1年目からキュウリで反収40t超 新規就農者がベテランを追い抜ける理由
JAさが(佐賀)のみどり地区の施設胡瓜部会では、新顔が古株よりも高い収量を上げるという不思議な事態が起きている。
部会員52人のうち2020年産で高い反収をあげた上位6人に名を連ねるのは1人の篤農家と彼に研修を受けてきた人ばかり。彼らが独立1年目で上げる平均反収は40t以上と、全国平均の3倍近くに達する。
なぜ、新規就農者がこれほどの反収を上げることができるのか。これからの施設園芸の産地をつくる鍵を探る。
武雄市朝日町の水田の一角に軒が高い連棟式の園芸施設と集会所が建っている。施設の入り口に大きく書かれているのは「JAさが みどり地区 トレーニングファーム」の文字。ここはJAさががキュウリを作りたい人を育てる場所だ。
同JAは佐賀県の補助事業を受けて2017年度からイチゴとキュウリ、トマト、ホウレンソウの4品目をそれぞれ作りたいという人を県内外から研修生として毎年数組ずつ受け入れている。トレーニングファームは品目別に管内4カ所に用意し、2年間にわたって実技を中心に教える。
研修1年目は2年生に付き添いながら栽培の基礎を学んでもらう。2年目に入ると、1棟を借り切って自らが責任者となり、栽培に挑む。
ちなみに研修生に課している条件は「卒業後に同JA管内で就農すること」だ。そのための資金や農地の獲得については助言する。
その一つは、農林水産省が新規就農者を育成する目的で年間150万円を支給する事業「農業次世代人材投資資金」。トレーニングファームでの受け入れ年齢は同事業と同じく原則として50歳未満としている。
同JAみどり地区鹿島藤津営農経済センター園芸指導課の課長代理である北村隆志さんは、トレーニングファームを運営する目的について次のように説明する。
「就農したばかりの人が施設を建てて、経営するというのは壁が高い。補助金があるとはいえ、それなりの借金を背負うことになります。それを安定して返済するならば、安定した経営をしなくてはいけません。そのためには高度な技術が必要になる。それを身に着けてもらう場がトレーニングファームなんです」
キュウリについて「高度な技術」を教えるのは主に2人。1人は県の元職員で県農業改良普及センターで長年キュウリづくりの指導に当たり、いまは同JAきゅうりトレーニングファームの専任講師である西田昭義さん。もう1人はその西田さんが「先生」と呼ぶキュウリ農家の山口仁司さん。
この山口さんこそ高収量を上げてきたとして全国のキュウリ農家の間でよく知られる人物だ。
トレーニングファームの1期生の3人はすでに独立して1年目を終え、いずれも反収で40tを越えた。このほか研修2年目の1人が2020年産の抑制栽培で同JA管内のキュウリ農家の中では5位に食い込んだ。ちなみに6位に入ったのも研修2年目の別の人である。
独立1年生や研修生がこれだけの反収をあげられる理由を説くために、山口さんのキュウリづくりと環境制御技術の導入の経緯を押さえたい。本題と無関係でないからだ。
山口さんの実家は兼業農家。父は主業が大工で、副業が農業だった。山口さんが18歳で就農したのは1970年。翌年からキュウリを作り始めた。
その経歴の中で特筆すべきは、山口さんが1984年から環境制御技術を率先して試してきたことである。
今のように気温や湿度、日射などの環境データを計測するセンサーが存在しないといっていい時代に、二酸化炭素の発生装置や加温機などを導入してきた。それらを稼働させる時期や効果を見極めるにも、センサーがなく環境データを収集できなかったので、作物の反応を見ながら改善を繰り返した。
強調したいのは、環境制御技術を誰よりも早く試せた理由の一つに、山口さんが経営の実権を若いうちから握っていたということがある。
父親は主業が大工だったので、農業には「ほぼ口を出さなかった」(山口さん)。このため研究機関や普及指導機関、メーカーが新しい技術を次々に教えてくれた。
「経験と勘でやってきた親がいると、そのやり方に周囲は口を出しにくい。うちはそうじゃなかったのが良かった」
そう山口さんは振り返る。この点はトレーニングファームの研修生のほとんどが非農家出身で、キュウリづくりの固定観念にとらわれることなく独立することと重なる。
もちろん先端の技術を取り入れても失敗する人は少なくないのだが、山口さんは違った。既述した通り、一つ一つの技術の結果の検証と改善を繰り返した。余談ながら、この点は「今も環境制御技術を導入しただけで満足してしまい、高収量をあげられないでいる農家は少なくない」と手厳しい。
