コロナ禍でも地域住民と密な関係構築を──農家発の情報発信の取り組み事例

コロナ禍により、農家が消費者とリアルで触れ合う機会が制限されがちだ。そんな中でもつながりを保ちたいと、情報発信に踏み切る農業者団体がある。

地元住民とのつながりの再構築を目指す野心的な事例を、愛媛県と宮崎県から紹介したい。

若手農家が独自メディアを創刊


大洲市青年農業者協議会の村上隆志さんと「アグルビト」のロゴデザイン。大洲市のシンボルマークである蛇の目に、麦わら帽子をかぶせている
「農家の仕事といっても、だだっ広い農地の中の真ん中の方でポツンと作業をしよるので、外から見ても、何をしよるか伝わりづらい。具体的に僕らがどういう仕事をしよるんか、子どもたちにも知ってもらいたいと、小学校での食育や、親子を招いての稲作体験なんかをずっと続けてきよったんです。コロナでそういう活動が一切できんなったので、創刊した『アグルビト』で農家を何人かずつピックアップして、レンコン農家ならこういう仕事、トマト農家ならこういう仕事というのを、リアルに伝えられたら」

こう話すのは、愛媛県大洲市の農家、村上隆志(むらかみたかし)さん(39)だ。20代と30代の若手農家16人で作る市青年農業者協議会の会長を務める。

同会は2020年12月、独自のメディア「アグルビト(AGURUBITO)」を立ち上げた。冊子に加え、Facebook、InstagramといったSNSで、農産物の生産過程や生産者を紹介し「野菜を買うときに作った人の顔が浮かぶ状態」を目指す。

きっかけは、対面での活動が制限されるようになり、会員から消費者が生産物をどう食べるかの参考に、農家のレシピを作って配ってはという提案があったことだ 。レシピだけより、農家が何をしているかまで伝える方がよいとアイデアを膨らませ、独自メディアの立ち上げにこぎ着けた。

アグルビト創刊号
「アグルビト」は農業をしている人の意味で、人にフォーカスしようと名付けた。創刊号は大洲市の農業の特徴と同会の活動を紹介し、16人の会員の自己紹介を写真入りで掲載する。品目は水稲からトマト、レンコン、キウイフルーツ、柑橘、肉牛、酪農、養蚕……と、挙げるとキリがないほどバリエーション豊かだ。

年に2、3回発行し、次号以降は会員のうち3人ほどを取り上げ、農作業や日々の暮らし、農産物を購入できる場所などを詳しく紹介していく。SNSは、農作業の様子などを随時アップする。

創刊号は市内の直売所「愛たい菜(あいたいな)」で配布したほか、市役所や店舗などで自由に手にとれるようにした。近所の人や知人から「見たよ」「友達に創刊を知らせるね」と声をかけられたと村上さんは話す。

村上さんは、松山市の非農家出身で、親戚の農業を継ぐ形で7年前に就農した。キュウリとトマトを中心にキャベツ、とうもろこし、ほうれんそうなどを作る。

「祖父母は中山間地で水稲農家をしていて、両親は継がずに松山に出て、僕も農業と関係ない仕事をしよったんです。農家というのは、儲ける、儲けないという一般的な尺度でいったら、切り捨てられていく仕事だと正直思うのでね。アグルビトが『農業で儲ける人は儲けとるよ』と知ってもらうきっかけになったら」


子どもたち、農高生、市出身者までアピール


大洲市には農業高校もあるけれども、農高生であっても農業をしたい人は少ない印象だという。

「『僕は家が農家で、こういう作物を作りたいんです』という子は、ほぼおりません。パティシエになりたいとか、食に関する仕事に就きたいというビジョンを持っとる子はおるので、そういう子たちにちょっとでも農業をアピールできたらなと。畑の中まで入ってのぞいてみようというのは、なかなか難しいけど、ネットにも動画や写真を載せて、こういうことをしよると伝えられたらうれしいですね」(村上さん)

同会事務局で、地元のデザイナーと組みつつ、アグルビトの制作、運営を担うのが、大洲市農林水産課の久世雄也(くせゆうや)さん(34)だ。

「青年農業者協議会に入ってくる人も増やしたいし、農業に興味を持って、担い手になる人も増やしたいですね。しんどいとか、きついとかだけじゃなく、農業にこういうやりがいがあるとお伝えし、新規就農を目指す人が出てきたらと期待しています」

