IPM防除(総合的病害虫・雑草管理)とは? 農薬だけに頼らない最新取り組み事例

環境にやさしい防除技術として注目されているIPM防除。言葉だけ見ると難しいイメージを抱く方も多いかもしれませんが、実は昔から農業で実践されてきた技術も多く含まれています。

本記事では、IPM防除を行う上で知っておきたい基本的な考え方や防除技術、実践するメリット、農業現場での取り組み事例を紹介します。

IPM防除とは


IPM防除は、「総合的病害虫・雑草管理(Integrated Pest Management)」と言って、農薬だけに頼らずさまざまな防除のための技術を組み合わせて行う管理方法のことを言います。

1960年代にアメリカで行われていたワタ栽培で、農薬を大量に使用していたことによる薬剤抵抗性が発達したことをきっかけに、国際連合食糧農業機関(FAO)がシンポジウムを開催し、IPMの原型となる概念が提唱されたのが始まりです。

当初は害虫のみを対象としたものでしたが、現在では病害や雑草の防除にも適用できるとして総合的病害虫・雑草管理と言われています。

IPM防除を実践するうえでの基本的な考え方
予防:病害虫や雑草の発生しにくい環境を整える
判断:病害虫や雑草の発生状況を把握し防除の要否やタイミングなどを的確に判断する
防除:防除が必要と判断した場合には、多様な手段の中から適切な防除方法を実施する

IPMを実践する際はコストも踏まえて利用する技術を検討し、それらを組み合わせることで農薬の使用を減らしながら病害虫や雑草の管理を行い、経済的な損失を最小限に留めることを目指します。

農薬だけに依存せずに管理を行うため、食の安全性や環境保全につながるとして「みどりの食料システム戦略」の取り組みとしても盛り込まれています。

IPMで利用されている4つの防除技術



IPMでは、
  • 耕種的防除
  • 物理的防除
  • 生物的防除
  • 化学的防除

の4種の防除技術を組み合わせて体系的な防除を行う必要があります。それぞれどんな方法があるのか、具体的な防除方法を見ていきましょう。


耕種的防除


IPM防除では、病害虫や雑草が発生しにくい環境に整えるための耕種的防除で予防を行います。

具体的には、抵抗性・耐病性品種の利用や健全な種苗を確保することをはじめ、罹病作物の残渣の処分、適正施肥や土壌pHの矯正による土づくりなどを行い、病害虫の発生源となりそうなものを取り除きます。また、輪作や高畝栽培などによる排水対策も土壌病原菌の増殖を防ぐのに有効です。

物理的防除


物理的防除では、防虫ネットなどの資材を設置して害虫の激発を防ぎます。アザミウマ類やアブラムシ類には、シルバーマルチや紫外線除去フィルムが効果的です。また、病気の原因となるウィルスや糸状菌は70℃の高温になると死滅するので、太陽熱を利用して夏期のハウス密閉を行うなどして熱消毒を行います。

生物的防除


生物的防除は、土着天敵や農薬として登録されている天敵、微生物などを利用します。天敵を利用した害虫防除はアザミウマ類やアブラムシ類、ハダニ類などで特に効果が高いとされていて、主に施設栽培で行われている方法ですが、農薬を併用する場合は天敵に影響の少ない薬剤を選ぶよう注意が必要です。

てんとう虫はアブラムシの天敵として知られる一方、「ニジュウヤホシテントウ」など作物を食べる害虫となる種類もある

化学的防除


化学的防除は殺虫剤や消毒剤といった農薬を使用して行います。一般的に安価で、被害が発現してからの散布にも効果を発揮するものも多いですが、天敵への影響や薬剤抵抗性の発達などの問題が生じることもあります。

IPM防除を導入するメリットは?


IPM防除は、農薬だけに頼る防除と比べると手間やコストがかかる場合もあり、農家にとっては負担が増えてしまうことも考えられます。

ではなぜIPM防除が推進されているのでしょうか。ここでは、IPM防除を導入することで考えられるメリットを挙げてみました。

化学合成農薬を削減


さまざまな防除を組み合わせるIPM防除では、農薬の使用を最小限にすることが可能です。散布回数を減らすことができれば作業者の負担を減らすことにもなり、空いた時間を他の作業に活用することもできます。

最近では日本でも環境問題への関心が高まっていることから、環境保全を重視した農業を進めることが求められているため、農薬だけに頼らないIPM防除が推進されています。

地域によっては安全性が低い環境で農薬を使うケースも多く、農薬の削減を求める声は世界中で上がっている

薬剤抵抗性の発達を遅らせることができる


病害虫の薬剤抵抗性の発達を遅らせる対策のひとつとして、IPM防除に期待が寄せられています。化学合成農薬は病害虫防除として優れた効果を発揮するものの、コナガやアザミウマ類などを筆頭に薬剤抵抗性の拡大が懸念されているのが現状です。

さらに近年では農薬のリスク評価が厳しくなったことにより、新規薬剤の登録が進んでいないため、農薬のみに頼る防除だけでは限界があることから、さまざまな手法を用いたIPM防除を進めていくことが重要です。

天敵に対する影響を軽減


IPMでは天敵と農薬を併用する場合、基本的には天敵に対して影響の少ない農薬が使用されます。それにより、テントウムシなどの土着天敵を保護するだけでなく、防除に利用した天敵がその土地に定着することで持続的な害虫防除として機能するといった効果も期待できます。

農業現場での取り組み事例



IPM防除ではどんな技術を利用し、生産者にとってどんなメリットがあるのかわかっていただけたかと思います。

ここからは、全国で行われているIPM防除の取り組み例を見ていきましょう。

フェロモントラップ等を活用した水稲の害虫防除(北海道)


