カリフォルニア州でのコメの生産環境とは【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」 vol.2】

海外産コシヒカリの栽培に30年前から米国・カリフォルニア州で挑戦しながら、オリジナルブランドを開発し定着・普及させた株式会社田牧ファームスジャパンの代表取締役、田牧一郎さんによるコラム

第2回は、渡米に至った田牧さん自身の当時の考えと、カリフォルニアで稲作をするための具体的な環境について語ります。


著者紹介
田牧一郎(たまきいちろう)。1952年12月13日生まれ。日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメ「田牧米」を世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界11カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。2018年に茨城県つくば市に株式会社田牧ファームスジャパンを設立し、以降は日本を拠点に活動。ドローンによる直接播種、IoTを用いた水管理といったスマート農業技術の実践や研究・開発も行っている。


俺はアメリカに行く


私の主張は、日本のコメ生産者は政府の保護なしでは生きていけない「弱い存在」ではなく、海外のコメと競争できないものしか生産できない「ダメな生産者」ではない、というものでした。

アメリカやオーストラリアのコメ生産者と同じ環境で競争すれば、日本の生産者が劣ることは決してない。ただし、日本の今の農業政策やコメ政策の中では、本来の能力も発揮できないと考えていました。

アメリカでの水田水管理の様子。なんと畦が1kmもあります

同時に、日本の農業政策が変化するには、長い時間と大きなエネルギーが必要だと感じていました。東京での集まりでそのことを強く感じた私は、この環境の中で本当にコメ作りを継続していけるのかと悩みました。

自ら稲を栽培できる耕作地が少ない点については、兼業化の進んだ生産者の機械作業を請け負うことで経営を拡大しました。将来的にも、請負作業は増えることはあっても減ることはない。生産物の販売も国内のコメ流通規制も次第に緩和され、生産者自身も生産物の販売が可能になりつつありました。

ただ、私は日本の環境の変化を待つことに時間を使うのはもったいないと考えました。今の日本の現実の中で、どこまで誇りを持ってコメ作りを続けられるか? コメ作りをやめる時に納得してやめることができるのか? あるいは海の向こうの環境で自分を試すことはできないのか? ──その疑問がふっ切れたのが、あの東京での議論の場でした。

いつものような議論で、いつものような終わり方で、このまま日本のコメについての議論の中に埋没するのは耐えられない。次のステップのために「俺はアメリカに行く」。そう宣言したのが、私の身の程知らずのチャレンジの始まりだったのです。

その時から、自分がアメリカでコメ作りをするための具体的な調査と準備が始まりました。10年以上前の実習中に手に入れた農業関係の資料や、その後に訪問した時の資料などを読み返し、見聞きしたことをまとめ、さらに必要な準備のためにアメリカ訪問を繰り返しました。同時に国内では、事業開始のための資金集めをしていきました。

そして1988年、カリフォルニア州に法人を設立して代表取締役となり、アメリカでのコメ事業を開始したのです。

なぜアメリカだったのかというと、当時コメを自由に作って自由に売ることのできる環境がある国がアメリカだったからです。

アメリカでコメを栽培している州は、西海岸のカリフォルニア州とアメリカ南部5州(アーカンソー州・テキサス州・ルイジアナ州・ミシシッピー州・フロリダ州)。その中で「ごはん」として食べられるコメは、唯一カリフォルニア州で栽培・生産されていた中粒種だけでした。他の南部5州で生産されるコメのほとんどは、「ごはん」には不向きな粘りがない長粒種だったのです。

カリフォルニアでのコメの生産環境

とはいえ、日本とはまったく異なる現地でのコメ作りは、なかなか想像できないのではないでしょうか。そこでここからは、カリフォルニア州でコメを生産する環境についてご紹介したいと思います。より具体的にイメージしていただけるように、どれくらいの規模感で、どれくらいの費用がかかったのかも明記していきます。

飛行機を使用した種まきの様子

1.農地(水田)の所有

カリフォルニア州での農地の取得や借地に、基本的に制限はありません。外国人でも非居住者でも、州内の農地の所有、そして農業を営むための農地の借地にも制限はありません。通常の売買で登記がされ、所有権が確立できます。

水田も例外ではありません。カリフォルニア州の水田面積は約24万ヘクタール。実際にコメを栽培している面積は、水の供給量による作付面積の減少などで、平均20万ヘクタールに毎年稲を作付けしています。

