【スマート農業×鳥獣害対策】農家とメーカーが共同開発した遠隔操作可能な罠「ハンティングマスター」

野生鳥獣による農作物の被害額は、2017年度で約164億円。愛媛県の場合、被害額4億3360万円の56%はイノシシによるものだ。

作物別では、被害額の75%を占めるのが果樹で、柑橘の国内最大の産地だけに、柑橘類のイノシシによる食害の深刻さに頭を悩ませる。温州ミカンに加え、甘平(かんぺい)、不知火(しらぬい)、せとかといった高級な中晩柑(1~5月ごろに収穫される温州ミカン以外の柑橘)の食害も増えている。

中晩柑の食害で被害額増

県内自治体で被害額が3位なのが、南西部に位置する西予市だ。16年度の農作物の被害額は4186万5000円だった。イノシシによる柑橘類の食害が深刻な課題だ。柑橘の園地周辺では侵入防止柵の設置が進んでいるものの、急傾斜だったり段々畑が多いために、完璧な設置が難しい。しかも、イノシシは柵を押し倒したり、壊したりして侵入してしまう。

「イノシシは果実を食べるだけでなく、木にのしかかって枝を折ったり、石垣や斜面を崩したりします。柑橘は収穫時期に被害を受けるので、農家の対策が追い付かず、損失が大きい」

愛媛県八幡浜支局地域農業育成室西予農業指導班(取材時)の市川剛士さんはこう解説する。

西予市三瓶(みかめ)町蔵貫(くらぬき)地区で3ヘクタールの園地を経営する堀内和弘さん(42)は、被害にあった一人。「3年ほど前に、1つの園地をほとんど食べられて、収穫前のせとかが全部なくなった」と渋い顔で振り返る。収穫前に180本の木が植わっている園地を訪れ、生育が順調なのを確認。3日後に収穫用のコンテナを持って園地を訪れ、あまりの変わりように愕然とした。

「木の下の方になっていた実は、すべて食べられて、木の上の方しか残っていない。実に袋掛けしていたものも、すべて袋の上から噛まれていて、売り物にならなかった。収穫のため、コンテナを100箱以上持っていったのに、9箱分しかとれなかった」

3日の間にイノシシの群れが柑橘を食べ尽くしてしまったのだ。被害額は50万円はくだらないという。こうした被害は決して珍しいことではなく、何とか被害を食い止めたいと、西予市は12年に補助金を出し、一度に数頭捕まえられる大型の檻を設置した。

遠隔操作で群れを一網打尽に

それは、檻の内部にピアノ線などの糸を張り、獣が入り口から檻に入って糸にふれると、扉が上から滑り落ちてきて閉じ込めるというもの。当初は順調に捕獲できた。しかし、次第にイノシシの警戒心が強くなり、捕獲が困難に。そこで、14年から地元企業と協力してICTを使った捕獲罠の開発に乗り出した。

檻の中に糸を張る方式だと、糸が見え、警戒心を高めてしまう。そのため、14年に赤外線センサーで扉が作動するようにした。ただ、糸を使うにせよ、センサーを使うにせよ、群れが檻に入りきらないうちに作動してしまうという欠点があった。子育て中のイノシシは、メスがウリ坊(イノシシの子)3~6匹を連れている。警戒心の弱いウリ坊が檻の中に入って捕まっても、獲り漏らしたメスがまた子を産み、結局、頭数が増えてしまうことも珍しくない。

遠隔操作ができる5メートル四方の檻と左から市川剛士さん、堀内和弘さん、井上正直さん

そこで、ライブカメラを檻の中に設置し、群れが入りきったタイミングで遠隔操作で扉を閉め、群れを一網打尽にするシステムを作った。開発には、堀内さんや、狩猟免許を持つ井上正直(まさなお)さん(42)ら地元の若手農家もかかわった。

メーカーが試作機を作っては三瓶町に持ち込み、堀内さんや井上さんらが使いながら「こういう機能があった方がいい」と提案して改良を重ねた。こうしてできた遠隔監視による捕獲システムは、株式会社パルソフトウェアサービス(愛媛県松山市)が「ハンティングマスター」として製品化した。

檻の中に設置されたライブカメラ

三瓶町で稼働中の捕獲システムの仕組みはこうだ。檻の入り口に温度を感知するセンサーが、中にはライブカメラが取り付けられている。ソーラーパネルとバッテリーが近くに設置されていて、遠隔からの監視と操作が可能だ。温度センサーが獣を感知すると、スマートフォンやタブレットなどにメールが届く。専用のシステムにログインすれば、カメラの映像が確認でき、ボタン1つで檻の扉を閉めることができる。

イノシシの侵入を感知するとアラートが送られる

システムにログインすればカメラの映像を確認できる

仕事の都合に合わせて捕獲

農家は定期的に檻の中に米ぬかや廃棄する柑橘を入れ、イノシシを餌付けする。群れの中には警戒心の弱いものも強いものもいて、すぐに檻に入るものもいれば、なかなか入らないものも。群れの一部だけ入った状態で捕獲すると、獲り漏らした個体は檻に対する警戒感を強め、捕獲が難しくなる。そうならないよう、群れが檻に入りきったタイミングを見計らって、扉を閉める。

今は農家ら7人で捕獲のためのグループ「イノシシM・U・A組合」を作っていて、捕獲のボタンを押す役割は井上さんが担う。

「押すタイミングを自分たちの都合で決められるのがいい。(捕獲の仲間は)皆仕事をしていて、捕まえるのは基本的に夜なので、翌日の都合を考えて獲る日を決める」(井上さん)

捕獲後、獲物にとどめを刺す「止めさし」をする必要があるし、解体処分などに時間がかかるからだ。翌日の天気が雨で、農作業ができないとわかった日の夜などに、群れを一網打尽にする。

この方法で捕獲した頭数は15年度が27頭、16年度が18頭、17年度が27頭、18年度が17頭。群れが檻を訪れるようになってから、捕獲するまで1、2か月かかる。「時間がかかるけれども、一群れずつ確実に減らせる」と井上さん。

蔵貫地区では、ICTを使った罠に加え、箱罠(箱状の罠)、くくり罠(ワイヤーなどを使って獣の足をくくりつけて捕獲)などを数十カ所設置し、全体で年に100頭ほどを捕まえる。18年度は、見かけるイノシシの頭数が例年に比べ少なかった。さまざまな形態の罠を組み合わせた捕獲の成果が出ているのではないかということだ。

「檻を管理したり、捕獲をあきらめずに長期にわたって餌付けを続けたり……捕獲は時間がかかるので、いかに続けるかが課題」(井上さん)

頭数が減ってきたからと対策を怠れば、また被害が増えかねない。長期的に捕獲にかかわってくれる若い世代が増えることに、井上さんたちは期待している。

<参考URL>
愛媛県庁/鳥獣害防止対策について
ICT を活用した大型捕獲檻によるイノシシの捕獲実証(pdf)
大型捕獲檻と遠隔監視装置の捕獲実証(pdf)
株式会社パルソフトウェアサービス
ICTを利用した遠隔監視型捕獲システム「ハンティングマスター」
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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、九州某県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方で、韓国語を独学で習得する(韓国語能力試験6級取得)。2023年に独立し、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサル等を行う一方、自身も韓国農業資材を輸入するビジネスを準備中。HP:https://sinkankokunogyo.blog/
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    川島礼二郎
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    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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