こう意気込みを語る。情報を届ける対象を市内だけに留めず、同市出身者まで広げるつもりだ。

「市内の人たちは、生産者によっては掲載された野菜を地元で買うこともできるのですが、市外の人だとなかなかそうはいきません。アグルビトの発展的な事業として、ふるさと納税で2カ月に一度くらい、会員たちの生産物をまとめた定期便みたいなものを届けたいと、手続きを進めています」

2020年度内には、ふるさと納税の返礼品として市のホームページに掲載したいという。

認定農業者連絡協議会の呼びかけで広報に農業コーナー


町の広報誌のリニューアルに伴い、農業を取り上げるコーナーを2020年4月に作ったのが宮崎県新富町だ。認定農業者の一部で作る新富町認定農業者連絡協議会の要望がもとになった。

同会会長でキュウリ農家の猪俣太一(いのまたたいち)さん(33)は、コーナー創設のきっかけはコロナ禍だったと語る。

新富町認定農業者連絡協議会会長の猪俣太一さん。同会の平均年齢は60代。最若手の猪俣さんの挑戦を、他の会員も後押ししてくれているそうだ
「協議会として、普通だったら県外へ研修に行くといった活動をしているんですけど、コロナでできなくなってしまったんです。新富町は農業の町と言われていますが、親がサラリーマンなどをしている家庭のお子さんだと、農業と接することがほとんどありません。新富町の農業を、町内に住んでいる方や町内のお子さんにアピールしたいと思って、始めたんです」

広報誌「広報しんとみ」に掲載のコーナー名は「レッツ農業!! 」。猪俣さんと、新富町総務課に所属する地域おこし協力隊の二川智南美(ふたがわちなみ)さん(29)が対象を選び、二人三脚で取材する。

広報しんとみの「レッツ農業!! 」
毎月、異なる品目を取り上げ、これまでにイチゴ、キュウリ、マンゴー、コチョウラン、トマト、酪農などを紹介してきた。「キュウリの道も一歩から」「謎解きはトマトができたあとで」といった、二川さんの考える、ひねりの効いたキャッチコピーが添えられている。

「小さい枠ながら、二川さんが上手に文章をまとめてくれています。彼女だけだとなかなか掘り下げられないような部分も、農家である僕が一緒に行くことで、いいバランスで話を聞けています」(猪俣さん)


「身近なところへのアピール大切に」


もともと東京の編集プロダクションに勤めていた二川さんは、コーナーの取材を始めるまで農業と無縁だった。そのため「素人目線から、農業の楽しいところと大変なところを両方盛り込むようにしています」と話す。

農家にとっての当たり前が、素人的にはどうかと考え、記事にする。

「取材で話を聞いて、農家ってすごいんだなと感じました。農業にこんな面白さがあると、伝わるといいなと思っています」(二川さん)

新富町は農業分野でそれなりに知られており、地域商社の「こゆ財団」の活動がしばしばメディアに掲載される。猪俣さん自身も、スマート農業を導入し、国のスマート農業実証プロジェクトの対象でもあることから、メディアに紹介され、外部からの視察も受け入れてきた。外への情報発信に力を入れているかと思いきや、内側、つまり町内への発信をそれ以上に重視しているという。

「いくら全国に発信しても、町民に知ってもらえないと悲しいですし、身近なところへのアピールは大切にしたいですね」(猪俣さん)

コロナ禍をきっかけに、愛媛と宮崎で農家の声から始まった情報発信。二地域に共通する高齢化、若い担い手の不足といった課題は、他地域でもいえることだ。

若手の柔軟な発想で生まれた、消費者との関係を編み直す活動の今後に期待しつつ、同様の組織をもつ他地域でも、こうした動きが生まれてほしいと願う。


大洲市青年農業者協議会について - 大洲市ホームページ(大洲市HP、アグルビト創刊号を掲載)
https://www.city.ozu.ehime.jp/soshiki/nourin/40440.html
アグルビトFacebook
https://www.facebook.com/%E3%82%A2%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%93%E3%83%88-104301918134697/
アグルビトInstagram
https://www.instagram.com/agurubito/
令和2年度 広報しんとみ/新富町
https://www.town.shintomi.lg.jp/4077.htm
新富町の農業/新富町
https://www.town.shintomi.lg.jp/3408.htm

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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、九州某県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方で、韓国語を独学で習得する(韓国語能力試験6級取得)。2023年に独立し、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサル等を行う一方、自身も韓国農業資材を輸入するビジネスを準備中。HP:https://sinkankokunogyo.blog/
  4. 川島礼二郎
    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 堀口泰子
    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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