なぜいま、農産物検査見直しは行われるのか? 【特集・農業の構造改革「農産物検査」の現状と未来 第1回】

長引くコロナ禍で外食などの業務用需要が落ち込むなか、2020年産米の持ち越し在庫が増え、出来秋を前に2021年産米の買取価格の行方が気にかかるが、もう一つ米に関して気にかかる動きがある。

それは「農産物(米)検査規格の見直し」に向けた動きである。

国際市場を見すえ、競争力のある「強い農業」を目指し、農業の構造改革=規制緩和が官邸主導で強力にすすめられるなか、長い歴史をもつ従来の農産物検査も改革を迫られている。

いま何が変わろうとしているのだろうか。農産物検査規格の現状と未来について4回に分けて展望する。

第1回の今回は、農産物検査の歴史と、いま見直しが行われている背景について解説する。




食糧管理法のもと、農産物検査が米の大量・広域流通を可能に


農産物検査はどのような背景でスタートし、どのような役割を果たしてきたのだろうか。

農産物検査の制度ができたのは、戦後の混乱期を抜け出し始めた1951年(昭和26年)。この時期は米が不足し(1967年まで)、国として増産を強力に奨励していた時期で、米価や米の流通は昭和17年に制定された食糧管理法のもと政府の管理下に置かれていた。

したがって、農産物(主に米などの穀物)の規格や検査は、「農産物の公正かつ円滑な取引とその品質の改善とを助長」(農産物検査法第1条)するための全国統一的な基準とされ、この規格に基づく等級格づけにより、主に玄米を精米にする際の歩留まりの目安とされてきた。

これによって、現物をいちいち確認することなく、産地と卸業者などの取引が円滑になされることとなり、米の大量・広域の流通が可能になった。また、この検査結果は、農家が翌年に向けて米の品質改善を図っていくための参考ともされてきたのである。

こうした政府による米の流通管理は、1995年(平成7年)、新食糧法施行による食糧管理法の廃止により、民間流通米(自主流通米)を主体とした流通管理の制度に変わる。これにより、政府管理米以外の自主流通米は「生産者→集荷業者(ほとんどが農協)→卸売業者→小売業者→消費者」というルートで流通し、価格決定に政府は直接かかわらず、自主流通米価格形成センターでの入札取引により決まる形になった。

さらに、2004年(平成16年)になると食糧法が大幅に改正され、従来は登録制だった米穀の販売が届出制になり、誰でも自由に米を販売、流通させることができるようになった。

その結果、検査を前提とした自主流通米の流通ルート以外にも多様な流通ルートが併存することになり、中食や外食が急成長する中で検査を経ない直接取引が次第に増えていくことになった(図:米の流通構造を参照)。平成30年産米でみると、従来の農産物検査を受けて流通する米は、生産量全体(732万7000t)の67%(493万2000t)にとどまっているのが現状である。

米の流通構造(農林水産省 農産物規格・検査の情勢より)

米の産地・品種・産年などのトレーサビリティを検査で担保


2021年現在、その農産物検査はどのように行われているのだろうか。

今回の見直しの対象は、米穀のうち「玄米及び精米」の検査であるが、検査の対象品目は米穀(もみ、玄米及び精米)のほか、麦(小麦、大麦及び裸麦)や大豆、小豆などの穀物も含まれる。

検査内容は品位等検査と成分検査の2種類。前者では、種類(農産物の種類、生産年等)や銘柄(産地、品種、銘柄等)、品位(等級)、量目、荷造り、包装が検査され、後者は米と小麦のみで、米ではたんぱく質とアミロースが、小麦ではタンパク質とでん粉が検査される(図:国内産米穀の検査手順、図:品位検査の基準を参照)。

国内産米穀の検査手順(農林水産省 農産物規格・検査の情勢より)
品位(等級)検査の基準(農林水産省 農産物規格・検査の情勢より)


この検査業務は、食糧管理法のもとで長い間、国(食糧庁・食糧管理事務所)の職員によって行われてきたが、2005年(平成17年)度中に完全に民営化され、おもに集荷業務を行う機関(JA、全集連など)が検査業務も一貫して行う例が多い。

2020年(令和2年)度末現在で、全国に1,739の登録検査機関があり、検査場所は1万4492カ所、検査員数は1万9403人となっている。内訳はJA系が73.5%とダントツで、全集連(全国主食集荷協同組合連合会)系が8.1%、そのほか卸・小売が8.7%などとなっている。

検査のうち、成分に関しては機械を使って分析され、数値として表されるが、品位等検査の品位(等級)に関しては、機械で測定する水分以外の項目の整粒や形質(未熟粒)、被害粒(死米、着色粒、異種穀粒、異物)については、検査員の目視によって行われている。

