「ハウス屋」はなぜ農業法人を作ったか 北の大地で周年栽培、年商20億で黒字経営

北海道でレタスやねぎなどの野菜を通年生産し、年間20億円を売り上げる有限会社アド・ワン(札幌市)。その親会社である株式会社ホッコウは、植物工場やハウスの設計から施工までを手がけており、「自分たちが作った“箱”できちんと作物が作れるか実証しなければ」との思いで、農業に参入した。

生産するレタスやベビーリーフといった野菜は、独自の「nanaブランド」で、大手量販店などに販売する。配送も自前で、生産から流通までを一気通貫で担うことで、黒字経営を続けている。

株式会社ホッコウ代表取締役社長 宮本悦朗さん

生産者は豊かになっているのかという疑問


「我々、俗にいう『ハウス屋』は、いかに立派ですごいハウスを世の中に売り続けるかを考えがちなんだけど、ハウスを使う生産者は本当に豊かになっているのかという、本質的なところに疑問を持った。『自分は不幸を売ってしまっているんじゃないか?』という気がしてね。自分で生産までやってみなければいけないと考えるようになった」

こう語るのは、株式会社ホッコウ代表取締役社長の宮本悦朗さん。1988年に設立した同社で、植物工場やハウスの企画から設計、施工を担ってきた。

寒冷地で豪雪地帯でもある北海道では、農業施設の柱は雪の重みを支えられるようにより太く、基礎のコンクリートや壁は断熱のためにより厚くなり、結果として建設費が高額になりがちだ。その費用を抑えたいと考えた宮本さんは、新たな技術を試しつつ、農業用施設の建築基準法の一部規制緩和を国に働きかけるなど、精力的に活動してきた。

そんななか、生産者が農業施設の初期投資をなかなか回収できずに苦労するのを目にし、生産まで自ら手がける必要があると思い至る。そこで、2005年に立ち上げた子会社の有限会社アド・ワンで、生産に乗り出す。

フィルムを二重にし、フィルムの間に空気を入れることで断熱効果を高めたハウス

「あなたには売りたくない」と言いたくて、通年の量産体制築く


社名は「ホッコウという本体にない機能を一つ足そうという意味」(宮本さん)でつけた。もともとは、農業施設を建てるための特殊技能を持つ職人を育てる会社として設立し、徐々に方向転換。「最終的に、ハウス屋が農業をやる」場となった。すると、問題に次々とぶち当たる。

「もともと、うちのハウスはすごいと思っていた。だけど自ら農業をやり出したら、ここはダメ、あそこはダメって、自らがダメ出しすることになった」

栽培密度を上げるといった施設の構造改善を行い、システムも改良した。同時並行で生産技術を習得し、品質の一定した野菜を効率よく作れるようになった。

販売に本腰を入れるようになると、次の壁が立ちはだかる。既存の流通ルートを使っていては、生産コストに見合った価格で買ってもらえない、売れば売るほど赤字に陥る事態が起きてしまったのだ。

そのとき宮本さんは「『あなたには売りたくない』と、買い手を選択できる規模になろう」と決意する。量産することで、市場のある程度を占有し、影響を与えられるようにならなければならない。そのためには、冬の長い北海道とはいえ、年間を通じた安定供給が必要と考えた。

そうやっているうちに「どんどん深みにはまっていって、農業を専門とする生産法人アド・ワン・ファームを2010年に立ち上げた。本業で稼いだ金を全部農業に捨てていると言われたこともある」。

アド・ワン・ファーム。配送も自前で担う

「管制塔」で生産から販売を正確にコントロール


こうして、アド・ワン・ファームで生産した野菜を、アド・ワンで販売するようになった。安定した量と品質の野菜を供給し続ける体制を築き、大手量販店に商社といった中間流通を介さずに直接販売できるようになる。レタスやベビーリーフ、ねぎ、みつばなどの売上高は、計20億円に達している。

