サタケはなぜ集落営農の経営を始めたのか
株式会社サタケが広島県東広島市で地域の住民らと設立した集落営農法人がある。株式会社賀茂プロジェクトだ。
多くの集落営農組織が全国で赤字に陥る中、農業関連機器の製造会社がなぜその経営に乗り出すことになったのだろうか。
サタケが住民と交流する中で不安の声として高まっていったのが、農業における高齢化と担い手の不足だった。そこで2015年に49%を出資して、地域の稲作農家33戸とともに株式会社賀茂プロジェクトを設立した。
賀茂プロジェクトの代表取締役社長で、サタケ技術副本部長でもある水野英則さんは「地域の方々の支えがあって事業を展開することができたので、恩返しがしたかった」と振り返る。
2018年には豊栄町のほかの地域にある法人からも、清武地区と同じ理由から、賀茂プロジェクトに参加したいという声が挙がるようになった。しかし、合併すれば地域の名前が組織名に残らない。そのことを寂しがる声もあった。
そこで採用したのが集落営農の「二階建て方式」。「二階建て」とは集落営農組織の構造を建物にたとえたものだ。
具体的には一階部分は農地の利用調整や環境保全などの公益機能を、二階部分は農業の生産や加工、販売を担う。一階部分は地域の名前を残した一般社団法人として残し、二階部分は賀茂プロジェクトで請け負うことで、地域の住民の要望に応えることになった。
作っている稲は古代米や赤米、黒米、緑米のほか、胚芽部分が一般的な品種の3倍ほどある「金のいぶき」、さらに業務向けに多収穫米の早生品種「つきあかり」と晩稲品種「あきだわら」である。品種の選択について水野さんは「機械化が進みやすい平地と異なり中山間地は工数がかかるため、付加価値の高い米作りを模索した結果です」と語る。
稲ではほかに、地元の酪農家向けに飼料用ソフトグレインサイレージ(SGS)を6haで作っている。SGSとは収穫した稲を乾燥させずに密閉保存して、家畜の飼料としたもの。
創業してからは経常黒字を維持している。その理由は果樹作や野菜作を含めてプロダクトアウトからマーケットインへの転換を図っているほか、飼料用米を作付けすることへの交付金にある。飼料用米は増産するつもりはなく、今後の課題の一つは営業黒字を実現することにある。
サタケは精米機や選別機のように収穫後に使う機器やサービスだけではなく、ドローンによる生育診断や追肥の指導など、収穫前に使う機器やサービスもそろえている。
目下普及しているのは開水路向けの自動給水機「農匠自動給水機ポセイデン」。この機器は、コードでつないで設置する水位を計測するセンサーと連動している。利用者は事前に手動で目盛りを合わせながら、目標とする水位の上限と下限を決めれば、あとはホースがその範囲を超えないように自動的に上下する。
従来の水管理といえば、稲作農家は手動で入水や止水をしている。つまり水田の数だけ水管理のための手間と時間が増えてしまう。
賀茂プロジェクトも「農匠自動給水機ポセイデン」を活用している。筆者が水田を訪ねると、ちょうど給水が始まったところだった。
稲作以外について触れると、リンゴでは、経営者が急死して後継者が不在だった小石川リンゴ園を2020年に引き継いだ。観光園を兼ねる同園の面積は3ha。収穫した果実は青果物として販売するほか、規格外品についてはリンゴチップスやシードルに加工している。
小石川リンゴ園とは別にブドウのピオーネとシャインマスカットのほか、キウイを栽培している。キウイについては地元の量販店からの要望があって作り始めた。
また、サフランの栽培も始めた。きっかけは商社からの依頼があったから。めしべの柱頭は香辛料になる。賀茂プロジェクトは栽培して球根を出荷する。
ほぼいずれでも共通するのは、出口対策ができていること。豊栄町清武地区の兼業農家は「生産から販売までの一貫体制を構築できるのはサタケならではだと思います」と語る。
賀茂プロジェクトの現場を仕切るのは副社長の梶森久史さん。サタケを定年退職した後に現職に就いた。
梶森さんに今後の展望について尋ねると、周囲の離農が進んでいることから、経営面積は5年後には200haにすることを目指す。その時に稲作の面積は100ha程度にする予定だ。
