する見通し(令和6年3月)」より転載)
それでも、農水省の資料「麦をめぐる最近の動向(令和6年5月)」によると、国産小麦の年間生産量は増加傾向にあり、令和3年度(2021年度)・令和5年度(2023年度)の生産量は約110万トン。これは「食料・農業・農村基本計画」の令和12年(2030年)の生産努力目標108万トンをすでに上回っている。

出典:農林水産省(「麦をめぐる最近の動向(令和6年5月)」より転載)
輸入小麦と比べると圧倒的に不利なはずの国産小麦が、どうして増えているのだろうか? 教えてくれたのは農産局農産政策部 貿易業務課の加藤史彬さんだ。

大きな理由は、国産小麦の品質向上だ。もともと国産小麦には需要はあったが、長らくそれに応えることができていなかった。近年は新品種の登場と農業生産者の努力により、実需家の需要に応えることができる高品質な小麦を生産できるようになった。今では、パンや中華麺にも国産小麦100%の製品が出てきている」

出典:農林水産省(「麦をめぐる最近の動向(令和6年5月)」より転載)

とはいえ、そのままでは大量に買い付けてコストを下げている輸入小麦に、価格面で国産小麦が敵うはずもない。

そこで、輸入小麦との価格差を埋めるために、「畑作物の直接支払交付金」、通称「ゲタ対策」と呼ばれる補助金が出ている。これは、生産量と品質に応じて支払われる数量払と、取り組み面積に応じた面積払の2階建てとなっている。

下図の例でみれば、1haのパン・中華麺用品種の小麦を生産して1等Cランクを3トン収穫した場合、補助金は36万500円。これと売上を合わせて、小麦から得られる収入となる。


出典:農林水産省(「令和5年産~7年産 畑作物の直接支払交付金(ゲタ対策)の交付単価パンフレット」より転載)
「日本の小麦生産者を支援するための『畑作物の直接支払交付金』の原資は、主には国による輸入小麦の輸入差益だ。一般的に、輸入小麦は国が買付けを行い、実需者に売り渡している。この売渡価格は、買付価格に港湾諸経費、それとマークアップと呼ばれる輸入差益を加えたもの。このマークアップ部分が、ほぼそのまま、畑作物の直接支払交付金の原資となっている」

輸入小麦を製粉会社などの実需家に売るとき、経費等と利益を乗せておき、この利益を国産小麦の生産者に分配する、という仕組みだ。

ちなみに、そもそも輸入小麦は国産でまかなえない分を入れているから、国産小麦が増える=輸入小麦が減れば、出せる補助金が減ってしまう恐れがある。それについては「一般会計からの繰入により、国産小麦生産振興の原資を確保することとなる」とのこと。

近年の国際情勢の変化や輸入品の値上がりもあってか、市民の国産小麦に対するニーズは高まっているように思う。農水省のホームページを見ても、小麦の国産化はまだまだ強く推進したい意向にみえる。実需家の需要に応えることができる高品質な小麦品種の開発と生産ノウハウが望まれている。


国産大豆:食用に活路あり。多収の新品種に期待


小麦と同じく、大豆もまた日本での栽培に最適な作物とは言えない。播種から生育初期にかけて梅雨の影響により湿害を受けやすく、これが収量を下げる要因となるからだ。また、ブロックローテーションを含めて、水田で大豆を栽培する場合は特に、湿害を受けやすい。


他方、海外大豆品種を主に油糧用として、友好国であるアメリカ・ブラジル・カナダから適価で輸入できる体制が整っている。小麦と極めて似た現状である。

農水省の資料「大豆をめぐる事情(令和6年5月)」(※10)によると、大豆の需要量(令和4年)は約390万トンであり、食用はそのうち100万トン。国産大豆の生産量は令和4年(2022年)現在で24万トンであり自給率は6%。これを現行の食料・農業・農村基本計画では、令和12年(2030年)までに34万トンまで増産して、自給率を10%まで向上させることを目標と定めている。

なお、大豆は油で使われるような油糧用が多くを占めており、油糧用等を除いた食用大豆に限れば、令和4年(2022年)現在の自給率は約26%である。農産局穀物課豆類班大豆係長の齊藤恭大さんが教えてくれた。

「主に国産大豆は納豆や煮豆など、大豆の外観がそのまま影響する食用に使われており、そのため外観品質や加工適正が重視される。そのため主に油糧用として使われる海外大豆に比べると、どうしても収量においては不利になる」

一方で食用大豆について実需者にアンケートを実施した結果、全ての業界を通じて、今後の5年間の大豆使用量は増加見込みであるという。国産大豆については、価格、供給量、品質の安定が前提ではあるが、消費者ニーズへの対応や高付加価値化に向け、需要は堅調であると見込まれている。

出典:農林水産省(「大豆をめぐる事情(令和6年5月)」より転載)
「国産大豆の増産に向けて、食用としての加工適正と多収性を兼ね備えた新品種である『そらみのり』と『そらみずき』などが新たに開発された。収量を上げるためには、湿害を受けないための排水対策などの栽培技術の導入も重要だ」(斎藤さん)

