種子や種苗の「自家増殖」はどこからが違法?【連載・農家が知っておきたい「知的財産」のハナシ vol.12】
本連載「農家が知っておきたい知的財産のハナシ」では、農業分野に携わる方々がこれからの時代に自分たちの「権利」を守り、生かすために身につけておきたい知的財産に関する知識を、各分野を専門とする弁護士の方々に解説していただきます。
前回は、知的財産権を侵害された場合、どういった対処法が考えられるのか紹介いただきました。今回は、西村あさひ法律事務所の辻本直規先生に、種子や種苗の「自家増殖」はどこからが違法なのか教えていただきます。

種苗の分野で話題になることが多い自家採種や自家増殖(以下まとめて「自家増殖」と呼びます)ですが、今回は、どのような場合に自家増殖をすることができるのかを解説します。
自家増殖の議論を理解するためには、前提として種苗法に基づく品種登録制度の概要を理解しておくことが必要です。
品種登録制度は、新たに植物の品種を育成した者が国に出願をし、当該出願が品種登録の要件を満たしている場合に、品種登録が行われ、育成者権という知的財産権を生じさせる制度です。
品種登録が行われると、育成者権が発生し(種苗法19条1項)、育成者権者は、登録品種及び登録品種と特性により明確に区別されない品種を独占的に利用することができます(同20条第1項本文)。
また、この育成者権は、従属品種及び交雑品種にも及びます(※1)(20条2項各号。以下、育成者権の効力が及ぶ品種を併せて「登録品種等」といいます)。
【育成者権の効力が及ぶ品種】

そして、育成者権の及ぶ品種を育成者権者の許諾なく利用する行為は、育成者権の侵害となり、育成者権者は当該侵害者に対して、損害賠償請求(民法709条)や侵害行為の差止請求(種苗法33条)をすることが可能です。また、故意による育成者権の侵害については、10年以下の懲役等の刑事罰が定められています(種苗法67条)。
農業者の自家増殖は、法令上の用語ではありませんが、ここでは、農業者が正規に購入した登録品種の種苗から得た収穫物の一部を、自らの経営に限定して使用する種苗に転用することを指す言葉として用います。
上記の自家増殖は、種苗の「利用」(種苗法2条5項1号)に当たるため、登録品種の育成者権の効力が及ぶ行為です。ただし、自家増殖は農業者が従来から慣行として行ってきたことから、原則として育成者権の侵害にはならないとされています(種苗法21条2項本文)。
そのため、本コラム執筆時である2021年7月から2022年3月31日までの間は、自家増殖は、原則として育成者権の侵害とならず、自由に行うことが可能です。
ただし、例外として、自家増殖を制限する契約を育成者権者との間で結んでいる場合(書面で契約書を作成する必要はなく、口頭による方法を含めて何らかの形で合意が認められれば足ります)は、自家増殖をすることはできません(種苗法21条2項但書)。
また、種苗法施行規則別表第三に定められた栄養繁殖性植物(※2)は、育成者権者の許諾を得なければ自家増殖をすることはできません(同法21条3項)。
出典:農林水産省「品種登録制度と育成者権」
上記のとおり、2022年3月31日までの間は、自家増殖は原則として自由に行うことが可能ですが、2020年12月2日に国会で成立した種苗法の一部を改正する法律(以下「本改正法」という)により、自家増殖に関する種苗法の規定が改正され、登録品種の自家増殖は、育成者権者の許諾を得た場合に限り認められることになりました。なお、本改正法の自家増殖に関する部分は2022年4月1日に施行されます。
上記の通り、2022年4月1日以降は、登録品種の自家増殖は、育成者権者の許諾を得た場合に限り可能です。
では、育成者権者による許諾を得るにはどのような方法があるのでしょうか。
実は、許諾方法には決まったルールがあるわけではありません。
個々の農業者が、自家増殖を行うことについて、育成者権者から許諾を得ることも可能ですが、県域団体などがとりまとめて育成者権者から一括して許諾を得ることも可能であり、この場合には、個々の農業者が育成者権者から許諾を受けなくても、自家増殖をすることができます。
また、育成者権者が自家増殖に許諾手続を求めない登録品種については、育成者権者が事前に包括的に自家増殖を許容していると考えることが可能であるため、このような場合にも自家増殖を行うことが可能です。
この点については、農林水産省から、自家増殖の許諾手続を求めない旨を明示する方法として、種苗の譲渡の際の表示、育成者権者の発行するカタログや広報、育成者権者の管理するウェブサイトなどへのその旨の掲載などが考えられるとの見解が示されています(※3)。
登録品種等以外の品種(在来種や品種登録が行われていない品種、登録期間が満了した品種など)については、育成者権が生じていないため、自家増殖は制限されません。
また、育成者権の効力は、家庭菜園などの趣味の範囲で品種を利用する場合には及ばないため、登録品種等であっても、家庭菜園などの趣味の範囲であれば、自家増殖を行うことが可能です。
本改正法により、登録品種の自家増殖は育成者権者の許諾を得た場合に限り認められることになりますが、それに伴って、農業者の負担が従来よりも重くなるのではないかといった懸念も指摘されています。
しかし、日本における農業の現状を踏まえると、育成者権者が農業者に対して巨額の許諾料を要求するとは考えづらく、また、上記のように、県域団体が育成者権者から一括して許諾を得るなど農業者に大きな負担をかけない方法で許諾を得る方法もあります。
加えて、農林水産省は、契約書のひな形を整備したり、相談窓口を設置するなどの施策も実施しています(※4)。
今後も農業者が過度な負担を負うことのない制度運用が期待されるところです。
※1 法律上は上記のとおり規定されていますが、育成者権が及ぶ範囲の中核は登録品種です。この点、農林水産省も、「種苗法及び種苗法改正法案で登録品種の権利が及ぶのは、登録品種と全ての特性が同じ場合です。」と説明しています。農林水産省ウェブサイト(https://www.maff.go.jp/j/shokusan/attach/pdf/shubyoho-18.pdf)5頁
※2 農林水産省品種登録ホームページ(http://www.hinshu2.maff.go.jp/act/kankeihourei.html) の「別表第3」
※3 農林水産省「改正種苗法について~法改正の概要と留意点」
(https://www.maff.go.jp/j/kanbo/tizai/brand/attach/pdf/zenkoku-2.pdf) 17頁
※4 農林水産省「登録品種から農業者が得た収穫物を自己の農業経営において種苗として利用する場合の契約書のひな形」(https://www.maff.go.jp/j/shokusan/syubyouhou/hinagata.html)
農林水産省 品種登録ホームページ 品種登録データ検索
http://www.hinshu2.maff.go.jp/vips/cmm/apCMM110.aspx?MOSS=1

