満足度の高い営農アプリとは何か──「AGRI Suite」が1000人に一度に導入される理由

産地の意向や実情に合わせて、営農や農産物の販売に必要なデータの蓄積や共有できる仕組みを提供する──。

株式会社AGRI SMILEがそんな目的を持ったプラットフォーム「AGRI Suite」(アグリ スイート)の運用を始めている。

注目したいのは産地での普及率だ。2月から運用を始める岡山県のJAではいきなり利用者が1000人に達するという。これだけ大勢がいっせいに使い始める理由に迫る。

AGRI SMILEの中道さん(左)と事業開発部の高橋さくらさん

栽培履歴や栽培方法の動画共有など、目的に応じたアプリを用意


アグリスマイルは2017年に京都大学農学研究科を卒業した中道貴也さんが2018年に起業した。農家の技術を次の世代につなげたいという思いで2019年から「AGRI Suite」を展開している。


主な顧客はJA。個別の実情に合わせて、主に次のようなアプリケーションを目的別に提供している。


一つは農薬の使用の管理である。JA管内の農家はグーグルマップ上で農地を登録し、それぞれで使用した農薬の種類や回数などのデータを入力する。一連のデータはJAの営農指導員や県の農業改良普及員が共有することで、農薬が適切に使用されているかどうかの確認や指導に活用できる。

また、産地で持っている技術や知見を共有するアプリでは、栽培の要点を伝える動画を制作して提供している。JAの営農指導員や県の農業改良普及員、篤農家が実践しながら撮影して、アグリスマイルが1分程度の動画にまとめる。このほか、環境データを把握できるアプリも用意する。


産地の生産者やJAと対話を重ねてとことん寄り添うサポート


さて、以上の内容だけなら、「これまでにも類似の製品はある」と思うかもしれない。違うのは、ここからだ。

「我々の特徴は“産地のことを深く理解していること”」。中道さんはこう強調する。一つ一つのアプリの設定を、産地の意向に合わせて変更しているのだ。

例えば農薬の使用を管理するアプリでは、県独自の基準を反映している。農家が入力するデータから基準に反する使い方をしていることを判別し、自動的に警告するようになっている。「単にデータが見られるようにするだけではなく、どう対処すべきかを示すのが大事」と中道さんは語る。

JAの営農指導員や県の農業改良普及員、篤農家とは定期的に会合を開き、アプリの中身について話し合っている。そこには製品に対する強い責任感と自負がある。

「アグリスマイルがどんな会社か、どんな思いで取り組んでいるのかは、プロダクトを見ていただけば伝わるはずです。プロダクトは嘘をつきませんから」

例えばあるJAとのプロジェクトで、農家100人に対し限定公開された栽培技術の要点を伝える動画。その再生回数は最初の月だけで5000回に達した。

提供元:アグリスマイル
提供元:アグリスマイル
「栽培技術を動画にまとめること自体は、10年以上前から行われてきました。後発であるアグリスマイルが産地から支持してもらえるのは、動画を作るだけでなくその運用まで、産地の生産者さんやJAさんと対話を重ねてサポートしているからです。導入して終わりではなく、産地でより多くの人に長く使われることにこそ価値があると考えています」

中道さんは、産地に選ばれる製品を提供できる要因を次のように考えている。

「農業界において求められるシステムの要件は複雑ですが、開発にかけられる費用には制約があります。現場の実務と栽培を理解し、それに合ったシステムを少数精鋭のエンジニアで開発・改善していく必要があります。各分野においてトップレベルの人材をそろえることが、産地のビジョンに寄り添ううえでの第一条件だと思っています」


「驚くほど安い」と評価された初期導入費


もう一つ挙げたい特徴として、初期導入費を低く設定していることがある。

「他社と比べて驚くほど安いと言われることもあります」と中道さん。廉価にしているのは「産地と長期的に付き合いたいから。代わりに普及に力を入れてもらいます」とのこと。2月から導入するJA晴れの国岡山では、いきなり1000人を超える農家とJA職員が利用を開始する。将来的には1万人の利用を予定している。

農業におけるデータ活用という観点ではさまざまな製品が世に送り出されてきた。ただ、その数に比して生産現場で積極的に利用されているという事例は少ないのではないだろうか。

要因の一つに、使い勝手への満足度の低さがあり、それは産地や農家の経営への理解の不十分さに起因しているというのはときどき聞く話である。そうした過去の反省をアグリスマイルは意識しているのだろう。

とはいえ、「AGRI Suite」を使っている産地にはまだ取材できていないため、現時点ではそれを評する段階にはない。いずれ利用者に感想を聞いてみたいと思っている。


株式会社 AGRI SMILE
https://agri-smile.com/
JA向けのDXソリューション「AGRI Suite」に、農薬使用履歴管理アプリケーション「KOYOMIRU(コヨミル)」を追加|アグリスマイルのプレスリリース
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000008.000039438.html
JA晴れの国岡山
https://www.ja-hareoka.or.jp/

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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、九州某県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方で、韓国語を独学で習得する(韓国語能力試験6級取得)。2023年に独立し、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサル等を行う一方、自身も韓国農業資材を輸入するビジネスを準備中。HP:https://sinkankokunogyo.blog/
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    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 堀口泰子
    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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