お互いの立場を入れ替えた際にやりたいこととは?【特別対談・菅谷俊二氏×奥原正明氏(4)】

2019年5月に株式会社オプティムのエグゼクティブアドバイザーに就任した奥原正明氏と、株式会社オプティムの菅谷俊二社長との対談企画。

第4回は、ITベンチャーの社長、農水省事務次官という立場をもし入れ替えられたらとしたら何がしたいか……という夢を語っていただいた。


奥原:日本企業による「流通改革」をしたい

編集部:ここから少し趣向の違う質問なのですが、例えばおふたりの立場が逆になったとして、奥原さんが経営者になった時にやりたいこと、菅谷さんが事務次官として農政改革担当になった時にやりたいことはどんなことでしょうか?

奥原:行政は法制度のような仕組みを作ったり、方向性を示したりすることはできますが、業界構造や業界そのものを変えることはできません。それは民間企業自身がやらなければできないことです。

そういう意味でいえば、農業を発展させるためにも、「流通改革」が重要なテーマだと思います。

農産物だけではなく加工食品・生活物資も含めて、現在の流通構造では、生産者は買い叩かれてしまっています。利益率も欧米に比べて半分くらいです。中間流通という問題もあるし、スーパーの過当競争という問題もあります。

やはり、再生産が確保でき、次に向けた投資財源も確保できる、きちんとした値段で売れる体制を作っておかないと、農業も食品産業も生活物資のメーカーも発展しません。スマート農業の色々な利用料などを払う体力も残らなくなってしまいますからね。日本経済の発展のためには、流通の改革は本気でやらないといけないと思っています。

ITが普及すれば生産者から実需者への直接の流通は容易になるわけで、流通業界は大きな変革期を迎えています。IT・AIを最大限活用した効率的で安定した新しいビジネスモデルを作っていけなければ、日本の流通業界は、本当にAmazonとアリババに席巻されてしまうかもしれない。

菅谷:Amazonの席巻は如実な話ですね。

奥原:効率的で安定した流通構造が実現できれば、農業者も食品メーカーも経営体力が向上し、海外でも勝負できるようになります。輸出を考えれば生鮮品もありますが、保存がきく加工食品が重要です。この観点でいえば、食品メーカーがもっと合併をやりやすくしていくことも必要で、そうでないと世界で通用する食品企業にはなれないと思います。

編集部:ただ、流通というのは非常に薄利なビジネスですよね。そこには、消費者側の「安く買いたい」という圧と、生産者側の「高く買ってほしい」という圧の両方があると思うのですが。

奥原:薄利でやる必要はないんですよ。中間流通でかかっている無駄なコストを排除して、生産者から実需者・消費者に直接流通させるだけで、生産者にも消費者にもメリットが生まれる状態になるんです。そこをもっと真面目に考えないといけません。

物流コストが高くなってきているので、共同配送をするなどの動きが出てきていますが、物流も商流ももっと徹底的に合理化しないと日本経済はよくなりません。


菅谷:でも、どうすればいいんでしょうか? スーパーとしても価格を下げて売りたいという消費者からの圧力もあり、みんなでデスマーチをしてそのために買い叩いている。結局市場原理で、スーパー側も競争させられているので、顧客獲得のために1円でも安く売りたいわけですよね……。

奥原:1円でも安く売りたいのは、競合する会社・店舗がたくさんあるからなんですよね。日本のスーパーの場合、大手スーパー3社でもシェアが3割もないくらいです。一方、ヨーロッパでは大手スーパー3社で7割のシェアがある。寡占状態に近いことの弊害もありますが、強烈に買い叩かれるような状態にもなりません。そういう体制は作らないといけないんです。

菅谷:そうでなければ当然、デフレに向かっていきますよね。他の産業も同じで、結局ユーザー側は究極的には0円がいいわけですから。

奥原:現に、食品業界はデフレ状態が継続していますよね。消費者の希望に無限に答えていたら、みんなジリ貧になるだけです。安定した生産ができなくなれば消費者も困ります。

Amazonやアリババは、IT関係の投資に相当な額をつぎ込んでいて、ビッグデータもつかんで一番効率的なやり方を模索構築している。日本のスーパーがこれに負けないシステムを早急に作り上げなければいけないんです。時間との戦いですが、日本の流通業界はまだ戦い始めているという感じがしません。

菅谷:Amazonも結局、仕入れ側を叩いているんですよね。市場機能としてもっと本質的な議論なのかもしれないですね。

奥原:生産者が必要なことは間違いないのですが、流通中間業者はどうあるべきなのかという議論が、もう少しあって然るべきです。

生産者にいいものを継続的に作ってもらえなかったら供給できなくなるわけですから。その生産体制を維持しながら、モノを安定的に消費者のところに届ける最適な仕掛けをどうするか、これが課題です。

菅谷:農業の「サービス化」「アウトソーシング化」を進めたい

奥原:今度は、菅谷さんが事務次官になったとしたら何をしたいですか?

菅谷:「サービス化」を日本の農業は進めた方がいいと思います。そうした場合、農作業のサービスに向こう2年だけ補助金を付けることができれば、一気に「アウトソーシング化」が進むんじゃないかと。農薬散布にしても、ハードウェアを買うことに補助金をつけるのではなく、農薬散布サービスを生産者が使うことに対して補助をしてはどうかと。

奥原:その場合、補助金はどこにつけるのですか?

菅谷:生産者に。アウトソースを依頼する方に補助金をつけるわけです。ドローンを使った農薬散布などを行っているような会社が、一気に大きくなるはずなんですよ。そうすると分業は一気に進むようになる。

例えば、農業トラクターのシェアサービスに2年間補助金をつけるとします。すると、生産者がどこからシェアするかを選ぶ。みんないっせいに競争をさせるわけです。


奥原:2年でやめられなくなりそうですね……。

菅谷:でもそこは、2年で切らないとダメですね。本来補助金をいただくからには、納税しないといけない。国から見たら投資なわけですから何倍にもして返さないと。

奥原:補助金以外の別のやり方はないかな。政治の面から行くと一度つけた補助金はどんどん金額を大きくしていくという発想だから、絶対にやめませんからね。

スマート農業については、いろいろな機械メーカーが開発に取り組んでいますが、データの互換性がないなどの問題があります。どこかで規格を作って統一してまとめて使えるようにしていかないと、メリットが出てこない。

菅谷:なので、「スマート農業プロフェッショナルサービス」という新しいサービスの提供を始めました。生産者からみるとワンストップでいろいろなメーカの機器のデータが見られて、ワンストップで購入できるというサービスです。

奥原:それは面白いですね。シェアリングの元をやる会社を作って、金融機関と連携して機械などを調達し、生産者から利用料をいただく、というやり方が定着すればモノになりますね。


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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、福岡県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方、韓国語を独学で習得(韓国語能力試験6級)。退職後、2024年3月に玄海農財通商合同会社を設立し代表に就任、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサルティングや韓国農業資材の輸入販売を行っている。会社HP:https://genkai-nozai.com/home/個人のブログ:https://sinkankokunogyo.blog/
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    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 堀口泰子
    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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