コメの主産地はサクラメント平原で、カリフォルニア州の州都サクラメント市からニューヨーク州コ―ニング市までの南北に約150km、幅は平原中央部で海岸山脈の東の麓から、ネバダ州境にあるシエラネバダ山脈の西の麓までの約100kmの平坦な土地です。
平原の中央には南北にサクラメント川が流れ、上流にあるシャスタダムからの水を平原の農地に運んでいます。

借地料 1年間250ドル(1エーカーあたり)
稲を栽培するために必要な量の水が使える権利を持つ水田。平均的な反収のある水田の場合、1エーカー(約40アール)が1年あたり250ドル。


2.農業用水

コメ栽培に必要な水はカリフォルニア州内の農業用水でまかないます。この水にはそれぞれ権利がついていて値札も付いています。

カリフォルニア州北部にある連邦政府が造ったダム(シャスタダム)からサクラメント川に落とした水は、「川の途中から連邦政府が造った運河(比較的新しい)で運んだ水」と、「カリフォルニア州の北東部のオロビル市にある州政府が建設したオロビルダムの水を使った大きな供給システム」と、「シエラネバダ山脈の中央部を水源とするフェザーリバーとアメリカンリバーの流水を使った多数の水利供給システム」という3つに分かれます。

いずれの水も水田を含め、サクラメント平原で生産されているクルミやプラムなどの果樹園、トマトやメロン、麦や豆類などの畑にも水を供給しています。サクラメント川は州の中央を流れ、サンフランシスコの南のデルタ地帯に注ぎ、太平洋に流れます。

カリフォルニア南部の農地にも、規模の大小いくつもの水利システムがあり、それぞれの農地に水を供給しています。水と用水路の管理はそれぞれの水系ごとに、農地の所有者あるいは耕作者など、水の使用者によって組織された「水利組合」によって運営され、組合に加盟することで水が供給されます。

農業用水利用料 約60ドル(1エーカーあたり)
水の価格は基本的に作付けする作物の種類と、栽作物を栽培するときに使用する単位面積当たりの水の量に栽培する面積をかけた数量になる。水の単価は水利組合の水の取得費や維持管理費など、それぞれの水利組合の事情によって異なる。水田で稲を栽培するときの水の代金は、1エーカーあたり約60ドル前後が一般的であった(水代金が高すぎて、コメ生産が採算に合わない農地もある)。

アメリカでの種まきの様子

3.種子

アメリカでは、品種改良と種子の原種の供給は、1952年に設立されたカリフォルニア州ビッグス市の育種試験場が担っています。その運営資金はカリフォルニア州内のコメ生産者の拠出金によってまかなわれています。

そのため、州内のコメ生産者は、育種試験場が開発し増殖した種子を購入して栽培する「権利」を持っています。その理由は、栽培し生産した籾に対して一定の拠出金を支払っているからです。

育種試験場はカリフォルニア州内で生産する品種として、栽培方法に合った高品質・多収品種を開発し、州内の生産者に利益をもたらすことを目的としています。品種開発と同時に、その栽培方法も研究しています。

この育種試験場で開発された種子(原原種)は育種試験場内で種子生産者に販売される量まで増殖してから、種子生産者に販売。そして、種子生産者が生産した種子を収穫・選別した後に、一般のコメ生産者に販売されるという流れです。

種子代金 約15ドル(45kgあたり)
一般的な中粒種であれば、45kgあたり約15ドル前後で入手可能。

4.連邦政府からの補助金

アメリカのコメに関する補助金は、連邦政府が出しています。コメ生産者に対して、その年の作付計画面積に対し、補助金単価を掛けた額を算出。水田を耕作する所有者、あるいはその土地を借りてコメの生産をする、いわゆる小作人に対しての支出になります。

つまり、農地をコメの生産に使う「生産者」に対しての補助金であり、農地を農地として維持し、生産することに使うための補助金なのです。土地自体と、その土地でコメを生産する技術、この両方を維持することが目的とも言えます。

補助金単価 200〜250ドル(1エーカーあたり)


ここまでの話は、海外でコメ作りをするための環境面の準備です。これだけの情報ではまだまだ足りません。日本とはかなり異なるコメ作りについて、さらなる調査が必要でした。次回、ご紹介します。

(つづく)

【連載】田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」
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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、福岡県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方、韓国語を独学で習得(韓国語能力試験6級)。退職後、2024年3月に玄海農財通商合同会社を設立し代表に就任、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサルティングや韓国農業資材の輸入販売を行っている。会社HP:https://genkai-nozai.com/home/個人のブログ:https://sinkankokunogyo.blog/
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    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 堀口泰子
    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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