歯止めが利かない日本種苗の海外流出の現実【種苗法改正を考える緊急連載 第3回】
本連載は議論の多い種苗法改正について、論点を整理するものだ。
本稿では、改正の原因のひとつとなっている「海外への種苗流出」の現状とそれを防ぐための方法について取り上げる。
第1回で改正で何が変わるのかを、第2回で改正がどう影響するかを紹介した。種苗法の基本的なところは第1回の記事で確認したうえで、本稿をお読み頂きたい。
電話口の向こうの空気が明らかにひりついているのを感じる。自分はどうやら、寝耳に水の情報を伝えてしまったようだ。
5月中旬、筆者はある県庁の農業担当者に、県で開発した品種の中国への流出の疑いについて問い合わせていた。
県が開発した品種が少なくとも二つ、中国で産地化されているらしいと気づいたからだ。細かな栽培方法や収量などの情報が中国のネット上に大量に出回っている。苗を売るサイトまである。
もし品種名が嘘でなければ、育成者のあずかり知らぬところで、産地が形成されているらしかった。
日本の品種改良のレベルは高い。筆者は2010~13年に中国・北京で暮らしたけれども、野菜や果物の食べやすさ、美味しさで、現地のものは日本産に遠く及ばなかった。
市場やスーパーで無骨な青果物を買っては、これが原種に近い味なのかなと思って調理していた。当時はただの文系の学生で、農業のニュースは追っていなかったけれども、時折聞く品種改良のニュースは収量改善を目的とするもの。収量が通常の何倍とか聞いて、味は二の次なのだろうなと思ったものだ。
今はというと、中国国内の通販サイトで、国産並みの食味の高い青果物やその加工品を買うことができる。
堂々と「日本新品種」という修飾語が冠してあったりする。「日本引進的新品種(日本で導入した新品種)」とか。その多くは、日本から勝手に持ち出されたもので、権利関係を全くクリアしていないはずだ。
品種の育成者が見たら発狂しそうになるだろう。筆者自身、中国の検索エンジン「百度(バイドゥ)」の画面を見て吐き気を催している。
中国の品種改良も、食味重視のものにシフトしている。品種の親をたどると日本の品種に行きつくものも少なくない。それでも、日本からの種苗の流出は続く。食味や栽培のしやすさで優れるのに加え、中国人の日本の品種に対する信奉は厚いからだ。
こと果樹に関しては、日本は意図しないうちに中国の産地振興にかなりの役割を果たしている。
「陽光玫瑰(バラ)」という中国名ですっかり定着したシャインマスカットはもちろん、産地化されたらしいものは青森県育成のリンゴの千雪(ちゆき)、愛媛県育成の柑橘、紅まどんななど、挙げればきりがない。
公的機関が関与して産地化した例も少なくないようで、厳重に抗議すべきだ。
苗を販売するホームセンターといった店舗で購入するケースもあれば、農家が増殖したものを持ち出すケースもある。農家が増殖したものを外国人に譲渡し流出させたのが、山形県の開発したサクランボの紅秀峰だ。現地で栽培したものを日本に逆輸入しようとして発覚し、裁判になった。
登録品種を自家増殖し、海外に持ち出すことは、種苗法が改正されていない現在も法律で禁じられている。ところが、商品として販売されている苗を海外に持ち出すことは、違法ではない。
つまり、登録品種のシャインマスカットを農家が自家増殖し、それを外国に持ち出したら違法。しかし、ホームセンターで売っている苗を買って持ち出すのは、違法ではない。
しかし、種苗法が改正されれば、育成者が栽培地域を特定の県に限定したり、日本国内に限定するといった利用条件を付し、違反があれば育成者権の侵害だと訴えることができる。加えて、農家の自家増殖は禁止される。
育成者の許諾のもとで増殖されるので、どこでどのように増殖されるかの実態が把握しやすくなるのだ。つまり、水際の流出阻止を強化できる。
なお、海外に流出する品種には、登録品種もあれば、品種登録をされていない研究段階の種苗もあるようだ。新たな品種を生み出す過程で生まれたもので、市場にデビューしていないにも関わらず、海外で産地を形成しているようなのだ。
外国人がそんな種苗を簡単に入手できるはずはない。つまり、国内に少なからぬブローカーがいることになる。
種苗法改正に反対する論者は、海外での品種登録を推し進めればいいと主張する。
「植物新品種の保護に関する国際条約(UPOV条約)」により、育成者権は国ごとに登録することになっている。だから、海外で品種登録されていないと、その国での育成者権を主張することができない。国内の少なからぬ育成者が、この国境の壁に泣かされてきた。
したがって、海外で品種登録をしようというのは、もっともな話だ。実際、国内の産地では花形の新品種を市場に出す前に、海外での登録手続きをとるようになってきたし、農水省も推進のための予算もつけている。
これはこれで、進める必要がある。だが一方で、水際対策も強化すべきだろう。
そもそも育成者は海外で品種登録ができるような体力のある人ばかりではない。また、いくら農水省が支援してくれるといっても、経費を全額出してくれるわけではない。登録の手続きには時間も手間もかかる。
中国で「日本新品種」として売られているものには、都道府県でも種苗会社の育成でもない、育種家の手になるものも含まれているのだ。流出の可能性があるすべての国で、あらゆる品種を登録するというのは無理な話だろう。
種苗の違法な流出は許しがたい。それを阻止するためには、一つの対策だけに頼らず、複数の対策を組み合わせる方が効果的だ。
国内育成品種の海外への流出状況について - 農林水産省[PDF]
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/tizai/brand/kentoukai/attach/pdf/3siryou-6.pdf
本稿では、改正の原因のひとつとなっている「海外への種苗流出」の現状とそれを防ぐための方法について取り上げる。