なお、国産大豆の生産者であれは、小麦と同じ「畑作物の直接支払交付金」も受給できる。


「ブロックローテーション」は連作障害を防いで転作する方法論


ちなみに、排水対策が出てきたので、「ブロックローテーション」にも触れておこう。

ブロックローテーションとは、転換畑を一定程度まとめて、団地ごとに米・麦・大豆と輪換すること。ご存じの通り、米の生産調整対策として生まれた経緯がある。

一方で、もともと湿害に弱い小麦・大豆の水田での生産は、排水対策を施すにしても、無理があるのではないかという指摘もある。それについては農産局農産政策部企画課水田農業対策室 土地利用型農業推進班の千場裕太さんが答えてくれた。

「ブロックローテーションは、あくまでもひとつの提案。排水性のいい圃場では小麦や大豆を、それが難しいところでは新規需要米等に取り組むなどにより、需要に応じた生産に取り組んでほしい。ただし、同一の圃場で同じ作物を連続して作付けすると連作障害が出ることがあるため、ブロックローテーション等に取り組んでいただけたらと思う」


新規需要米や麦・大豆への転作をさらに進めるには


今回の取材では、農水省が米・小麦・大豆それぞれについて、担当部署で食料・農業・農村基本計画に沿って、粛々と目標達成に向けて支援していることはわかった。

取材を通じて異口同音に出てきたのは「需要に応じた生産」という言葉だ。言い換えれば「主食用米だけでなく、需要に応じて柔軟に、新規需要米や小麦、大豆も作りませんか?」ということだ。

農業生産者からすると転換にはリスクがあるから、「即、挑戦しよう!」というわけにはいかないだろう。それでも未来に向けて農水省が実需に応じた生産を求めている、という点は理解できたはずだ。これから出てくる新しい食料・農業・農村基本計画には、必ず目を通し、中長期的に安定的に経営するには、国がどうしたいのか、常に見ておく必要がある。

その一方で、農水省は果たして農家のニーズに応えられているのか、という疑問も残った。

農業生産者が積極的に転換できない理由があるとすれば、それは補助金の不足であり、農水省が示す方針への信用不足ではないだろうか。食料安全保障や食料自給率向上を強くうたうなら、ここまで見て来たような現状を広く市民に周知して、「補助金を上げるべき」という共通理解も必要だろう。

また、農業生産者の「消費者においしく食べてもらえるような米を作りたい」という真摯な思いがあることも忘れてはならない。彼らは国策として米を作っているわけではなく、自由意志として米という作物を選んでいるだけだ。栽培方法のノウハウや所持している農機具などから、いまさら米に変わるものを作ることが非現実的だという面もある。そういった状況を踏まえれば、魅力的な補助金が出るから主食用米よりもお得だと言われたとしても、簡単には転換できないだろう。

次回は、大豆の食料自給率アップに向けて、収量と品質を高めた国産新品種についてご紹介したい。


参考資料:
(※1)農林水産省, 米をめぐる状況について(令和6年3月)
https://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/syokuryo/240305/attach/pdf/240305-17.pdf
(※2)農林水産省, 水田活用の直接支払交付金
https://www.maff.go.jp/j/syouan/keikaku/soukatu/220816.html
(※3)農林水産省, コメ新市場開拓等促進事業 https://www.maff.go.jp/j/syouan/keikaku/soukatu/attach/pdf/r6_hata_kome-3.pdf
(※4)農林水産省, 食料・農業・農村基本計画(令和2年3月) https://www.maff.go.jp/j/keikaku/k_aratana/attach/pdf/index-13.pdf
(※5)農林水産省, 飼料用米をめぐる情勢について(令和6年6月) 
https://www.maff.go.jp/j/seisan/kokumotu/attach/pdf/siryouqa-252.pdf
(※6)農林水産省, 飼料用米生産コスト低減マニュアル(令和6年6月) 
https://www.maff.go.jp/j/seisan/kokumotu/attach/pdf/siryouqa-256.pdf
(※7)農林水産省, 米の輸出をめぐる状況について(令和6年6月) 
https://www.maff.go.jp/j/syouan/keikaku/soukatu/kome_yusyutu/attach/pdf/kome_yusyutu-300.pdf
(※8)農林水産物・食品の輸出拡大のための輸入国規制への対応等に関する関係閣僚会議, 農林水産物・食品の輸出拡大実行戦略
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/export/progress/attach/pdf/index-34.pdf
(※9)農林水産省, 麦をめぐる最近の動向(令和6年5月) 
https://www.maff.go.jp/j/syouan/keikaku/soukatu/attach/pdf/mugi_kanren-165.pdf
(※10)農林水産省, 大豆をめぐる事情(令和6年5月)
https://www.maff.go.jp/j/seisan/ryutu/daizu/attach/pdf/index-24.pdf

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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
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    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
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    石坂晃
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    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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