農水省に聞く、日本の食料安全保障における「国産米・小麦・大豆」の現在地【特集:日本の米・麦・大豆の行方 第1回】

日本国民が抱える食料自給率への不安と誤解


「米が余っている」

「米価は低位安定して儲からず、生産は一貫して減少傾向」

「米の消費も、人口減少の影響もあり、減少傾向にある」

これらは、多くの日本国民の共通認識だろう。

農林水産省が公表している資料「米をめぐる状況について(令和6年5月)」(※1)によると、生産量(青線)の最大は昭和42年産(1967年)〜昭和43年産(1968年)の1445万トンだ。それが、直近の令和5年度(2023年度)には半分以下の807万トン。総需要(赤線)で見ると、昭和38年(1963年)の1341万トンをピークに下がり続け、直近では806万トンとなっている。

出典:農林水産省「米をめぐる状況について(令和6年5月)

また、米と並び日本人の食を支える穀物である小麦と大豆については、約9割を輸入に頼っている。近年は海外情勢の影響もあり「食料安全保障を考えると、このままで良いのか?」と考える一般消費者も増えていることだろう。

では、日本という島国の限られた圃場の使い方として、今後は米の生産を減らして、米農家から小麦・大豆農家への転身を増やすべきなのだろうか? 輸入小麦・大豆は悪なのだろうか?

そこで今回から、米・小麦・大豆の今を知り、未来を探るべく連載を始める。初回は農水省を取材した。10人を越える米・麦・大豆の担当者が、多岐に渡る質問に一つ一つ丁寧に回答してくれたので、米・麦・大豆をめぐる現状を交えつつ、簡潔にお伝えしたい。


米のハナシ:余っているのは「米」ではなく「水田」


まずは、日本の食料を支え、主食用米としてほぼ100%の自給率を誇る米から見ていこう。

取材の冒頭で現状確認のため、「米は余っていますよね?」と問うと、いきなり意外な答えが返ってきた。

余っているのは『水田』であって、『米』は余っていない

一体どういうことなのだろう? 米の消費が減っているから、米生産が減っても米価が低いまま。だから米余りではないのか?


「正確に言えば、年々需要が減少傾向にある『主食用米』については、国の需給見通し等による農家の経営判断の中で、需要に応じた作付けを行ったとしても、豊作年などの作況により余剰が発生する可能性はあるが、需要が増加傾向にある加工用米、備蓄用米、新規需要米については、実需者との事前契約等に基づき生産されており、確かな需要がある」という。

「新規需要米」とは、飼料用・WCS用稲・米粉用・酒造用・新市場開拓用(=輸出用)などの米のこと。「米をめぐる状況について(令和6年5月)」をみると、確かに主食用米からの転換は着実に進んでいる。

「水田の利用状況の推移」というデータで作付面積を見てみると、平成23年産(2011年産)では主食用米153万haに対して新規需要米はわずか6.6万haであったが、令和5年産(2023年産)になると主食用米124万haに対して新規需要米は20.4万haと、割合は大きく伸びているのだ。

出典:農林水産省「米をめぐる状況について(令和6年3月)」より転載
しかし、引き続き需要に応じた生産をしっかりと進めていく必要があるというのが農水省の主張だ。


小麦・大豆のハナシ:国産品だけでは賄えない品質とコストの問題


では、小麦や大豆はどうだろう? 海外から輸入される安価な小麦や大豆は、国産至上主義的な一部消費者からは親の仇のように悪者にもされているが……。

海外から輸入されているのは、わが国の厳しい指定仕様に準拠した、極めて高品質な小麦だ。これを北半球と南半球の友好国から、比較的安価に輸入できているのが現状。もともと小麦は日本の気候条件では作りにくい作物でもある」と、小麦の大部分が輸入品である理由を端的に解説してくれた。


また、大豆担当者によれば、「令和4年(2022年)現在の大豆全体の自給率は6%だが、油糧用等を除いた食用大豆だけで自給率を換算すると26%ほどになる。海外の大豆品種はほとんどが油糧用のため収量を、国産大豆品種は食用に使われるため外観品質や加工適正を重視している。そのため、国産大豆品種の収量は低くなる傾向にある。また、小麦と同様に気候的にも日本の大豆栽培では梅雨の影響があり、収量を上げにくい」と、現状を教えてくれた。

こうして見ると、日本の小麦と大豆は、最適とは言えない日本の栽培環境下にあっても命脈を保っており、不足分は適切に輸入品を利用できる状況にあるということのようだ。



実はここ数十年で深刻な米不足は1993年のみ


米・小麦・大豆を食料安全保障という観点で見てみると、実は日本ではこの半世紀あまりの間に主食である米不足に陥ったのはただ一度、平成5年(1993年)に起きた大不作による「平成の米騒動」のときだけである。それ以外の年は、米の生産量は年々減り続けていながらも、実は極めて安定的に供給され続けてきた。令和6年(2024年)6月時点で米不足や値上がりなども叫ばれているが、まったく入手できないわけではない。

