「百姓」は差別用語? 「農家」と「生産者」はどう違う? 呼び方で変わる“農業”のイメージ



農業をしている人を指す言葉としては、「農家」「生産者」「百姓」など、歴史的、文化的背景も含めて、いろいろな呼び方がされてきました。

どれも聞いたことがある言葉だと思いますが、これらの呼び方に「どのような違いがあるんだろう」と気になったことはありませんか? もしかすると知らないうちに、相手を傷つけたり差別的な意味合いに感じさせていることもあるかもしれません。

今回は、農業をしている人を指す呼び方の違いや使われる場面などについて整理してみました。


一番なじみ深い「農家」には明確な定義がある


「農家」は日常会話でもよく使われ、農業を営む方の呼び方としてもっともなじみ深いのではないでしょうか。

「米農家」や「トマト農家」といったように、特定の作物の名称をつけて呼ばれることもあります。「農家さん」と言えば、農業をしている人、というイメージが自然に沸いてきますよね。

一般的には、家族経営の小規模な農業者に使われるイメージがありますが、実は統計をまとめる上で、「農家」の定義も存在しています。

「農林業センサス」の中では、「経営耕地面積が10a以上の世帯、もしくは農産物の年間販売金額が15万円以上の世帯」が「農家」です。そのため、前述の広さもしくは売上がない場合は「農家」とは見做されません。さらに、より広い面積を扱っている世帯になると、「農家」ではなく「農業経営体」に変わります。

一般的な「農家」と統計上の「農家」には、同じ言葉でありながら、異なる意味で使われているのです。


「百姓」は歴史的背景から現代では注意が必要


「百姓」という言葉も、農業を行う人を指す言葉です。昔の日本では苗字が職業を表していたことから、もともとは「百の姓を持つほどいろいろな仕事ができる人」という意味で使われていました。現代では、農業を営む人のことを「お百姓さん」と言ったりします。

江戸時代には、土地を所有し、きちんと年貢を納めている百姓のことを「本百姓」(ほんびゃくしょう)と呼び、村の一員として認められていました。また、昔話、わらべ歌、絵本などには「百姓」という言葉も多く、子どもの頃から耳なじみがいい言葉とも言えます。歴史の授業で「百姓一揆」という言葉を聞いたりしたことがある人もいると思います。

しかし、「百姓」という言葉を差別的ととらえる場合もあります。江戸時代まで、仏教用語で平凡な人、身分の低い人を指す「凡下」(ぼんげ)という立場の人々が農業を営んでいたことから、能力のない人というイメージとして「百姓」が使われた時代があったことも確かです。

その影響で、ひと昔前までは「百姓=田舎者=ダサい」といった価値観が浸透していたこともあり、いまだにネガティブなイメージを持つ人もいるのです。

本来の「百姓」という言葉には差別的な意味はありません。誇りをもって「百姓」と自称する農家さんも多くいます。最近では荒川弘さんのマンガ・アニメ作品『百姓貴族』のように、マイナスのイメージよりも親しみやすい言葉として使われる例もあります。

ただし、消費者の立場で使う言葉としては、「農家」を指す言葉として「百姓」を当たり前のように使うことは、あまりふさわしいとは言えないでしょう。


「農業生産者」「生産者」はメディアや行政でよく見るフラットな言葉


「農業生産者」や単に「生産者」という言葉は、どちらかというと堅い場面で使われる言葉です。ニュースなどで「農産物の生産者」といった感じで使用されているのを聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。

一方、日常生活で農業している人を呼ぶ際に「生産者さん」と呼ぶ人はあまりいないでしょう。

「生産者」という言葉の中には、農業以外にも畜産業や水産業を営む人たちのことも含みます。そのため、「農業生産者」や「漁業生産者」といった呼び方もされています。

面と向かって「農業生産者さん」と呼ぶような言葉ではないため、普段私たちの会話に出てくることはあまりありませんが、メディア、行政、ビジネスの場面などでは頻繁に使用されているため、聞きなれている言葉とも言えるでしょう。


「農業者」「農業経営者」は法律や制度で使われる呼び方



「農業者」は、農業をなりわいとしている人を指す言葉です。法的・制度的な場面で使用されることが多く、「認定農業者」や「農業者年金基金」など、制度の名称としてよく使われています。

「農業経営者」も、基本的には同じです。どちらも、行政による文書や報道での表現として登場します。日常会話で出てくることはほぼなく、農業と関係がない人にとっては見聞きすることもあまりないでしょう。