山口さんは環境制御技術をいち早く自らのものとしていったことで、誰よりも早く反収で20tや30tの壁を超えていった。さらに10年前にセンサーで環境データを取れるようになってからは「より緻密な管理ができるようになり」、40tを越すようになった。
施設でのキュウリづくりはこうした技術の積み重ねがあり、経験と勘ではなくデータに基づいた管理ができるようになった。しかも山口さんはそれを知りたい人には分け隔てなく教えている。だからこう言い切る。
「いまや取れて当たり前」。
山口さんが「取れて当たり前」というのは反収で30tを指す。すでにこの数字は全国平均の倍ほどの多さだが、研修生に限って言えば「この数字に満足しては駄目」。その理由については西田さんが代わって答えてくれた。
「うちで面倒をみている研修生は土地も家も機械も施設も金もない、ないないづくし。親の経営を受け継ぐ人とはスタートの時点で違うから、機械や施設をそろえるのに使った金を返済するため、既存の農家よりも余計に収量を上げないといけない。最低でも35tを目指せと指導しています」
西田さんによると、反収で35tを上げれば、売上は10a当たり1000万円になる。夫婦2人なら、少なくとも20aから始めるべきだと説いている。
だから山口さんも西田さんもトレーニングファームの研修生に卒業後に勧めるのは、家族経営ではなく雇用型経営。夫婦で20a以上ともなれば、人を雇わざるを得ない。
「それに雇用型経営にすれば、研修会に行けるじゃないですか。キュウリの作り方は今まで通りとはいかなくなっています。時代が変わる中、いままで以上に情報を持たんといけないから、研修会に参加することは大事になってきます」
次回の後編では山口さんの栽培技術にもう少し踏み込んでいきたい。これまでの栽培の経験をすべて注ぎ込んだ施設を独自に建てて、反収で48tまで来たという。
目指すは「60t」。その施設の仕組みを紹介する。
トレーニングファーム|新規就農支援|JAさがのご紹介|JAさが 佐賀県農業協同組合
https://jasaga.or.jp/introduction/shunou_support/training_farm/
部会員52人のうち2020年産で高い反収をあげた上位6人に名を連ねるのは1人の篤農家と彼に研修を受けてきた人ばかり。彼らが独立1年目で上げる平均反収は40t以上と、全国平均の3倍近くに達する。
なぜ、新規就農者がこれほどの反収を上げることができるのか。これからの施設園芸の産地をつくる鍵を探る。
新規就農者を育てるトレーニングファーム
武雄市朝日町の水田の一角に軒が高い連棟式の園芸施設と集会所が建っている。施設の入り口に大きく書かれているのは「JAさが みどり地区 トレーニングファーム」の文字。ここはJAさががキュウリを作りたい人を育てる場所だ。
同JAは佐賀県の補助事業を受けて2017年度からイチゴとキュウリ、トマト、ホウレンソウの4品目をそれぞれ作りたいという人を県内外から研修生として毎年数組ずつ受け入れている。トレーニングファームは品目別に管内4カ所に用意し、2年間にわたって実技を中心に教える。
研修1年目は2年生に付き添いながら栽培の基礎を学んでもらう。2年目に入ると、1棟を借り切って自らが責任者となり、栽培に挑む。
ちなみに研修生に課している条件は「卒業後に同JA管内で就農すること」だ。そのための資金や農地の獲得については助言する。
その一つは、農林水産省が新規就農者を育成する目的で年間150万円を支給する事業「農業次世代人材投資資金」。トレーニングファームでの受け入れ年齢は同事業と同じく原則として50歳未満としている。
就農後の経営安定のため高度な技術習得を
同JAみどり地区鹿島藤津営農経済センター園芸指導課の課長代理である北村隆志さんは、トレーニングファームを運営する目的について次のように説明する。
「就農したばかりの人が施設を建てて、経営するというのは壁が高い。補助金があるとはいえ、それなりの借金を背負うことになります。それを安定して返済するならば、安定した経営をしなくてはいけません。そのためには高度な技術が必要になる。それを身に着けてもらう場がトレーニングファームなんです」
キュウリについて「高度な技術」を教えるのは主に2人。1人は県の元職員で県農業改良普及センターで長年キュウリづくりの指導に当たり、いまは同JAきゅうりトレーニングファームの専任講師である西田昭義さん。もう1人はその西田さんが「先生」と呼ぶキュウリ農家の山口仁司さん。
