茨城パン小麦栽培研究会の国産小麦「ゆめかおり」がセブンイレブンに採用された理由【特集:日本の米・麦・大豆の行方 第4回】

この特集の取材を始めたのは2024年4月のこと。もともとは国が進める「水田活用の直接支払交付金」による飼料用米や麦・大豆などへの転作の可能性を探りたかったからだ。

しかし、その後米を巡る情勢が変わった。「令和の米騒動」を経て、低空飛行を続けていた米価が上がり、1993年以来となる「米が店頭にない」という現実に直面したことで、一時的にではあるが、消費者が米に関心を持った。

食用米が不足したことで、代替品として小麦にも目が向けられた。しかし、「今は小麦(パスタ・麺)で我慢」という一時しのぎの話題ばかりで、小麦の多くが輸入品であることや、国産小麦の現状に言及するメディアはなかったように思う。

日本における小麦の現状と、国産小麦を農水省がどう考えているのかは、本特集の第2回で説明した。おさらいしておくと、

  • 小麦総需要量のうち、輸入小麦が8割強を占めている
    (556万トンに対し452万トンを輸入。令和6年度(2024年度)の見通し)
  • 主な輸入元は友好国であり、高品質な小麦を適価で輸入できる
    (北米・オーストラリアなど)
  • 国産小麦の年間生産量は増加傾向にある
    (令和5年度(2023年度)の生産量は約110万トンで、「食料・農業・農村基本計画」が定めた令和12年(2030年)の生産努力目標108万トンを上回っている)

これが日本における小麦の概況だ。農水省の担当者は、国産小麦の生産量が増加している大きな理由は「品質向上」であると説明した。近年は新品種の登場と農業生産者の努力により、実需家の需要に応えることができる高品質な小麦を生産できるようになったという。

「ゆめかおり」で「茨城県産パン小麦が欲しい」というニーズに応えるべく始まった研究会


ところで、小麦の中でもパンなどに使われる「パン小麦」(=強力粉)は、タンパク質含有率11.5~13.0%という要件が求められる。この要件を満たせる国産小麦は少なく、農水省の資料によると、国産小麦流通分88万トンのうち、パン小麦用は15.6万トン(17.7%)しかない。

そんな希少な存在である国産パン小麦が、日本最大手のコンビニチェーンであるセブンイレブンの一部地域で採用されている。


それを実現したのは、「茨城パン小麦栽培研究会」という生産者団体だ。現在の会長を務める、株式会社クローバーファーム代表取締役の高橋大希さんにお話をうかがった。

株式会社クローバーファームを経営する、茨城パン小麦栽培研究会 会長の高橋大希さん

高橋さんは東京都生まれ、非農家育ち。5人の娘さんの育児に追われる現役子育て世代だ。2007年に奥様の実家で就農し、2015年に経営移譲を受けた。2021年に株式会社クローバーファームを設立した。

「当社の農地は65haで、畑地は5haのみで残り60haは水田。水田で畑作をやっているのです(笑)」

65haのうち30haは水はけが悪いため水稲のみを栽培。残り30haは水はけが良いので、表作として小麦14haと大麦10haを、裏作として大豆と子実用とうもろこしを、また5年に1度の水稲作付に乾田直播を取り入れてローテーションを組み、栽培している。

小麦・大麦の後には、裏作として大豆11haと子実用とうもろこし14haを栽培している
義理のお父様が転作に協力して麦と大豆を作っていた経緯があり、高橋さんが就農した時点で、同社には麦用の機械がそろっていた。近隣にも同社と同じように、小麦を栽培する生産者が少なからずいる、という。

今回の主役である茨城パン小麦栽培研究会は、どのようにして始まったのだろうか?