今回の講師:辻本直規(西村あさひ法律事務所)
弁護士(東京弁護士会)。農林水産業・食産業の発展に寄与することを目標として活動中。2017年~2019年にかけて農林水産省食料産業局知的財産課において勤務した経験があり、現在も知的財産分野の案件を取り扱う。その他、M&A・スタートアップ支援・規制対応・コンプライアンスなど幅広く対応。主な著作として、「農林水産関係知財の法律相談Ⅰ・Ⅱ」(青林書院)など(共著)
前回は、知的財産権を侵害された場合、どういった対処法が考えられるのか紹介いただきました。今回は、西村あさひ法律事務所の辻本直規先生に、種子や種苗の「自家増殖」はどこからが違法なのか教えていただきます。

種苗の分野で話題になることが多い自家採種や自家増殖(以下まとめて「自家増殖」と呼びます)ですが、今回は、どのような場合に自家増殖をすることができるのかを解説します。
品種登録制度とは
自家増殖の議論を理解するためには、前提として種苗法に基づく品種登録制度の概要を理解しておくことが必要です。
品種登録制度は、新たに植物の品種を育成した者が国に出願をし、当該出願が品種登録の要件を満たしている場合に、品種登録が行われ、育成者権という知的財産権を生じさせる制度です。
品種登録が行われると、育成者権が発生し(種苗法19条1項)、育成者権者は、登録品種及び登録品種と特性により明確に区別されない品種を独占的に利用することができます(同20条第1項本文)。
また、この育成者権は、従属品種及び交雑品種にも及びます(※1)(20条2項各号。以下、育成者権の効力が及ぶ品種を併せて「登録品種等」といいます)。
【育成者権の効力が及ぶ品種】

そして、育成者権の及ぶ品種を育成者権者の許諾なく利用する行為は、育成者権の侵害となり、育成者権者は当該侵害者に対して、損害賠償請求(民法709条)や侵害行為の差止請求(種苗法33条)をすることが可能です。また、故意による育成者権の侵害については、10年以下の懲役等の刑事罰が定められています(種苗法67条)。
自家増殖が認められる場合もある
農業者の自家増殖は、法令上の用語ではありませんが、ここでは、農業者が正規に購入した登録品種の種苗から得た収穫物の一部を、自らの経営に限定して使用する種苗に転用することを指す言葉として用います。
上記の自家増殖は、種苗の「利用」(種苗法2条5項1号)に当たるため、登録品種の育成者権の効力が及ぶ行為です。ただし、自家増殖は農業者が従来から慣行として行ってきたことから、原則として育成者権の侵害にはならないとされています(種苗法21条2項本文)。
そのため、本コラム執筆時である2021年7月から2022年3月31日までの間は、自家増殖は、原則として育成者権の侵害とならず、自由に行うことが可能です。
ただし、例外として、自家増殖を制限する契約を育成者権者との間で結んでいる場合(書面で契約書を作成する必要はなく、口頭による方法を含めて何らかの形で合意が認められれば足ります)は、自家増殖をすることはできません(種苗法21条2項但書)。
また、種苗法施行規則別表第三に定められた栄養繁殖性植物(※2)は、育成者権者の許諾を得なければ自家増殖をすることはできません(同法21条3項)。