この山口さんこそ高収量を上げてきたとして全国のキュウリ農家の間でよく知られる人物だ。
トレーニングファームの1期生の3人はすでに独立して1年目を終え、いずれも反収で40tを越えた。このほか研修2年目の1人が2020年産の抑制栽培で同JA管内のキュウリ農家の中では5位に食い込んだ。ちなみに6位に入ったのも研修2年目の別の人である。
独立1年生や研修生がこれだけの反収をあげられる理由を説くために、山口さんのキュウリづくりと環境制御技術の導入の経緯を押さえたい。本題と無関係でないからだ。
新規就農者が反収を上げられる理由
山口さんの実家は兼業農家。父は主業が大工で、副業が農業だった。山口さんが18歳で就農したのは1970年。翌年からキュウリを作り始めた。
その経歴の中で特筆すべきは、山口さんが1984年から環境制御技術を率先して試してきたことである。
今のように気温や湿度、日射などの環境データを計測するセンサーが存在しないといっていい時代に、二酸化炭素の発生装置や加温機などを導入してきた。それらを稼働させる時期や効果を見極めるにも、センサーがなく環境データを収集できなかったので、作物の反応を見ながら改善を繰り返した。
強調したいのは、環境制御技術を誰よりも早く試せた理由の一つに、山口さんが経営の実権を若いうちから握っていたということがある。
父親は主業が大工だったので、農業には「ほぼ口を出さなかった」(山口さん)。このため研究機関や普及指導機関、メーカーが新しい技術を次々に教えてくれた。
「経験と勘でやってきた親がいると、そのやり方に周囲は口を出しにくい。うちはそうじゃなかったのが良かった」
そう山口さんは振り返る。この点はトレーニングファームの研修生のほとんどが非農家出身で、キュウリづくりの固定観念にとらわれることなく独立することと重なる。
もちろん先端の技術を取り入れても失敗する人は少なくないのだが、山口さんは違った。既述した通り、一つ一つの技術の結果の検証と改善を繰り返した。余談ながら、この点は「今も環境制御技術を導入しただけで満足してしまい、高収量をあげられないでいる農家は少なくない」と手厳しい。
山口さんは環境制御技術をいち早く自らのものとしていったことで、誰よりも早く反収で20tや30tの壁を超えていった。さらに10年前にセンサーで環境データを取れるようになってからは「より緻密な管理ができるようになり」、40tを越すようになった。
施設でのキュウリづくりはこうした技術の積み重ねがあり、経験と勘ではなくデータに基づいた管理ができるようになった。しかも山口さんはそれを知りたい人には分け隔てなく教えている。だからこう言い切る。
「いまや取れて当たり前」。
新規就農者は反収35t以上を目指せ
山口さんが「取れて当たり前」というのは反収で30tを指す。すでにこの数字は全国平均の倍ほどの多さだが、研修生に限って言えば「この数字に満足しては駄目」。その理由については西田さんが代わって答えてくれた。
「うちで面倒をみている研修生は土地も家も機械も施設も金もない、ないないづくし。親の経営を受け継ぐ人とはスタートの時点で違うから、機械や施設をそろえるのに使った金を返済するため、既存の農家よりも余計に収量を上げないといけない。最低でも35tを目指せと指導しています」
西田さんによると、反収で35tを上げれば、売上は10a当たり1000万円になる。夫婦2人なら、少なくとも20aから始めるべきだと説いている。
勧めるのは家族経営ではなく雇用型経営
だから山口さんも西田さんもトレーニングファームの研修生に卒業後に勧めるのは、家族経営ではなく雇用型経営。夫婦で20a以上ともなれば、人を雇わざるを得ない。
「それに雇用型経営にすれば、研修会に行けるじゃないですか。キュウリの作り方は今まで通りとはいかなくなっています。時代が変わる中、いままで以上に情報を持たんといけないから、研修会に参加することは大事になってきます」
次回の後編では山口さんの栽培技術にもう少し踏み込んでいきたい。これまでの栽培の経験をすべて注ぎ込んだ施設を独自に建てて、反収で48tまで来たという。
目指すは「60t」。その施設の仕組みを紹介する。
トレーニングファーム|新規就農支援|JAさがのご紹介|JAさが 佐賀県農業協同組合
https://jasaga.or.jp/introduction/shunou_support/training_farm/
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