小麦・大豆についても、高品質で安価な輸入品を活用することで、安定した価格で供給され続けている。令和4年(2022年)2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻の余波を受けても、小麦の価格こそ上がったが、供給不足は一過性のものだった。

食料自給率の数字に惑わされず、実需から考えてみると、波はありながらも日本の食料の安定供給は成功していると、あらためて認識すべきではないだろうか。主食用米の価格についてみても、消費者目線で言えば、大きな高騰や暴落もなく安定して適価で供給されている。


米生産者側から見る危機感


ただし、これが農業生産者視点に立つと少し見方が変わってくる。

というのも、資材高騰に対して米価が低位安定してしまっているということは、米価の変動による収入減少によって、利益が出にくくなっていることは間違いないからだ。収入保険や収入減少影響緩和交付金があるとは言え、である。

こうした背景があって、冒頭の「水田余り」発言なのである。

そして、こうした状況を踏まえ、水田を活用しながら需要に応じた生産に取り組む農業者を支えるため、農水省は交付金による支援を用意している。

「水田活用の直接支払交付金」(※2)がそれだ。そのうちの一つが「戦略作物助成」であり、交付対象水田で戦略作物(加工用米・飼料用米・米粉用米・WCS用稲・麦・大豆・飼料作物)を生産する農業生産者を対象として、作物に応じて交付金が出る。

出典:農林水産省(「米をめぐる状況について(令和6年3月)」より転載)
また、輸出用米等の新市場開拓用米については、同じ「水田活用の直接支払交付金」の「コメ新市場開拓等促進事業」(※3)を活用すると、10aあたり4万円の交付金が出る。

ただし、「5年水張りルール」の運用開始や、令和6~8年産(2024~2026年)にかけて飼料用米の一般品種への支援単価が段階的に引下げが予定されるなど、制度や交付単価の見直しが行われている。そのような中で農業生産者視点に立てば、単価の低い新規需要米や、水田で作るのが難しい小麦・大豆への転換=挑戦なのだから、「しっかり交付を受けることができるのだから損はしない」という長期的な信頼感が欲しいところだ。


米・麦・大豆の現在地


米・麦・大豆の状況について、消費者が不安視する食料自給率の数値と現実とを比べてみると、
  • 米の自給率は高い⇄「主食用米」は余っているが、「新規需要米」は足りない。「水田余り」の方が深刻
  • 麦の自給率は低い⇄国産より海外産の方が安価なうえに高品質。日本は栽培に適していない
  • 大豆の自給率は低い⇄食用大豆の自給率は26%で、量より質を重視。輸入の多くは油糧用などの加工目的。日本は栽培に適していない
という事情があるということがわかった。

次回は、それぞれにどのような具体的な対策がとられているかについて解説していきたい。


参考資料:
(※1)農林水産省, 米をめぐる状況について(令和6年3月)
https://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/syokuryo/240305/attach/pdf/240305-86.pdf
(※2)農林水産省, 水田活用の直接支払交付金
https://www.maff.go.jp/j/syouan/keikaku/soukatu/220816.html
(※3)農林水産省, コメ新市場開拓等促進事業https://www.maff.go.jp/j/syouan/keikaku/soukatu/attach/pdf/r6_hata_kome-3.pdf
(4)農林水産省, 食料・農業・農村基本計画(令和2年3月)
https://www.maff.go.jp/j/keikaku/k_aratana/attach/pdf/index-13.pdf
(5)農林水産省, 飼料用米をめぐる情勢について(令和6年6月) 
https://www.maff.go.jp/j/seisan/kokumotu/attach/pdf/siryouqa-252.pdf
(6)農林水産省, 飼料用米生産コスト低減マニュアル(令和6年6月) 
https://www.maff.go.jp/j/seisan/kokumotu/attach/pdf/siryouqa-256.pdf
(7)農林水産省, 米の輸出をめぐる状況について(令和6年6月) 
https://www.maff.go.jp/j/syouan/keikaku/soukatu/kome_yusyutu/attach/pdf/kome_yusyutu-300.pdf
(8)農林水産物・食品の輸出拡大のための輸入国規制への対応等に関する関係閣僚会議, 農林水産物・食品の輸出拡大実行戦略
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/export/progress/attach/pdf/index-34.pdf
(9)農林水産省, 麦をめぐる最近の動向(令和6年5月)
https://www.maff.go.jp/j/syouan/keikaku/soukatu/attach/pdf/mugi_kanren-165.pdf
(10)農林水産省, 大豆をめぐる事情(令和6年5月)
https://www.maff.go.jp/j/seisan/ryutu/daizu/attach/pdf/index-24.pdf

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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、福岡県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方、韓国語を独学で習得(韓国語能力試験6級)。退職後、2024年3月に玄海農財通商合同会社を設立し代表に就任、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサルティングや韓国農業資材の輸入販売を行っている。会社HP:https://genkai-nozai.com/home/個人のブログ:https://sinkankokunogyo.blog/
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    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 堀口泰子
    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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