水稲の「再生二期作」は“地球沸騰化”の攻めの解決策 「にじのきらめき」で極多収に成功

地球沸騰化……なんとも物騒に聞こえるが、これはアントニオ・グテーレス国連事務総長が2023年7月28日、世界気象機関(WMO)の報告発表に際して発した言葉だ。地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰化の時代が到来した、と述べた。事実、2023年の夏は世界的に異常な暑さに見舞われた。

今夏の猛暑は、日本の米生産に大きな影響を与えた。夏場の高温が続いたことが原因となり、米の白濁(シラタ)が全国各地で発生。また、2018年には出穂・開花期の高温により、通常より高い割合で不稔が発生した。登熟期の高温に弱い品種と言えば、日本中で愛されている「コシヒカリ」だが、今年も多くが高温障害の被害を受けた。

この地球温暖化を逆手に取った攻めの解決策を、農研機構の研究チームが発表した。それが「にじのきらめき」の再生二期作。研究者チームは2021年2022年の栽培試験の平均で、一般的な反収(482kg/10a)のおよそ2倍にあたる、950kg/10aを達成したという。

農研機構が研究を続けている再生二期作について、ご紹介していこう。


「再生二期作」は地球温暖化解決策のひとつになる?


地球温暖化への対策として最も有望なのは品種改良だ。夏の暑さに強い品種を作付することで、収量や品質を確保できる。

そこで農研機構は「にじのきらめき」を開発した。高温耐性に優れた「なつほのか」(「西南136号」)を母、極良食味の「北陸223号」を父とした交配から育成した品種で、2018年に品種登録出願された。

「にじのきらめき」は「コシヒカリ」よりも約15%多収であり、高温条件でも品質は良好で食味に優れ、しかも大粒だ。登場時から業務用米としての利用が期待されているが、一般消費者に向けて直販する農業生産者も出てきており、全国的に定着しつつある。

「にじのきらめき」を開発した農研機構は、稈長が短いため湛水直播栽培に適性がある、と説明している。過去にSMART AGRIで紹介したように、新潟県新発田市のアシスト二十一では、オプティムと協力して、自動飛行ドローンによる「にじのきらめき」の打込条播に挑戦している。技術的に確立できれば、多収米を効率的に栽培できるようになる。

ドローン自動飛行&播種で打込条播! アシスト二十一&オプティムが挑む新栽培技術の現状

だが、「にじのきらめき」は多収ではあるが、当然のことながら「コシヒカリ」よりも単価は低い。農業生産者の立場としては、収入を考慮すると、容易に品種を変えるのは難しい。温暖化対策は簡単ではないのだ。

図1 再生二期作

ところが2023年10月、農研機構が注目すべき技術を発表した。それが「にじのきらめき」の再生二期作だ。

再生二期作(図1)とは、収穫後の切株から発生するひこばえを栽培・収穫する二期作のこと。通常の二期作で必要とされる二期作目の育苗や移植が不要なので生産コストの削減が期待できるうえ、適切な管理を行うことで二期作目の収穫をプラス分として増収を見込むことができる。

農研機構九州沖縄農業研究センターは、水稲の再生二期作を継続して研究している。2020年には、2017年と2018年の栽培試験に基づく研究成果「温暖化条件下で威力を発揮する水稲の再生能力を活かした米の飛躍的多収生産技術」として、多収系統の再生二期作栽培により極めて高い収量が得られることを発表している。

今回発表した技術はその続編にあたる。前回の試験は特別に仕立てた多収品種で行われたが、今回の試験は主食用として開発され、広く販売されている「にじのきらめき」で行われ、社会実装に一歩近付いた印象を受ける。

研究担当者を務めたのは、農研機構九州沖縄農業研究センター 暖地水田輪作研究領域グループ長補佐の中野洋さん(現・中日本農業研究センター転換畑研究領域)。

「九州地域は、国内の他地域に比べて春や秋の気温が高く、水稲の生育可能な期間が長い、つまり早く移植して遅く収穫できる、という特徴があります。そのうえ地球温暖化の影響で春や秋の気温も上昇しており、今後さらに生育可能期間が長くなると予想されていますから、再生二期作が今以上に有効な栽培方法になる可能性があるのです」

今回の試験で使われた品種「にじのきらめき」は主に業務用米に用いられている。そこで特に求められるのは、低コスト生産。再生二期作はそれに資する技術として研究されている。


業務用米の「にじのきらめき」での極多収成功が意味するもの


図2 一期作目の収穫後の切株(左、8月中旬)と二期作目の登熟期(右、10月下旬)

試験は2021年と2022年、福岡県筑後市にある農研機構九州沖縄農業研究センターの試験ほ場で実施された。

中野さんは続けて教えてくれた。

「二つの要件について検討しました。一つは、一期作目の移植時期。4月植えと5月植えをしました。もう一つは、一期作目を収穫する際の刈り取り高さ。地際から40cmの高刈と20cmの低刈を比較しました。

4月植えでは、一期作目を8月上旬に収穫した後(図2)、二期作目を10月下旬に収穫しました(表1)。5月植えでは、一期作目を8月中旬に収穫した後(図2)、二期作目を11月下旬に収穫しました(表1)。

表1 一期作目と二期作目の出穂期と収穫期

図3 一期作目と二期作目の合計収量

その結果、一期作目と二期作目の合計収量は、4月植え(高刈と低刈の4月植えの平均、以下同様)が5月植え(高刈と低刈の5月植えの平均、以下同様)に比べて9%多くなりました(図3)。

また一期作目を高刈すると(4月植えと5月植えの高刈の平均、以下同様)、低刈した場合(4月植えと5月植えの低刈の平均、以下同様)に比べて4%多収になりました。

最も収量が多かったのは4月植え&高刈で、試験を行った2年の平均で944kg/10aの多収になりました。特に2021年は1016kg/10aの極多収を実現しています。