「2016年のことです、地域のリーダー的存在である有限会社ソメノグリーンファームの代表取締役を務める染野実さんが、当時の茨城県の普及センター長から依頼されて、『ゆめかおり』を試験栽培したのです。

収穫してみると県産小麦の平均反収を越える500kg以上あったうえ、パン小麦に必要な適正タンパク質含有量におさまっていました。実際にパンを作ってみたところ、柔らかく膨らみ美味しかった(笑)。北海道産小麦や輸入小麦で作ったパンと比較しても遜色なかったことから、染野さんは生産に向けて可能性を感じたそうです」と、高橋さんは振り返った。

小麦品種「ゆめかおり」とは、製パン適性が優れる硬質小麦である。長野県農事試験場(現:長野県農業試験場)において、早生・良質・硬質・高製パン適性を育種目標に、平成8年度(1996年度)に「西海180号(ニシノカオリ)」を母、「KS831957」を父として交配され作出された。

農研機構の「平成22年度『関東東海北陸農業』研究成果情報」によると、

「茨城県には地元産小麦粉を用いたパンを作りたいという一定の要望があるが、これまでパン用硬質小麦の奨励品種はなかった。そこで製パン適性および耐倒伏性、耐病性等の栽培特性が優れた品種を選定し、地産地消の推進を図る」

とある。そこで茨城県が選定したのが「ゆめかおり」であり、これが県の奨励品種に指定された。そして普及に向けた試験栽培をする生産者として染野さんに白羽の矢が立ち、その期待を染野さんが受けとめた。


5名から始まった研究会は22名に。生産量は1000トン超



「パン小麦を生産できても、売れないことには話になりません。そこで県のバックアップを受けながら営業活動をしたところ、国内トップ5に入る製粉会社である千葉製粉が交渉に応じてくれたのですが、最低でも50トンないと製粉しにくい、とのことでした」

大企業との取引を目指す農業生産者なら誰しも、品質だけでなく量を求められることをご存じのはずだ。そこで2018年、染野さんが仲間を募ったところ5名の生産者が集まり、ここに茨城パン小麦栽培研究会が立ち上がった。会の目的は、(1)パン小麦の生産量増加と安定栽培のための仲間づくり、(2)生産者自らが販売するための組織づくり、である。

初年度の総生産量は180トン。この時点では、生産者は増やさず各個人が栽培面積を増やすことで生産量を330トンへ増やし、出荷先を1社から3社へと増やすことを目指した。

会のルールとして、

  • タンパク含有率が13~14%におさまる小麦を生産すること
  • 原則として黒ボク土の畑地で栽培すること。水田栽培の際は、排水対策と適正な肥培管理を徹底すること
  • コンタミ(不純物の混入)を防止するため、蕎麦を3年以上栽培していない畑で栽培すること
  • 年2回の赤かび病防除を義務とすること(令和6年産から)
  • 栽培履歴を提出すること

と定めた。

染野さんは自身が60歳を過ぎていることから、「将来性のある組織であれば取引先も安心するだろう」と先を見据えて、若手会員が会を仕切るようにした。そこで、小麦栽培歴が長い若手である高橋さんが研究会の会長に就任。また、会が生産した小麦の販売を行う組織として茨城パン小麦販売有限責任事業組合(LLP)を立ち上げ、そこも若手が運営する体制とした。

こうして生産者5名、生産量180トンで始まった会は、2024年11月現在、生産者数は22名へ、そして令和6年産(2024年産)の栽培面積は275ha、生産量は1238トンへ、取引相手の製粉会社は5社へと急成長を遂げた。


茨城パン小麦栽培研究会の「ゆめかおり」がセブンイレブンのパン小麦に採用される!



会は自ら販売することを旨としていたが、設立当初は県の産地振興課のバックアップを受けて栽培が始まった経緯もあるため、取引先製粉会社のほか、県庁周辺のベーカリーなどから販路を開拓して行った。

続いて、地元(県西部)のベーカリーや新規出店店舗にも営業を行い販路を開拓した。地元の給食への提供も、当初は市町村単体で年に数回「ゆめかおり」への置き換えが行われたが、現在は輸入小麦の配合用に「ゆめかおり」が使用されている。

このように自ら販売することで得られた成功の一つが、セブンイレブンのパンへの採用だった。

「質と量とを両立できていたことも要因の一つですが、良縁に恵まれた、というのが正直な感想です。というのも、株式会社リバティフーズの代表取締役社長の鳥山さんが、会の小麦に目を付けてくださったのです。同社は茨城県と福島県にベーカリー工場を持っており、同地区のセブンイレブンベーカリー担当の会社だったのです。

鳥山さんは常にアンテナを張っており、『自社工場の目と鼻の先の場所で、こんなに素晴らしいパン小麦を作っている人がいるのか!』と気に入ってくださり、セブンイレブンと掛け合ってくださいました」


水田でもタンパク質含有率を13~14%におさめる小麦栽培ノウハウ


高橋さんは「品種はとても大切です」と言うが、ただ「ゆめかおり」を栽培すればパン小麦に適したタンパク質含有率になるわけではない。会のホームページには「黒ボク土の畑で育てる」と記載されている。畑で栽培することが、重要なのだろうか?