「コメは地域の農地を守るうえでも大事な作物なので最も大きく作るけれど、人口とともに消費が減っていくので、割合を大きくするつもりはありません。代わりに作りたいのは大豆や麦、野菜です」
梶森さんが大豆や麦を増産したいと思っているのは、地場産の原料を使って醤油や豆腐、味噌などの加工品を地元で製造し、地元を中心に消費してもらいたいから。
「近くに中国地方の醤油製造会社の協同組合があって、そこに麦と大豆を4tずつ出せば、豊栄町内で1年間に消費される量の醤油を造ってもらえる」とのこと。
さらに地元の豆腐屋に人を派遣して、豆腐作りの修行をさせたいと思案している。いずれは賀茂プロジェクトが豆腐屋を開業し、自社で生産した大豆だけを原料に豆腐を造っていく計画を持っている。
「地域内で経済を回せる仕組みを作りたいんです。作れるものは自分たちで作って地域で消費する。余ったものは外で売って、外貨を稼ぐ。さらに観光にも力を入れて、こちらでも外貨を稼ぐ。これこそ我々が夢として描く食と農の自給圏『豊栄王国』なんです」
農畜産物を幅広く生産しながら加工や販売まで手がけようとする賀茂プロジェクト。自給できる品目を広げるには人手は足りないし、もちろん一社だけではできない。だからこそ梶森さんは賀茂プロジェクトを、新たに農業を始める人を育てる会社にしたいとも考えている。同社で一定期間の実地研修を受けた後、地域の担い手になるべく巣立ってもらうのだ。
梶森さんはこう呼びかける。「この辺りには空き家がいくらでもある。ぜひここに移住してきてもらいたい」
企業の力を借りて息を吹き返しつつある中山間地の農業。外の若い力が入り込むことで、さらに活気が出ることを期待したい。
株式会社サタケ
https://satake-japan.co.jp/
株式会社賀茂プロジェクト
https://www.kamo-pj.com/
多くの集落営農組織が全国で赤字に陥る中、農業関連機器の製造会社がなぜその経営に乗り出すことになったのだろうか。
高齢化と担い手の将来に不安の声
サタケの本社がある西条駅付近から北に車で向かうこと30分少々。ここ東広島市豊栄町清武はもともと同社のグループの製造部門である佐竹鉄工株式会社(2021年1月にサタケ豊栄株式会社に社名変更)が本社を置いてきた地域だ。サタケが住民と交流する中で不安の声として高まっていったのが、農業における高齢化と担い手の不足だった。そこで2015年に49%を出資して、地域の稲作農家33戸とともに株式会社賀茂プロジェクトを設立した。
賀茂プロジェクトの代表取締役社長で、サタケ技術副本部長でもある水野英則さんは「地域の方々の支えがあって事業を展開することができたので、恩返しがしたかった」と振り返る。
2018年には豊栄町のほかの地域にある法人からも、清武地区と同じ理由から、賀茂プロジェクトに参加したいという声が挙がるようになった。しかし、合併すれば地域の名前が組織名に残らない。そのことを寂しがる声もあった。
そこで採用したのが集落営農の「二階建て方式」。「二階建て」とは集落営農組織の構造を建物にたとえたものだ。
具体的には一階部分は農地の利用調整や環境保全などの公益機能を、二階部分は農業の生産や加工、販売を担う。一階部分は地域の名前を残した一般社団法人として残し、二階部分は賀茂プロジェクトで請け負うことで、地域の住民の要望に応えることになった。
プロダクトアウトからマーケットインへ
賀茂プロジェクトが経営する耕地面積は83ha。このうち63haで稲を、残りでリンゴやブドウ、麦、大豆などを栽培している。作っている稲は古代米や赤米、黒米、緑米のほか、胚芽部分が一般的な品種の3倍ほどある「金のいぶき」、さらに業務向けに多収穫米の早生品種「つきあかり」と晩稲品種「あきだわら」である。品種の選択について水野さんは「機械化が進みやすい平地と異なり中山間地は工数がかかるため、付加価値の高い米作りを模索した結果です」と語る。
稲ではほかに、地元の酪農家向けに飼料用ソフトグレインサイレージ(SGS)を6haで作っている。SGSとは収穫した稲を乾燥させずに密閉保存して、家畜の飼料としたもの。
創業してからは経常黒字を維持している。その理由は果樹作や野菜作を含めてプロダクトアウトからマーケットインへの転換を図っているほか、飼料用米を作付けすることへの交付金にある。飼料用米は増産するつもりはなく、今後の課題の一つは営業黒字を実現することにある。