検査を経ると、その証明として出荷用の米袋に米の産地・品種・産年や品位(等級)の表示などができるとともに、卸や小売段階でも生鮮食品の義務表示制度に基づいて米袋に米の産地・品種・産年の表示ができることになる(図:農産物検査の検査証明の例を参照)。

逆にいうと、従来は検査を受けないと米の産地・品種・産年などの表示ができず、「未検査米、国内産」という表示しかできなかったのである(ただし、2021年3月の食品表示基準の一部改正により、同年7月1日から農産物検査を受けていない未検査米も、表示根拠となる資料の保管義務を条件に、米の産地・品種・産年の表示ができるようになった)。

農産物検査の検査証明の例(農林水産省 農産物規格・検査の情勢より)
米袋の表示例(新潟県さくらや農園提供)


多様な流通ルートや消費者ニーズによる検査の変化


こうした目視による検査(鑑定)に関しては、従来さまざまな問題点も指摘されてきた。それは、検査員の熟練度などによって検査結果にばらつきが出ること、また実需者から品質などの問い合わせに対してデータを示せないことなどである。

また、検査は米を収穫する秋の短期に集中するが、それに合わせて専門の検査人員(農産物検査員)を確保する必要がある。検査員になるためには、農協や米穀の取引に関わる会社(卸・小売店など)に所属し、農産物検査における1年以上の実務経験があり、また都道府県で行われる研修を受講して筆記と実技の試験に合格しなければならない。登録検査機関にとってはこの人員確保が大変で、また生産者にとっては検査場所まで米を運ぶ手間がかかるほかに検査コストもかかることなどが問題点として指摘されてきた。

一方で、中食・外食業界の成長により、実需者と農業法人などとの間で、独自基準(規格)による直接取引が増えてきているのが現状である。実需者と直接取引を行う多くの農業法人が会員となっている公益社団法人日本農業法人協会では、会員からの要望として、「農産物(米)規格・検査に関する意見」(2020年1月)を発表するなど、多様化する流通ルートや消費者ニーズに即した合理的な検査(機械鑑定)を求める声が盛り上がってきている。


規制改革の課題となった「農産物検査規格の見直し」


こうした声を反映させる形で、「農産物規格・検査の見直し」が正式に政策課題として取り上げられたのは5年前、2016年(平成28年)9月に発足した規制改革推進会議においてであった。

この内閣総理大臣の諮問機関は、競争の原理(市場の原理)で経済活動の活発化=経済成長を成し遂げることを目的に、競争を妨げるさまざまな公的規制のあり方を調査・審議し、必要な規制緩和策を提言する。この会議の場で、「農産物規格・検査の見直し」が農業の構造改革を推進する主要課題の一つとされたのである。

これを受けて、同年11月に政府の「農林水産業・地域の活力創造本部」で「農業競争力強化プログラム」を策定。生産資材価格の引下げをはじめ13項目の取り組み目標の中に、「農産物の流通・加工構造の改革」の一環として、「農産物の規格(従来の出荷規格、農産物検査法の規格等)についてそれぞれの流通ルートや消費者ニーズに即した合理的なものに見直す」ことがうたわれ、農林水産業の政策改革のグランドデザインとされる「農林水産業・地域の活力創造プラン」(2013年12月決定)の中にも位置づけられることになった。


目視鑑定から機械鑑定に向けた規格の策定へ


翌年の2017年(平成29年)には農業競争力強化支援法が成立(同年8月施行)。これを受けて、2020年(令和2年)7月に閣議決定された「規制改革実施計画」の中で、農林水産分野の計画の一つとして「農産物検査規格の見直し」が位置づけられた。

本計画では、「検査規格の総点検と見直し」とともに、「農産物検査を要件とする補助金・食品表示制度の見直し」もあわせて行うこととされる。

こうした動きの中、農林水産省では2020年(令和2年)9月に「農産物検査規格・米穀の取引に関する検討会」を設置し、2021年(令和3年)4月まで関係者による8回の検討会を開催。そして、令和3年2月に行われた6回目の検討会の中で、「機械鑑定を前提とした農産物検査規格の策定」を行うとの結論が示された。これに基づいて、「機械鑑定に係る技術検討チーム」が設置され、機械鑑定のための規格策定に向けて、2021年(令和3年)内にその技術的事項について検討・整理をすすめることになっている。

米の精米・卸売を行う福岡農産株式会社で品質管理に活用する穀粒判別器(撮影:窪田新之助)
第2回は、「農産物検査はズバリこう変わる!」と題して、その見直しの内容について詳しく見ていきたい。

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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、福岡県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方、韓国語を独学で習得(韓国語能力試験6級)。退職後、2024年3月に玄海農財通商合同会社を設立し代表に就任、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサルティングや韓国農業資材の輸入販売を行っている。会社HP:https://genkai-nozai.com/home/個人のブログ:https://sinkankokunogyo.blog/
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    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 堀口泰子
    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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