左は移植による水稲のみの水田。右は5年前の水稲の後、麦をベースに、2年前と1年前に子実用とうもろこしを栽培した。結果、右側の区画は水はけが改善された
「それは立ち上げ当初の考え方でして、近年は水田で作っても良いことにしています。逆にいえば、水田で『ゆめかおり』を作ることができる栽培技術の確立を目指しています。

例えば、当社は5haしか畑がありませんから、面積としてはこれが限度です。一方で、輪作体系に子実用とうもろこしを入れているのですが、残渣を土に漉き込むと、緑肥の効果を生むことがわかってきました。子実用とうもろこしの後で栽培した小麦は明らかに出来が良く、排水対策にもなります。水田で栽培してもタンパク質含有率を13~14%に入れる。そのための輪作体系を構築すべく、試行錯誤しています」


また、研究会設立当初は、水稲などの農作物の生育状況を判断する際に用いられているSPAD値による追肥管理を行っていたが、これも組織の拡大にともない変更されている。

「各生産者の栽培面積が拡大するにつれて、SPAD値による手作業での管理の手間が負担になってきました。そこで衛星画像を利用したツールを用いて省力化を図ってきました。現在は栽培管理支援システム『ザルビオ』を使うようにしています。

『ザルビオ』では小麦の成育状態を数字で見ることができるのですが、数値が高いと高タンパクになりますが倒伏のリスクも高まり、低いと低タンパクになってしまいます。令和6年(2024年)は試験的に使用しましたが、興味深い結果が出てきたため、『ザルビオ』の提供元であるBASFに協力してもらいながら、より効率的に使える追肥管理ツールになることを期待し、令和7年産(2025年産)も継続使用することにしました」

また、栽培履歴の提出はルール化しているものの、使用する肥料や農薬は特に指定していないと高橋さん。

「会員は全員が茨城県西地域という共通点こそあるものの、資材の購入先はそれぞれ違いますし、昔ながらの方法で追肥する人もいれば、一発肥料を使う人もいます。『ザルビオ』の数値は全員が確認できる体制ですが、それを追肥に生かすことまでは条件にはしていません。1等または2等かつタンパク質含有率13~14%の『ゆめかおり』、という結果が得られれば問題ない、というスタンスです。

ただし、赤カビ防除については対策を強化する方向にあります。令和5年産(2023年産)までは1回以上の義務としていましたが、令和6年産(2024年産)では最低2回防除を徹底したうえで、指定農薬の強制購入にしました」


保管と物流、ブランド化……課題は尽きない


順調に会員数と収穫量、取引先が増えており、研究会の前途は明るいように見える。ところが高橋さんは、引き締まった表情で「課題は山積している」と語った。


「収量は10アールあたり平均450トンを目標としており、会全体としてはそれに近い値が穫れています。生産量は収益を考えるうえで極めて重要です。

ところが、会員が増えてきたことでやや質が劣る生産者が出てきてしまっています。リセットではありませんが、今一度、品質面を徹底する必要があります」

そこで、タンパク質含有率を13~14%に収めるために、会員が生産した小麦は一度会に納めて等級検査を行い、タンパク質含有率を調整したうえで出荷する体制としている。これにより、多少であれば品質が劣っても受け入れることができている。

「ただ、この体制では1000トンが限界です。小麦の販売には交付金が密接に関係するため、等級検査は必須ですが、その作業はソメノグリーンファームが行ってくれています。また、会に納める先もソメノグリーンファームです。