「経営」が付くかどうかは、現場で栽培を行っている人か、農業法人などを運営する立場の人か、といった違いを意味している場合もあります。


「農夫・農婦」は文芸作品などでの昔ながらの言い方


農業を行う人を指すものとして、「農夫・農婦」という言葉もあります。

農業に従事する男性を指す際は「農夫」、女性を指す際は「農婦」が用いられます。小説や絵画のタイトルで、農夫・農婦という言葉が使用されているのを見たことがあるという人もいるのではないでしょうか。

昭和頃までの日本では、男性・女性の違いを明確にする言葉が使われていました。ただし、最近では性別を限定する言葉はあまり使わない傾向があります。「看護婦」が「看護師」と呼ばれるようになったのも同様です。

そのため、現代の日常会話では登場することは少なく、時代を感じさせる文芸作品などで使われることが多くなっています。


「農民」は農協法にも定められた社会的立場を表す言葉


「農民」も農業に従事する人を指す言葉で、法律上の定義があります。

農業者の生産力や経済的地位向上を図ることを目的に施行された「農協法」(農業協同組合法)では、「自ら農業を営み、または農業に従事する個人」と定義されており、農業に従事する人に対して、社会的・経済的な地位や階級を表す際に使われる言葉でもあります。

日常生活においては、社会の授業やドキュメンタリーなどでよく聞く言葉ですよね。しかし現代では、農業を営む人に対して「農民」と呼ぶことはほとんどなくなってきています。


呼び方ひとつで農業のイメージが変わる


今回紹介した呼び方の現代での使われ方や、それぞれの言葉が持つニュアンスを表でまとめてみました。同じ意味の言葉でも、微妙な違いがあることがわかります。

 

どのような呼び方をすればよいか迷った時には、「農家さん」と呼ぶのが最も一般的でしょう。その他にも、あえて固有名詞を使わずに「農家の人たち」や「農業に携わる方」といった呼び方もできますね。

話し言葉で生産者や農業者という呼び方をすることはほとんどないと思いますが、適切な場面で使用すれば、いずれも間違った呼び方ではありません。

ただし、多様性が重んじられる現代においては、言葉の定義や意味よりも、それを受け取った方がどう感じるかが重要になってきています。中でも「百姓」という言葉は昔から使われている言葉ですが、場面によっては乱暴で差別的に聞こえることもあるため、注意が必要です。

もちろん、当事者が自分をあえて「百姓」と名乗ったり、「お百姓さん」のように敬意をこめた呼び方をしている場合には、この限りではありません。そこにさまざまな意味が込められるのは、日本語ならではの表現とも言えるでしょう。


それ以外にもいろいろある「農家」の呼び方


今回紹介したのは、農業に携わる方々の呼び方のほんの一例に過ぎません。「農業人」といった幅広い意味を含む言葉もありますし、同様に広義の意味で「farmer(ファーマー)」を使う場合もあります。

いずれにしても、農家・生産者・百姓など、似た意味を持つ言葉であっても、それぞれニュアンスは異なります。農業に対するイメージを刷新するために使ったり、時代に合わせた農業のイメージをあえて呼び起こさせるような使い方もされています。この記事内にもあえてイメージ写真を掲載してみましたが、リンクしていると感じる人もいれば、ずれていると感じる方もいるでしょう。

呼び方ひとつで、農業への見方も変わってくるもの。あなたは普段どんな呼び方をしていますか? また、もし将来農業を始めるとしたら、あなたはどんなふうに呼ばれたいですか?

そんなことを考えることで、これからの農業の見え方やイメージも変わっていくかもしれません。


令和5年度 食料・農業・農村白書(令和6年5月31日公表)|用語の解説・基本統計用語の定義
https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r5/index.html
※年度ごとに修正が加えられている
農協法
https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000132


【コラム】これだけは知っておきたい農業用語
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  1. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  2. 北島芙有子
    北島芙有子
    トマトが大好きなトマト農家。大学時代の農業アルバイトをきっかけに、非農家から新規就農しました。ハウス栽培の夏秋トマトをメインに、季節の野菜を栽培しています。最近はWeb関連の仕事も始め、半農半Xの生活。
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    柏木智帆
    米・食味鑑定士/お米ライター/ごはんソムリエ神奈川新聞の記者を経て、福島県の米農家と結婚。年間400種以上の米を試食しながら「お米の消費アップ」をライフワークに、執筆やイベント、講演活動など、お米の魅力を伝える活動を行っている。また、4歳の娘の食事やお弁当づくりを通して、食育にも目を向けている。プロフィール写真 ©杉山晃造
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    鈴木かゆ
    1993年生まれ、お粥研究家。「おかゆ好き?嫌い?」の問いを「どのおかゆが好き?」に変えるべく活動中。お粥の研究サイト「おかゆワールド.com」運営。各種SNS、メディアにてお粥レシピ/レポ/歴史/文化などを発信中。JAPAN MENSA会員。
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    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
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