中国自体も混乱する、中国からの“種子送り付け”問題とは?

中国郵政とラベルに書かれた郵便物が突然届く。開封すると出てくるのは注文した覚えのない種。こんな奇妙な現象が、世界に広がっている。国内での報告も増え、農水省植物防疫所が注意を呼び掛ける事態になった。

ところで、混乱しているのは送り付けられた国ばかりではない。発送元とみられる中国でも混乱が生じている。

くしくも2020年は国連が病害虫の蔓延防止に定めた「国際植物防疫年」。種も含む植物の流通規制に決め手がないことが、図らずも明らかになった。


世界中に散らばった不審な種

農水省植物防疫課によれば、7月から頼んでいない種が届いたとの相談が寄せられるようになった。

透明なビニールの小袋に種が入った郵便物が、北海道から沖縄まで届いているという。品目は「リング」「ジュエリー」などと書かれている場合が多い。請求書が同封されていたケースは、8月5日時点でまだ報告されていないそうだ。種の種類はさまざまあり、少なくともネギ属と思われるものが含まれる。

植物防疫法により、種を含め植物は、植物防疫官の検査を受けなければ輸入できない。検査で合格になれば、合格のスタンプ(植物検査合格証印)が押される。


引用:郵便物:植物防疫所(https://www.maff.go.jp/pps/j/trip/yubin/yubin.html)
送り付けられてくるものにこのスタンプはない。つまり、違法である。植物防疫課は、届いた種を植えると侵入病害虫が蔓延する可能性があると注意喚起している。

種の送りつけは、日本より一足早く米国で騒ぎになった。英国、カナダでも不審な種が見つかり、3カ国でこれまでに数百人が種を受け取ったとされる。日本での受け取り人数はまだ集計されていないものの、少なくないという。


種の流通は規制しきれない

植物防疫法は、植物の輸入に検査が必須と定める。海外から日本に輸入する場合、発送元の国でまず検査をし、病害虫の影響がないという証明を出す。日本に届いた際に植物防疫官が再びチェックする。もし検査を経ない種が届いた場合、法律上は植物防疫所に届け出なければならない。

けれども、密輸は以前からあった。例えば大麻。自宅などで栽培し、大麻取締法違反で逮捕されるケースが後を絶たない。種は海外から入手する場合が多いようだ。

逆に日本からの持ち出しもある。中国のネット通販では「日本進口(日本から輸入)」「日本の」と書かれたものが売られている。正式な手続きを踏んで輸入した可能性もあるだろう。しかし、ものによっては日本での流通価格の数十倍もし、入手ルートは怪しい。しかも、とんでもない価格のものに限って、口コミ欄に「全然違うものが届いた。詐欺だ」という怒りの言葉が書いてあったりする。中国では種の品質を偽る詐欺が、オンラインでもオフラインでもあるのだ。

ネットには「日本で野菜の種を買って持って帰れるの? 」という質問も投稿されている。大量の回答が寄せられていて、「種は買える。でも持って帰ることはできない。原則は」というものが多い。日本の種の品質の良さは有名なので、購入して持ち帰る中国人はいるだろう。


国際植物防疫年に起きた珍事

国内に届いた不審な種(植物防疫所提供)
中国の農家の種苗に対する権利意識、つまりその品種を生み出した育種者の権利を守らなければならないという意識は低い。これは種苗法改正の緊急連載でも指摘した。苗すら中国に持ち込むくらいだから、持ち運びの便利な種となるとなおさらだろう。輸出にせよ、輸入にせよ、種の違法な流通は珍しくない。

今回のように品名をごまかせば、簡単に規制をくぐることができる。

世界の食料をみると、植物由来のものが80%以上を占め、その20~40%が病害虫の被害で失われるとされる。しかし、植物防疫の意識は、総じて低い。果物や野菜、穀物、種などを旅行者が悪気なく持ち込むこともあるし、違法と知りながら国境を越えさせることもあるだろう。

国連は病害虫の蔓延防止のために、防疫に対する世界的な認知を高めようと、2020年を「国際植物防疫年」と定めた。そのさなかに世界中に不審な種が広がったのは、皮肉なことだ。


中国人も戸惑い

今回の中国郵政のラベルが貼られた郵便物について、中国でも報じられている。

外交部の汪文斌報道官は7月28日の記者会見で「中国郵政と確認したところ、この郵便物の中国郵政のラベルは偽装で、ラベルの構成や情報欄などにさまざまな誤りがある」と発言した。「植物の種子は万国郵便連合の禁止や規制の対象であり、中国郵政は万国郵便連合のこの規定を厳格に執行し、種子類の送付と受け取りを厳しく禁じている」とも。

ニュースに対するネット上の反応はさまざまだ。最初に米国での送り付け被害が報じられたため、「アメリカの自作自演」という意見が少なくない。

これは通信機器大手のファーウェイや動画配信アプリTikTok(ティックトック)の運営会社といった中国資本の企業が米国で苦戦を強いられ、米中関係が険悪化するタイミングで種の送りつけが騒ぎになったからである。中国を貶める陰謀だと過剰反応したくなる気持ちも、わからなくはない。

一方、中国のオウンゴールではないかという見方もある。中国には通販で海外に商品を発送する事業者が無数にいて、そうした事業者が何らかの目的で送った可能性はある。ただ、ラベルが二重になっていて、上に貼られた中国郵政ラベルが偽物という報道もあるので、発送元が中国かどうかも疑義はある。

送りつけの狙いは不明ながらも、今のところ米国で言われる「ブラッシング詐欺」が有力だろう。米国農務省は8月4日の時点で「『ブラッシング詐欺』以上の何かだと示す証拠を、我々は現時点で持ち合わせていない」と表明している。

ブラッシング詐欺とは、ネット通販の出品者が、販売を有利にするために偽のレビューを書き込み、評価をつり上げるもの。一部の通販は、荷物の到着をもってレビューが書き込めるようになる。原価の安い種を送り付け、より高い商品のレビューを書き込むのではないか。

ともかく、不審な種が届いたら、参考リンクに挙げる植物防疫所まで相談して頂きたい。


海外から注文していない植物が郵送された場合は、植物防疫所にご相談ください|農林水産省
https://www.maff.go.jp/pps/j/information/200730.html
国際植物防疫年2020(International Year of Plant Health 2020:IYPH2020)
https://www.maff.go.jp/j/syouan/syokubo/keneki/iyph/iyph.html
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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、九州某県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方で、韓国語を独学で習得する(韓国語能力試験6級取得)。2023年に独立し、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサル等を行う一方、自身も韓国農業資材を輸入するビジネスを準備中。HP:https://sinkankokunogyo.blog/
  4. 川島礼二郎
    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 堀口泰子
    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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