第1回で改正で何が変わるのかを、第2回で改正がどう影響するかを紹介した。種苗法の基本的なところは第1回の記事で確認したうえで、本稿をお読み頂きたい。
中国で勝手に進む、日本品種の産地形成
電話口の向こうの空気が明らかにひりついているのを感じる。自分はどうやら、寝耳に水の情報を伝えてしまったようだ。
5月中旬、筆者はある県庁の農業担当者に、県で開発した品種の中国への流出の疑いについて問い合わせていた。
県が開発した品種が少なくとも二つ、中国で産地化されているらしいと気づいたからだ。細かな栽培方法や収量などの情報が中国のネット上に大量に出回っている。苗を売るサイトまである。
もし品種名が嘘でなければ、育成者のあずかり知らぬところで、産地が形成されているらしかった。
日本の品種改良のレベルは高い。筆者は2010~13年に中国・北京で暮らしたけれども、野菜や果物の食べやすさ、美味しさで、現地のものは日本産に遠く及ばなかった。
市場やスーパーで無骨な青果物を買っては、これが原種に近い味なのかなと思って調理していた。当時はただの文系の学生で、農業のニュースは追っていなかったけれども、時折聞く品種改良のニュースは収量改善を目的とするもの。収量が通常の何倍とか聞いて、味は二の次なのだろうなと思ったものだ。
今はというと、中国国内の通販サイトで、国産並みの食味の高い青果物やその加工品を買うことができる。
堂々と「日本新品種」という修飾語が冠してあったりする。「日本引進的新品種(日本で導入した新品種)」とか。その多くは、日本から勝手に持ち出されたもので、権利関係を全くクリアしていないはずだ。
品種の育成者が見たら発狂しそうになるだろう。筆者自身、中国の検索エンジン「百度(バイドゥ)」の画面を見て吐き気を催している。
中国の品種改良も、食味重視のものにシフトしている。品種の親をたどると日本の品種に行きつくものも少なくない。それでも、日本からの種苗の流出は続く。食味や栽培のしやすさで優れるのに加え、中国人の日本の品種に対する信奉は厚いからだ。
こと果樹に関しては、日本は意図しないうちに中国の産地振興にかなりの役割を果たしている。
「陽光玫瑰(バラ)」という中国名ですっかり定着したシャインマスカットはもちろん、産地化されたらしいものは青森県育成のリンゴの千雪(ちゆき)、愛媛県育成の柑橘、紅まどんななど、挙げればきりがない。
公的機関が関与して産地化した例も少なくないようで、厳重に抗議すべきだ。
市販の購入苗の海外持ち出しは、現在は合法
種苗の流出には、さまざまな経路があるとみられる。苗を販売するホームセンターといった店舗で購入するケースもあれば、農家が増殖したものを持ち出すケースもある。農家が増殖したものを外国人に譲渡し流出させたのが、山形県の開発したサクランボの紅秀峰だ。現地で栽培したものを日本に逆輸入しようとして発覚し、裁判になった。
登録品種を自家増殖し、海外に持ち出すことは、種苗法が改正されていない現在も法律で禁じられている。ところが、商品として販売されている苗を海外に持ち出すことは、違法ではない。
つまり、登録品種のシャインマスカットを農家が自家増殖し、それを外国に持ち出したら違法。しかし、ホームセンターで売っている苗を買って持ち出すのは、違法ではない。
しかし、種苗法が改正されれば、育成者が栽培地域を特定の県に限定したり、日本国内に限定するといった利用条件を付し、違反があれば育成者権の侵害だと訴えることができる。加えて、農家の自家増殖は禁止される。
育成者の許諾のもとで増殖されるので、どこでどのように増殖されるかの実態が把握しやすくなるのだ。つまり、水際の流出阻止を強化できる。
なお、海外に流出する品種には、登録品種もあれば、品種登録をされていない研究段階の種苗もあるようだ。新たな品種を生み出す過程で生まれたもので、市場にデビューしていないにも関わらず、海外で産地を形成しているようなのだ。
外国人がそんな種苗を簡単に入手できるはずはない。つまり、国内に少なからぬブローカーがいることになる。
種苗法改正は流出抑止手段の一つにすぎない
種苗法改正に反対する論者は、海外での品種登録を推し進めればいいと主張する。
「植物新品種の保護に関する国際条約(UPOV条約)」により、育成者権は国ごとに登録することになっている。だから、海外で品種登録されていないと、その国での育成者権を主張することができない。国内の少なからぬ育成者が、この国境の壁に泣かされてきた。
したがって、海外で品種登録をしようというのは、もっともな話だ。実際、国内の産地では花形の新品種を市場に出す前に、海外での登録手続きをとるようになってきたし、農水省も推進のための予算もつけている。
これはこれで、進める必要がある。だが一方で、水際対策も強化すべきだろう。
そもそも育成者は海外で品種登録ができるような体力のある人ばかりではない。また、いくら農水省が支援してくれるといっても、経費を全額出してくれるわけではない。登録の手続きには時間も手間もかかる。
中国で「日本新品種」として売られているものには、都道府県でも種苗会社の育成でもない、育種家の手になるものも含まれているのだ。流出の可能性があるすべての国で、あらゆる品種を登録するというのは無理な話だろう。
種苗の違法な流出は許しがたい。それを阻止するためには、一つの対策だけに頼らず、複数の対策を組み合わせる方が効果的だ。
国内育成品種の海外への流出状況について - 農林水産省[PDF]
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/tizai/brand/kentoukai/attach/pdf/3siryou-6.pdf
【連載】種苗法改正を考える
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