農産物の残留農薬の規制について知ってしっかり選ぼう

日本で農産物を販売する際には、「食品表示法」に基づく食品表示が義務づけられています。食品表示法というのは、食品を摂取する際の安全性と、消費者が自分で判断して食品を選べる機会とを確保するための法律です。


食品表示法では、生鮮食品は名称や産地の表示をすること、また特定の生鮮食品ではアレルゲンや防腐剤などの食品添加物の使用についても表示しなければいけない等の決まりがあります。

ところで、野菜などの農産物の安全性といわれたとき、「アレルギー」や「食品添加物」のほかにも、気になることがありますよね。

それは「農薬」について。

農薬は食品の安全性を気にする方にとっては重要なキーワードですが、意外なことに、食品表示法では使用した農薬や、残留農薬の量に関する表示義務はありません。

では、どうやって判断したらいいのでしょうか。

使用した農薬、表示義務はない?

農薬を気にする方にとって、野菜や米、果物などを購入する時に参考にできるのは、「特別栽培農産物」の表示と「有機JASマーク」の表示です。
しかし、これらは農薬または節減対象農薬を「減らしたこと」「使用しなかったこと」を保証する表示であり、その農作物自体に農薬成分が「含まれていない」ことの保証ではありません。

消費者にとって農薬と類似するものとして考えられる事の多い食品添加物の使用に関しては食品表示法で表示義務があるのに、特別栽培でも有機JASでもない一般的な生鮮食品への農薬の使用に関しては、表示義務が無いのです。

食品添加物と農薬――その差は一体何なのでしょうか。調べてみると、手がかりは、使用と残留の関係にありました。

食品添加物は、食品の保存時や加工時に人間の手で意図的に使用されるものです。何をどれだけ使ったかを正確に記録でき、途中で新たな加工をされない限りは、消費者の手に届くまでそのまま含まれていると考えられます。

一方、農薬は食品添加物とは事情が異なります。生産者が栽培時に使用した農薬のほかにも、近隣からの飛散や流入で想定外の農薬が混入する可能性があります。何をどれだけ使ったかはわかっても、実際その農産物にどんな農薬由来成分がどれだけ含まれているかは、分析検査をしない限りは誰もわからないのです。


使用は農薬取締法、残留は食品衛生法で規制

もちろん、表示義務がないからといって、どれだけ農薬を使ってもいいというわけではありません。
農薬はどのように規制されているのでしょうか。

日本で農薬を規制する法律は、おもに2つです。

生産者の元で使用される農薬の規制に関する法律が農林水産省管轄の「農薬取締法」、流通する食品に残留している農薬の規制に関する法律が厚生労働省管轄の「食品衛生法第11条第3項」です。

農薬取締法とは


農薬の製造から販売、使用のすべての過程を規制するための法律。

農薬取締法に基づく登録制度によって農林水産大臣の承認を受けた農薬だけが、製造・販売・使用できる。農薬ごとに使用して良い作物や使用方法が決められている。

食品衛生法第11条第3項とは


農薬の残留量が「人の健康を損なうおそれの無い量」を超えた食品の製造・販売等を禁止するための法律。

「人の健康を損なうおそれの無い量」は「残留基準」として食品ごとに設定されており、「残留農薬のポジティブリスト制度」等と称されている。


気になる残留農薬。残っていても大丈夫なの?


農薬は使用だけを規制すれば安全と言い切ることができないため、流通時の残留農薬の監視や検査が必要とされています。監視・検査は、国内で流通する農産物は各地方自治体が、輸入農産物は検疫所が行っています[3]。ここでは国内の農産物に焦点を当ててみていきたいと思います。


残留農薬のポジティブリスト制度とは?

農薬の残留量を監視し、残留農薬基準を超えた食品の販売を禁じる制度は「ポジティブリスト制度」と呼ばれます。ポジティブという言葉が入っているので、楽観的な印象を受ける方もいるかもしれませんが、実際は厳しい制度です。

ポジティブリスト制度の理解のポイントは、規制の方法です。

たとえば、健康に被害を及ぼす可能性のある物質を規制しようとしたとき、まずは「含まれていてはいけない物質」を決めて、それを検査しようと考える人が多いのではないでしょうか。しかし、その方法では想定外の物質が含まれていたときに対処のしようがありません。

日本でも、平成15年に現行の食品衛生法に改正される以前はその方法が採用されていましたが、残留基準が設定されていない農薬が食品から検出されても販売を禁止することができないという問題がありました。

改正後にはじまったポジティブリスト制度では、原則としてすべての農薬に対して残留基準が定められることになっています。この改正により、万が一リストにない無登録農薬が一定以上検出された場合でも、その食品の販売を規制することが可能になったのです。


残留農薬基準はどう決まる?