上記のとおり、2022年3月31日までの間は、自家増殖は原則として自由に行うことが可能ですが、2020年12月2日に国会で成立した種苗法の一部を改正する法律(以下「本改正法」という)により、自家増殖に関する種苗法の規定が改正され、登録品種の自家増殖は、育成者権者の許諾を得た場合に限り認められることになりました。なお、本改正法の自家増殖に関する部分は2022年4月1日に施行されます。
育成者権者から許諾を得る方法
上記の通り、2022年4月1日以降は、登録品種の自家増殖は、育成者権者の許諾を得た場合に限り可能です。
では、育成者権者による許諾を得るにはどのような方法があるのでしょうか。
実は、許諾方法には決まったルールがあるわけではありません。
個々の農業者が、自家増殖を行うことについて、育成者権者から許諾を得ることも可能ですが、県域団体などがとりまとめて育成者権者から一括して許諾を得ることも可能であり、この場合には、個々の農業者が育成者権者から許諾を受けなくても、自家増殖をすることができます。
また、育成者権者が自家増殖に許諾手続を求めない登録品種については、育成者権者が事前に包括的に自家増殖を許容していると考えることが可能であるため、このような場合にも自家増殖を行うことが可能です。
この点については、農林水産省から、自家増殖の許諾手続を求めない旨を明示する方法として、種苗の譲渡の際の表示、育成者権者の発行するカタログや広報、育成者権者の管理するウェブサイトなどへのその旨の掲載などが考えられるとの見解が示されています(※3)。
登録品種等でない品種や家庭菜園などは制限されない
登録品種等以外の品種(在来種や品種登録が行われていない品種、登録期間が満了した品種など)については、育成者権が生じていないため、自家増殖は制限されません。
また、育成者権の効力は、家庭菜園などの趣味の範囲で品種を利用する場合には及ばないため、登録品種等であっても、家庭菜園などの趣味の範囲であれば、自家増殖を行うことが可能です。
最後に
本改正法により、登録品種の自家増殖は育成者権者の許諾を得た場合に限り認められることになりますが、それに伴って、農業者の負担が従来よりも重くなるのではないかといった懸念も指摘されています。
しかし、日本における農業の現状を踏まえると、育成者権者が農業者に対して巨額の許諾料を要求するとは考えづらく、また、上記のように、県域団体が育成者権者から一括して許諾を得るなど農業者に大きな負担をかけない方法で許諾を得る方法もあります。
加えて、農林水産省は、契約書のひな形を整備したり、相談窓口を設置するなどの施策も実施しています(※4)。
今後も農業者が過度な負担を負うことのない制度運用が期待されるところです。
※1 法律上は上記のとおり規定されていますが、育成者権が及ぶ範囲の中核は登録品種です。この点、農林水産省も、「種苗法及び種苗法改正法案で登録品種の権利が及ぶのは、登録品種と全ての特性が同じ場合です。」と説明しています。農林水産省ウェブサイト(https://www.maff.go.jp/j/shokusan/attach/pdf/shubyoho-18.pdf)5頁
※2 農林水産省品種登録ホームページ(http://www.hinshu2.maff.go.jp/act/kankeihourei.html) の「別表第3」
※3 農林水産省「改正種苗法について~法改正の概要と留意点」
(https://www.maff.go.jp/j/kanbo/tizai/brand/attach/pdf/zenkoku-2.pdf) 17頁
※4 農林水産省「登録品種から農業者が得た収穫物を自己の農業経営において種苗として利用する場合の契約書のひな形」(https://www.maff.go.jp/j/shokusan/syubyouhou/hinagata.html)
農林水産省 品種登録ホームページ 品種登録データ検索
http://www.hinshu2.maff.go.jp/vips/cmm/apCMM110.aspx?MOSS=1

今回の講師:辻本直規(西村あさひ法律事務所)
弁護士(東京弁護士会)。農林水産業・食産業の発展に寄与することを目標として活動中。2017年~2019年にかけて農林水産省食料産業局知的財産課において勤務した経験があり、現在も知的財産分野の案件を取り扱う。その他、M&A・スタートアップ支援・規制対応・コンプライアンスなど幅広く対応。主な著作として、「農林水産関係知財の法律相談Ⅰ・Ⅱ」(青林書院)など(共著)
【連載】農家が知っておきたい「知的財産」のハナシ
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