これまで研究会は生産に注力する仕組みとして機能してきましたが、多くの作業を1社に頼る構造は、組織として健全ではありません。そこで、200トン程度までであれば1社でもなんとかできますから、会員のうちの2社が県の補助を活用して倉庫を建てました。これで140トンを自社倉庫から出荷できるようになりました」

ただし、各生産者が個別に出荷するとなるとタンパク質含有率の調整が難しいうえ、2カ所、3カ所に出荷するとなると量の面から対処が難しい。保管と流通は、会が解決せねばならない大きな課題である。

それでも高橋さんは、「作れば売れる、という手ごたえがある」と前を向いている。生産量の目標としては、リバティフーズの鳥山社長からは「2000トンを目指せ」との言葉をもらっているという。タンパク質含有率を見える化した高品質な小麦の生産量を増やす。それが今後の目標である。

それとは別に「個人的な見解」ですが……と前置きしつつ、高橋さんは未来を展望した。

「現行の契約をする前に、製粉会社と『価格を上げさせてほしい』と交渉をしました。もしかすると今後は『これ以上の価格では契約できない』という製粉会社が出てくるかも知れません。

現在、当会は5社の製粉会社と取引していますが、『ゆめかおり』を単体で使ってくれているのは3社で、残り2社は国産小麦の一つとしてブレンドされています。当会の『ゆめかおり』を前面に出して単体で使ってくれている製粉会社は、価格転嫁もできるのではないかと考えています。

社会一般では『穀物は交付金に守られてる』というイメージがあると思いますが、当会は、これからも実需家に求められる高品質なパン小麦を作り続けます。そして、生産者と実需家、それに地域の消費者が幸せになる……そういう仕組みを作っていきたいです」


実需者のニーズに応えられる国産パン小麦にはチャンスがある


茨城パン小麦栽培研究会の一連の取り組みは、他の地域の土地利用型農業者にとっても参考になるだろう。

まず、会が成功したのは、実需者のニーズに応えるタンパク質含有率13~14%のパン小麦を一定量生産できたからだ。

また、もともと茨城県西地域に麦生産者がいたこと、基盤整備を行った(排水性が良い)圃場が少なくなかったことなど、従前からの背景が成功の後ろ盾としてあったことも見逃せない。それに加えて、行政の協力も大いに助けになったという。

それでも設立から10年弱、5人の生産者で始めた会が、1000トン強の生産量に辿り着いた。今後について高橋さんは、「会の方針として決めたわけではないが、ブランド化を模索する必要性を感じる」とも語っている。

冒頭に書いたように、パン小麦の多くは輸入に頼っている。品質を確保して生産するノウハウは農業生産者の腕の見せどころ。米からパン小麦などへの転作もいち生産者だけで考えると難しい面もあるが、地域単位で栽培から品質の均一化まで協力して生産できれば、差別化して一定の収益を確保できる可能性があるのではないだろうか?


茨城パン小麦栽培研究会
https://www.ibarakiyumekaori.com/

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  1. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  2. さとうまちこ
    さとうまちこ
    宮城県の南の方で小さな兼業農家をしています。りんご農家からお米と野菜を作る農家へ嫁いで30余年。これまで「お手伝い」気分での農業を義母の病気を機に有機農業に挑戦すべく一念発起!調理職に長く携わってきた経験と知識、薬膳アドバイザー・食育インストラクターの資格を活かして安心安全な食材を家族へ、そして消費者様に届けられるよう日々奮闘中です。
  3. 北島芙有子
    北島芙有子
    トマトが大好きなトマト農家。大学時代の農業アルバイトをきっかけに、非農家から新規就農しました。ハウス栽培の夏秋トマトをメインに、季節の野菜を栽培しています。最近はWeb関連の仕事も始め、半農半Xの生活。
  4. 川島礼二郎
    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 柏木智帆
    柏木智帆
    米・食味鑑定士/お米ライター/ごはんソムリエ神奈川新聞の記者を経て、福島県の米農家と結婚。年間400種以上の米を試食しながら「お米の消費アップ」をライフワークに、執筆やイベント、講演活動など、お米の魅力を伝える活動を行っている。また、4歳の娘の食事やお弁当づくりを通して、食育にも目を向けている。プロフィール写真 ©杉山晃造
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