ポジティブリスト制度を理解することは、より安心して農産物を食べることに繋がります。しかし、消費者としては「農薬の残っていても良い量」なんて言われると、かえって不安になるものです。

それでは、その「残っていても良い量」と解釈できる「残留農薬基準」とは、どのように決められているものなのでしょうか。

調べてみると、残留農薬基準は、その量を「生涯にわたって毎日摂取し続けたとしても健康被害を及ぼさない量」に設定されているとのことで[4]、かなり慎重に決められていることがわかります。

たとえば、万が一運悪く残留農薬基準を超えた食品にたまたまあたって食べてしまったとしても、その1回で即健康被害が出るというものではないのです。もちろん、食べてしまったらいい気分はしないですけれど……。


残留農薬「不検出」とは?

残留農薬基準のことはわかったけれど、農薬を気にする方は、せっかくなら残留農薬「ゼロ」の農産物を手に入れたいと感じるのではと思います。しかし、残留農薬が本当にゼロの農産物は、ほとんど見つけられないのではと思います。

というのも、化学的な分析機器を用いた残留農薬の検査で「ゼロ」であることを調べるのはとても難しいことだからです。分析機器には検出限界値というものがあり、対象物質がゼロなのか、ごくごく微量含まれるけれど検出限界値未満で測定できないのかは、残念ながらわからないのです。

残留農薬が検査で検出されなかったときには「不検出」という表現を使います。世の中には「残留農薬ゼロ」という言葉を使っている販売者も実際にいますが、それはあくまでも「消費者がわかりやすいように、そう表現している」と考えたほうが良いのではないかと思います。


すべての食品の残留農薬を検査することは不可能

残留農薬の検査は、国内の農産物に関しては、地方自治体で行われています。

東京都を例にすると、健康安全研究センター、市場衛生検査所、芝浦食肉衛生検査所で検査を行っており、その結果は東京都のホームページで公開されています。2019年6月28日現在、平成26年から28年の結果が公開されていますが、いずれの年も、違反となった検体は無かったとのことです。

しかし、当たり前のことですが、市場に流通するすべての食品の検査をすることは不可能です。また、生産者や食品事業者にとっても残留農薬の検査は義務ではありません。スーパーや八百屋で私たちが手にする農産物それ自体に残留農薬がどれだけ含まれているのかは、「わからない」のが実際です。


食べ物への「安心」は自分で掴むもの

さて、ここまでお付き合いいただいてありがとうございました。国内での農薬の規制は、使用と残留の2つの観点で規制されていることがおわかりいただけたかと思います。

安全な農産物の供給のために国がしっかりと規制していることがわかり安心した方もいるでしょうし、実際にはすべての農産物が検査を受けたものではないことがわかって心配になった方もいるかもしれません。

農薬などの化学物質は目に見えないので、漠然とした不安を感じる方が多いものです。その不安に対して、私自身は「そんなの気にしなくて大丈夫だよ」と言うつもりは全くありません。

自分や自分の大切な存在の健康を、食べ物が左右することは間違いありません。自分たちの体に入るものに対して不安を感じ心配することは、ごく自然なことだと思います。

大切なのは、自分にとって「安心」とは何かを整理することだと思います。

流通する一般的な農産物に不安を覚える方は、まずは「特別栽培農産物」や「有機JAS認証」について学ぶと良いと思います。基礎的な知識を元にして選べるようになるだけでも、食べ物の選び方は変わるのではないでしょうか。

また、「この人から買ったものなら安心して食べられる!」という生産者や販売者を見つけることも、安心を得るためのひとつの手段です。最近は、生産者と直接話をして食べ物を買える場も増えています。公共の場で行われるマルシェやファーマーズマーケットはもちろん、インターネットで検索すれば、いくつかの農産物専門の販売サイトを見つけることができます。

自分の意志で食べ物を選べるようになったとき、「不安」は「安心」に変わるのではないでしょうか。


[1]農薬取締法:農林水産省
[2]食品衛生法,厚生労働省
[3]農作物の監視・東京都の取り組み|「食品衛生の窓」東京都福祉保健局
[4]新たに設定した残留基準について,厚生労働省[PDF]
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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、九州某県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方で、韓国語を独学で習得する(韓国語能力試験6級取得)。2023年に独立し、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサル等を行う一方、自身も韓国農業資材を輸入するビジネスを準備中。HP:https://sinkankokunogyo.blog/
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    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 堀口泰子
    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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