スマート農業のモデル農場
賀茂プロジェクトは、サタケがサービスを展開するスマート農業関連機器のモデル農場という顔も持っている。サタケは精米機や選別機のように収穫後に使う機器やサービスだけではなく、ドローンによる生育診断や追肥の指導など、収穫前に使う機器やサービスもそろえている。
目下普及しているのは開水路向けの自動給水機「農匠自動給水機ポセイデン」。この機器は、コードでつないで設置する水位を計測するセンサーと連動している。利用者は事前に手動で目盛りを合わせながら、目標とする水位の上限と下限を決めれば、あとはホースがその範囲を超えないように自動的に上下する。
従来の水管理といえば、稲作農家は手動で入水や止水をしている。つまり水田の数だけ水管理のための手間と時間が増えてしまう。
賀茂プロジェクトも「農匠自動給水機ポセイデン」を活用している。筆者が水田を訪ねると、ちょうど給水が始まったところだった。
地域が評価する出口対策
稲作以外について触れると、リンゴでは、経営者が急死して後継者が不在だった小石川リンゴ園を2020年に引き継いだ。観光園を兼ねる同園の面積は3ha。収穫した果実は青果物として販売するほか、規格外品についてはリンゴチップスやシードルに加工している。
小石川リンゴ園とは別にブドウのピオーネとシャインマスカットのほか、キウイを栽培している。キウイについては地元の量販店からの要望があって作り始めた。
また、サフランの栽培も始めた。きっかけは商社からの依頼があったから。めしべの柱頭は香辛料になる。賀茂プロジェクトは栽培して球根を出荷する。
ほぼいずれでも共通するのは、出口対策ができていること。豊栄町清武地区の兼業農家は「生産から販売までの一貫体制を構築できるのはサタケならではだと思います」と語る。
食と農の自給圏「豊栄王国」を目指して
賀茂プロジェクトの現場を仕切るのは副社長の梶森久史さん。サタケを定年退職した後に現職に就いた。
梶森さんに今後の展望について尋ねると、周囲の離農が進んでいることから、経営面積は5年後には200haにすることを目指す。その時に稲作の面積は100ha程度にする予定だ。
「コメは地域の農地を守るうえでも大事な作物なので最も大きく作るけれど、人口とともに消費が減っていくので、割合を大きくするつもりはありません。代わりに作りたいのは大豆や麦、野菜です」
梶森さんが大豆や麦を増産したいと思っているのは、地場産の原料を使って醤油や豆腐、味噌などの加工品を地元で製造し、地元を中心に消費してもらいたいから。
「近くに中国地方の醤油製造会社の協同組合があって、そこに麦と大豆を4tずつ出せば、豊栄町内で1年間に消費される量の醤油を造ってもらえる」とのこと。
さらに地元の豆腐屋に人を派遣して、豆腐作りの修行をさせたいと思案している。いずれは賀茂プロジェクトが豆腐屋を開業し、自社で生産した大豆だけを原料に豆腐を造っていく計画を持っている。
「地域内で経済を回せる仕組みを作りたいんです。作れるものは自分たちで作って地域で消費する。余ったものは外で売って、外貨を稼ぐ。さらに観光にも力を入れて、こちらでも外貨を稼ぐ。これこそ我々が夢として描く食と農の自給圏『豊栄王国』なんです」
農畜産物を幅広く生産しながら加工や販売まで手がけようとする賀茂プロジェクト。自給できる品目を広げるには人手は足りないし、もちろん一社だけではできない。だからこそ梶森さんは賀茂プロジェクトを、新たに農業を始める人を育てる会社にしたいとも考えている。同社で一定期間の実地研修を受けた後、地域の担い手になるべく巣立ってもらうのだ。
梶森さんはこう呼びかける。「この辺りには空き家がいくらでもある。ぜひここに移住してきてもらいたい」
企業の力を借りて息を吹き返しつつある中山間地の農業。外の若い力が入り込むことで、さらに活気が出ることを期待したい。
株式会社サタケ
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株式会社賀茂プロジェクト
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