北海道岩見沢市双葉地区の生産者グループでは、フェロモントラップが環境保全型農業直接支払交付金の支援対象となったことをきっかけに、2013年よりフェロモントラップによる害虫防除が導入されました。

フェロモントラップとは、昆虫を誘引するフェロモン剤を利用する害虫防除用の罠のことをいいます。ただ害虫を捕殺するだけでなく、フェロモンに誘引された害虫を一定期間ごとに計数することで発生する時期を知り、防除適期を判断する目安にすることができます。

北海道岩見沢市で行われた取り組みでは、水稲栽培で問題となっているカメムシ類の発生を前もって推察し、機械除草と組み合わせることで効果的な防除を実施。化学合成農薬の散布は、慣行レベルで22回のところ11回以下まで低減されコスト削減にもつながっています。


いちご栽培でのうどんこ病防除(兵庫県)


兵庫県では、消費者が求める農薬使用を削減したいちごの生産を実現するためIPM防除を導入しています。

いちご生産では、うどんこ病に耐性のない品種が主流のため農薬で防除することが基本ですが、薬剤抵抗性の発現が懸念されています。また、うどんこ病の発生が増加し農薬散布回数が増えたことによる経営コストも大きな負担となっていたようです。

こうした背景から、IPM防除の導入が後押しされ、兵庫県の研究機関とパナソニックの共同研究がスタート。パナソニックが持つ光応用技術を活用し、紫外線を照射することでうどんこ病の発生を防止するという新たなIPM防除技術を確立しました。

同技術を導入した農家は、紫外線を照射することで病害虫の発生が抑制され、さらに経営コストの削減や安心・安全なイチゴ生産を実現。現在では低価格なモデルが開発され、全国のいちご生産地で同技術が普及しつつあります。


オプティムのピンポイントタイム散布(新潟県ほか)



株式会社オプティムが実施している「ピンポイントタイム散布」は、ドローンを用いた圃場別デジタル解析による適期防除が可能な農薬散布サービスです。

オプティムでは、これまでに必要な箇所に必要な分だけ散布する「ピンポイント農薬散布」や、生育状況に応じて肥料を入れる「ピンポイント施肥」といったサービスを行ってきましたが、生育予測や病害虫の発生予察といった技術の発達や、共同防除での適期防除の難しさといった理由から、ピンポイントタイム散布をスタート。

新潟県で約1000ヘクタールの圃場で実施した共同防除では、出穂期予測を基に散布日を計画し、品種ごとの適期に防除を行いました。また、千葉県で行われた取り組みでは、ピンポイントタイム散布が補助金対象となり散布費用を削減。地域全域で付き添いなしの共同防除を実現しています。


生産性と環境保全の両立を実現するために


現在使用されている農薬は、安全性や環境への影響について厳しく評価されたうえで流通しているものであり、適切に使用すれば問題はなく効果も高い防除方法です。しかし、環境負荷の軽減や消費者ニーズに応えるといったことからも農薬の使用は最小限に抑えていく必要があります。

高温多湿な日本では、IPMを推進することで農薬の使用を削減しながら病害虫を防ぐことが可能になるというメリットがありますが、安定的な効果を得るには病害虫やあらゆる防除技術についての知識をはじめ、農業者の観察力も必要となってきます。

農業は生物多様性の中で取り組む営みであり、農薬だけ、益虫だけ、といったひとつの方法のみで解決できるとは限りません。病害虫の発生状況は地域差や年度による差も大きいので、都道府県ごとに策定されている実践マニュアルなどを参考に取り組んでいきましょう。


東京都産業労働局「IPM(総合的病害虫・雑草管理)の進め方」
https://www.sangyo-rodo.metro.tokyo.lg.jp/nourin/shoku/anzen/boujyo/ipm/

北海道岩見沢市「フェロモントラップ等を活用した水稲の害虫防除」
https://www.maff.go.jp/j/syouan/syokubo/gaicyu/g_zirei/attach/pdf/H27_jirei-51.pdf
兵庫県「いちご栽培でのIPM を活用したうどんこ病防除」
https://www.maff.go.jp/j/syouan/syokubo/gaicyu/g_zirei/attach/pdf/H27_jirei-8.pdf
株式会社オプティム「ピンポイントタイム散布」
https://www.optim.co.jp/agriculture/services/pts
【コラム】これだけは知っておきたい農業用語
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WRITER LIST

  1. 槇 紗加
    1998年生まれ。日本女子大卒。レモン農家になるため、大学卒業直前に小田原に移住し修行を始める。在学中は、食べチョクなど数社でマーケティングや営業を経験。その経験を活かして、農園のHPを作ったりオンライン販売を強化したりしています。将来は、レモンサワー農園を開きたい。
  2. 沖貴雄
    1991年広島県安芸太田町生まれ。広島県立農業技術大学校卒業後、県内外の農家にて研修を受ける。2014年に安芸太田町で就農し2018年から合同会社穴ファームOKIを経営。ほうれんそうを主軸にスイートコーン、白菜、キャベツを生産。記録を分析し効率の良い経営を模索中。食卓にわくわくを地域にウハウハを目指し明るい農園をつくりたい。
  3. 田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  4. 福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  5. 窪田新之助
    農業ジャーナリスト。福岡県生まれ。日本経済新聞社が主催する農業とテクノロジーをテーマにしたグローバルイベント「AG/SUM(アグサム)」プロジェクトアドバイザー、ロボットビジネスを支援するNPO法人Robizyアドバイザー。著書に『日本発「ロボットAI農業」の凄い未来』『GDP 4%の日本農業は自動車産業を超える』(いずれも講談社)など。