中山間地で使えるスマート農業技術とは──好評価は水管理の自動化とドローンの農薬散布

今回は中山間地の水田農業でスマート農業の技術がどれほど有用性と普及性を持っているかを取り上げたい。

自動で直進するトラクターや田植え機などは狭小な田畑で生かしきれるのか。さまざまな技術を試験する、長野県伊那市の農事組合法人・田原を訪ねた。


水管理費は4分の1、薬剤散布は6割減に

集落営農法人である田原のほか、長野県や伊那市、クボタなどで構成する信州伊那谷スマート農業実証コンソーシアムは2019年度、農林水産省スマート農業実証プロジェクト」で、中山間地でスマート農業技術を活用した水田農業の複合経営を実証する事業に採択された。

田原が耕作する田33.5haのうち2020年度まで実証試験をしているのは15ha。主な研究課題は次の7つである。

  1. 自動運転トラクターの無人機と有人機との隣接圃場での耕起
  2. 自動直進田植え機
  3. 自動給水栓による遠隔地からの水管理
  4. ドローンによる農薬や肥料の散布
  5. ドローンによる生育状況の空撮と画像解析
  6. ラジコン草刈り機による畦畔管理
  7. 収量コンバインと乾燥機との連動

以下、それぞれの技術を試用した田原の組合長・中村博さんの感想と意見をまとめていく。

長野県伊那市の農事組合法人・田原の組合長・中村さん
まずは最も効果があったという(3)、(4) について。これまで水管理は田原の構成員が稲作の時期になると、毎日2回すべての田を回って、水位の確認や水門の開閉をしてきた。

それを極力省くために今回試したのがクボタの自動給水栓「WATARAS」(わたらす)。スマートフォンで水位を設定すると、その水位を保つために自動でバルブを開閉する装置である。

田原ではそれまで田を回って水管理の請負人に10a当たり年間8000円を支払ってきた。「WATARAS」によってその回数を減らせたので、現在は2000円に減らした。ただし、生育管理だけは水管理の仕事から切り離し、田原でこなしている。

(4)については、ドローンで豆粒大の除草剤とカメムシの防除剤をまいたところ、「すごく楽」とのこと。従来の背負い式の動力散布機と比べて初年度は作業時間が6割減った。

中村さんは以上の2つの技術については手放しで褒めている。では、残りをみていこう。


自動運転トラクターの効果には疑問

(1)の自動運転トラクターについては、まずは今回試した技術の内容を押さえたい。

これは1枚の田畑で、人が乗る必要がある有人機と、乗る必要がない無人機を同時に走行させながら耕起する。無人機は枕地だけは作業できない仕組みになっている。このため有人機は枕地だけの耕起を終えると、隣の田に向かってそこで耕起する。

自動運転トラクター
試験した圃場は20a程度。オペレーター1人当たりの作業時間は1台で走行する場合と比べて4割減らすことができた。しかし、中村さんは費用対効果について疑問を感じている。田原が耕作する田のほとんどは1筆10aに満たないからだ。

「これくらいの面積だと効果があまり出てこないね」


自動直進でスリップ時の施肥量の狂いが改善

続いて、(2)の自動で直進する機能が付いた田植機について。

中村さんが従来の田植機で課題に感じてきたのは、機械がスリップした時に施肥量に狂いが生じることだ。それが今回の田植機には補正機能がついているので、「大幅に解消された」と実感。当然蛇行しないから、「苗が真っすぐに植えられ、収量が増えたのではないか」とみている。研究課題の成果やデータはコンソーシアムでとりまとめ中で、2020年度末に公開される予定である。

(5)については必要性を感じていない。というのも、田原が使う肥料は一発剤。つまり追肥をしないので、生育を把握することの意味が生じない。

(6)のラジコン草刈り機について、中村さんは条件付きで高い評価をしている。「夏の暑い最中の草刈りは本当にしんどい。それが軽トラの中でクーラーに当たりながら、遠隔操作するだけで済むのは、体が楽だよね」。作業時間は人が刈り払い機を使う場合と比べて38%減らせた。

ただし、田原の田の多くは畦が狭い。畦の場所によっては、ラジコン草刈り機の車体のほうが広いことがあり、畦から滑り落ちてしまった。そのたびに回収して、そこだけ刈り払い機で除草しなくてはいけなくなる。

(7)についてはまず、収量コンバインによって田ごとの食味や収量がわかるようになったのは「ありがたい」。田原が耕作する田は、大きく分けると4つの水系に沿って存在する。

収量コンバインと連動した乾燥機
今回の試験研究によって、水系ごとの品質の違いが明確になってきた。加えて収穫を終えた段階で田ごとの品質をデータで把握できるので、どの乾燥機に投入すれば品質が均一化できるかを判断する材料になったという。


普及の課題は「費用」と「言葉」

以上、中山間地における水田農業経営という視点からスマート農業の技術について総括してもらった。

もちろん中山間地といっても個々の経営が置かれた条件はさまざまで、あくまでも参考として受け止めるべきであるのは言うまでもない。とはいえ、中村さんの意見や感想は今後の開発に役立つところは少なくない。

もう一つ付け加えたいのは、スマート農業の費用である。特に(1)の自動運転トラクターと(7)の収量コンバインについては、「高額で、とても補助金なしでは入れられない」。高く評価した「WATARAS」にしても同様だ。

「うちの10a当たりのコメの売上はせいぜい15万円。『WATARAS』は初年度の導入費と運用費は30万円かかると聞いた。ちょっと高いよね。5〜6万円なら普及すると思うよ」。事業採択後にとあるメーカーが、「WATARAS」と「ほぼ同等の機能を持った」(中村さん)という水管理を自動化する機器を7万円弱で発売した。田原はこれを補助金なしで購入したという。

「使える」とはいうものの、メーカーの支援が手薄なこともあって、説明書を読んで自分で使い方を覚えなければならない。そのせいで困っていることがある。

「説明書を見ても、『アプリ』とか『ダウンロード』とか書かれているけど、高齢者にはよくわかんないんだよね。スマート農業はもっと言葉から簡単にして欲しいね」

言うまでもなく、中山間地は平場よりも高齢化が進んでいる。中村さんの指摘は、同様の環境に置かれた多くの水田農業経営体が抱いているのと同様の感想に違いない。


農事組合法人田原
https://tawara-ina.com/
農水省「スマート農業技術の開発・実証プロジェクト」|伊那市公式ホームページ
https://www.inacity.jp/shisei/inashiseisakusesaku/shinsangyougijutu/smartnougyou/20200811.html
WATARAS(ワタラス)とは|ほ場水管理システム WATARAS(ワタラス) https://agriculture.kubota.co.jp/product/kanren/wataras/howto.html
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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、九州某県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方で、韓国語を独学で習得する(韓国語能力試験6級取得)。2023年に独立し、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサル等を行う一方、自身も韓国農業資材を輸入するビジネスを準備中。HP:https://sinkankokunogyo.blog/
  4. 川島礼二郎
    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 堀口泰子
    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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