一期作目の収量だけを比較すると、4月植えと5月植えとの間に大差ありませんでしたが、二期作目の収量については、4月植えと5月植え、高刈と低刈で違いがみられました。

図4 移植時期が一期作目及び二期作目に及ぼす影響

4月植えの二期作目の収量は、5月植えより穂数が増加したため籾数も増えており、49%多くなりました。

4月植えでは籾に詰まり切らずに行き場を失ったデンプンや糖等が茎や葉に多く残り、単位面積当たりの切株のNSC(非構造性炭水化物:デンプンや糖等の栄養分)量やLAI(葉面積指数:緑葉の面積)が増加して穂数の増加に繋がったことが推察されました(図4)。

図5 一期作目の収穫時の刈り取り高さが二期作目に及ぼす影響

また一期作目を高刈した場合の二期作目の収量は、低刈に比べて穂数の増加を介して籾数が増加して15%多くなりました(図5)。そこで一期作目の切株のNSCやLAIを調べたところ、高刈ではNSC量やLAIが増加して穂数の増加に繋がったことが推察されました。

まとめますと、4月植えは5月植えに比べて、切株のNSC量やLAIが増加して、二期作目の穂数が増加したため多収になりました。一期作目の高刈は、低刈に比べて切株のNSC量やLAIが増加して二期作目の穂数が増加したため、多収になりました」

一期作目を4月植えして高刈りすることで、切株に二期作目で頑張るための力が最も多く残り、その結果として極多収(最大10aあたり1016kg)を実現したことがわかった。

福岡県の平均収量は10aあたり482kgであり、「にじのきらめき」の育成地の平均収量は標肥栽培で10aあたり719kg。「にじのきらめき」の再生二期作は、約1.5倍の収量をあげられる可能性がある。

「ご存じのとおり、日本の米消費量は年々減少しています。1人あたりの年間米消費量は、1962年の118.3kgをピークに低下し続けており、2020年には半分以下の50.8kgです。

一方で、米消費全体に占める外食と中食の割合は増加傾向にあります。外食と中食を合わせた消費量の割合は、1985年には全体の約15%程度でしたが、2016年には30%を超えており、2035年には40%にまで増加するという推計もあります。外食と中食による米消費は、今後も重要な位置付けになると思われます。

『にじのきらめき』は高温耐性を有しているからだけでなく、外食や中食に用いられる業務用米としての生産実績や、輸出用米としての生産期待といった視点からも再生二期作に最適な品種なのです」

図6 『にじのきらめき』の再生二期作に挑戦した研究チームメンバー(右端が中野さん)

育成方法・収穫方法には課題も


高温耐性を有した業務用米や輸出用米を極多収できる可能性を秘めていることは理解できたが、その普及には課題があると中野さんは言う。

その一つが、収穫に使用するコンバイン。再生二期作では、一期作目では地際から40cmで高刈し、二期作目では稈長の短い稲を収穫するため、稲などに特化した自脱型コンバインを使用できず、大豆やそばなどにも利用できる普通型(汎用型)コンバインを使用する必要がある。

普段から大豆を生産している農業生産者ならば問題ないだろうが、普通型コンバインを追加で購入するのはハードルが高い。

また、生育期間が延長されるため、1年を通じた用水の確保が必須となる。中野さんはある程度の団地化を推奨していた。多収となることから地力の低下が予想されるため、地力の維持も必要になるだろう。

現在のところ、今回試験を行った福岡県、春や秋の気温が大差ない関東以西の温暖な地域であれば、「にじのきらめき」の再生二期作は可能であるという。再生二期作が可能な地域は思いのほか広いのだ。

今後のさらなる検討の結果によっては、温暖化を逆手に取った再生二期作は、水稲経営の有力な解決策のひとつになると思われる。

参考のため中野さんが実施した施肥について記しておく。

・窒素:基肥10kg N/10a(移植日)と追肥13kg N/10a、合わせて23kg N/10a施用。追肥の施肥時期と量は、一期作目の出穂12~13日前、収穫8~11日前、収穫日、それと収穫30日後に3、4、4、2kg N/10a。通常栽培の約2~3倍に相当する。
・リン酸とカリウム:基肥と追肥を合わせて、それぞれ8kg P2O5/10aと8~12kg K2O/10a施用。


(研究成果)良食味多収水稲品種「にじのきらめき」を活用した 再生二期作による画期的多収生産の実現
https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/karc/159911.html


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  1. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  2. さとうまちこ
    さとうまちこ
    宮城県の南の方で小さな兼業農家をしています。りんご農家からお米と野菜を作る農家へ嫁いで30余年。これまで「お手伝い」気分での農業を義母の病気を機に有機農業に挑戦すべく一念発起!調理職に長く携わってきた経験と知識、薬膳アドバイザー・食育インストラクターの資格を活かして安心安全な食材を家族へ、そして消費者様に届けられるよう日々奮闘中です。
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    北島芙有子
    トマトが大好きなトマト農家。大学時代の農業アルバイトをきっかけに、非農家から新規就農しました。ハウス栽培の夏秋トマトをメインに、季節の野菜を栽培しています。最近はWeb関連の仕事も始め、半農半Xの生活。
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    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
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    柏木智帆
    米・食味鑑定士/お米ライター/ごはんソムリエ神奈川新聞の記者を経て、福島県の米農家と結婚。年間400種以上の米を試食しながら「お米の消費アップ」をライフワークに、執筆やイベント、講演活動など、お米の魅力を伝える活動を行っている。また、4歳の娘の食事やお弁当づくりを通して、食育にも目を向けている。プロフィール写真 ©杉山晃造
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