「スマートアグリ・ソリューション」に見る大学のスマート農業研究

2018年7月11日から三日間に渡り、東京ビッグサイトでスマートアグリ・ソリューションが開催された。当日は数多くの企業がブースを出展していた中、大学もブースを出展し、最先端の研究の成果をアピールしていた。
果たして、アカデミックの世界ではどのようにしてスマート農業の実現に向けてアプローチを行っているのか。今回は、当日出展していた大学の最先端の動きをご紹介したい。


スマート農業人材を育成!千葉大学が取り組む「園芸産業創発学プログラム」

▲一際大きなブースを出展して多くの人で賑わう千葉大学

出展していた大学の中で、ひときわ大きなブースを出展していたのが千葉大学だ。農学部という名称は使わず、学部や研究科の名前に「園芸」という名称を使っている。当日ブースで対応してくれた方によれば「畜産などはなく、農作物や花きの生産に特化したプログラムを提供しているため」という。

実際、千葉大学はブースだけでなく、実際に取り組んでいるテーマも幅広い。その一つは、次世代の農業経営者の育成を目指す園芸産業創発学プログラムだ。2017年度から開始されたこのプログラムは、農作物の生産技術などを学びつつ、農業法人などへのインターンを通じて、経営戦略やグローバルへ進出するにはどうすれば良いかを学ぶことができる。

植物工場など園芸施設の大規模化、ITなどのテクノロジーの発達により農業を取り巻く環境は大きく変化している。経営母体も家族から企業へと大規模化している中、農業経営に求められる能力も変わりつつある。最先端の農業へキャッチアップするために、千葉大学は農業人材の育成に力を入れている。

大学の知を結集する信州大学の農業プログラム

▲さまざまな企業と多様な研究を進める信州大学

大学が持つリソースを有効に活用して、企業とのタイアップに成功しているのが長野県にある信州大学だ。農学部だけでなく、繊維学部や工学部など学際性に富む総合大学の特性を活かして、多様な研究を実現している。その中心的な役割を担うのが先進植物工場研究教育センター(SU-PLAF)で、産学連携を実現するハブになるべく、活動を行っている。

SU-PLAFは、共同研究を行うためのインキュベーション施設も用意。共同研究の実施が決まると、施設や大学教員との協業をすぐに開始することができる。また、総合大学だから持つ多様なバックグラウンドが企業のニーズに合わせた共同研究を可能にしている。

その一つが、株式会社クラレと進めている野菜や植物を育てる「土壌」の研究だ。従来の土ではなく、樹脂を土壌にして、衛生的な環境を用意している。これにより、高層マンションのような環境でも農作物を育てられるようになる。

また、LEDの利用も進められている。農作物の成長を促すために光の波長をどのようにコントロールすればいいかを研究しており、植物工場への適用が期待されている。色やスペクトルを変化させ、ベストな光源を探る研究を進めている。

植物工場をどのように実現するか

スマート農業を語る上で、植物工場の存在は欠かすことができない。そのため、出展している大学も、植物工場に関するものが多かった。

その一つが、大阪府立大学。大学内にある植物工場で生産したレタスを販売しているだけでなく、50社ほどの企業とコンソーシアムを組んで、植物工場の活用について議論を進めている。中には、一見すると農業や食品などと関係のない企業も含まれているが、それだけ多くの企業が植物工場の可能性に期待しているという。

▲大阪府立大学が生産するレタス

また、明治大学も神奈川県にある生田キャンパスで植物工場に関する研究を進めている。こちらも、レタスの栽培を行っており、コンビニで販売されるサンドイッチやサラダで使われているという。都心からのアクセスも良好で、今後さらに共同研究が進むことが期待される。

▲明治大学では共同研究企業の募集を行っている

大学から創出される多様なテーマに期待

このように、今回のスマートアグリソリューションでは、大学がその最先端の研究を披露する場にもなっており、ブースには多くの人々が来訪していた。

今回の取材を通じて明らかになったのは、大学のスマート農業の潮流には大きく分けて2つの流れがあるということだ。まず、一つは植物工場を一般的なものにするための研究だ。植物工場は、生育環境をコントロールすることで、生産される野菜の量や質の向上が求められている。しかし、それを実現する上で、まだまだ課題は多い。生育に適した光の照射であったり、温度や湿度をコントロールするための空調などで多額の電力を消費する。そのため、植物工場で生産される野菜はコストがかかり、販売価格が高騰してしまう。これを乗り切るために、より質の高い野菜を生産し野菜の高価格化戦略にかじを切るのか、電力の消費量を抑える新たな技術開発を進めるのか、大きなポイントになるだろう。

そして、もう一つは、植物工場以外の分野をより活発化させることだ。生産に必要な土壌や機器の技術革新はもちろん、それを適切なタイミングで投資することができる農業経営者の育成もキーポイントになる。新時代の農業を切り拓く有望な若者を育てるために、今後農業経営の考え方を大きく変えるカリキュラムが求められるはずだ。今回は千葉大学の取り組みを紹介しているが、同様の動きが日本の大学で次々と起こることを期待したい。

<参考URL>
スマートアグリ・ソリューション
千葉大学 園芸学部入試案内(園芸産業創発学プログラム)
信州大学繊維学部 先進植物工場研究教育センター
大阪府立大学 植物工場研究センター
明治大学 植物工場基盤技術研究センター
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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、福岡県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方、韓国語を独学で習得(韓国語能力試験6級)。退職後、2024年3月に玄海農財通商合同会社を設立し代表に就任、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサルティングや韓国農業資材の輸入販売を行っている。会社HP:https://genkai-nozai.com/home/個人のブログ:https://sinkankokunogyo.blog/
  4. 川島礼二郎
    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 堀口泰子
    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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