365日、休みなく膨大な量を供給し続ける秘訣は、「管制塔をきっちり持つこと」。

飛行場の管制塔は、全体を見渡して飛行機の離発着を調整、許可する。農業も同様に、誰にいくら、いつまでに出荷するという情報と、実際の栽培の状況をすり合わせる必要がある。

「たとえば、正月用のみつばを30万パック受注していて、12月27~30日の間に確実に出荷しないといけない。10月末くらいから種をまき始めるけれども、温度が高いと伸びすぎる。時期ごとの成長をシミュレーションして、規格に合うものを指定の時期に出す。そうやって、管制塔がデータを収集して、全体を制御しながらものづくりをしないといけない」

もちろん、最初から精度の高い予測ができたわけではない。当初は年間1億円相当の生産物を破棄していた時期もあった。今では季節変動を織り込んだ生育のシミュレーションに基づき、収穫の1週間前までには、出荷先がすべて決まるよう綿密な生産計画を立てて実行している。

独自のnanaブランドで販売する

熱帯植物の栽培から海外事業まで挑戦


自社で生産するハウスは5ヘクタールある。いま建設中で9月末に完成予定の1ヘクタールのハウスは奥行きが150メートルあり、その中をレタスの栽培ユニットが自動で移動していく。片方の端で苗を定植し、成長につれて奥へと移動していき、収穫のタイミングでもう片方の端に到達するという仕様で、基本的に人手がかからない。

建設中のレタスを自動で栽培できるハウス
変わった作物だと、熱帯植物であるバニラを試験的に栽培している。洋菓子に欠かせないバニラは、主要産地であるマダガスカルの天候不順や、世界的な需要の高まりで価格が高騰している。そこで、「白い恋人」などの菓子を製造する石屋製菓株式会社(札幌市)と連携し、国産化の可能性を探っている。

提携する農場は道外でも増えている。さらに、ベトナムで合弁会社を作ってトマトを生産したり、極寒の北極圏にあるハウスでトマト栽培の技術指導をしたりと、海外でも挑戦を続ける。

「ハウス屋だけやっていた方が、金銭は手元に残ったはず。代わりに農業を始めたことで、農業の未来予想図を描きながら、少しだけ豊かになれる農業のあり方にチャレンジ中です」

宮本悦朗さん(右)と有限会社アド・ワン常務の雄谷淳史さん


有限会社アド・ワン
https://www.a-o.co.jp/
有限会社アド・ワン・ファーム
https://a-o-f.co.jp/
株式会社ホッコウ
https://hkh.co.jp/
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  1. 加藤拓
    加藤拓
    筑波大学大学院生命環境科学研究科にて博士課程を修了。在学時、火山噴火後に徐々に森が形成されていくにつれて土壌がどうやってできてくるのかについて研究し、修了後は茨城県農業総合センター農業研究所、帯広畜産大学での研究を経て、神戸大学、東京農業大学へ。農業を行う上で土壌をいかに科学的根拠に基づいて持続的に利用できるかに関心を持って研究を行っている。
  2. 槇 紗加
    槇 紗加
    1998年生まれ。日本女子大卒。レモン農家になるため、大学卒業直前に小田原に移住し修行を始める。在学中は、食べチョクなど数社でマーケティングや営業を経験。その経験を活かして、農園のHPを作ったりオンライン販売を強化したりしています。将来は、レモンサワー農園を開きたい。
  3. 沖貴雄
    沖貴雄
    1991年広島県安芸太田町生まれ。広島県立農業技術大学校卒業後、県内外の農家にて研修を受ける。2014年に安芸太田町で就農し2018年から合同会社穴ファームOKIを経営。ほうれんそうを主軸にスイートコーン、白菜、キャベツを生産。記録を分析し効率の良い経営を模索中。食卓にわくわくを地域にウハウハを目指し明るい農園をつくりたい。
  4. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  5. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
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